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夜と片翼。5

騎兵隊への道のりは石畳で整っているが、王都を囲む壁の外側にある為に移動はそこそこ面倒だ。
昔から王都内は騎士団が、王都外は騎兵隊が守護をしている事に由来するらしい。
店は職人区にある為、他の区画より近い方ではあるが人通りはそこそこ多い。
本来なら荷車の一つを連れ立つ人間に扇動して貰うが、如何せん相手は三日月だ。
道のりを把握しているとは言いがたく、荷車の扱いは知らないだろう。
そういった訳で、通常よりゆったりとした進みで騎兵隊用の荷車を、その後ろに蚤の市用の荷車を繋いでの行軍になった。

「そういえばきみ、騎乗用の動物は連れているかい?」
「ふむ、騎乗用とは遠くへ行くのか?」
「騎兵隊に届け終わった後にな、蚤の市っていう商売人相手の集会場に行くんだ。二月に一度は開いてるかな」
「ほう、その様な集まりがあるのか」
「たまに行き会った冒険者がフラリと来てる事もあるぜ。場所は三都間の中心くらい、途中で桜村へ行く道がある所だな」
「ほう、それはそれは。ああ、連れては居らぬが呼べば来るぞ」

呼べば来る、とは何とも不思議な物言いに国永は首を傾げる。
守護動物ならば生まれた時に入っていた殻を寝蔵に疑似召喚が可能なので、その事を言っているのかと納得した。
二人で横に並んで歩くのは新鮮で、つい三日月の顔を見上げてしまう。
その度に目が合って微笑まれるのだが、どうにも居心地が悪い。

「俺の顔に何か付いてるかい?」
「うん? いやなに、可愛い旋毛が見えるぞ」
「かわ……!? べ、別に低いわけじゃ無い」

そう、低いわけでは無い。
弟やヒスイよりは少し高く、平均的な身長な上に靴はかかとのあるブーツを履いている。
ただ、それより三日月の方が高いのだ。
頭一つ分とは言わないが、少しだけ国永の方が低かった。
何より可愛い等と、弟に言う事はあるが自分が言われる事は滅多に無く。
無性に身の置き所に困ってしまった国永は視線を巡らせ、三日月が帯剣している事に気付いた。

「きみの武器、剣……じゃないよな。カタナかい?」
「む? おお、刀を知っておるのか!」
「ああ。今から行く騎兵隊の副隊長が刀を使ってるんだ、独特で面白いよな」
「うむ、剣は叩き折る用途だが、刀は斬るのが用途故な」

ぽん、と手袋を着けた手で左側の腰を叩く。
反りのある種類の武器は刀だけではないが、どれも踊る様に振るっている姿が国永は好きだった。
そういえば桜村の蜃気楼を幻灯と呼んでいた事もある。
意外とそちらに縁があるのかも知れない、と考えて首を傾げた。
刀を使う物など、件の副隊長以外に国永は知らない。
最近になってようやく物流が盛んになってきた程度だ。
刀を生業と出来る程、技術が伝えられているとは思えなかった。

「きみのそれ、自分で打ったのかい?」
「はて、刀をか? 俺のこれは銘物だが、副隊長は鍛刀もこなすのか」
「ああ、使えればそれで良いんだと。てことは、名前があるのか?」
「うむ。三日月宗近という」
「ミカヅキ。三日月が、ミカヅキを使うのか!」
「ははっ、打ち除けが多い故、三日月と言うそうだ」

随分と洒落た名前だと話しているうち、気が付けば外壁を遙か遠くに騎兵隊の根城である古城が見えてきた所だった。
意外と話し込んでいる事に驚いたが、跳ね橋を通って内庭へ入った所で見知った姿が飛んでくる姿を見て更に驚くことになる。
いつも不思議に思うのだが、弟にはどうやら国永が来る気配というのが分かるらしい。
今回もそれを感じたようで、満面の笑みに両手を挙げて

「くーにーにーーぃ!!」

元気よく飛び付こうとした瞬間、びたりとその動きを止めて固まった。
てっきり抱擁されると思っていただけに両手を開いて首を傾げてみれば、見る見るうちに頬が膨れ上がっていく。
そこでようやく、今朝は弟を拗ねさせていた事を思い出した。

