その日、遠征から帰ったのは夜遅くだった。
「それじゃあ今日は夜遅いから解散。
遠征の疲れを取るのにゆっくり休むように」
疲れ果てたであろう隊員達を隊舎に帰し、報告書は帰ってからでいいかとシュノは冷える手先に息をふきかけて温め、恋人が待つ家に帰るのだった。


レイリの自宅はほんのり灯りが灯っていてまだ起きていることが分かる。
仕事を持ち帰っているのか、こんな夜更けまで自分の帰りを持ってるのかと思うと愛しさが込み上げてきた。
「ホント可愛いやつ」
まだ起きているなら早く会って抱き締めたい。
シュノは口元を少し緩めてレイリのタウンハウスの戸を開けた。



レイリは寝室で寝る前の紅茶の準備をしていた。
温めたカップの片方にたっぷりのはちみつを垂らし、高価そうなティーポットに入ったお湯にお茶の葉を入れてじっくり蒸らす。
遠征に出た恋人は今日中には戻ると知らせはあったがこの様子だと戻るのは明日になるかもしれない。
自分用の蜂蜜入りカップとは別にもうひとつ用意したカップをどうしようか眺める。
シュノが帰ってくるのを期待して風呂でゆっくり温めた身体も少しずつその温かさが元に戻っていく。
座り心地のいい愛用の椅子に深く腰をかける。
背もたれの柔らかなクッション部分に沈み込むように体を預ければ、急に睡魔が襲ってくる。
だめだ、いやだと思いながらもレイリは深い微睡みに負けて瞳を閉じて意識を沈ませた。
それと入れ替わるようにシュノが寝室の戸を開けてレイリの名を呼ぶ。
「レイリ、ただいま」
いつもならすぐに明るい声と笑顔で迎えて抱きついてくるのに、それが無い。
椅子にもたれ掛かる金髪が背もたれから確認できる。
寝てるのかと思い近付けば、案の定幸せそうな寝顔を晒している。
風呂に入ったのか、髪はしっとりと濡れ、パジャマの上に白いガウンを纏ったまま、口を少し開けて、まるでキスをねだる眠り姫のように、そこで眠っている。
用意されたティーセットは温かく、レイリが愛用しているアンティークのカップには蜂蜜がたっぷりと垂らしてある。
どうやら眠ってまもない様で、シュノは先にシャワーで汗を流すことにした。
大きな窓のそばに置かれたベットの棚には資料やら目を通したらしい書類が散らばっていた。
几帳面なレイリには珍しく雑多に置いてある事から、疲れ果てて寝落ちるまで書類に目を通す日々が続いたのだろう。
もうベットに運んでやればいいのだが、帰ってくるのを待ってお茶の準備をしていた可愛い恋人の気持ちは汲んでやりたいと思い、シャワーを手早く浴びて夜着に着替えたシュノは眠るレイリの唇にそっと自分の唇を重ねた。

「んっ、う…んむっ」
夢心地から引き戻されるには、それはとても優しく愛に満ちていた。
「ふぁ、あ……?」
ゆっくりと重い瞼を開けたら眼前に、いやに整った美しい顔が覗いていた。
「ただいまレイリ。
こんなとこで寝てたら風邪ひくぞ?」
クスッと笑ったシュノが額にキスを落とすのを夢見心地のまま眺め、レイリは甘える様にシュノに抱きつく。
「おかえりなさい、寒いと思ったからお茶を用意して待ってたんだけど、冷めちゃったかな?」
「いや、少しぬるくなったかもしれないけど寝る前なら熱すぎるのもかえって寝にくくなるからな、このままでいい」
「ん、わかった。
じゃあ今お茶をいれるからシュノは休んでて?」
ちゅっとキスして、レイリは楽しそうにティーカップにハーブのきいた紅茶をたっぷり注いだ。
シュノのカップには疲労回復を目的とした少なめの蜂蜜と輪切りのレモンを、蜂蜜がたっぷり注がれたレイリのカップは甘い香りを漂わせてる。
「睡眠効果の高いハーブをブレンドしてみたんだ。
君が疲れてるだろうから、ゆっくり休んで欲しくて」
にこっと笑ったレイリは嬉しそうにシュノの前にカップを差し出した。
「良い香りだな」
くすりと微笑みを浮かべたシュノが暖かな紅茶を飲む様子を眺めながら、レイリも自分のカップに口を付ける。
「ふぁ…」
程よく身体が温まれば、眠気が襲ってくるのか、レイリが眠そうに瞼を閉じようとしては眠らないように目を開く。
「レイリ、片付けは明日にして今日は休むぞ。
温まったら眠くなってきた」
「……うん…」
半分夢の国の住人になってるレイリは生返事を返して椅子から立ち上がる気配はない。
「仕方ない奴」
そう言いつつも愛しさが溢れた笑みを浮かべて、レイリの体を抱き上げてベットに横たえる。
ガウンをぬがせてベットの脇に掛けてからシュノもベットに潜り込む。
約一ヶ月半ぶりの恋人の温もりをかんじるべく、ぎゅっと眠るレイリを腕に閉じ込めた。
成人男性にしては、細く小さな身体。
筋肉の付きにくい体は見た目よりも華奢で、シュノがその気になれば折れてしまいそうな程で、そうならないよう大切に大切に接してきた。
遠征で会えなかった間、何をしていたのか、何を考えていたのか、シュノには大体は自分のことを考えていたはずだという揺るぎない絶対的自信があった。
帰ってきたシュノをもてなす為に連日ほぼ徹夜で仕事をこなしていたのだろう。
普段からそのやる気を出していればそもそも徹夜をする必要が無いのだが。
レイリのサボり癖は半分はポーズだと理解してる。
生真面目なレイリはちゃんとサボっていい仕事を見分けている。
話したいことがあったのだろうか、それとも久し振りに身体を重ねて愛を確かめ合いたかったのか。
「んんっ……ふにゃ……しゅのぉ」
スリスリと甘える様に縋り付くのは無意識の行動なのか、寝言を呟きながら幸せはそうに眠るレイリが愛しくなって抱き締めた。
遠征に行く度に寂しい思いをさせているから、一緒にいる間は目一杯甘やかしてやりたいとシュノはいつも思っている。
方々からは甘やかしすぎだと言われても。
辛い役目を引き受けているのだから少しくらいは良いだろう。
抱き締めた小さなからだを優しく撫でて頬にキスを落とす。
幸せをかみ締めて微笑み、シュノも目を閉じた。



