Ωバース

スラム街の貧乏暮らし
鶴&国 なんでも屋
幼い頃から鶴はΩ候補(13歳頃に検査で発覚、区分けされる)
それまでの間、宗近も孤児院で隠れ蓑
鶴丸は覚えてるけど国永は覚えてない(国永は記憶障害)
幼い頃から国永は鶴丸を守ってね、鶴丸はお兄ちゃんの言う事を聞いてね
(両親は暴漢から助けようとして死亡)
伊達組(大倶利伽羅+光忠)が下層地区の孤児院を集中して治安を守る(裏ボス国永)
太鼓鐘貞宗は鶴丸のボディーガード
黒葉&鶯 孤児院(三条家御用達)
小狐が護衛役として常駐
ヒスイ お薬屋さん(鎮痛剤や解熱剤、応急手当程度)
下層地区の方は抑制剤は粗悪なモノが多い

上層地区
大手製薬会社 三条家
宗近 会長 孤児院に居た頃に国永に一目惚れし、以来一途に思っている

国永→鶴丸
Ωとαだと分かった時から執着(俺は鶴を守る為にαに生まれた、運命だ)
記憶の欠落から執着心が強く、鶴が視線から居なくなる事にすら恐怖を覚える
抱きすくめてどこにも行かないで、傍に居てくれ。と言う位には不安定
他の誰かに獲られる、鶴自身が苦しむという理由から抑制剤に執着
安月給の作業所勤め(それでも凄い方)で、薬は買えず首輪だけ捻出
夜にウリと勘違いされて誘われた事が最初となり、時折ウリに出るように

鶴丸→国永
夜は国永の帰りが遅い時もあるので、貞宗と一緒に居て外に出ない事を言われている
発情期の時は常に国永が一緒に居てくれる



α アルファ
第二の性における絶対的支配者。
数が少なく、生まれつきエリートであったりリーダー的、ボス的な気質を持ち、社会的地位や職業的地位の高い者が多い。
彼らの命令に逆らえる者は居らず、人は彼らに畏怖と敬意を覚える。
故に絶対の攻め手であり、しかし発情中のΩとの接触は、どんなに理性的なαであっても抗しきれない強烈な発情状態を引き起こし、時に暴力的なまでの性交に及ぶ事もある。
高い身体能力を持つ彼らを揶揄し、オオカミに例える者も多い。

β ベータ
便宜上そう名付けられた一般人。
最も人口が多く、身体的特徴や行動等も一般的な普通の人間と変わらず、発情期も存在しない。
Ω性の発情に誘惑されることもあるが、α性ほどの激しい反応は起こらず、自制も可能。
β性同士の子供は高確率でβ性となる……が、裏を返せば稀にα性やΩ性が生まれることもある。
αに従うだけの数多の人間。

Ω オメガ
第二の性における弱者。
女のように孕む胎を持ち、αにだけ通用する誘惑的な香りを持つ者。
数はα性よりも少なく、絶滅危惧種のように扱われることもしばしばある。
10代後半から「ヒート (発情期)」が現れるようになり、当人の意思に関係なく、約3ヶ月に1度の頻度で、1週間ほど強いフェロモンを撒き散らすようになる。
手近なαやβに見境なく欲情してしまうため、外出もままならなくなる。
男としても女としても未熟な彼らを、人は負け犬、または欠陥品と呼ぶ。





店の柵格子の外を、一人の男が小気味良い音を立てて吹き飛んでいった。
それを成したのは眼帯に金色の瞳を光らせた男だ。
店主の女はその様子を見ながら紙タバコに火を付けて煙を薫らせる。

「おいおい、店を壊すなよ?」
「そうは言うが、あれは君の元客だろう? 光坊、その辺に棄ててこい」
「はーい、ボスの仰せの通りに」
「ボスって言うな……」

げんなりとした表情で髪を掻き上げるボスと呼んだ青年、国永にウィンクを一つ落として表の男を引き摺って行った。
見送りながらため息を吐き、自前の紙タバコを口に咥える。
しかし直ぐに火が無かった事に気付き、自分の護衛だと言い張り残った黒肌の青年に声を掛けた。

「なあ倶利坊、火持ってないかい?」
「馴れ合うつもりはない。……タバコは止めたんじゃ無いのか、国永」

疎ましげな目で見られて拒否された事に小さく笑う。
店主のタバコから顔を付き合わせて火を分けて貰い、肺を煙で満たすと吐き出して笑みを浮かべた。

「鶴の前では禁煙中さ。一服した後のキスは苦いって言ってたからな」

その言葉だけで何を言っても無駄だと理解した青年は肩をすくめてみせる。
店主はカラカラと笑って椅子に深く腰掛けた。
先ほど暴漢に襲われ掛けた割には随分と落ち着いていて、しかしそれが日常茶飯事の事だった。
Ωの掃き溜め、と言われる下層地区は治安など合ってないようなもの。

「しかし助かった、今回のは面倒な相手でな。抑制剤を扱ってないなら自分のルートを紹介したいと脅して来やがった」
「抑制剤かぁ……君でも作れないんだろう?」
「原理は分かるから上等な施設さえありゃ研究は出来る」
「そんなもの、上層でも無けりゃ整う筈がない」
「そういう事だ。俺が出来るのは解熱と鎮痛、一般的な病気に対する漢方薬。つまりは応急処置さ」
「それだってこの街にとっては助かってるさ。そういえば鶴は?」

