眩しい光が目に飛び込んで来たことで、私は突然に覚醒した。
目を開けると知らない景色、家の中?で身体に白い布がかけられてる。
「起きましたカ?」
横からの声に目を向けたら、帽子に笑顔の太った男性が居て。
そういえば、私はこの人に"拾われた"んだと思い出した。
誰かの側に居るように言われた気がしたんだけど、記憶は曖昧。
「おはよウございまスV」
「……おはよう、ございます」
言われた言葉を繰り返して、今が朝なんだと考えつく。
白い布をよけたら木の板があって、私が横になってた場所が床だって分かった。
男性の居る方を改めて見ると、レースが掛かってるベッドが置いてある。
「それは?」
「我が輩の家族が寝ていまス。……彼は今傷ついていテ、眠って居るのデス」
いきなり目から滝のように涙を流す男性を見て、かなり驚いた。
本当にだばーと流れている。
「……あ、あの」
何て声をかければ良いのか分からない。
だいじょうぶ、なんて私には判断出来ないし。
悲しいの、なんて涙を流してるんだからわかりきってる。
でも拾って貰ったんだから、何か役に立ちたい。
「私、その子の側に、いてもいい?」
「……えエ、子守歌でも歌ってあげて下さイ」
笑顔のまま、滝のような涙を引っ込めて男性は頷く。
けれどその声が柔らかく響いたから、眠っている人がきっと大事なんだって思った。
多分、その音に混じる気持ちが優しさなんだろうと思う。
私が知らない、けれどずっと欲しいもの、憧れてるもの。
男性が望むように出来たら、私にも欠片でもくれるだろうか。
眠っている人が起きたら要らなくなるかも知れないけど、それまで居場所をくれるのなら。
精一杯頑張ろうと決めて、それからちょっとだけ困ってしまった。
「あの……こもりうた、って、なぁに?」
ウタ、って言うからには声を出すんだろうけれど。
私が知っているのはサンビカだけ。
痛くて辛くて苦しくても、それを歌うことが義務だったから。
怖いおクスリを呑むときは、必ず歌いなさいって言われていたから。
男性は丸い身体に細長い顔を大きく捻って、首を傾げてから大きく笑う。
「でハ、一緒に歌いましょウV」
さんはい、と拍子を付けて一音一音、紡ぐように声を出した。
それを真似して、音を辿っていく。
人と一緒に歌うことは初めてだったから、難しくて。
でも、胸が苦しくなるごとに、温かくて不思議な気分になっていった。
それから暫く経つ頃には、私も少しずつ変化になれていった。
まず驚いたのはご飯。
朝、昼、夕と三回も出てくる事。
食べると色んな味があって、見た目も色んな物が出てくる。
レースの中で眠る人にはご飯はいらないらしくて、私だけ食べるのが勿体なかった。
次に驚いたのは、毎日シャワーを浴びること。
今までは、一週間に一度、井戸の水を頭から被っていたから。
温かいお水と不思議な泡でゴシゴシすると、お水がどんどん黒くなってそのうち変わらなくなった。
汚いままで居るのは駄目だって言われて、眠る人のためなんだって分かった。
それから、部屋の片隅に私の寝床を作って貰った。
固い床の上で同じ子達とくっついて寝てたから、私だけの寝床に嬉しくて。
柔らかくて細い木で編まれた丸いベッドに、ふかふかのクッション。
眠る人の側に居るために作られた、私の居場所。
眠る人はご飯もシャワーもいらないけど、眠っている間は寂しいかも知れないから。
起きたら分かるけど、いつ起きるかは分からないから、"家族"は一緒に居られない。
その間、私は声を届ければ良いらしい。
綺麗な声で歌が聞こえれば、寂しくはないだろうって。
「そして 坊や は 眠りに ついた」
だから、私はずっと歌った。
教えて貰った子守歌を。
「息衝く 灰の中 の 炎」
ご飯を食べるときと、シャワーで離れるとき。
眠気に倒れる以外はずっと。
サンビカを歌っていたお陰か、私の声はどれだけ疲れても掠れることもない。
「ひとつ ふたつ と」
部屋には他に人も居ないから、話す事もなく遮られる事も無く。
苦しいおクスリを呑まなくても良いから、ずっと子守歌だけを口ずさむ。
