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カナリア 4

鏡に映るのは、ふにゃふにゃと波打つ白くて長い髪に、目尻が下がり気味の丸くて赤い目。
さがってる眉は困ってるわけじゃないのに、困ってるみたい。
それが私、ヴィオレの見た目。

「ヴィーの髪の毛はふわふわしてて、柔らかいし気持ち好いね」

哀が笑いながら口にする。
でも、私は哀と同じ真っ直ぐな髪が良かったの。

「ヴィーの目ってまん丸で、垂れ気味でかーわいいーよね」

ロードが機嫌良くほっぺたをつんつんしながら言う。
でも、私はロードと同じ猫さんみたいなお目々が良かったの。

「ヴィーは肌白いんだな。哀も白いけど、それとは違う白さってやつか」

ティキが驚いた顔をして首を傾げる。
でも、私はティキみたいなお日様に当たって良い肌が良かったの。
お日様にいっぱい当たって、お花を摘んでいたいの。
教えて貰ったお花の輪っかをつくって、お昼寝をしてみたいの。
出来ないから、それをしてみたいと思う。
哀に話したら、悲しそうにごめんねって言われた。
身体が弱いからベッドから起き上がれなくて、眠る事も多い哀。
哀の側に居るから出来ないんだって思ったみたいで、そうじゃないよって首を振った。

「おにいちゃんと、違うけど、おにいちゃんと、同じだから、嬉しい」

お日様は肌が痛くて赤くなって、あんまり当たると火傷しちゃうから。
明るいところを見過ぎると目が熱くなって、涙が止まらなくなっちゃうから。
違うけど、同じだねって言ったら哀は笑ってくれた。
私の服は最近、ロードが哀とお揃いのものを着せてくれる。
ロードが好きなのはゴシックロリータなんだけど、私達にはロリータ系が似合うって。
ロリータ系が何かはよく分からないけど、白くてふわふわして、可愛いの。

「ヴィー、髪の毛結ってあげる。おいで?」
「ん!」

おにいちゃんは調子が良いと、そう言って私の髪を結ってくれる。
三つ編みだったり、頭の上に一つだったり。
でも顔の横は垂らすように、いつも残してる。
どうしてここは縛らないの?って聞いたら、

「邪魔だった? ごめんね、一緒にくくってあげる」
「ううん、違うの。おにいちゃんが遊んでくれるの、好き。どうしてかなって、思っただけ」

哀が好きならずっとそのままで良い、哀が好きなようにして欲しい。
でも何かあるのかなって、気になるの。
他のところみたいに縛りづらい?
それなら短くした方が良いのかなって。
けど哀は、目をぱちぱちさせてから笑う。

「あのね、ここを残してると本当にヒツジさんみたいだなって。ヴィーに似合ってて可愛いから」

頭を撫でながらかわいいって言ってくれて、嬉しくなった。
哀が笑うとうれしくて、胸がぽかぽかするの。
大好きなおにいちゃんと一緒に居られて、時々夢じゃないかなって怖くなる。
でも、哀は必ず側にいて、静かに寝てる所を見ると安心できた。
起きていると優しい声で、えほんをいっぱい読んでくれた。
眠っていても私の子守歌は聞こえてたって、嬉しかったよって言ってくれる。

「すっかり懐いてるよねぇ、ヴィオレってば」
「なつく??」

哀が起きて居る時間が少しずつ長くなって、ティキに抱っこされながらお庭を散歩してる時だった。
ロードは部屋に置いたテーブル一杯にお菓子を持ってきてくれて、哀が戻ってくるまで食べないで待ってるの。
なつくってなんだろう、一緒に居て良いって事かな。

「哀が好きだねーってこと」
「ん、おにいちゃん、好き」
「ヴィオレのお陰で安定してるみたいだし、良い事なんだけど……」
「?」

むすっとした顔でテーブルに肘を突いて、両足をぷらぷら。
どうしたのかなって気になるけど、ロードが何かを言うまで私は膝に手を置いて大人しくする。
足をぷらぷらするのはちょっと楽しそうだけど、何かに当たると困るから見てるだけ。