友人であるヒスイの店に預けている弟の姿を探し、くるりと店内を見回してみる。
Ωである鶴丸は一般就労が難しく、抑制剤も無ければヒート時期には満足に働けなくなった。
そういう点や身体的に劣るという理由で、働き口の少ない下層では更に難しい。
ヒスイは見知った人間に手伝って欲しい、という理由を付けて鶴を雇っている。
賃金は低いが物資を横流ししたり、何より鶴丸の事情を知っているので融通が利きやすい。

「今は孤児院へおつかいに行かせてる。頼まれ物も出来てるから、いつも通りに寄れ」
「そうか、助かるよ。今のに鶴を見せたら狙われそうだしな……それじゃあ休憩終わるし、また後でな。倶利坊も、無茶すんなよ?」

くすくすと和やかに笑ってみせ、大倶利伽羅の頭を大きな手で無遠慮に撫でてみせる。
不機嫌そうな表情を浮かべるが、手を払う事も無く受け入れる大倶利伽羅。
そこに長年の信頼を見たヒスイが笑った。
吸い殻を灰皿へ捨てた国永は、そのまま店内を出て道を歩く。
空は煙る排気で鈍い色を見せていて、太陽が覗く事は多くない。
生ぬるい風が吹き、何かの灼ける嫌な匂いを運んでくるのを顔をしかめてやり過ごす。
首に絡みつく桜色に染めた髪がうっとうしく思えて乱暴に払った。
国永の本来の髪色は白だったが、Ωと間違えられるのでウリをし始めた頃に染めたのだ。
下層では比較的真っ当と言える作業所に勤務出来たが、賃金は安くて切り詰めても番の首輪しか買えずに居る。
それでも首輪は見知らぬ他人にマーキングされるのを阻止する為にも重要で。
しかしΩの最大の弱みとも言える発情期をやり過ごすには、抑制剤が必要だった。
国永は自身の身体能力が高いのを良い事に、上層地区に潜り込む事があり。
その中で自分が高く売れるのだと知ったのは、ありがたい誤算だった。

(今度の発情期には薬が無くなるな……また"仕入れ"ないと)
「あ、国永ー! 戻ったのかい? 早々悪いんだけど、鍋の方を見てくれないかな」
「ああ、今戻った。良いぜ、あそこは蒸し暑いから大変だろう」
「すまないね、今日は良い水蜜を使ってるんだ。帰りに分けてやるよ」

恰幅な身体を揺らして笑う女に国永も楽しみだと返事をし、ヘラと呼ばれる長い棒を手に取る。
水蜜を蒸発させて砂糖を精製するのが今の作業所であり、それに携わるのが国永の仕事だった。
文句も言わず勤勉に働き、周囲の者と気兼ねなく接する姿を高く評価されている。
そのお陰かこうして水蜜と呼ばれる果物や冷やし飴という砂糖水を回して貰う事も多かった。
番であり弟の鶴丸は、国永がこうして貰ってくる物をいたく好いている。
薬の調達で寂しがらせる分、良い土産物が出来たと喜んだ。



夕方も過ぎて陽が沈んで行く中、貰った水蜜を布袋に入れた国永は鶴丸を迎えに歩いていた。
ついでに夕飯の材料も買い込んでしまおうかと思ったが、鶴丸に聞いてからにしようと足を速める。
ヒスイの店の前では白髪の青年が暖簾を下ろして居るところで、

「鶴!」
「わっ!? 国兄!?」

愛しい弟の姿に破顔して両手を広げた。
会えて嬉しいと言わんばかりの甘い笑顔に迎えられ、鶴丸も破顔して暖簾を抱き締めたまま国永の腕に飛び込んだ。

「今日は早かったんだな、国兄!」
「ああ、君に早く会いたくてな。ほら、水蜜も貰ったんだ、早く帰ろう?」
「わあ、これ俺好き! うん、暖簾下げたら準備出来るから待ってて! あ、ヒスイが国兄に用があるって、何のこと?」
「染色剤の事かな。そろそろ白が目立ってくるから」

こめかみにキスを落として手を繋ぎながら、鶴丸に笑い掛けて店の中へと促す。
あくまでもサプライズとして渡したいので、頼んだ品物の事は内緒だった。
今日の晩ご飯はどうしようかと話しながらヒスイに品物を貰い、恋人繋ぎにした手を軽く振りながら家路へと歩く。
国永が好きなのは、こうして鶴丸と過ごす時間の全てだ。
他の時間は、この時間を守る糧でしか無いと言って良いほど、国永は鶴丸に依存している。
家族に捨てられて孤児院へ入り、鶴丸がΩで自分がαだと分かった時には引き離される前にと抜け出した。
離れたくない、一緒に居たいという願いが半ば無理矢理に番の契約を結ばせる事になり。
今でも一緒に暮らしている。
これからもずっと一緒に、離れないでいたい、離れない様に、出来る事はなんでもした。
それが、底なしの落とし穴にはまっていく事になったとしても。