「黒葉、何読んでるの?」
母親が幼い少年に声をかけると少年はもみじの様な小さな手で分厚い医学書を捲っていた。
「パパのごほん、もういらないから、くろばにくれるっていった」
「そう、パパったらもっと子供向けの本を買ってくれればいいのに…
その本はまだ黒葉には難しいでしょ?」
「?このほんには、びょうきのこと、いっぱいかいてるよ。
ここにはしんぞうのいしょくしゅじゅつのしかたとてじゅんがかいてる」
母親は驚いて黒葉から本を取り上げた。
それはドイツ語で書かれた医学書だった。
「それよりほら、この絵本を読みましょう?」
「このほんはだめなの?」
「ダメじゃないけど、あなたにはまだ早いわ、そうだ黒葉、ママと新しいご本買いに行きましょうか?
好きな本買ってあげるわよ」
そう言って母親に手を引かれ、近くの書店に連れてこられた。
「ほら黒葉、この本はどうかしら?
不思議の国のアリス、でも黒葉は男の子だからね…この車がいっぱい出てくる本がいいかしら?」
「ママ、パパのおしごとのごほんはないの?
パパがくろばはしょうらいおいしゃになってパパのあとついでくれなっていってたよ?」
「そんな事はまだ先でいいの、あなたはまだ子供なんだから」
そう言って母親は強引にはたらくくるまの絵本を買い与えた。
しかし黒葉はそれを一度読むと興味を失ったように本棚にしまった。

「……ねぇ、黒葉の事だけど…」
母親がぬいぐるみを抱きながら医学書を読みふける幼い息子を遠目に見ながら父親に話しかけた。
「あなた、あの子に古い医学書をあげたんですって?
ドイツ語で書かれてる医学書。」
「ああ、あの子が興味津々で見てたからな。それがどうかしたか?お医者さんごっこでも強請られたのか?」
「だったら話したりしないわ。
あの子、あの医学書を読んでるのよ?」
「へぇ、それは将来が楽しみだな。
黒葉はきっといい医者になるぞ」
「……ねぇ、あの子はまだ4歳よ?
なのに、ドイツ語で書かれた医学書の内容を正しく理解してるのよ?正直気味が悪い…」
「そんな訳ないだろ?
挿絵とか写真で当たりをつけてるだけだろ」
父親は立ち上がって、幼い息子を抱き上げて膝に載せると医学書を開いた。
「黒葉、この本は気に入ったか?」
「……ん、パパのおしごとのこといっぱいかいてる」
「そうか、黒葉はこの本が読めるのか、凄いな?」
微笑んで頭を撫でられれば少しだけ照れた様に口元を緩めた。
「パパ、せいしんしっかんてなぁに?
からだにがいしょうはないびょうきってかいてある」
「え?」
「おくすり……しょほう?なおる…ばあいがあって……パパのびょういんにもくる?」
黒葉が読みふけっているページは挿絵もなければ日本語訳もルビも振ってない、ドイツ語のみのページで、挿絵も写真もない。
黒葉は淡々と医学書を読み上げる。
「……黒葉、ママに買ってもらった絵本はどうした?パパに読んでくれないか?」
「……?えほんよむの?」
黒葉は首をかしげてから、自分の部屋に絵本を取りに行った。
「……ねぇ、やっぱりあの子おかしいのよ、普通じゃないわ、何考えてるか判らないし、笑ったり泣いたりも殆どしないし…」
「黒葉はおとなしい子だから…もう少し様子を見よう。
実はものすごく頭がいいだけかもしれない」
「……そうね」
それ以降、両親の愛情は黒葉に向くことは無く、母親に関しては黒葉を遠ざける様になった。
いい加減限界を感じ施設に預ける事を決断し、施設に連れて行く。
「黒葉、今日からここがあなたのお家よ」
母親にそう告げられた黒葉はたった一度だけ、嫌そうに母親のスカートをギュッと握った。
「ほら、行きなさい」
母親に促されて黒葉は出迎えた施設の院長に引き渡された。
舐める様に黒葉を見つめる院長に手を繋がれ、母親が黒葉の荷物と何かを手渡す。
「宜しくお願いします」
「はい、確かに。黒葉くん、ママにバイバイしようか」
「………さよなら、ママ」
自分は捨てられたのだと、理解した黒葉は俯いたままそう告げた。
「……本当に、気味が悪い」
吐き捨てる様に言われたこの言葉を、黒葉は一生忘れない。

施設での生活も上手くいかず、他の子供と上手く接することが出来ない黒葉を、院長は根気強く支え続けた。
その影で行われてる淫行には、誰もが目を瞑っていた。
幼い黒葉の体を舐めまわして、フェラを強制して、精通を迎える頃には泣き叫ぶ黒葉を強引に犯して処女を奪い、歪んだ性生活に思考が麻痺し、羞恥という感情が極端に薄くなった。
院長が黒葉に夢中になれば、今まで院長に手込めにされていた子達は急に善人ぶり出した。
黒葉を生贄に差し出しておきながら、哀れみの視線を向けてくるのが嫌でたまらなかった。
「ああ、黒葉…お前は本当に綺麗な人形だ。
お前は男を悦ばすだけの快楽人形だ」
院長はたっぷり肥えた腹を揺らして幼い黒葉を突き上げる。
初めて抱かれた時から体に染み込まされたその言葉にもはや疑問も持たなくなっていた。
「お前が自分のパパを上手に誘惑できていれば捨てられたのはあの母親だっただろうに。
全く、こんな上玉をみすみす手放すとは…」
上機嫌に喋る豚をぼんやり眺めながら、黒葉は早く終わらないものかと身体から力を抜いた。
好きに嬲ればいい、それだけの価値しか自分にはないのだからと、虚ろに思考を閉じた。


「黒葉、いい加減私のものになる気は無いか?