「お鶴、昨日は悪かったな」
「べ、べつに、国兄が悪い訳じゃ……でも俺ちょっと寂しくて、その……」
「うん、ごめんな? これから荷物を卸したら蚤の市やダンジョンまで足を運ぼうと思うんだが、お鶴も行くかい?」
「え、直ぐ行っちゃうのか!? どの位、レイリに聞いてくる!」
「そうだなぁ……薬草採取も頼まれてるから、のんびり行って探索して、二週間くらいかな。新入りの案内だから、いつでも戻ってこれるぞ」
「新入り??」
「ああ。紹介するな、こっちは弟の鶴丸。で、こっちは――」

国永以外が目に入っていなかったらしい弟、鶴丸の隣にずれて一緒に居た人物に顔を向ける。
瞬間、耳元でひゅっと息を呑む音が聞こえた。
目の前にはいつもより困ったように、淡く微笑む夜の人。
ならば聞こえた音の発生源は鶴丸であり、

「うそ……ちかにぃ……?」

掠れてか細い、迷子のような声だった。
ちかにい、とは一体誰の事かと思うのに、それが目の前の人物の事だと分かる。
彼が、ゆったりと頷いて見せたからだ。
朝ぼらけの瞳には鶴丸の姿が映っている。
そうしてその薄い唇が、吐息と共に開かれた。

「久しいな、息災であったか?」

まるで宝物に話しかけるように、優しく呟かれた言葉は知古に対するものだった。

炎と両翼。

空が燃えていた。
目の前には崩れた石、少し前まで人の家だったもの。
私をここに連れてきたのは、緑の髪をした人型の何かだった。
ずっとずっと、私達と一緒に居る年を取らない人じゃないもの。
私達も人には似た形をしているけれど、厳密には人じゃ無くて近いだけの耳の尖った者。
魔女と呼ばれて、精霊に近い存在なんだと教わった。
そんな私達は女だけの集まりで、時折外の人と交流をしながら土地を浄化して過ごしていた。

「見なさい、これが我々の犯した業だ」

何か、私達は彼女をキルケーと呼んでいる、が口を開く。
無遠慮に引かれた腕が痛くて、子供の足や体力を気にせず連れてこられた場所は怖かった。
燃える空が、街が怖くて、気持ち悪い。

「これから我は、そなたを捨てる。そなたはここで、惨めで憐れに生きるのだ」

懐に入れてたらしい短剣を、反対の手で持ち上げる。
アゾート剣と呼ばれるそれは大きな魔術を使う時に、他の魔女が使っていた。
鈍色の光りを炎が舐めて、それが振り下ろされる。
痛い、と言った様な気がするし、そうでも無かったような気がする。
魔女特有の尖った耳を断たれて、人と変わらないそれになった。

「せめてそなたが生きやすいよう、呪いをやろう。さようなら、我の可愛い娘」

これが私の、一番古い記憶の一つ。



懐かしい夢を見て起きた。
朝日は既に昇っていて、貧民街の人間ならもうとっくの昔に動き始めてる頃だろう。
前の晩は夜半過ぎまで魔術書を読みふけっていた。
固いベッドで丸くなるように眠っていたせいで硬い身体を、伸びをしてほぐしていく。
外の手押しポンプで水を汲んでから朝食の準備をしようと、バケツを片手に木の床を鳴らして歩く。
今住んでいる場所は誰かの家だった場所で、恐らく戦争に巻き込まれた人達が住んでいた。
恐らく、というのは拝借してから数日経っても誰も戻ってこなかった事からの判断。
被害が一番大きかった貧民街も、数年掛けて少しずつ人が増えるようになってきている。
最初の一年はとにかく家の補修と食料調達に走った。
なにせこちとら年端もいかない魔術師のガキ一人、男だったお陰で貞操の危機はないにしてもとにかく他人から嫌われる。
魔女戦争のお陰で魔術師への偏見が笑えるほど多い。
けどまあ、使い勝手が良いのもまた魔術の特徴で。
大人しく使いっ走りに甘んじていれば周辺の人間からは可愛がられるようになった。

