国永が研究所からおかしな状態で戻ってきた、と鶴から連絡を受けたのはつい先程。
半泣きになりながら、すがり付いてきた鶴に事情を聞くと、催眠術にかかったらしく1日はこのままだということ。
鶴は急ぎの依頼で現場に行かないといけないとの事で、俺に白羽の矢がたった。
「ちか兄なら安心して国兄を任せられる」
「……鶴、お前はそれで良いのか?
大事な兄を、俺に任せて」
「なんで?ちか兄は国兄の恋人だろ?
あの、ちょっとくらいならえっちな事しても良いけど、あんまり国兄に無理させないでくれよ?」
「ああ、わかった。
お鶴が俺を信じて託してくれたなら俺もそれに応えよう」
鶴は国永の頬にキスをして慌ただしく出ていってしまった。
いつもなら鶴を抱き締めて笑顔で送り出すのに、今日の国永は虚ろにどこかを見つめるだけ。
「……深層心理を聞き出す良い機会だな」
国永の向かいに座り、手を握る。
「国永、お前にとって1番大切なものはなんだ?」
「……鶴が、幸せに笑っていられる…こと」
胸がチリっと痛み、不快感が込み上げる。
全て承知の上で一緒になったというのに。
改めて突き付けられた、埋めようの無い差。
「なぁ国永。お前にとっての幸せは、なんだ?」
「…鶴とちかが、笑って隣に居ること」
「国永…今日だけでいい、鶴が帰ってくるまでの間。
お前の1番は俺だ、良いな?」
「はい、国永の一番は宗近…」
「お前の1番大切なものはなんだ?」
「…つ…………むねちかの、えがお」
「そうだ、鶴が帰るまでの間は俺が国永の一番だ」
何故だろうか、あれほど聞きたかった言葉だと言うのにちっとも胸に響かない。
「国永は俺を一番愛してる」
「国永は宗近を一番愛している」
「国永は俺を一番大切に思ってる」
「国永は宗近を一番大切に思ってる」
「………」
「?」
俺は国永をきつく抱きしめていた。
機械的に、感情のこもらない声で求めていた言葉を繰り返す。
こんなのが、聞きたいわけじゃなかった。
「……宗近?」
「すまん、今のは忘れてくれ
お前が一番大切で愛しているのは弟の鶴丸だ、よいな?」
「…はい、国永が一番大切で愛してるのは弟の鶴丸」
だんだん自暴自棄になりそうになる。
俺はどう頑張ってもお鶴には勝てない。
一緒にいた時間が、与えられた愛が、価値が違い過ぎる。
「鶴をどう思ってる?」
「俺の、大切な1番の宝物。
何よりも大切で、愛しくて、可愛い俺の希望。
生きる価値を与えてくれた俺の命そのもの
鶴がいないと俺は生きていけない」
「……そうか、なら……俺は?」
国永は不意に口元を緩ませた。
「宗近は、俺に愛をくれた人、愛してくれた人
椿国永に鶴がいなかったなら、なんて前提はありえないけど、鶴に命を貰った椿国永が唯一自分の意思で欲しいと願った人」
「……自分の意思で欲しがったのは、鶴ではないのか?」
「鶴は、欲しいと願ったんじゃない。
鶴が欲しいから、兄という立場を利用して幼い頃から俺から離れないように仕向けた。
あの子は俺の命で、希望で、太陽だから。
宗近は俺の心で、癒しで、月…
鶴しか愛せなかった俺を鶴ごと愛してくれた…
俺と鶴を引き離さないで受け入れてくれた。
鶴以上に君を愛することが出来なくても良いと、そんな俺を認めて愛してくれた宗近を俺も愛してる、俺の出来ることで君が喜んでくれるなら何でもしたい」
「そうか……俺は馬鹿だな。実に愚かだ。
目先の欲に駆られ、最愛の妻と弟の信頼を裏切るなど…
俺もお前を愛している。
初めてあった時からずっと」
「君がいるから、鶴がいなくなっても鶴の思い出と生きていける。」
「なら、俺と鶴、どちらか1人しか選べないとしたら…
