ソカロ元帥のお弟子さんたちは、他の人より戦闘がとくいです。

アクマを引き寄せるヴィオレは良い囮になるらしく、イノセンス探索や調査というよりアクマの居場所へ行く事が多い。
ともなれば、当然団服という防具の消耗が激しくなりやすく。
加えて本人が特殊な素体であるために、定期的な黒の教団への出頭が求められていた。

教団にかえると、やさしい人がいっぱいいます。

見た目は10歳未満にしか見えないヴィオレは、とにかく歩幅が小さい。
並の人より鍛錬を詰んでいるので走り続けるのは苦ではなく、段差も問題なく飛び越える。
けれどその身体の軽さが及ぼす弊害で、列車への乗り込みと人混みは少し苦手だ。
教団の科学室にて。
本日の定期検診を受けたヴィオレは、ソファに座ってココアを飲んでいた。
三人掛けのソファは広すぎて、背もたれは遠い。
更に足も宙に浮いたまま、両手でカップを持ち上げて懸命に息を吹きかける姿は稚い。
あえてヴィオレが座る方とは反対側に、赤い髪のエクソシスト・ラビと年若い研究員ジョニー、科学室班長のリーバーは座る。
今は室内なのでフードを降ろしたヴィオレの大きな紅い目も、まろい頬も、困ったように下がる眉も見放題だ。
更に本人はぶかぶかのゆとりがある服を好んで着るので、袖からはみ出た小さな手が愛らしいことこの上ない。
ニヨニヨと一部だらしのない顔を晒していた彼らは、けれど顔を付き合わせてため息を吐いた。

「今日の測定も変わらず……なあラビ、少しは変わってる所があるんじゃ?」
「いんやぁ……俺の目でなんべんも、隅々まで見たけど121cmの6kgに変わりないさー……」
「ばっ! おま、レディの体重を公表するんじゃない!」

リーバーに叱られながらもラビの落ち込んだ顔は変わらない。
ヴィオレはそんな三人を見て困ったように身動ぎ、カップから口を離す。
戦地以外で声を出すことを禁じられているヴィオレの意思表示は、肩から提げているメモ帳で行われる。
しかし今は手が塞がっているため、それが出来ないのだ。

「せめて横! 縦はこのさい諦めるにしても横!!」
「このぷにぷにのほっぺもつるつるの小さい頭も可愛いけど、もう少しもちぷよが良い!」

吠えるジョニーとラビのコンビに、ヴィオレは更に縮こまる。
と、そんな二人の頭に重いファイルが叩き付けられ、強制的に沈黙させられた。
呆れた顔で背後に立つのはリナリーであり、横には楓が立っている。

「もう、測定が済んだならご飯って言ってたじゃない!」
「ヴィオレ、おいで」

ぷんぷんと怒り顔のリナリーが二人を叱り続けるのを脇に、楓が笑って両手を広げた。
カップをテーブルに置いてからぴょんと飛び降り、足下まで走り寄る。
直ぐさまヴィオレの両脇に手を入れて持ち上げ、片腕に乗せて抱き締めた。
ふくふくとした頬を自身の頬と擦り合わせ、再会の挨拶をする。
それから頭を撫でようと持ち上げられた楓の腕が、固まった。

「ヴィオレ、また髪短くなった? せっかく伸びてきてたのに」

しょんぼりと悲しそうに眉を寄せる楓に、困ったヴィオレは首を傾げる。
身体の全てがアクマを引き寄せるヴィオレの髪は、アクマを撒くのによく使われた。
顔の横に垂れる部分だけは嫌がるので、後ろの伸びた髪を刃物で切るのだ。
本人が、時には一緒に行動している団員やソカロ元帥が無造作に千切るのでぼさぼさだ。
ふわふわ、くるくると癖のある髪とあいまって、更にぬいぐるみらしさを醸し出している。
女の子なのに、と楓やリナリーが言ったところでヴィオレはそれを止めない。
ごめんねの気持ちを込めて、ヴィオレは短い腕を伸ばして小さな手で楓の頭を撫で返す。
きょとん、とした後にふわりと目を和ませて笑う楓。

「行こっか、ユウが場所取りしてくれてるんだ」
(ん、ん!)
「ヴィオレが好きなドーナツも頼んであるよ」
(ドーナツ、うれしい)

頭を縦に振り、楓に掴まる反対の腕を振って喜ぶ。
言葉は話せなくても、身体で表せば楓も喜んで頷いてくれる。
そしてヴィオレがドーナツ以外も、丸いものが好きだと知っていてくれる。
楓はヴィオレを抱き上げたまま重さも感じないかのように、流れるように食堂へ移動した。
いつも混み合う席は、ぽっかりと一部分だけが空いている。