「で、これはどういう了見だ」

家の前。
ポンプで水を汲みに行こうと扉を潜れば、汚いガキが二匹倒れていやがる。
ぼさぼさの髪に血色の悪い肌、千切れた服の切れ端や靴が片方しかない辺り悪ガキ共とやり合った後らしい。
これが冬なら間違いなく野垂れ死んでるな、と思って脇にしゃがみ込めば、まだ息はしている事が分かった。
それなら次は怪我の確認をしようと手を伸ばせば、

「……さわ、るな」

一丁前に連れを守ろうとしたガキが目を覚ます。
あるいは最初から起きて居て、体力の限界か警戒のために倒れたフリをしていたか。
幼さの残る赤い大きな目で精一杯睨み付けてくるのは愛らしいけれど、その割りに殺気は一人前だ。

「ここ、俺ん家」
「? ……うそつくな」

疲れ切っているだろうに、蚊の鳴くようなか細い声で必死に食らい付いてくる。
年は多分、少し下。
同じ顔が転がってる事から双子だろうと予想出来た。
嘘、と言われた事と不審者を見るような目付きから、

「ああ、なんだここの家主か」

目を瞬いて警戒を解けば、今度は相手が拍子抜けのような顔をした。
苦節数年、まさかの主のお帰りともなれば勝手に住み着いてた方が悪いだろう。
うんうん、と頷いて脇に手を入れて抱き起こせば、慌てた相手が微弱な力で暴れ始めた。

「おいおい、運び辛ぇだろ」
「まて、ちがう、おれじゃなくて……おとうとから」
「ん? ああ、そっちからってか。心配しなくても二人共運ぶぜ?」
「いい、いい! いいから」

必死になって暴れ続ける相手に面倒になり、中途半端に浮いた体勢から手を放して地面に衝突させる。
もう一人の方を掴めば、今度は大人しくしているようだった。
とりあえず家の中の床に放置して、威勢の良い方も似たように放り投げる。
水を汲もうとしてる途中だったので、何度か往復して風呂桶に水を溜めた。
ついでに朝食を用意しようとして、疲労している様子からスープの方が良いかと考える。
前の日のあまりである野菜屑のそれよりは滋養に良いかと薬草を何種類か用意して。
魔法薬を作った礼にと貰ったとっておきのチーズを出しておく。
後は食えるようなら固い黒パンでもスープに漬けて食わせれば良いだろう。
準備を終えたら体力回復用の魔法薬を一人分片手にガキ共の所に戻った。

「これ飲め。で、今から風呂沸かすからお前とそっち、洗ってやれ」
「……なんだこれ」
「魔法薬。少し疲れが取れるやつな」
「……あんた、シスターなのか」

ぽかん、と拍子抜けのような顔をする相手に思わず噴き出す。
答えずに笑ったまま浴槽室に行って、桶の水に手を突っ込んだ。
そのまま炎の魔術で水を温め、少し熱いくらいで止めて手を放す。
振り返れば硬い表情をした赤い目のガキがもう一人を抱えて扉の脇に立っていた。

「まじゅつし、だったのか……」
「まあな、嫌いか?」
「……べつに」

微妙な顔をしたまま半身浴が出来る桶の前で服を脱ぎ始める。
もっと過激な反応が来ると思っていた分、こちらの方が拍子抜けだった。
けれどまた暴れられるのも面倒だから丁度良いかと気分を変え、怪我の有無を確認するのも忘れてキッチンへと戻る。
気付いた時には薬草たっぷりの緑色をしたスープが出来上がっていて、上からすり下ろしたチーズを掛けた。
それが溶ければ青臭い匂いも大分マシになり、塩で味を調えれば完成だ。

「わー、良い匂い!」
「……何してるんだ?」

部屋の奥から賑やかな足音と声が聞こえて、顔を上げると真っ白な髪に細い身体の子供が二人。
少し洗っただけで大分綺麗になったな、と眺める。
赤い目の方は表情が少ないながら首を傾げて、もはや警戒心の欠片も無い。
もう一人は蜜色の目だったようで、琥珀みたいだと思う。
ふにゃふにゃと緩んだ笑顔を浮かべて赤い方に話しかけている所を見るに、これは兄貴が苦労しそうだと納得した。