「ヴィオレって何なんだろうねー?」
「なん、なぁに?」
「んー、アクマ達に近い気配だけど違うしぃ……でも嫌な感じはしない、人間でもないしぃ……」
「にんげ??」

人間って、人って、動物じゃない人の事だよね。
私のことをヒツジって言うけど、私は本当にヒツジさんだったのかな。
悪魔、は司祭様が聖書に書かれてる怖いもので、人間を堕落させるんだってよく言ってたあれかな。
ロードが言う事は難しくて、よく分からない。
私、私は人間じゃないのかな。
不安になってロードを見上げてたら、ニヤニヤといつものように笑い始めた。

「良かったねぇ、人間じゃなくて。僕、人間は嫌いだからさー」
「……えと、えっと、ロードは人きらいなの?」
「うん、大っ嫌い。殺したいくらい嫌いだよー」

にっこり、笑顔で口にする。
ころすって、痛いことだよね。
それも嫌だけど、でも、嫌いだって言われる方がずっと怖くて。
泣きそうになった所でティキと哀が戻ってきて、ティキがロードの頭を小突く。

「何泣かせてんだよ、哀が怒るぞ」
「ぶー、哀は優しいから怒りませんー! あと泣いてませんー!」
「ヴィー、どうしたの? 何があったの?」

ベッドに降ろされながら手を伸ばしてくれる哀に近寄って、頭を横に振る。
ロードは何もしていなくて、私が勝手に泣きそうになったんだって言いたくて。
頭を撫でてくれる哀の手に、気持ちが落ち着いてくる。

「あの、ロードのきらい、教えてもらって……」
「自分がそうかもって、思っちゃった?」
「ん、ん……」
「あれ、そうなの?」

一生懸命頷く私に、驚いた顔で私を見てくるロードと、そんなロードをジト目で見るティキ。
哀はぎゅうって、背中に手を回して抱き締めてくれた。
少し高い体温に安心したけど、すぐに具合が悪くなったんじゃないかなって心配になる。
涙目になったまま見上げたら、哀が笑って首を傾げてた。

「僕もロードも、ティキも、ヴィーが好きだよ。ね?」
「え? あ、まあ、嫌いではねぇな」
「うん、ヴィーは好きだよー」

驚いた顔でティキが、ニヤニヤ笑ってロードが、優しい笑顔で哀が口にする。
嬉しくて、胸がぽかぽかで、嬉しいから、笑って頷いた。

「わたしも、好き、大好き」

ありがとうって、哀にほっぺたをすりすりして、一緒にベッドにころんて寝っ転がる。
今日は哀はたくさん起きてたから、そろそろ寝るのかも知れない。
お菓子が食べられないのは残念だけど、いっぱいぎゅうってしてもらえたから嬉しい。
さっきまでの怖い気持ちがなくなって、胸がぽかぽか。
そのまま寝るのかなって思ってたら、哀が私の肩をとんとんって叩いた。

「そういえば、ヴィーの年齢が分かったよ」
「ねんれ? 何才?」
「6才みたい。僕は7才だから、一つ下なんだね」

小さいから分からなかったよって笑う。
私は小さいんだ、っていうのと、哀のひとつしたっていう驚きに目をぱちぱち。
でも妹は年下のことを言うし、小さいのは可愛いから良いんだよって頭を撫でて貰った。
これからいっぱい食べて、眠ったら、大きくなれるらしいから、楽しみ。



真っ暗な部屋の中。
部屋の真ん中に置かれた長台に、べったりと、痺れて動けない体をくっつける。
両手は右と左に、針で刺されて、足も両方同じ。
痺れて、痛くて、苦しくて。
最初は声を上げてたけど、変なおクスリを飲まされてからは頭がぐるぐる、ぐちゃぐちゃで。

