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あったか、ごはん。

主が見知らぬ子供を本丸へ連れてきた。
刀の付喪神に人の器を与えられた者、刀剣男士が過ごす拠点。
例外は彼らを統べる主と呼ばれる審神者と、存在が認められた者だけ。
ここの主は妖狐と人間の合いの子であり、初期から居る古参である割りには弟子を取らない事で有名だった。
そんな主が連れてきた子供。
それ自体が不可思議であり重要なことであるのに、連れてきたのは半妖とアヤカシ筋の血を引く子供の二人だった。

「政府ゆかりの研究所へ、何度も協力しに行っていたことは知ってるだろう?」

そこで診ていたのがその子供達だったらしい。
子等は霊力過多による影響を考えて、本丸がある母屋では無く休息用の離れとして使っている庵に留め置かれることになった。
結界や他への影響力、人目の関係で少しばかり距離の離れている庵は、現世で主が使っていたものを模している。
母屋から歩くこと10分という、近いとも遠いとも言える距離。
間の庭には桜や栗などの樹木が並木を作り、低木には椿の花が咲いていた。
本丸で刀剣男士の世話をしているのは主の式神や、一時契約としての式、妖精、小姓さんと呼ばれる運営を支えるモノ達。
彼らは必要に応じて姿を現すのだが、子供の世話は不慣れであった。
何より半妖の子供の霊力が影響をして、上手く形を取れないらしい。

「そういう訳で、あいつらの世話は宗近と国永に頼む」
「……ひとつ良いかい」
「ん?」
「小姓さん等は駄目なのに、俺達は良いのか?」

霊力が影響をするというのなら、戦うために呼ばれた俺達刀剣男士へのそれは良いのだろうか、と。
確かに霊格、神格と言っても良いかも知れない、の高い三日月宗近なら多少の揺らぎはモノともしないだろう。
俺、鶴丸国永もそこそこ長く生きている分、強固と言える。
だが肉の器として形を与えているのは審神者の霊力なのだ。

「ああ、それについては問題ない。宗近は俺が本霊三日月宗近と契約を結んでいるからな」
「なら俺は?」
「お前はその番、宗近とは夫婦だろう。それに亜種だから、俺との契約は強固にしてある。側に三日月が居ればまず大丈夫だ」

亜種、という言い方をする時にだけ眼を細めた美丈夫は、口に皮肉気な笑みを浮かべる。
通常の鶴丸国永は白銀の髪に琥珀とも黄金とも言える瞳を持つ。
けれど俺は遡行軍と同じ紅い眼を持っていた。
遡行軍の刀が願いという欲で生まれているのなら、俺もまた一つの刀の願いという欲で生まれたからだ。
会いたい、共に生きたいと、願ってくれた宗近。
彼の願いに惹かれた俺は、審神者の励起する力を利用して顕現した。
その影響か、鶴丸国永が持つ本来の力より強く、審神者との縁は薄弱なものになっていた。
顕現して肉の器を持った時点で結ばれたはずの契約を、改めて繋ぎ直す程に。
結果として、宗近の加護と本丸に現存する刀の中では随一の縁を持つ、揺らがぬモノとしては適任者となったようだ。
それにしても、

「……番、はまだ良いとして……ふうふ、っていうのは、その」

何だかむずがゆいというか、小恥ずかしい。
顔が熱くなった気がするから、きっと赤くでもなっているんだろう。
呆れとも言える生暖かい主の微笑みがいやらしい。

「お互いを唯一として、同じ布団で眠り、時には閨を共にするんだから、夫婦だろ?」
「……きみは三日月宗近としていないじゃないか」
「約束を交わしたのなら、夫婦さ。とにかく、宗近とお前の二人で世話をしてくれ。血の匂いを嫌がるから、暫く遠征からも外すぞ」
「どのみち完ストしてからは滅多に出陣もないじゃないか」

退屈で仕様が無い、と言えば良い機会だなと朗らかに微笑む審神者の姿があった。



さて、子供の世話というのは具体的に何をすれば良いのだろう。
想えばこうやって身体を得てから幼子と介する機会は無かった気がした。
短刀は見た目が幼いので行動も幼くなりがちなモノも居るが、そこは腐っても刀である。

「夜は主が共寝をすると言っていた故、俺達は日中の相手をすれば良いのだろう」
「日中の相手……」
「うむ、まずは箸を教えて欲しいと。まあ食事だな」
「ということは、顕現したての刀と同じで良いんだな」

身体を持って初めての食事はおにぎりであり、知識として食事に箸を使うというのを理解はしても慣れるまでは難しかった。
今の時代はふぉーくやすぷーんがあるので、それを使っていたのかも知れない。

「それならまあ、何とかなるか。しかし……きみに幼子の世話なんて出来るのかい?」

世話をされるのは好きだ、と豪語する通り宗近は着替えにも他人の手を借りる程。
彼の衣装は少々面倒な狩衣なので分からなくも無いが、内番でも腕を振るっている所を見たことが無い。
何せ、国永が顕現してから今まで世話役という教育係のようなものを申し出たわりに着替えの準備や配膳など全て国永が行っていた。
他人の世話を率先して行う様を見るより、泰然自若としていて欲しいと国永は思うので、理想通りと言えばそうだったのだが。

「おや、知らぬのか?」
「何を?」
「俺はこの本丸でも古参の三番目、初太刀というものだぞ」
「……そういえば、主がここへ来て直ぐに顕現したんだってな。いや、だからって……世話は別だろう」
「馬や鳥には好かれるぞ」
「子供を動物と一緒にするな」
「なによりな、お前がまだほんのこの位だった頃、面倒を見ていたのは俺だ」