「薬草の匂いを良いなんて言う奴初めてだぞ」
「せんせーが一杯育ててた! あ、えっと……」
「先生、ね。まあ良い、飯にするから座れ」

なるほど汚れ具合の割りには綺麗になったものだと思ったら、どこかから逃げてきたらしい。
貧民街にそういう奴が居ない訳では無いし、紛れ込むには丁度良いだろう。
もしくは、先程家主だと言っていた事から帰宅しただけかも知れないと当たりを付ける。
皿に人数分のスープを盛って戻ってみれば、一人はテーブル代わりの丸太の上に座っていた。
もう一人は座っている方の膝の上に座っている。

「お前等何してんだ……」
「え、座れって言うから。椅子が一個しか無くて」
「物がなくて悪かったな。それはテーブル、床に座れ」
「床……? 行儀悪くないか?」
「どんな暮らししてたんだよ。良いから座れ、椅子は無い」

邪魔だと払い除ければ、おずおずと床に腰を下ろし始めた。
最初は遠慮がちにしていたそれも、テーブルに皿を載せれば気が逸れたようで各々落ち着き始める。
パンを渡せば食欲もあったようで、ひたすら黙って口を動かし始めた。
薬草スープは嫌がるかと思ったけれど、文句も無しに食べている。
ふと顔を上げた蜜色の方と、目が合った。
口の横には食べかすが付いている。

「なあ、なんで俺達拾ってくれたんだ? 年、そんなに変わんないだろ」

純粋に疑問だから、そんな様子で紡がれた言葉に笑みがこぼれた。
家主だから、というのが理由の大半だけれど。
こんな何年も放置されてる家に今更戻ってくる家主が普通の訳は無い。
だからまあ、単純なところほんの少しの好奇心と、

「お前等が惨めで憐れだからさ」

ちょっとした意趣返しという奴だろう。
これが俺、捨てられっ子のヒスイと、拾われっ子の鶴丸、国永との出会いだった。

夜と片翼。4

奥へ行けば、洗面所で顔を洗っている三日月と出くわした。

「三日月、丁度良い。今日はまず騎兵隊に納品しに行くぜ」
「ん、おお、おはよう、国永。あいわかった、支度をするでな、待っておくれ」
「ああ、倉庫に行ってるぜ」

執務室の机の上から納品書を手にとって倉庫へと降りていく。
入り用のモノは先日の上級回復剤100箱と、片手剣10本2セット、模造剣50本4セット、革防具一式50セット、上質紙20箱、携帯食料120セット、光量用魔石2箱。
これを見るに、演習をするつもりだけれど近場で済ます、といった所だろうか。
荷物の内容から行動も透けて見えてしまうため、向こうもこちらを信頼している証と言える。
持ちつ持たれつ、使い勝手の良い御用達、良いじゃないか。
ところでこの本店、倉庫は地下二階にある。
運ぶためには地上外に用意されている馬車まで運ばなければならない。
何十往復と重い荷物を抱えていかなければならないのは苦行である。
ならばどうするか、マスターであるヒスイは魔術陣を敷くことで転移させる事を思い付いた。
倉庫の部屋の隅、陣の中に木箱20等を置く。
魔術陣の外できっかけとなる記憶石なる魔石を割る。
ガラスの層のような軽い音、軽い力でカシャリと鳴って後には何も残さないで消えていくそれ。
魔術陣の中には何も無くなっており、その荷物は地上の荷下ろし場へと移動をしているはずで。

「遅くなったな、すまなんだ。して、俺は何をすれば?」
「お、丁度良かった。昨日、整理ついでにこの魔術陣の事を説明しただろう? それを使って上に荷物を送って欲しいんだ」
「ふむ、上に荷物を、か。それは、今ここに広がっておる品で良いか?」

昨日は棚へ押し込むなり上に布を掛けておくなりとして使う物、すぐに使わぬ物と見て分かるようにしておいた。
三日月の言う広がっている品、というのは全て、国永がリストから出してきたモノに違いない。

「ああ、そうだ。箱に入れたまま、陣の中に入りきるまで入れて、魔術陣の外に出てから石を割る。上には俺が居るから、荷物をどかせたら念話で報せる」
「あいわかった」
「くれぐれも、荷物と一緒にうっかり上に転移してきたりするなよ?」