「カナリア、何故ノアと共に居たのです?」

暗い、暗い、部屋に怖い声が響いてくる。
のあって何、かなりあって何、知らない、分からない、怖い。
おにいちゃん、怖いの、おにいちゃん。
ぎゅってして、あたまをなでて、ヴィーってよんで、いっしょにいて。
おにいちゃん、おにいちゃん、ごめんなさい。
私が、そばをはなれたから、おくれたから、いなくなっちゃった。
ぐるぐる、ぐちゃぐちゃ、いたくて、くるしくて、こわくて。

「答えなさい、カナリア。何故ノアと共に居たのですか」
「かな……ちが、ヴぃ……お、ひつじ……」

涙がぽろぽろ、後から後から出てくるけどどうする事も出来なくて。
嬉しかったの、初めてもらった私だけのもの。
だから違うもので呼んで欲しくなくて、口が動かないけど、それだけは言う。
何度も声は聞こえてきて、そのうち何も分からなくなって。
私を抱き締めてくれる熱も、頭を撫でてくれる手も、温かい声もない。
私には、何もなくて。
私には、何もないから。
良いなあアノ子。
優しい家族も、温かい手も、明るい部屋も、幸せな思い出もあるの。
私はアノ子じゃないから持ってなくて、アノ子は私と違うから持っている。
うらやましいけど、でも、アノ子が幸せそうに笑うと、私は嬉しいかも知れない。
だから、良い。
暗くて、怖くて、痛くて、苦しいけど、アノ子が笑ってくれるなら、私には何も無くて良い。
目の前が、暗くて、深い、霧に包まれていった。

カナリア 3

眠る人、哀が気持ち良く寝られるにはどうすれば良いか。
起きたときに何が出来るのか。
最近の私の興味はずっとこれで、けれど答えはなかなかでない。
私が知ってる事は少なくて、ここへ来て初めての方が多いくらい。
部屋の中をぐるぐる歩いて考えたいし答えを探したいけど、それも出来なくて。
そんな時だった、あの子が来たのは。

「ティッキ、シープって安直ー。センスないよねぇ」

にこにこ、よりはニヤニヤと笑いながら跳ね髪の女の子が言う。
シャワーで離れて居た少しの間で、寝床と天蓋のベッド以外何も無かった部屋にテーブルと椅子が増えてた。
テーブルの上にはかわいい飾りの置物とティーカップがあって、女の子は置物を口にする。

「うるせぇ、急だったから仕方ねぇだろ」
「だからってさぁ、女の子だよー? もっと可愛いのあったじゃーん」

ぽんぽんと会話を続ける二人に、戸惑いながら寝床へと足を向けた。
けど、それに気付いたらしい女の子がぴょんと跳ねて先回りをする。

「きみはこっちー」
「え、え?」

私より少しだけ高い位置にある腕を絡められ、部屋の隅からテーブルへと引っ張られた。
さっき女の子が座っていた隣、ティキっていう男の人の向かい側に座らされる。
ティキには少し低くて、女の子には丁度良さそうな高さに見えたのに、私には少し高い。
もしかして、私は小さいんだろうか。

「何か人形みたいだねぇ、かわいいじゃん」
「余計ぬいぐるみ感が増してんぞ……」

にやにや満足そうに笑う女の子と、小さく息を吐くティキ。
何か気に入らなかったのか気になって、どうしていいのか分からなくて身体に力が入る。

「あれ、この子良い匂いがする。さっぱりした甘い匂いー」
「ああ、千年公もそれが気に入ってるんだとさ」
「なんだっけ、これ……覚えのある匂いなんだけどなぁ」

うーん、と首を傾げる女の子に、けれど答えられる事は無い。
甘い匂いなんて初めて言われて、シャワーの匂いかなって思った。
ここへ来るまではすえた匂いとか、思わず顔をくしゃってするようなものが多かったから。
周りの子供達も同じだったし、場所もそうだった。
変な匂いじゃないと良いんだけど、と顔の横にあたる髪の毛を掴んで鼻に当ててもよく分からない。
そんな時だった。

