灰が降る中、崩れかけた居城のかつては煌びやかであっただろう中庭で。
お前が今にも死のうとしている。
音はない。
世界が終わりの白に染まっていく中、お前の紅だけが鮮やかだ。

「どうして」

言葉になったかは分からない。
けれど、応えるようにまつげが震えて、青い瞳が見えた。

「……ぁ、」
「なんだ」
「ぁなた、が……ぶじで、よかっ……」

見慣れた泣き顔ではなく、本当に嬉しそうに、幸せそうにお前は笑う。
どうして、死にかけの今になって、そんな表情をするのか。
どうして、お前が死にかけているのか。
神はお前を取り返そうと、手に入れようと矛を振るったのに。
殺し合いの間際、相打ちになるだろう一撃を受けたのはお前だった。

「たすけ、れて……はじめて、うれし……」
「もう、いい。話すな」
「はじめて、だったの……あなたが、あなたの、そば……しあわせ、でした」

満足そうに、笑いながら、死のうとしている。
言葉が届かない。
温もりが遠くなる。
彼女の存在が、光りになって消えて征く。
側に居たことが幸せだったというのなら、それは。

「……俺も、だ。お前が居て、お前と居て、幸せだった」

だから、彼女が完全に消えてしまう前に。
自分の胸元を上から握り締め、自分の心臓を抉り出した。
魔王の核となるこれを捧げ、お前に約束を送ろう。

「もう一度、お前に会いに行く。今度こそは」

お前が好きだと言った花畑に、二人で行こう。
同じ人間となって。
愛らしいと喜んだ花を、お前に贈ろう。

「シャリテ、お前を――」



長い夢を、見ていた気がする。
口に残る鉄の味と、僅かな温もり。
頬にが触られていると気付いて、何度か瞬きをすれば周囲がよく見えた。
視界の端に揺れる稲穂の金糸が、柔らかく手触りが良いのを知っている。
記憶にあるそれよりも煤けて血が絡んでいるのは何故だろう。
そして何より、シュノの頬を両手で挟んで口付けられているという、この状況は何だろうか。
口の中に残るのは血の味だろう。
そして、シュノの刀はレイリの腹部を鍔部分まで深く突き刺していた。
辺りに散った紅い華が、先程の夢と既視感を覚える。

「レイ、リ……」
「シュ、ノ? ……よかっ……」

身動ぎをする度に刀が身体を傷付け、痛みが走るのだろう。
背を支えて身体を離し、刀を抜きさろうとして戸惑った。
けれど小さくレイリが笑って刀を握るシュノの手に手を添えた事で、一気に引き抜く。
赤い花が宙に舞い、けれどそれ以上は広がらずにレイリの傷も治癒をしていった。
レイリは尚もぐったりと全身から力を抜いて、支えるシュノの手に身体を預けている。
今は、その温もりと重みが愛おしい。

「悪かったな」
「気にしないで、僕がしたくて、やった事だから……」
「そうじゃなくて」

多分、何を言ったところでレイリは理解出来ないだろう。
長い夢の中で見た魔王と女神の話など、当事者ですら覚えている者は居ないのだから。
何より、今はシュノとして、レイリが愛おしいと分かるから。
それだけで十分だろう。
きっかけは遙か昔の名残だとしても、今のシュノが惹かれたのは今のレイリだ。

「出発前。お前を、傷付けた」
「あれは……本当の、ことだから……」
「だとしても、お前が弱いのは……お前のせいじゃない。努力は、してるだろ」

それまでの突き放す言葉から一転、レイリのしている事、したい事を努力だと認められてレイリは驚いた。
一体何があったのかと、きょとんとシュノを見上げてしまう。

「シュノ……どうしたの?やっぱり僕の血でおかしくなった!?」
「は? お前……いやに鉄臭いと思ったらお前の血か」

ぺろり、と口の端を舐め上げる様を真下から見たレイリは、かっと頬が熱くなるのが分かった。
シュノはそのままでも端正な顔立ちなのが、更に色気を感じて縮こまる。
気になるのに直視が出来ない為、ちらちらと様子を見るようにしてしまう。
そんなレイリを見下ろし、シュノは小さく微笑んだ。

「なんだよ」
「え、あの……やっぱりどこか、おかしくなったんじゃないかって……」
「おかしく、は……まあ、なったな」
「嘘、どうしよう!?」
「でもまあ、悪い気はしねぇ。今までのは、まあ……八つ当たりだ。悪かった」

明らかに優しくなった眼差しと頭に乗せられた手の重みに、頬を染めながらレイリは頷いた。