めっ、と鶴丸に注意をするノリでおでこを突いてから、国永はしまった間違えた、と恥じらいに顔を真っ赤に変えた。
どうにも迂闊なところや、きっとやるんだろうなぁという微笑ましい気分でいたところ、頭が鶴丸への対処と勘違いしてしまったよう。
まさかあんなどこにも非の見当たらない美の化身みたいな尊顔の、まるいおでこを突いてしまうとは……。

「お、おお!うむ、任されたぞ!」

何がそんなに琴線に触れたのか、満面の笑みを浮かべて頷いている。
なんなら光り溢れる相貌のありがたさからか花が舞ってすら見えるようだ。
見た目の雰囲気では気圧されるものがあるのに、意外と気易い態度の方が好きらしい。
知らない一面を、それも幼い子供の様な柔らかな部分を垣間見たことで、気を許されてる気がした。
首の後ろを掻いて気恥ずかしさを紛らわせながら、急いで地上の荷下ろし場までやってくる。
先に国永が送った木箱が陣の上にあり、それを騎兵隊へ搬入に使っている荷車の近場へとずらしていく。

『三日月、聞こえてるかい? こっちは良いぞ』
『うむ、では送ろう』

初めて念話を送ったが、声とも判別の付かない声が聞こえてくる。
質感のない声が耳元で聞こえてくる念話は、何度使っても慣れそうに無い。
と、詮無いことを考えていたら目の前の魔術陣が光りを発し、光りのシルエットが荷物の分だけ積み上がっている。
ぱり、と何かが割れるような音が響くと同時、シルエットが実物の荷物へと変わった。
何度か似たような動作で騎兵隊用の荷車と蚤の市用の荷車に荷物を分けていく。
積み込みはまた違った事を意識しながら積んでいかなければならないので、三日月が来てからの作業だ。

「ほう、こうして見ると結構な量だな」
「今回は二カ所の荷造りをしてるからな。積んでいく荷物は重い物、壊れにくい物から順に下に並べて、その上に軽い物だ。割れやすい物は最後な」

口答で説明をしながら蚤の市の荷車へと足を運ぶ。
三日月には荷車の上に昇って貰い、国永が渡す荷物を並べさせる。
迷いながらも、言われた通りに積んでいく姿に戸惑いはあれど、どこか楽しげですらあった。
蚤の市は比較的積みやすい荷物が多かったので、三日月の判断を訂正する事なく終了する。
次は騎兵隊の分であり、こちらには厄介な回復剤の木箱があるのだ。

「俺が受けるから、君はまず回復剤の木箱をくれるかい?」
「おお、良いぞ。……む? これは割れやすい物ではないか」
「ああ、確かに割れやすい。だが重くて量もあるからな。これは何段か積んで一括りに縛っておくのさ」
「ほう」
「何より、木箱自体に割れにくい仕掛けがしてあるから、軽い物なら上に載せれるんだ」
「それは俺にはちと難しそうやもしれんなぁ」
「ああ、だから俺がする。きみは俺が言った箱を上げてくれ」
「あいわかった」

一つ頷き、丁度足下にあった回復剤の木箱を持ち上げてみせる。
その数、3つ。
確かに3つ積んでおいたが、国永は2箱が限度だ。
無言で上げられた箱のうち、2箱を受け取る。
もしかしたら思ったより軽い箱だったのかも知れない、なんていう淡い期待は見事に霧散した。
国永はこれでも冒険者として大成していると言って良い、戦士だ。
力には自信がある、とは言えないが、細身の割りには鍛えている方だと自負している。
それでも、三日月のように涼しい顔を浮かべる事は不可能だった。
指先に掛かる力が半端なく、ぎしりと木箱のきしむ音すら聞こえる。
余裕はあれど、もう1箱受け取ることは出来ないだろう。
黙って持ち上げた分を荷車の隅に置き、三日月に向き直れば今度は2箱上げられる。
何も聞かず、当然のように国永が持てる範囲の重みの荷物を適切に渡し続けた。
さらりと流される気遣いが、ほんの少しだけ嫉ましかった。
見た目は細そうに見えるのに、服の下には実用的な筋力を備えているのだろう身体とか。
どれだけ鍛えようとも細いと言われてしまう身体に、そこそこ程度にしか付かない筋肉。
考えて、比べても仕方が無い事だからと考える事をやめた。
国永が悶々と悩んでいた間に積み込み作業は終了し、布や紐を掛けて荷車と繋げばあとはもう出発するのみ。

