煌びやかな光を放つシャンデリア、その下で優雅に社交を重ねる富裕層の人間。
新進気鋭の企業主として名を売り始めた青年、怜鴉は冷めた目線でそれらを視界から外す。
商品の販路を新規開拓する為、今繋がりのあるパイプをより強固にする為、顔つなぎの為。
居なければならない理由は様々あれど、そこに熱量を見いだせない。

「あら旦那様、そう怖い顔をなさらないで? せっかくのワインが台無しですわ」
「すまない、アナ。貴方が美しいから少し悪酔いをしたみたいだ」
「まあ、うふふ。相変わらずお上手ね、"お楽しみ"はお部屋にたっぷりご用意してますわ。エスコートはここまでで宜しくてよ?」
「そうもいかないよ。せっかくのレディ・ローズのお披露目だからね、愛娘を紹介しないと」

互いに口元は淡い微笑みを浮かべたまま、顔を近付けて話し合う様は端から見れば仲睦まじく見えるだろう。
女性は金色に赤みの影が差し緩くウェーブを描く自慢の長髪を肩に流し、垂れ目がちな紫の瞳は柔らかく弧を描いていた。
細身ながらも女性らしい膨らみを持ち、すれ違う誰しもが目を追う美女だ。
対する怜鴉も艶やかな金髪に紅と青に違う瞳は宝石のように澄み、顔立ちは女性的ながら引き締まった長身痩躯は男性的で。
何より立っているだけなのにそこらの人間とは色気が違った。
結婚をして3年、アナスタシアと怜鴉はビジネス上の仮面夫婦を貫いている。
怜鴉には最愛とする者が他にあり、今も上階に取ってある部屋で帰りを待っているのだ。

「そうね、貴方に紹介されるなら本望でしょう。それでは私も、微力ながらお手伝いしますわ。また後でね、ハニー」

怜鴉の頬を白手で撫で、その手を怜鴉が受け取って手の甲へと口付けを降らせる。
別れの挨拶を告げたアナスタシアは蕩ける様な微笑みを浮かべ、人波へと身体を滑らせた。
今回の社交はどこぞの御曹司の誕生を祝っての事だったか。
どこで聞いたのか、怜鴉が部下に作らせたワインを紹介する場に是非使って欲しいと招待を受けての事。
主賓は挨拶も既にすませ、会場中にワインが行き渡っていた。
ゆっくりとレディ・ローズを味わって貰ってから、紹介の場を設けている。
今は壁の花となり、それぞれの反応を様子見ているところだ。
と、そんな怜鴉の隣に人の気配が並ぶ。

「良いワインだ。ここまで透き通るには、幾度も濾過を繰り返し不純物を取り除く必要がある」
「……よくご存じですね。手間をかける分、数は出せませんが自慢の一品ですよ」
「うむ、何せ……俺の妻の地元で作られて居るからな。知って居るよ」

妻の地元、と言われて怜鴉が思い出したのは母だとも姉だとも言える緋色の髪を持った女性。
そして彼女が大切に保持し続けてくれたスターデューバレーの片隅にあるワイン農家の一等地。
互いに結婚をした事は報告していたが、その連れ合いに会ったことは無かった。
改めて隣を見れば、濃紺の髪に穏やかな笑みを浮かべる朝ぼらけの瞳を持つ美丈夫。

「初めまして、三条宗近だ」
「まさか三条財閥の当主に目通り願えるとは……怜鴉・クラインです」
「はっはっは! そう固くなる事は無い、俺はペリカンタウンのしがない町長だ。妻がな、喜んで居たぞ」

和やかに話す口振りは老獪で、見た目にそぐわず好々爺の様。
ペリカンタウンの町長と言われて思い出したのは、現町長がその地位に就いてから保護区としては異例とも言える新規住人の受け入れをしている事。
様々な条件や検査に合格した者だけが居住権を得る、狭き門ではあるのだが。
保護区の中でもスターデューバレーはその土壌の豊かさや逸話から人気は高い。
昨今では居住できずとも観光ならば、とその間口を広げている程。

「僕はあそこの"調停者"に嫌われているので、関わるつもりはありませんでした」

自然界という不思議と、この世界との間を取り持つと言われる調停者。
人間からは魔術師が、自然界からは精霊がそれに属すると言われている。
都市に住む者はそれがおとぎ話と同等の眉唾物、偽物かほら話の一種だとされていた。

「その"調停者"だが、伝言があってな……時の流れがあるのを忘れてた、元気にしているか?と」
「……は?」
「うむ、自然界には時間の概念がないようでな。あちらは見た目も変わらんだろう、故に忘れていたようだ。ちなみにお前の言う調停者は代理でな、人前にあまり出てこんのだ」

宗近の話す内容は全てあの町に詳しい者なら知り得る事であり、理解出来る事だ。
怜鴉が出て行ってから20年近く。
当時の"彼"に最愛の見た目が近付くほど、故郷を奪い家族とも言える存在と引き離したことを憐れに思った事もあった。
けれど結局は自分から引き離す事など想像も出来ず、むしろそれ以上に愛し幸せにすれば良いのだと考えを改め。
その為の地力を付けようと動いていたら、気が付けば成功者と呼ばれる程の富と栄声を手にしていた。
ついでにかの町からの通達で土地を余らせるくらいならと、自分が好むワインを作らせる事に着手し。
どこかで、最愛に故郷の繋がりを感じさせたいと思っていたのも確かで。
つまり言いたい事は一つ。

「馬鹿なの? いや、呑気過ぎない?」
「はっはっは、手厳しいな! あの子もな、親を探したりと色々あったのだ。父に免じて許しておくれ」
「許すも何も僕が決める事じゃ……待って、父って何? 誰が誰の?」
「うん? まああの子の伴侶には父と呼ばれて居るし、実質俺があの子の父のようなものだろう。それにお前もな、妻は母なのだろう?」
「……あの人には恩があるけど、貴方が父だなんて認めませんよ」
「む、やはり手厳しいな。……ところで、今度の春に町で祭りがあるのだが、顔を出さぬか? もう一人の息子にも会ってみたくてなぁ」
「……だから、父だなんて認めないって」

鷹揚に頷きながらも聞き流す相手に、自分よりも目上と言えるだろう相手にいつものように振る舞うわけにもいかず。
部下への激励を兼ねて町へ顔を出すのはやぶさかでは無いかと怜鴉は予定を考え始めた。
ただし、これから先も目の前の無駄に顔の良い男を父と認めるつもりはない。