「……スミレ」

小さくて、静かな、掠れ気味の声。
聞き逃してもおかしくないのに、はっきりと耳に入ってきた。
ティキでも、女の子の声でもない、別の人。
それがレースの向こうから聞こえてきて、少し遅れてから眠る人の声だって分かった。
驚いた顔ですぐに反応したのはティキで、ベッドの側に歩み寄って顔を寄せる。
私はその高すぎなくて、涼しげな声に胸がドキドキした。
びっくりするくらい綺麗な声で、もう一度聞きたいと思う。
けれどティキはすぐに戻ってきて、その顔は悲しそうなものだった。

「またすぐ寝ちまった」
「そっかぁ……でも良いね、シープよりずっと可愛いじゃん、スミレ」
「"ヴィオレ"?」
「哀はヴィオレが良いってー。今からきみはヴィオレ・シープだねぇ?」

愛称はヴィーかなぁ、なんてころころ笑いながら口にする女の子。
ヴィオレ・シープ、それが私の名前。
嬉しくて、泣きたくて、変な顔で笑っちゃった。
下手に笑う私の顔を見て、女の子はにっこり可愛らしい顔で笑う。

「あは、やっぱり可愛いー! そうだ、今度哀とお揃いの服着なよ、持ってきてあげる」
「おま……そいつは良いけど哀までオモチャにすんなよ?」
「えー、オモチャじゃないよ、可愛がってるのー。何も持ってこないティキより良いじゃん」
「ばっ、ちげぇよ! 花なんて持ってきても見ねぇだろ」
「……花?なんでお花??」

焦るティキの言葉に、思わず口が滑った。
慌てて口を両手で塞ぐけど、ティキも女の子も私が声を出しても何も言わない。
むしろ当然みたいな態度で、女の子は頷く。

「あ? 見舞いには花だろ?」
「えー、そんなのよりお菓子の方が良いじゃん。ヴィーだって、お菓子の方が好きだよねぇ?」

ねー、と声を上げながら女の子はテーブルの置物を手に取って私の口に当てた。
ぺちょりと白い泡のような柔らかい何かが口に入って、驚く。
目の前が明るくなるような、ふんわりと軽くなるような、頬がとけるような味がした。
驚きときらめきに、動きが固まる。
女の子はけらけら笑って、やっぱり甘い物好きだよねぇって言う。
甘い、これが、甘いっていうこと?
こんなものが世界にはあるんだって、不思議になった。

「ヴィー、それ食べて良いよぉ」
「ん、ん……」

許しが出て、両手で受け取ってからこの甘い"お菓子"っていうモノを食べる。
ゆっくり、ゆっくり、一口ずつ味わう。
無くなってからも暫く、ふわふわ、ほわほわと気持ちが揺れる。

「ていうかティッキ、花ってその辺の雑草じゃないよねぇ」
「は? それ以外どこで手に入るんだよ」
「お店で買えば良いじゃーん。愛しの哀の為でしょ? だめティッキー」

私がふわふわしてる間に、二人の話はさっきの事になってた。
不思議に思って首を傾げてると、女の子が顔を覗き込んでくる。

「ヴィー、どうしたのー?」
「……あの、どうしてお花?」
「……見舞いには、花だろ?」
「えー、だからお菓子の方が良いって。ていうかティキ、もっとマシな花にしなよ」

おみまいには、お花かお菓子が普通らしい。
けど私にはお花もお菓子も用意出来ない。
そもそも、おみまいって何だろう。
知らない事が多くて、だから知りたくて、女の子が少しずつ聞いてくれるからそれを口に出していく。
そうしたら、本っていうのを持ってきてくれることになった。
私は字っていうのも知らなくて、ティキとお揃いらしい。
ティキは私よりマシらしいけど、学がないんだって。
色々話して、教えて貰って。
私は、眠る人の為にお花を用意したいなって思って。

「寝てても、お花の匂い、分かるから」

起きたらすぐにお花を渡せるようにしたい。
そんなことを言ったら、お花は育てて増やせるって女の子が言う。
部屋の前に庭があるから、そこを使えば良いらしい。
教わって初めて、お外に繋がる窓の先は囲まれたお庭あるって分かった。
ちょっとの木と、茂みと、草と、小さな白い花。
好きに弄って良いって言われて、嬉しくなる。
何でもして良いって許されて、怒られない場所があると、そこに居て良いって言われてるみたいで。
嬉しいがどんどん増えて、怖くなる。
だからいっぱいいっぱい、べんきょうをしようと思った。