「そういえば、これから行く騎兵隊には弟が居るんだ」
「ほう、そうなのか」
「会ったらきっと驚くぜ?」
「それは楽しみにしていよう」

ほくほくと嬉しそうに笑う三日月に頷き、国永も笑った。
三日月はぽけぽけとした所があるし、鶴丸は何だかんだ困った人間は放っておけないお人好しだ。
きっと三日月のペースを心配して、けど話しやすい所は面白い所は気に入るだろう。
そうなったら、今度は買い物へ来る以外の事も誘ってみても良いかも知れない。
上機嫌に荷車を馬に繋ぎ、蚤の市用の方も馬を繋いで一緒に引っ張り店を出発する。
まずは騎兵隊へ、その次は蚤の市へと向かうために。

夜と片翼。3

その日、国永は朝から珍しくぐずる弟の世話で王都本店へ顔を出すのが遅くなった。
弟と言っても双子であり、年は変わらない。
ただ国永が先に腹から出た分兄貴であり、後から出た分弟であるというだけ。
時折こうやって甘えてくる所は国永に真似の出来ない弟の長所だと思っている。
そんな訳で朝から機嫌良く顔を出した国永は、

「へ、三日月? 何だその格好……」

はたきを片手に、頭に黄色いバンダナを巻いてエプロン姿の見慣れない人物に大層驚かされたのだった。
対する三日月は機嫌が好さそうにその朝ぼらけの瞳を和ませ、朝の挨拶などをしてくる。
どういう事かと混乱する国永を傍目に、ようやくヒスイが顔を出して事情説明をさせる事とあいなった。

「つまりな、見習いだ。試用期間と言っても良い」
「いや、全然説明になってないからな。訳が分からん」

大雑把な説明をバッサリと切り捨て、心持ちジト目でヒスイを見る。
そんなものはどこ吹く風と言わんばかりに我がギルドのマスターは自由である。
商品棚にはたきを掛けようとする三日月は、その毛束に品物が絡んでいるのを見た瞬間から止めさせた。
国永が今まで見ている限り、三日月は良い所の出である。
裕福な商家の出か、あるいは貴族か。
その足運びや手付きなど、所作の所々に優雅さが見える所から後者であるとみている。
この国は実力重視であり、平民といえど全く力が無いわけでは無い。
けれど血統主義というのはある意味で貴族の所以であり、それを重んじるからこそ貴族であると言える。
閑話休題。
とにかく、国永の目から見て三日月は商業ギルドなどと縁のない人種だろうという事だ。

「きみ、何を考えてる」
「さて、それを聞く相手は本当に俺で良いのか?」
「……変な言い方をするな。別に疑ってる訳じゃ無い、ただ……」
「真意が見えない、か? まあ悪いようにはしねぇよ」

三日月に背を向け、しゃがみ込みながら小声でヒスイを詰問すれば、頭を撫でて誤魔化される始末。
彼が悪い人物だとは思わないし、ヒスイが悪いようにしない事など百も承知だ。
ただ泳がされているという感は否めない。
ヒスイは肝心なところで独断専行する癖があり、けれど国永も人の事を言えないところがある。
結局は、似たもの姉弟なのだ。

「それで、だ。三日月殿の相手は国永、お前が頼む。やって貰う事はこれにリストアップした」

ひらり、と目の前にかざされた紙を受け取って視線を落とす。
そこには倉庫整理と騎兵隊や蚤の市への納品、薬草採取にダンジョン採掘など多岐に渡って記載されていた。
本人の資質による向き不向きが検討されている様子は全く無い。
倉庫整理など最たる物では無いかと、国永が顔を上げて口を開こうとすれば、既にマスターの姿は無く。
言いように仕事を押し付けられたという事実のみが残った。
件の三日月に視線を合わせれば鷹揚な微笑みを浮かべ、

「一ヶ月、よろしく頼むぞ」

そういう事になったのだった。
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