不自由な生活はさせないし、毎日愛してやるぞ?」
壮年の男は小さな身体を抱き締めて、腕の中に閉じ込めた。
情事後の独特の色を帯びた黒葉は、艶っぽく微笑み男の首に腕を回して抱き着く。
そして、熱烈なキスをたっぷり交わした後に笑う。
「俺は誰のものにもならぬ烏。
渡り鳥の真似事をしても、鳥籠には入らぬ鳥だ」
「お前の為なら妻とも別れる、愛してる、頼むから私と一緒になってくれ。
結婚が嫌なら養子でもいい。
必ずお前を幸せにしてやる」
「………気持ちは嬉しいが、パパでは俺を幸せにはできぬよ
なぁ、満足したなら俺は帰るが、いいか?」
「金か?いくら詰めば私だけの物になってくれる?」
黒葉はキョトンとしてからクスクスと笑った。
「いくら詰まれてもそれは無理だな。
同じ様に言い寄ってくるパパ達には悪いパパも居るのだぞ?
大人しく妻子を愛してやれ、俺が欲しければまた連絡してくれればいい」
耳元を食むように唇を寄せてからベットから離れる。
ラブホ独特の甘ったるいシャンプーの匂いに目眩がしそうだ。
「黒葉…」
「……頼むから、俺を困らせないでくれ、俺はまだ貴方を切り捨てたくない」
そう言われれば男は黙って黒葉から離れる。
「それじゃ…」
「……お前が、私のものにならないなら!」
ナイフを取り出した男を、黒葉はため息をついて蔑んだ様に見つめる。
「俺を殺すか?ふふふ、愚かだな…
ああ、実に愚かだ…」
黒葉はひらりとナイフを交わして男の股間を蹴り上げた。
醜い悲鳴を上げる男を、黒葉は見下ろす。
「俺がお前に抱かれてやるのは金を稼ぐため、いわば仕事だ。
それ以上を求めるなら二度と使い物にならなくしてやる」
そう言って笑いながら渾身の力で何度も男の股間を踏み付けた。
「……愛なんて、俺に一番いらないものだ、さようなら」
服を着て呻く男を放置して部屋から出ようとするとスマホが鳴った。
「ああ、パパか?ふふ、どうした?
俺が恋しくなったか?」
「く…黒葉!」
「ん?ああ今のか?身の程を弁えぬ悪い子に仕置をしておった。
それで、今から逢えるか?
うん、構わぬよ、それともここに来るか?ふふ、冗談だ、二人だけの時間に外野は野暮だろう?」
すがり付く腕を払って部屋から出る。
愛なんて腹の足しにもならない。
その日二人目のパパに抱かれる為にラブホから出て駅に向かう。
「黒葉、怪我はないか?
無理矢理襲われたりしなかったか?」
駅で待機していた男が黒葉の体を抱き締める。
「いや?むしろ返り討ちにした。
ただ、あの男ともうこれっきりだな。」
「見切りをつけたのか」
「ふふ、不能にしてやったからもう俺には要らないものだ。」
そうやって、黒葉はふんわりと笑って男に体を寄せる。
その人に合わせた自分を提供する代わりに金を貰う。
ただそれだけなのに、何故愛だの好きだの…そんな言葉はただの営業に過ぎないのに。


「小烏先輩!」
昼休み、いつもの4人組で昼飯を食べる為に屋上に向かおうとして呼び止められる。
「俺に何か用か?」
見るところ一学年下の後輩らしい少年が熱っぽくこちらを見ていた。
「あ、あの…」
「黒葉、お呼び出しじゃないのかい?」
「…そうか、まぁいい。
国永、焼きそばパンとコーヒー牛乳買っておいてくれ」
「え?別にいいけど…いくのか?珍しいな」
「ノートはコピーさせてあげるからごゆっくりー」
半ば茶化されながら少年の手を引いて空き教室に入る。
「それで?」
扉を締めて振り向くと、抱き締められる。
「俺、あなたが好きです
初めて見た時からずっと…」
「そうか」
「だから、あの…付き合ってくれませんか?」
「何をだ?性欲処理と言うなら俺は高いぞ?