それから少しずつ変わった所が多くなった。
ひとつは、限界まで我慢してから倒れるんじゃなくて、朝と夜にあわせて行動すること。
お庭に作って貰った花壇いっぱいに、女の子がくれた種を埋めて育て始めた。
何のお花かは、咲いてからのおたのしみって、教えて貰えなかったけど。
ひとつは、えほんを貰って読み書きの練習を始めたこと。
読むのはむずかしくて、すぐ詰まっちゃう。
けれど書くのはゆっくり、ひとつずつで良いから私でも出来る。
ひとつは、私の生まれた年の出来事が書いてあるシンブンを持ってきて貰ったこと。
難しい字ばかりでまだ読めないけど、見てるだけでわくわくする。
そして一番変わったことが、

「ヴィオレ、おいで」
「哀! おはよう」

数週間に一度、ほんの少しの間だけ眠る人、哀が起きる様になったこと。
哀をずっと女の子だと思ってたんだけど、男の子だったみたい。
起きてる内に色んな事をお話しして、フタゴっていう同じ顔のキョウダイが居る事を教えて貰った。
今は一緒には暮らせないらしくて、哀は悲しそうに笑って言うの。

「ヴィオレには、兄弟は居た?」
「んん、いない。私と同じ、白い子も居なくて、リョーシンとも違ってて、だからひとり」

リョーシンは親っていう意味だよね、この前絵本で読んだの。
孤児院には同じように集められた子供は居たけど、同じ子供は居なかったから、兄弟でもない。
何より、あそこでは話す事なんてしないで、自分一人が生きるだけで精一杯だったから。
私も、他の子供達の事を見てる時間は無かった。
それを少しずつ、少ない言葉でひとつひとつ説明をしていく。
そのうち哀が寝ちゃって、私はまた一人の時間に戻る。
今度は子守歌だけじゃなくて、絵本を読み上げるように練習も重ねていた。
出来れば楽しくて、ふわふわとしたお話が良いから、それを読んだ。

「ちぃたた、ちぃたた とんとん とん」

最近よく読むのはネズミの服屋さんのお話。
色んなお客さんが来て、その人達にあったお洋服を作っていくの。
その時の作ってる音がなんだか可愛くて、音にするのが楽しくて。

「ちぃたた、ちぃたた とんとん とん」

いつの間にか笑顔で読んで、楽しくなっていた。
そう、私、たのしいが分かるようになったの。
胸がうきうき、飛び出したくなるような、はずむような気持ち。
誰かが笑ってるときは、こんな気持ちになってるんだね。
哀が起きてる時には哀が絵本を読んでくれて、そんな時は必ずベッドの横に上げてくれるの。
まだ起き上がれないから、って。
哀と一緒に横になって、時々頭を撫でられて、ふんわり柔らかい声と香りにすごく安心する。
それからちょっと泣きそうになって、本当に泣いちゃって。

「何か嫌だった? 悲しい?」

顔を覗き込んでくる哀の方が悲しそうに眉を潜めてる。
私は首を振って、すごく胸がぽかぽかするのに泣いちゃったって伝えた。
哀は驚いた顔をした後、ふにゃりと柔らかく笑って頭を撫でてくれる。

「それはきっとね、安心とか、嬉しいからでた涙だよ」
「? なみだ、悲しいと出るじゃないの?」
「そっちの方が、多いだけ。嬉しくても、幸せでも涙は出るんだよ。僕はそっちの涙は好きだな」

言いながら、目尻をちゅって哀が吸った。
涙を拭いてくれるんだって分かったから大人しくしていたら、哀が小さくくすくすと笑う。

「ヴィオレは甘い匂いがするけど、涙も甘いんだね。砂糖菓子みたい」

砂糖菓子、女の子ことロードが持ってきてくれるふわふわと可愛い食べ物。
それのなかに、スミレの花の砂糖菓子もあるって哀が教えてくれた。
私の涙はそれの味がするよって。