ほんのこの位、と言いながら腰より低い位置に手を置く宗近。
あまりの低さに一瞬面食らうが、それと同時にその頃、が何を指すのかを理解して顔が熱くなった。

「あ、あんな、俺がまだ生まれたての頃の事だろう!?」
「うむ。あにさま、あにさまと言うてはころころと駆けてきおって、いとあいらしかったなぁ」

ころころと上機嫌に笑う宗近に目も顔も合わせられず、伏せるしか無い。
確かに五条が三条の師へ刀を見せに行って以来、三条邸へは宗近へ会いに行っていた。
けれどまさか、千年越しにそんな話しを聞かされるとは思わなかった俺は、恥ずかしくて仕方が無い。
まだ口を開こうとする宗近の手を、少し乱暴に引き寄せて庵へと足を速める。

「こうやって、昔も手を引いてはあにさま早く、と急かしてなぁ」
「ああ、もう、うるさい! ほら、見えてきたぞ! 中にチビ達が居るんだろう!?」

宗近と言い合いになりながら庵の戸をがらりと横に勢いよく開けば、中からひゃあと鳴き声が聞こえた。
驚きながら宗近を振り向けば、小首を捻って微笑んでいる。
何が鳴いたんだろうと、今度は静かに障子で仕切られた土間から室内へと顔を覗かせた。
そこに居たのは、昔ならば元服の頃だろうと思われる少年と、その背後に隠れて元服前くらいの少年が居た。
確か名前は、

「れいり、と、しゅの……だったか? れいりはどっちだい?」

なるべく怖がらせないように、目線を同じ高さにして微笑む。
相手から反応があるまでは、顔を笑顔で固定する。
ついで少年達の様子を観察した。
まず気付くのはガリガリに痩せこけた頬と腕。
膝に届く丈の頭から被るだけの簡素なシャツに、クシを通した事がないようなボサボサの髪の毛。
一体今までどんな生活をしてきたのか、厳しく睨み付ける顔と怯えに色を無くした顔。
暫く待っても返答がない事に頭を掻き、後ろに立つ宗近を仰ぎ見る。
彼はいつも通り、鷹揚な笑みを浮かべて頷いた。

「俺は三日月宗近、主の刀だ。主、お前達をここに連れてきた女人の事は分かるな?」
「あるじ……にょに? 母さまのこと?」
「あんた達は、緋翠の式神なのか?」

本当に小さく、か細い声色で怯える子供が口を開く。
ソレと同時に、もう一人の子供がはっきりとした口調でやや警戒気味に。
審神者が子持ちだったことや、式神の知識があることなど初耳だったが、まずは存在に馴染んで貰おうと国永は頷いて返した。

「主は日のある内は忙しいのでな、俺達と過ごしていて欲しいそうだ」
「……何をするんだ?」
「そうだなぁ……まずは食事か。今日の分はこちらに用意をしてあると聞いたんだが」

部屋の中央、座卓の上にはそれらしい物は見当たらない。
ともすれば他にあるのは脇に置かれた文机と書棚だけの、殺風景な佇まいだ。
子供が好きそうな玩具も冊子も見当たらない。
勝手口の方を見れば炊事場があり、膳の準備が整えられていた。
椀の中には十倍粥が用意されていて、付け合わせは卵焼きと具無しの味噌汁のみ。
顕現したての男士ですらもっとマシな食事だ。
けれど先程の子供達の様子を思い出し、納得する。
青白い顔に痩せた頬、身体に合っていない服からのぞくガリガリの腕。
研究所から連れてきたとは聞いたが、そこでの扱いを想像するに察するものがあった。
ため息を吐き、気分を切り替えて膳を持ち部屋に戻る。

「待たせたな。飯は冷めてるみたいだから、直ぐに食べて大丈夫そうだぜ」
「おお、そうか! では頂くとしよう」
「いや、きみはさっき食べてきただろう? これは怜悧と朱乃の分だ」
「あなや!」

驚き、目を伏せて落ち込んだ様子を見せる宗近。
子供達は顔を合わせ、目を丸くしている。
和む、というほど慣れては居ないだろうが顔に怯えは見られない。
二人の前に膳を整え、怜悧の隣には国永が、朱乃の隣には宗近が座る。
暫く戸惑う様子を見せた二人はやがて、

「待て待て! 箸やふぉーくは使わないのか!?」
「ひんっ!?」
「……はし? ふぉーく?」

卵焼きやお椀に直接手を伸ばそうとするのを、国永が腕を伸ばして慌てて止めた。
小さな身体を縮こまらせて震える怜悧に、首を傾げる朱乃。
宗近が膳に添えられた箸に手を伸ばし、朱乃の手に当てて持たせる。

「これが箸だ。このように持ち、食事を摂るのに使う道具だ」

後ろから抱きかかえて朱乃の手に手を添え、指を動かして卵焼きを一口大に切って挟み込んだ。
そうして口元まで運んでやったところで朱乃が宗近を振り返り、幼い顔を見て宗近が微笑む。
恐る恐る、口の中に入れて咀嚼する。
怯えていた怜悧も心配そうな顔をしながら朱乃を見つめていた。

「あまい」
「美味いだろう?」
「……うまい? 美味いっていうのか?」

驚きに目を見開きながらの言葉に、宗近と顔を見合わせて言葉を呑み込む。
朱乃が怜悧を見て頷くと、怜悧は目を輝かせて国永を仰ぎ見た。
先程の朱乃の様子を見るに、恐らく怜悧も箸を使えないのだろう。
期待する表情の愛らしさに小さく笑い、宗近同様に後ろから小さな身体を膝に乗せてやった。
身体を持ち上げた瞬間は固まり緊張した様子だったが、餌付けをし始めるとそれも徐々に解れていく。
初めての経験に国永は、先行きの長さを感じて一抹の不安を感じるのだった。
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