1回5千、フェラ、中出しは別料金だぞ?」
慣れた手つきでポケットからゴムを取り出して握らせる。
「……なにを、いって…?」
「違うのか?」
「そんな、俺の小烏先輩が、売春なんて!」
「痛っ…理想の俺じゃなくて幻滅したか?
しないなら俺は戻るぞ」
「っ、先生に言われたくなかったら俺の物になれよ!」
乱暴に黒葉を押し倒し、制服に手を掛ける。
「別に、言いたければ言えばいい
この学校の殆どの教師は俺の客だぞ?」
ふふっと笑う黒葉に、少年は頭に血がのぼっているのか、強引に唇を重ねてくる。
「んっ、ふ…んんぅ」
黒葉が抵抗すれば興奮したのか息を荒くしてズボンを脱がせて股間を押し付けてくる。
「っ、やめ……」
「うるさい淫乱!こうされるのが好きなんだろ!?」
「ひっ、ん、ああっふぁぁっ」
柔らかな秘部の中に硬く熱の篭った性器を押し込まれる。
「ひぁあっ!?んぅ、なまは、やめっだめぇ…んっ」
「あっ、凄いトロトロ…なにこれ、気持ちっ…あああッ!?」
一番奥まで勢い良く突っ込んだだけで少年は呆気なく果ててしまい、熱い飛沫がドクドクと大量に中に注ぎ込まれた。
「……チッ、童貞が…」
舌打ちしてから体を押し退けて離れる。
だいぶ奥で出された為、指がなかなか届かない。
下腹に力を入れれば、とろとろと白濁した液が溢れる。
「んっ、入れただけで、どれだけ出したんだ…」
脚の間から零れ続ける精液を掻き出しながら毒づく。
「う、そだ…こんな…こんな事…」
「勝手に人を押し倒して中出しまでした癖に何を言っておるのだ?
俺はお前にレイプされて、勝手に1人でイッて、後処理もされず、挙句被害者面されて泣きたいのはこっちだ」
「お願いだからこんなことはやめてくれよ、金が必要なら、バイトして稼ぐから…」
「……お前程度がバイトした程度で俺が養えると本気で思ってるのか?おめでたい頭だな?
お前が親に出してもらっている学費や携帯料金、何もしなくても当たり前の様に支払われる家賃や食費、公共料金が一体いくらかかるか知らんだろう?
まぁ、俺の客になってくれる為にバイトするなら存分にしてくれ、その時はもう少し夢を見させてやる。それじゃあな」
制服を整えてから、黒葉は一度も振り返らずにその場をあとにした。
まだ昼休みは残っているので、空腹に腹をさすりながら屋上に向かう。
「あれ、早かったんだな?」
「アイツ童貞だった、突っ込んだだけでイきおった」
「早いね、最速記録更新じゃないかい?
それで童貞くんの筆下ろししてあげていくら巻き上げてきたんだい?」
そこで黒葉ははたと気が付き不機嫌そうに顔を歪ませた。
「忘れてた…クソ、ヤられ損だ」
「珍しいな、黒葉がタダ働きなんて」
「バイトして俺を養うとか馬鹿な事を抜かしおって、呆れてた。」
「あはは、黒葉を養うとか絶対やだね、いくらあっても足りなさそう」
「同感、こんな我儘なやつ頼まれても養いたくない」
「お前らいい度胸だな……そういえばひとり足りなく無いか?あのバカはどうした?」
「ああ、なんか部活の先輩に呼ばれてどこか行ったよ」
「そうか、なんでもいい。国永、飯」
「ん、次体育だからちゃんと食っとけよ?」
国永が購買の袋を渡しつつ、プリン味のチュッパをひとつ握らせる。
「この炎天下の体育とか地獄だな…」
「女子は生理とかで体育見学出来るのって不平等じゃないかな?
僕らにも見学出来る理由が欲しいよね」
「そうか…生理と言えば休めるのか…」
「やめとけ、君が言うとなんかシャレにならないから」
「国永くんでも十分いけると思うけど、それが許さるのは君達だけだよね」
もぐもぐと焼きそばパンを食べながら陰りそうもない炎天下の空を見上げた。
空はどこまでも曇りなく広がっている。
なのに自分の心は曇ったまま、晴れることは無いのだと。