バスルームから歌声が聞え、ここは装備 を置いてバスルームを覗いた。
「随分ご機嫌ですね、黒葉」
あまり人前で肌を晒せない理由がある黒葉の為に作らせたバスルームのバスタブから黒葉が微笑みながらオトモのプリンとペットのプーギーとお風呂に浸かっている。
大浴場で皆と入るのを好む黒葉はあまりこちらを活用しないが、今日はペットと浸かりたかったのか、プーギーが心地よさそうに桶で湯をかけてもらっていた。
「ここ、おかえり」
ふにゃりと笑うと愛しい恋人に甘えるように両手を広げる。
「ただいま帰りました。
今日は大浴場ではないのですね?」
黒葉の小さな体を抱き締め、甘えるように擦寄る。
ジンオウガに育てられたここは人間に矯正されても獣の名残が強い。
「大浴場はペット禁止と言われてな。
仕方ないからこちらを使ってるが、これはこれで良いものだな」
「一応同じ温泉の湯を利用してますからね」
「ん、皆で入る湯もいいがこれも良いなぁ。
ここは入らないのか?」
「一緒に入っても?」
「そのつもりだ」
黒葉が浴槽の縁にもたれるようにここを見上げる。
誘う様に唇が弧を描き、濡れた前髪から滴る雫。
「黒葉…」
抱き寄せ、そのまま口付ければ気を利かせたオトモがプーギーを連れて浴室から出ていく。
「どうした?」
くすくすと微笑みながらここを抱き締める。
「支度をしてまいります」
「脱ぐだけだろう?ここで脱げ」
ここは苦笑しながら来ていた服を脱ぎ捨て、二人分にはせまいバスタブに肩まで浸かる。
最初は苦手だった湯も、今では心地よいと思える様になった。
「ここ」
甘える様な舌足らずな声でぎゅっと抱き着いてくる。
初めてあった頃は微笑む事もせず、ただ事実を受けいれてる様だった。
何でも卒無くこなしてしまう兄ではなく、自分の様な半端者を選んでくれた事、感情を上手く理解できない自分をいつも微笑みながら見守ってくれること。
それが、暖かくて心地よかった。
「黒葉…黒葉と居ると私の胸のこの辺りがぽかぽかします。
これは、なんと言うんですか?」
胸のあたりを抑えながら黒葉を見た。
黒葉はきょとんとしながらここを見てから可笑しそうに笑った。
「黒葉?」
「いや、すまぬな。
ここが俺と同じ気持ちでいてくれたのが嬉しくて」
「同じ気持ち?黒葉もですか?」
「ああ、それは愛しいという気持ちだ。
ここと居ると気持ちが安らかになって落ち着く、安心出来る、ずっとこのままでいたい…」
もたれ掛かるような小さな体を大事に壊さないように抱き締める。
「愛しい?これは愛しいというのですね。
ふふ、愛しい、黒葉、愛しいです」
「そういう時は愛していると言うんだ。
ここ、愛してる」
「愛してる?愛してる、愛してる…
黒葉、愛してます」
「ああ、俺もここを愛してる」
ぎゅっと小さな体が縋るように抱きついてくるのを、愛しいとおもう。
「黒葉、黒葉、これは良いものですね?」
「ふふ、そうだな。
ここだから、そう思うんだ。
ここ以外には感じない」
「私もこれを感じるのは黒葉だけです。
兄様にも国永や鶴丸にも、似たようなものは感じますがこれとは違います」
「それも愛の一種だ。
宗近に感じたのは兄弟や家族に感じる親愛。
国永や鶴丸は友人に感じる友愛。
愛にも様々あるんだ」
「そうなんですか…奥が深いです。
でも黒葉はずっと一緒にいたい」
首の辺りにすりすりと頬を寄せるのは甘えている証。
「ふぁっ、ん、こら、ここっ!
そこは、らめっ…」
「ここをこうするのが良いんですよね?」
幼い子供みたいな笑でここが項をぺろぺろと舐める。
「んっふぁ、あぁっ、こら、くすぐった……ひゃあ!?」
「く、黒葉!?」
ここが項の入墨を掠めた瞬間、黒葉が悲鳴の様な声を上げたのに驚いたここは、ぎゅっと黒葉を抱きしめた。
「大丈夫ですか?
すいません、いや、でしたか?」
しゅんと耳が垂れたように落ち込むここに、黒葉は笑いかけた。
「この入墨の辺りは擽ったくて…」
「そうでしたか、すいません」
「いや?ここがもう少し色々覚えてからなら、存分に」
幸せそうに笑う黒葉を抱きしめて、ここは湯上りに冷たいフルーツ牛乳を保存庫から取り出した。
「ありがとう」
黒葉が笑えばここも嬉しい。
黒葉が悲しいとここも悲しい。
それを知ったここは人間らしくふにゃりと微笑んだ。