「哀は、お菓子好き?」
「うん、好きだな。ヴィオレは?」
「ロードの持ってきてくれる、全部好き! 哀がお菓子好きで良かった、嬉しい」
「うん? どうしてヴィオレが嬉しいの?」

柔らかい笑顔で首を傾げる哀。
けれど、私はそう聞かれて、ひゅっと息を呑んで青ざめた。
分不相応な望みを抱いた事に気付いて、それを知られてしまった事に絶望して。
元から色素の白い肌が、病人の哀よりも白く青くなっていく。
どう、すれば良いのか分からなくて、次第に目の前がぐるぐると揺れ始めた。
そんな私に、

「ヴィオレ、ヴィオレ? どうしたの?」

哀が顔を覗き込みながら、肩を抱いてくれて気持ちを聞いてくれる。
今までは望みを持つことは出来なくて、願う事も禁じられて、ただひたすら苦しいのに慣れて耐えるしか無かった。
こうやって心配してくれる温かい手も、眼差しも、何も無くて。

「あの、あの……私が、砂糖菓子……みたい、お菓子になれたら、哀が……好き、なって、くれるかな、って……」

そんな事起こるはずないのに、高望みの希望が胸に痛くて涙が出る。
愛されたい、必要とされたい、側に居て欲しい。
ずっとずっと欲しくて仕方なくて、だからこそ見ないようにしていたのに。
哀が柔らかいから、やさしいから、もしかしたらを望んでしまう。
こんな私と一緒に居て、必要として、愛してくれる人なんて居ないのに。

「ヴィオレ……僕は、ヴィオレが好きだよ。優しくて、可愛い、妹みたいに思ってる」

哀の優しい声が胸に響く。
けれど、でも、それが私の欲しいそれじゃないのは知ってる。
せんねんこーも、ティキも、ロードも、哀も、構ってくれるけど受け入れてはくれてない。
同じモノにはなれないから、同じモノの中には入れない。
それが悲しくて、どうしようもなくて。
それでも、側に居ると言ってくれる哀の言葉が嬉しい。

「哀が、捨てるまで、いらないする、まで……一緒、側に、おいて……?」
「僕が捨てるなんてあり得ないよ。いらないなんてしない。でも……、ヴィオレを誰かに取り上げられるかも知れない。僕ではそれを止めれないんだ……ごめんね」

私を抱き締めたまま、哀は俯いて寂しそうな声で話す。
多分、きっと、一度あった事。
大切な何かを取り上げられて、捨てられて、それで哀は今ここに居るんだって。
泣いても良いのに、哀は泣かないで唇を咬む。
私はその分ぽろぽろと涙が出てきて、止まらなくなった。
まるで哀が泣かない分まで泣こうとするみたいに。
小さく、困った顔で笑った哀は私の頭を撫でて口を開く。

「それでも良ければ、側に居て? 僕の妹になって、お兄ちゃんって呼んで欲しいな」

まるで、ごめんねって言うみたいに哀が口にしたから、私は言いたい事が全部どこかに飛んでいったまま口を開いた。

「あ、哀……おに、お兄ちゃ、お兄ちゃんっ!」
「なぁに、ヴィー」

涙をぼろぼろ零したままの私に、両頬に手を添えてくれた哀が笑う。
ほっぺたを赤くして嬉しいっていう気持ちをそのまま表してくれて、そんな哀の笑顔を見てたら私まで嬉しくなって。
直ぐに眠くなってしまった哀と一緒に、この日は初めてベッドで一緒に横になって眠ってしまった。

