その日、椿国永を訪ねて三条邸に足を運んだのはたまたまだった。
というよりは、鶴丸との記念日だから内緒にとアクセサリー一式の製作を頼まれ、驚かせたいからこの日に必ず、と注文をされていたが故の必然。
割れた宝石の屑石を花のように散らした結婚指輪に、以前渡した最初の指輪を通せる白鎖のネックレス。
他にも羽根をモチーフにしたブレスレットや指輪を用意した革鞄で出張販売だとやって来れば、葬式ムードで迎えられてヒスイは怪訝な顔をした。

「それで、国永はどこだ? 温室か?」
「……国永は……居らぬ……」
「買い物か? なら待たせて貰うぞ」
「兄様、こんな物が……」

ここが震える手で己の携帯を宗近に渡し、そこに写る物を見た宗近も驚愕に瞳を見開いた。
常に柔和な表情を崩す事の無い宗近の珍しい様子を気にしながらも、空いてる席に座れば一期が茶を出してくれる。
それに礼を言いながら顔色を確認すると、意気消沈という言葉が似合うほど暗かった。
そういえばこの場に黒葉も居ないとは珍しいな、と思いながら何とはなしに一期に二人の行方を聞く。
口を硬く閉ざして自分からは言い辛い、と聞けばいよいよもって疑念を覚えた。
鶴丸から告白をされた日だから、この日は目一杯鶴丸を甘やかすのだと国永は笑って注文をした。
それは良いと頷き、表情を様々に変えて幸せを覚えた親友を、一番嬉しく思っていたのは黒葉だ。
そんな二人だからこそ、この日に居ないのはあり得ない。

「ツル、国永と黒葉はどこだ」
「お、俺!? えっと…………二人とも、一週間前から帰ってない……」
「一週間? その間連絡は? 様子がおかしかったりはしなかったのか」

知らず、詰問するような口調になってしまい鶴丸が怯えた目で小さく身震いをした。
国永が居なくなって精神的支柱を失っているのは鶴丸の方だ。
今はまだ、兄を思うもう一人の番が居る事で平静を保っては居るようだが、悪手だった。

「すまん、俺も驚いてキツくなった。それで、何か知ってる事は無いか?」
「あ、えっと……国兄は、最近様子がおかしくて……何か悩んでたみたいで、けど聞いても何でもないって……悲しそうに笑うんだ」
「お前に言えない事か。ある程度絞れそうだが……他に国永と話しをした奴は? 黒葉でも」
「そういえば、出て行く時に野暮用で時間が掛かるかも知れない、と言っていたな。最初はGPSも追跡出来たが、今は反応が無い」

鶯がぽつりと漏らした言葉に、宗近はピクりと指先を揺らす。
疲れ切った表情に涙を浮かべ、瞳を隠すように手を当てて振り仰いだ。

「俺は……国永から、何も聞いて居らぬ。……悩みを聞いてやる事も、相談に乗ってやる事も出来なかった……」

夫として失格だ、とすら言う様子にヒスイは眉を跳ね上げる。
他でもない宗近に弱音を言う事が出来なかったなら、国永は誰にも言う事が出来なかったのだ。
その位、国永は心の底から宗近を愛して信頼していた、心を寄せていた。
心酔していたと言っても良い。
親友とは言え、自分と国永は背中を預ける事は出来ても正面から弱音を吐ける関係では無かった。
それは黒葉とも同じ。
だがだからこそ、互いを止められる関係でもあった筈だ。

「他の奴は? 国永や黒葉と最後に話した内容は?」
「……国永、そういえば……」

言葉を聞いて深く考え込んでいたここは、ふと思い当たる事に顔を上げてヒスイを見る。
ヒスイは頷いて話せ、と言外に応えてみせた。

「三条家の話を、国永は知りたがっておりました。私は帰郷の際には分家の蔵を漁り、調べた内容を定期的に報告しています」
「へぇ、まあ歴史が長いっていうと何かしらあるよな。それで?」
「はい……先日は三日月の者の話を。不幸が重なり、子を成せずに一代限りの事が多い、と」
「小狐、それは……ッ!!」
「兄様に関わる事で御座います。重要な事と思い、仔細報告致しました。独断で致した事、お許し頂けるとは思っておりませぬ」
「宗近の目の事か? 確かに特殊な様だが、それだけとは思えんな……。しかし、子か……」

国永が元々αであり、自分のΩを持っている事は知っている。
その後に上位のαによりΩの素質を与えられた事も。
だが、それは果たして真にΩに、相手の雌になれたのだろうか?
鶴丸と国永とでは似ていても、バース性が違う分だけ身体の構造は違うだろう。
潜在的Ωは肉体が孕む構造をしていて、αに応えるためのフェロモンを放つという。
ヒート期にはフェロモンを放つと言っていた国永は、しかし自我を無くし猫の様に発情すると聞いた。
それだけ強く発情すると言う事は、身体が作り替えられたのが原因かそれとも。
ともかく詳しい人物に聞いた方が確実だろうと思い、話を切り上げて携帯を取り出し連絡帳を呼び出した。
電話は直ぐに相手へと繋がり、

『もしもし? シノノメさん?』
「ああ、ローズか。バース性について知りたい」
『バース性……それって国永が言ってた事?』

意外な相手の心配そうな声に、疑問を持ってヒスイは返した。
聞けた内容は他言をするには忍びなく、そしてどれだけの苦渋を味わっていたのかが窺い知れる。
αの子をαが孕めるのか、Ω化しているのは上辺だけで中身が伴っていないのでは無いか。
そもそもバース性発祥の地と言われる出身地を持つエンドローズですら聞いた事が無い話だ。
実際にどうなるかなど、研究機関に話を持ち込めばモルモットにされるだろう。
ただの男と女だったなら、話はもっと早かっただろうに。
不妊治療という門は狭いが確かに存在し、けれど同性同士となると相談できる場所は無いに等しい。
まして国永は、大切な人の願いを叶える為なら命どころか魂すら差し出すだろう。
それだけ幸福というものに餓えていて、誰よりも純粋な祈りを持ち得るのだ。
黒葉とて例外では無い。
もしも己の番が当てはまるのなら、国永を人質にされでもしたら、相手に従う事もあるだろう。
それは逆も然り。

「ローズ、お前今から言う住所に来い」
『何ですって?』
「国永と黒葉が行方不明だ。多分お前の言ってる事がカギになる」
『……もう一度言うわ、なんですって?』
「今お前がした話を、家族にしてやれ。で、俺等で探るぞ。恐らくこれは、"魔女"の領域だ」
『良いわ、教えなさい』

言葉少なにやり取りを済ませ、電話を切れば皆がヒスイを見上げていた。
面白くも無い内容に腸を煮え繰り返しながらもヒスイは笑う。

「あいつらを見つける方法が分かったぞ」

それはこの世界では忘れた物と封印していた、魔女としての顔だった。