「浮かぶ ふくらみ 愛しい 横顔」
そうやって、ベッドの横の床に座って私が子守歌を歌っていたとき、
「うわ、マジで歌ってる……」
知らない人が部屋に入ってきた。
低い声に黒髪の、縦長い……多分、男の人。
ここに来るって言う事は、"家族"の誰かなのかも知れない。
一瞬だけ私を横目に見たその人は、すぐにレースへ手を掛けてベッドの中へと顔を寄せた。
"家族"が一緒に居るなら、私はいらないから子守歌をやめて寝床に座って息を潜める。
身体を小さく折り畳んで、膝を両手で抱えて出来る限り縮こまった。
前の場所では司祭様が様子を見に来ると、たまに邪魔だと言って殴られる事があったから。
どれが邪魔になるか分からないから、小さく小さく、居ないフリをする。
「なあ、おい」
だからそれが、私を呼んでいるんだって分かるのに、かなりの間が空いてしまった。
眠る人に話しかけるには、大きい声だとは思ったのに。
暫く経ってから顔を上げたら、男の人がこっちを見ていて目を丸くしてしまった。
はあ、と小さく息を吐いて、私を指で示してくる。
「お前さあ、ずっと同じ歌だと哀が退屈すんだろ」
「……あの人は、子守歌がいい、って」
最初に会ったきり、姿を見てない男性を思い浮かべながら口にした。
答え以外は言っていないけど、久しぶりに人と話すとどきどきする。
あの人?と首を傾げてから、男の人は頷いて聞き慣れない言葉を出した。
「千年公が言ったのか」
「せんねんこー」
「そそ。帽子被って耳が長くて、大きかったろ?」
手を横に広げて、それがあの大きな身体の事だって分かった。
せんねんこー、っていうんだ。
私が呼んで良いとは思わなかったけど、覚えておくために何度も頷く。
「せっかく好い声してんなら、何か本でも読んだ方が哀も喜ぶだろ」
あい。
さっきも聞いた、不思議な単語。
もしかして、眠る人の名前なのかな。
どうして思い付かなかったんだろう、普通は誰かを名前で呼ぶのに。
「あい、……は、その人?」
「は? そうだけど……何だよ千年公、名前も教えてなかったのか」
チッ、って空気を叩く音が聞こえて、肩が跳ねる。
眉を寄せた男の人に、殴られると思って身体を硬くした。
そうすると、少しでも痛いのがマシになる気がしたから。
司祭様は今の音をさせると、邪魔だって大きな手を振ってきたから、自然と身体がそうなった。
けれど男の人は手を頭にやるとガシガシ髪の毛を掻いて、顔から力を抜いてみせる。
今までに無い反応に、思わず男の人をまじまじと見てしまった。
「ティキ」
「え?」
「ティキ・ミック、オレの名前な。お前は?」
聞かれて、私にも名前があるのか不思議に思った。
誰かには名前があるけど、私もそうだとは思わなかったから。
何て答えれば正解なのか分からなくて、瞬きを繰り返す。
「あれ、お前名無し? しまったな、千年公何も言ってなかったぞ……」
「名無し、私の名前?」
「は? いやぁ待て、クソッ!」
「くそがなま――」
「――違ぇ!! あー、名付けなんてガラじゃねぇぞ……とりあえず……シープ」
「"羊"?」
「生け贄と言えばヤギだろうが……お前、もこもこだろ」
もこもこ、と言われて顔に掛かる髪の毛を握る。
確かにくるくる、ふわふわ、毛糸みたいな髪の毛かも知れない。
ティキって言った男の人ももしゃもしゃの髪の毛だけど、それより長いから、もこもこに見えるのかも。
「もこもこだから、とりあえずシープな。で……面倒だな…………」
その後はぶつぶつと小さな音で聞き取れなかったけれど、ティキが私を見る事は無かった。
私は初めて私のモノが出来て、嬉しくて。
ティキが居なくなってまた眠る人と二人だけになった部屋で、こっそりレースのカーテンを覗き見た。
目を閉じて眠る、長い茶色の髪をした可愛い女の子。
声を掛けてみたいけど、本当はこうやって覗くのも駄目かも知れない。
だからゆっくりゆっくり、レースのカーテンを元に戻しながら女の子、あいを盗み見る。
あい、あい。初めまして、私はシープ、シープだよ。
早くそんな風に声を掛けたい、そう思いながらゆっくり眠れますようにってお祈りをした。