その本丸の離れは、水辺の上に建てられた日本家屋のような佇まいであった。
"鳥"達の為だけにあるそれは鳥かごであり、黒鶴の室もそこに用意されていた。
朝、前日までの騒ぎが嘘のように本丸は静けさに包まれている。
むしろそれが正常であり、大概の者は遠征や出陣で出払っていることが多かった。
そんな屋敷の中を元気に駆け回る白い小鳥が二振り。
揃いの着物に左右色違いの目をした彼らは一振りの鶴丸国永から顕現した刀の式で在る。
彼らは洋館を模した本丸から橋を渡り、離れへと足を進め、

「たずー、あさー!」
「朝だぞ、たず、起きろー!」

黒鶴の室に辿り着くと中の様子を探ることなく、遠慮など知らぬ顔で障子を開け放つ。
中にはお日様の匂いをふんだんに含んだふかふかの布団の中央で、雛鳥のように丸くなって眠る黒い頭。
二振りはその頭を見付けると顔を見合わせ、喜色に笑みを浮かべ合う。

「たーずー! 今日はおれたちと畑当番ー!」
「白月、出陣したから、今日はおれたちと、いっしょー」
「ん、むー……」

ぷにゅぷにゅと、何事かを小さく呟いて寝ぼける黒鶴の左右から騒ぎ立て、ようやく頭を頭を上げたその頬にちゅ、と小さく音を立てて口付けを落とした。
目覚めのキスと言わんばかりのそれを受け、ぱちりと蜜色の瞳を瞬かせて黒鶴は首を傾げる。

「あえ……白月、はぁ……?」
「しゅーつーじーんー。たずはー、おれたちと、畑当番ー!」
「長義が起こしてこいって、ご飯食べよー」
「長義が? ん、分かった。……えーとー……あれ?」

頷き、名前を思い出せないことに気付いたのだろう。
起き上がった黒鶴は頭を掻こうとして黒く長い己の髪に気付いた。
引っ張ってみれば頭の付け根が痛んだことから、間違いなく自身の髪だと気付く。
手を離せば、さらりとした手触りで絹のよう。
不思議そうにそれらを確認した黒鶴は再度目を瞬かせ、

「あれ? え、あれ? 俺、昨日……」

昨日どころか、その前の記憶すら怪しい自身に気付いた。
自分は黒鶴で、ここは自分の住んでいる本丸の離れにある自室。
"鳥"と呼ばれる一部の男士は、主のための子を番の精を受けて孕む事が出来る。
そして自分の、黒鶴の番は白月だ。
他にも幾人かの男士の名前や顔は分かるのに、起きる前の出来事についてはあやふやな記憶しかない。

「どうしたの?」
「忘れちゃった?」

無邪気な声が左右から聞こえ、思考の縁から意識を取り戻す。
くすくすと笑う顔は同じであり、黒鶴にも似通っていた。
視線を交わし、黒鶴に左右から抱き着く身体は幼い子供と変わらない。

「たずは忘れん坊だから、仕方ないな! 双子鶴で、俺はつるまる」
「俺達の方が兄ちゃんだから、仕方ないな! 双子鶴で、俺はくになが」

片やふにゃりと柔らかく笑い、片やにやりと男らしく笑う。
忘れられたのが他の刀だったなら、双子は口やかましく罵っただろう。
けれど相手は可愛い弟分であり、少々訳ありの鶴丸国永だ。
むしろ今度はどう呼び分けるのだろうと楽しみですらある。
双子から名前を教わった黒鶴は左を見、右を見、もう一度左を見て考え込んだ。
そうして次の瞬間には閃いたと言わんばかりに顔を輝かせ、

「分かった、双子だな!」

結局以前と同じ、違うけれど一緒なのだと本能で悟った黒鶴は笑顔で言い切った。
どれだけの忘我の果て、自分の意味も有り様でさえ忘れてしまっても、黒鶴は変わらない。
それが嬉しくて可愛らしくて、双子は喜んで左右から黒鶴へと抱き着いた。

「おかえり、たず!」
「たず、おかえり!」
「え、ただいま? ……あれ、俺どっか行ってたっけ? 朝の挨拶はおはようだし……」
「良いの良いの、たずはそれでいいの!」
「そうそう、それよりご飯食べに行こー! 長義怒らせたら面倒だから」
「そっか、そうだな! 双子、今日は畑当番サボるなよ?」

いつもの日常の風景に、鶴丸と国永は喜び勇んで黒鶴を左右から引っ張るのだった。