奪われる者




愛していた。
たった一人の可愛い可愛い僕の弟。
ずっと、一緒に居られると思っていた。
僕の命の鼓動が止まる、その瞬間まで



「ゲホッ、ゲホッ」
激しい咳と一緒に肺の酸素が奪われて、息ができない。
止まらない咳に意識が混濁してくる。
「おにいちゃん!」
どこからかパタパタと走ってくる足音と同時に布団のそばに誰かが蹲って泣いている。
「楓、どうしたの?何かあった?
お兄ちゃんにはなしてごらん?」
苦しい咳を堪えながら体を起こして楓を抱きしめる。
双子の弟とは姿形瓜二つなのに、どうしてこんなに違うのかな。
こんな家に産まれなければ、楓は皆から愛される存在だったのに。
可愛い楓。僕の可愛い弟。
「ひっく、おとうさまがっ、どうしてこんなこともできないんだって…
ぼく、いっしょうけんめいしてるのに」
「うん、楓はこんなに頑張って偉いね。
お父様の言う事は厳しいけど、楓が大きくなって困らない様に言ってくださってるんだよ?
だからお父様の代わりに僕が一杯楓を褒めてあげる」
ぎゅっと抱きしめた弟の頭を撫でる。
「可愛い可愛い僕の楓。
ごめんね、僕がこんな体じゃなかったら君にこんな想いはさせなかったのに」
「ちがう、あいのせいじゃ……」
「僕が家を継げないから、君がこんなに辛い思いをしてるんだ…ごめん、楓。
僕を憎んでいいから、悲しまないで」
「いやっ!おにいちゃんだけがぼくにやさしくしてくれる。
あいがいなきゃ、ぼくなんて……」
「ふふ。ごめんね。
もう言わないよ、楓の為に僕も頑張って病気治さないとね?」
すると楓は花が咲いたように笑った。
「あい、びょーきなおる!?」
「分からないけど、頑張るよ。
良くなったら、楓が見つけた大きな木がある丘に連れていってくれる?」
「うん!やくそくだよ!」
約束は、きっと守れない。
それは分かってたけど、僕が生きてる間は楓に悲しい思いをさせたくなかった。




それからというもの、楓は父や母に辛く当られたら僕の所に逃げてくるようになった。
可愛い楓に頼られるのは何より嬉しかった。
身体が弱くて長く生きられない僕が唯一、大切な可愛い弟にしてあげられること。
「可愛い楓。僕の大切な弟。
僕が君を傷付ける全てから守ってあげる」
「あい、だいすき。
ぼくもあいをまもってあげるね!」
とても可愛い僕の楓。
楓さえいれば他に何もいらないと、この時は思っていた。


「ゲホッ、ゲホッ!」
咳が止まらなくて、布団の上で蹲っているとおかしなことに気がついた。
血が黒い…
吐き出した血が、墨のように真っ黒で、ズキズキと頭が痛んだ。
それが何日か続いて、額におかしな十字の傷が浮かび上がってきた時から妙な夢を見るようになった。

僕には沢山の家族がいて、僕は車椅子に乗っていた。
僕は綺麗な女の子で、目の前に男の人がたっている。
逆光で顔は見えない。
けど、怖くはなくて、家族だから笑いかけて聞いたんだ。

『どうしたの?ーー?』

誰かの名前を呼んだと思う。
僕には聞き取れなくて、名前かもわからなかった。
でも目の前の男が笑ったから安心したその時ーーー


「はっ!!」
目が覚めた。
嫌な汗が全身を這うように流れ、呼吸が荒い。
「何今の……僕は…ぼく、は……?」
がくがくと震える体を抱きしめて庭に目をやると不思議な人がたっていた。
耳が長くて、大きな口に大きな体。
見るからに不審人物なのに全然怖くなかった。
「あなたは……?」
「キミを迎えに来ましタ♪」
そう言ってその人は僕の目の前にやってきた。
「聖痕の影響が出始めていますネ。
キミはもっと良い環境で療養しながら覚醒を待たないといけまセン」
言われてる内容は突拍子もないのに、何故かそうするのが正しんだと理解出来た。
「あの……弟も一緒に連れて行って貰えませんか?
離れ離れになるのは嫌なんです」
「弟ですか……まぁいいでショウ。
ただし、殺されないよう気をつけるんですヨ?」
「ありがとう、じゃあ楓を探して……
ううん、まずはこの家を……壊して。
楓に酷いことして縛り付ける家が無くなれば、楓は僕の所に来るしか無くなる」
「わかりました、デハ皆殺しましょう!」
その人はアクマと言われる兵器を呼び出してそれに家を襲わせた。
アクマの弾丸には人間を殺すウィルスが入っていて喰らえば即死らしい。
僕はそれが効かない人間で、先程の人、千年伯爵の家族らしい。
新しい家族に、僕は不安もなく、安心していた。
楓と一緒ならどこでもいい。
楓はこの時間はいつもの丘に居るはずだから大丈夫だと思っていた。
けれど、崩れた屋敷の揺れでバランスを崩して布団に叩き付けられると、悲鳴の様な声がした。
「あいっ!」
必死に僕を助けようと炎に飛び込もうとする楓が居た。
なんで、なんで!
そんな所にいるの!?
危ないから来ちゃダメ、今迎えに行くからって言いたいのに、咳で声にならない。
助けて欲しくて、助けたくて、必死に楓に手を伸ばすと、目の前で崩れた柱が楓を押し潰した。