「ユウ、おまたせ!」
「遅いッ」
「食べないで待っててくれたの? ありがとう」

ふにゃりと嬉しそうに笑う楓はいそいそと、ヴィオレを横に降ろして席に着く。
ユウ、と呼ぶとしかめっ面で怒る神田も、楓にだけは怒らない。
他の人は神田を怖いというけれど、ヴィオレは怖さが分からなかった。
いきなり大きな声を出すのは驚くけど、それだけだ。
師匠であるソカロ元帥も強面で恐ろしいと言われるけど、やっぱりヴィオレはそう思わない。
かわいい、やわらかい、やさしいとは違うんだなと思っている。
でも怖いと言われるなら、きっと怖いんだろう。
それよりも今は目の前にある山のようなドーナツに夢中だ。
ヴィオレが大好きなまん丸の形に、砂糖やチョコ、クリームがついている。
一人でも食べられるけれど、楓とリナリーは一緒に食べるときには隣に居てくれた。
そうして頬をぬぐってくれたり、丸いものを分けてくれるのがヴィオレは好きだ。
フォークに刺したドーナツを、おいしいおいしいと一口ずつ味わっていたヴィオレの前に、不意に一つの皿が寄せられる。
見れば、丸くてつるんとした皮に包まれていた。
それを寄せてくれた神田を仰ぎ見、首を捻る。

「桃饅頭だ。食え」

言葉少なに説明され、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
隣で楓が、小さく笑う気配がしてやっぱり仰ぎ見る。

「ユウがね、ヴィオレの分って頼んでくれたんだよ」
「蕎麦の他に食うもん頼んだだけだろう」
「でも、ヴィオレの好きな丸いものにしてくれたんでしょう?」
「うるせぇッ、黙って食え!!」

くわっと急に大きな声を出した事に驚いたけれど、丸いものが嬉しくて笑顔で何度も頭を下げた。
そしてフォークを置き、桃饅頭を一つ取ってかぶりつく。
ふんわりとした皮の中には甘い餡子がたっぷり入っていて、ヴィオレは美味しいと笑った。
ドーナツも好きだけど、これも好き、とお気に入りを覚える。
神田が皿を寄せた時には大きいと思わなかったけれど、ヴィオレの握り拳くらい大きいそれはかなり食べ応えがあった。
小さな口でじっくりじっくりヴィオレが食べている間に、神田は3個も食べ終わってしまう。

「……遅ぇ」
「仕方ないでしょ、ヴィオレは小さいんだから……。けど確かに、ちょっとゆっくりかも」

食べ終わった神田が頬杖を突いて、楓は食後のデザートを頼んで。
ようやく神田がくれた桃饅頭を食べきり、またドーナツに取りかかるという所だった。
首を傾げて二人を見上げれば、神田は呆れて、楓は困ったように笑う。

「ヴィオレも寄生型だよね……っていう事は、量を食べないと間に合わないはずで……」
「お前、よく任務までに食い終わるな」
(えっと、あの)
「だってヴィオレは一回ずつ少ない量を頼んでる、から……え、ちゃんと食べてる?」

心配になってきた、と楓に顔を覗き込まれて、ヴィオレは困りながら肩下げポーチから包みを取り出した。
手の平にころりと出すのは、手製の丸い丹薬だ。
渋い青い色合いと一気に広がる草の匂いに、神田と楓は顔を顰める。
独特な匂いは嫌がる人が多く、ヴィオレも少し苦手だ。

「え……っと……なにそれ、毒?」
(おくすり)
「は?」
「……つまりヴィオレは、足りない分をこれ、で?」

これ、と嫌そうに震える指で差され、こくこくと縦に頷く。
丹薬を再び包みに仕舞い、ポーチにしまい、ドーナツを再び食べようとフォークを手に取った瞬間。
ガタンッと荒い音と共に隣に居た楓に身体を持ち上げられ、小脇に抱えられ。
まだ山の残っているドーナツのお皿を神田が持ち上げ、二人は並んで早歩きで食堂から飛びだしていく。

「ユウ、科学室! こんな薬じゃ大きくなるものもならないよ!!」
「るせぇ、分かってる! おい、お前はこれでも食ってろッ!」

怒られながら、揺られながら、それでもドーナツを食べれるように緩めてくれて。
嬉しさを噛みしめながらヴィオレはドーナツに口を付けた。