お前はどちらを選ぶ?」
「生死に関わらないなら、状況によるが、生死に関わるなら……鶴を選ぶ」
「そうか」
「鶴を選んで、鶴と生きていく。
でも、君が好きだと言ってくれた眼を、君に捧げる。
俺がそっちに行くまで君が寂しくないように、俺が君を愛していた証として」
赤い宝石のような瞳が柔らかく揺れた。
「…そうか、ああ、そうだな。
俺は鶴を愛しているお前を愛している。
最初からそうだった、忘れていたのは俺の方だ。
お前と鶴を愛すると、幸せにすると、何よりお前自身にそう誓ったのにな。
愛している国永、お前達のお陰で生きる事が楽しい、幸せだ、お前達が笑っているのが俺の幸せだ」
「宗近…」
「ふふ、俺はお前に心底惚れている。
だからお前の決断を責めたりも恨んだりもしない。
良いか国永、これは俺の遺言だ。
もし、俺か鶴、どちらかの命しか救えない状況になったなら迷わず鶴を選べ。
そして鶴と生きろ、俺は先に向こうでお前達を待つ。
ゆっくりと、長生きして、沢山の土産話をもってこい。
お前が見聞きするものが、感じたことが、全て俺への最高の手向けだ。
色々な場所に行き、色々な景色を見て、何を感じたか、俺に会えた時にたくさん教えて欲しい。
だから、幸せに天寿を全うすると約束してくれ」
「そんなこと…いやだ、むりだ…
ちかがいないなんて、さみしい、幸せになんて生きれない」
「はは、もしもの話だ。
そうならない様に俺も努力はする、安心しろ。
それに鶴はどうする?お前がそんなことでは鶴を幸せにしてやれんぞ?
大丈夫、俺もお前とこれからを生きていくのを楽しみにしてる。
それを放棄するつもりは無いぞ
だから今の事は記憶の片隅に保管しておけ、そしてゆめ忘れるでないぞ」
「うん」
抱き締めれば国永が笑いかけてくる。
「国永、今のお前の気持ちを聞かせてくれぬか?
俺といて、幸せか?」
「幸せだ、君といると暖かくて心地いい。
陽だまりみたいに優しくて、穏やかになれる。
君の隣は居心地がいい、鶴を抱きしめながら宗近に寄り添ってる瞬間が一番幸せで安心する。
だから、幸せすぎて不安になる。
これが壊れてしまわないか…壊れたら俺は、俺を保つ方法がわからない」
「大丈夫、お前の幸せは俺が守る。」
「うん、そうして欲しい。
俺もちかの幸せを守る」
「俺の番はお前だけだ国永。
だけどお前の番は俺だけではない。」
「ちかはいやか?俺が番をもってるのが」
嫌だといえば国永は鶴を捨てて自分のモノになるだろうか。
答えは否。
鶴は国永のものであり、国永は鶴のもの。
互いに共依存している以上、あの二人は決して離れることは出来ない。
「嫌じゃないぞ。
俺は鶴が好きな国永が好きだ。
だから鶴ごと国永を愛することが出来る」
「ちか…」
鶴は国永を構成する大事な部品で、俺と国永を繋ぎ合わせる赤い糸。
俺は国永の為に自分の番を分け与えることなどできない。
「お前は本当に罪作りな男だな。
俺と鶴の人生をこんなに惑わせておいて…」
抱き締めれば背中に手を回されて擦り寄ってくる。
「嫌いに、なった?」
「まさか、ますます愛しくなったぞ。
そうだな…鶴が帰るまでお前の昔話を聞かせてくれるか?
俺と会う前、お前と黒葉や鶯がどんなことをして、何を感じたか」
「ああ、君が知りたいなら…俺も君に知って欲しい」
「寝物語には最高だな。
ほら、おいで」
ベットに横になり、微笑むと国永はのそのそとベットに潜り込んでくる。
素直な国永に愛しさを覚えながら昔話を聞いて優しい体温に微睡みながら目を閉じた。
朝になればきっと国永はいつも通りで、可愛い鶴が元気よく帰宅するだろう。