朝早く目を覚ましたのはレイリだった。
起き上がって軽く伸びをすると、隣で眠る恋人の顔を覗き込む。
他人の気配に敏感な癖に自分の隣だと無防備になるシュノに愛しさが込上げる。
綺麗な顔、力強い腕、逞しい身体。
全部が自分だけに許された至宝。
「愛してるよ、シュノ」
ちゅっとキスをすると、モゾモゾと動いたシュノが目を覚ました。
「……ん、れいり……おはよう」
眠そうにレイリを抱き寄せてキスを返すと腕の中に閉じこめる。
「おはよう、まだ寝てる?」
遠征帰りのシュノは休みだがレイリには仕事がある。
レイリが居ないと安眠できないシュノは暫く腕の中にレイリの体を抱き込んで居たが、ようやく意識がハッキリしてきたのか今日の予定を考え始めた。
「お前、仕事溜め込んでないだろうな?」
ぎくっとレイリの体が震えた。
「おい…俺は遠征行く前にちゃんと仕事を片付けておけとあれほど言ったよな?」
「シュノが、片付けとけって言ったのは片付けたよ?」
レイリの目が急に泳ぎ出すのをシュノが見逃すはずもなかった。
「ちゃんとした弁明があるなら今聞いてやる。
無いなら今日はお前、執務室から逃げられると思うなよ」
「うぐっ…だって毎日山が増えてくんだもん、あんなの片しても片しても終わらないよ!!」
「散歩する時間を全カットすれば問題ない」
「僕の唯一の休憩時間なんだけど!?」
「いいか、俺は昼まで寝る。
それまでに溜め込んだ分を片付けておけ。
そうしたらご褒美にいいものをやる」
そう言ってちゅっとキスをしてから頭を撫でると、物欲しそうに足りないと言わんばかりに見つめてくるレイリと目が合う。
「いいモノの中に君は含まれる?」
頭を撫でていた手を取り、頬に添える。
とろんとした誘惑的な瞳が縋るように熱を孕む。
「それはお前の頑張り次第」
ふっと微笑んでやればレイリの頬が赤く染まる。
「わかった……」
離れるのが名残惜しい様で、暫くシュノ手に甘えていたレイリがするりとベットから抜けて着替え始める。
シュノはそれをベットから眺めている。
するりとパジャマの上着が落ちて白い肌が晒される。
散々開発した桃色の乳首が可愛く膨らんでいるのに思わず口元が緩む。
白いブラウスで隠れてしまうのが少し勿体ないが、自分以外に晒されるのはゴメンなのでシュノは黙っている。
「何見てるの、えっち」
くすくすと笑いながらスルッとズボンを脱げば見た事ない新しい下着を履いている。
薄紫色のレースの生地にシルクのリボン。
透け感のある素材は見えそうなのに見えないという何とも男心を擽られる。
「レイリ、お前はまたそんなエロい下着履いて」
「………昨日、君が帰ってくるって言ってたか……」
期待していたらしいレイリは早々に寝落ちてしまったのが少し不満らしかったが、自分が睡魔に勝てなかったのでやるせない気持ちを燻らせるしか無かった。
「帰ってきたら抱いてやる」
「今度は期待していいよね?」
着替え終わったレイリは腰に剣を挿してシュノに掠めるだけのキスをした。