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

狂った様に叫んだ僕を千年伯爵が抱き締める。
「いきましょウ、ここは身体に障りまス」
突然空間ができて、そこをくぐると見知らぬ場所に出た。
「ここ、どこ?楓は?」
「おちつきなさイ。ここは我輩たちの家デス。
楓くんは…恐らくお亡くなりになったかと 」
「そんな、楓っ!!」
僕は千年伯爵に抱きついたまま泣きじゃくった。
千年伯爵は僕にノアの一族やアクマの事、イノセンスやエクソシストのことを教えてくれた。
「哀くんには我輩達家族がいマス。
今は気持ちの整理が必要でしょう?
風通しのいい部屋を用意しまシタ」
千年伯爵は僕を支えながら立たせてくれた。
「ありがとう、千年伯爵」
僕は千年伯爵にギュッと抱きついた。
千年伯爵は優しく僕の頭を撫でた。
「さぁ、キミの部屋に案内します。」
可愛らしい部屋に通され、ベットに横たえられる。
風がとても気持ちいい。
「哀くんは哀しみのメモリーを受け継ぐノア。
覚醒までに辛い記憶を継承していくでしょう…デモ忘れては行けまセン。
キミには家族がついていますカラ」
「はい、ありがとう。千年伯爵」



暫くその部屋で過ごした。
毎日毎日哀しい記憶ばかりが溢れ、頭が痛い。
黒い血が額から流れ、聖痕というのが浮き出てくる頃には僕の精神は疲弊しきっていた。
そんな時、ティキと出会った。
ティキは千年公が連れて来てくれた。
話し相手にって事だけど、子供の僕から見れば青年のティキは凄く大人に見えて何を話せばいいかわからなかった。
それでもティキは色んな話をしてくれた。
仕事柄?あちこち行くらしく、色んな話を知っていて、珍しい本をくれたりした。
「哀は可愛いから笑った方がいいぜ」
そんな風に頭を撫でてくれる優しい手が好きで、気がつけばティキの事ばかり考える様になってた。
僕がノアとして覚醒した日も、ずっとそばに居てくれた。
嬉しくて嬉しくて、ティキにずっと一緒に居たいって言ったらティキも僕とずっと一緒に居たいって思ってくれていた事が嬉しくて幸せだった。

でも、神様って言うのは残酷で僕が幸せになるのを決して許しはしなかった。


千年公から楓が生きてた事を教えてもらった。
その時は嬉しくて涙が溢れるほど嬉しかったのに、楓がイノセンスの適合者だと言うのを聞かされた。
「そんな、なんで……
楓が敵になるなんて……」
哀しくて哀しくて哀しくて……
僕はティキにしがみついたままわんわんと泣きじゃくった。
ぎゅっと抱き締めてくれるティキの体温に安堵しながら、暗く寒い絶望の中に意識を落としていくことしか出来なかった。


ごめんね、楓。
こんなお兄ちゃんで、ごめんね。
キミを壊すことしか出来ない僕を憎んでいいから…
君は誰にも殺させない。
もし、その時が来たら……

キミだけは、僕の手で……




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