あれから数日、レイリは大学を休んで部屋に閉じ籠っていた。
薬を飲んでもやはり発情期には本来の調子がでない。
「シュノさん…会いたいなぁ…」
レイリは先日助けてもらったお礼はをどうしようか考えていた。
相手はテレビや雑誌で引っ張りだこな超人気モデルで自分の様な卑しいΩとは住む世界が違う。
迷惑をかけた上また会いたいなんてそれこそ迷惑にしかならないと自己完結した。
彼のマネージャーのゼクスはレシュオムの義兄らしいので彼を通してお礼の品を渡してもらおう。
ゼクスにも助けてもらったので、何が良いかは発情期が終わったらレシュオムに相談しようと、カーテンを締め切った薄暗い部屋でベットに横になった。
「シュノさん…」
枕に顔を埋めながら、レイリはそのまま目を閉じた。


「レイリ…」
シュノが耳許で甘く名前を呼びながらそっとベットに体重をかける。
軋むベットに埋もれながら、レイリはそっとシュノに腕を回す。
「シュノさん…好きにして…」
「俺の番になれ、レイリ」
甘く囁かれる言葉も触れる体温も、総てが愛しくて堪らない。
「レイリ」
はっと、目が覚めて辺りを見回すと見慣れた顔がこちらを覗き込んでいた。
妙にリアルな夢に、顔を赤くしたレイリは慌ててベットから起き上がった。
「え、あ…レイア?
どうしたの、こっちに来るの珍しいね」
双子の兄のレイアは実家で暮らしていて滅多にこちらには来ない。
親戚の弔辞だとか、祝言でもない限り。
最も、その席にレイリが呼ばれればの話だが。
「レシュオムから聞いたんだよ、お前が外で発情して襲われたって。
僕は別にお前なんかどうでもいいけどシュリがお前の様子見に行けってうるさいから来てやったんだ。ありがたく思えよ」
レイアはレイリの頭をグシャグシャに撫でると満足したのか、リビングの方に去っていった。
けだるい身体を起こしてリビングに行けばシュリがこちらに気づいたのか近寄ってきて頭を撫でた。
「体調はいいのか?」
「はい、薬も効いてますから」
「ならいい。レイシーから作りおきのおかず預かったから冷蔵庫に入れといた」
「ありがとうございます」
レイリはお茶でも入れようとキッチンに向かうが、レイアがもう帰ると言ってそれを阻止した。
「ねぇ…今回の事、お父様達は知ってるの…?」
レイアが帰る前に、どうしても聞きたいことをつい聞いてしまった。
レイアは珍しく難しい顔をしていて、シュリはそっと背を向けた。
「今回襲われた事は知らない。
だがお前がコンクールの選抜試験に来なかったことは知っている。」
その一言で、レイリは十分だった。
心を、壊してしまうのに。



レイア達が帰ったあともレイリは何もしたくなくてぼんやりしていた。
レイアは、父はコンクールの選抜試験についてなにも言及は無かったという。
もう、気にかける価値すらレイリには無いのだろう。
Ωだと言うだけで…
「どうして、僕だけ…」
父は婿養子だがαで、母もαだった。
理想的なα同士の婚約。
期待されて産まれた筈なのにα家系でレイリだけがΩだった…。
α家系のクライン家にとってΩ性は孕むための穢らわしい忌むべき性。
今でこそ世間一般には大分少なくなったが、それでも根強く残るΩ差別。
Ωと言うだけで虐げられる。
「もう…やだ…やだよ…」
そのまま、レイリは枕に顔を埋めて声を殺して泣いた。
そんなことをしても状況は変わらない、それは判っているのに…
いつのまにか泣き疲れて眠ってしまったレイリは、けたたましくなるスマホのアラームで目が覚めた。
「あ…朝か…」
薄暗い部屋のなか、ベランダに置いてある鉢植えに水をやろうと外に出る。
季節は初夏に入ったばかりで長雨から解放された澄んだ青空が広がっていた。
何時もなら大学に向かう準備をしている時間だが、身体がまだ熱っぽい。
薬が切れる前に飲んでおこうと寝室に戻ると、着信を知らせるランプが光っていた。
「あれ、レシュオムから?」
レシュオムがレイリの体調の良いときに食事会をしないかと誘ってくれた。
「食事…会?」
レシュオムと二人きりで食事をするのは初めてじゃない。
しかし会とつくなら他の誰かが一緒と言うことだ。
レシュオムの彼氏のリクとは面識はあるが、食事を共にしたことはない。
なら幼馴染みだというソラ、カイリ、リラあたりだろうか。そんな思考を巡らせながら、力無くベットに横になる。
身体が酷く重い…
「ああ…早く…」
寝ても覚めても頭の中は早くこの辛い時期から解放されたいという事だけがぐるぐる回る。
気晴らしにはいいのかもしれない。
今のレイリには誰かの温もりが必要だった。
それから数日後、要約体調が回復した所でレシュオム達との食事会に指定された日が訪れた。
レシュオムは他に誰が来るのか教えてくれなかった。
ただ、レイリさんも知ってる人ですよ。としか。
そこまでいうならと楽しみにしてレイリはお土産にベランダで育てたハーブで作ったハーブティーを可愛らしい瓶に詰めて持っていくことにした。
ふと、チャイムがなるとレイリは土産の入った紙袋を抱えてドアを開けた。
「遅くなりました、もう大丈夫です?」
「うん。あ、これ…いつものハーブティー」
紙袋を差し出すと、レシュオムはニッコリ笑って受け取った。
「わぁ、いつもありがとうございます。」
嬉しそうなレシュオムにほっとしながら、迎えの車に乗り込む。
運転手はゼクスだった。
まさかこんな形で会うと思わなかったレイリは一瞬固まってしまい、ゼクスは不思議そうにレイリを見上げた。
「あ、あの…先日はどうも…その、きちんとしたお礼もせずに…」
「いえ、私は別に何もしていませんのでお気になさらず」
すると、レシュオムはレイリを車に押し込みながら助手席に座り、ゼクスに紙袋を差し出した。
「これ、レイリさんからお礼のハーブティーだって。
レイリさんのハーブティーはよく効くの、ゼクス最近寝つきが悪いっていってたでしょ?」
「そうですか、それは助かります。
ありがとうございます。」
レイリは何か言おうとしたが、レシュオムが目配せをしてきてレイリは黙って俯いた。
「さぁ、つきましたよ」
車がたどり着いたのは高層マンション。
レイリはその場所に見覚えのあるような気がした。
ただ、意識がぼんやりしてうまく思い出せなかった。
マンションの中でエレベーターに乗ったところでレイリはレシュオムの方を向いた。
「あ、の…まさか…」
「騙すみたいな事してごめんなさい。」
案内されたのはあの日レイリが目を覚ました部屋。
「シュノさんが、もう一度レイリさんに会いたいって…
でもシュノさん有名人だから外で会うのはちょっとあれなので…」
「僕に?え、な…何で?」
「それは本人に聞いてください。」
ゼクスが開いた扉の中へ入るように促される。
恐る恐る部屋のなかに入ると、ソファーで本を読んでたシュノがこちらを向いた。
「来たか、わるいなわざわざ」
「い、え…あの、何で僕を…」
シュノは立ち上がってレイリの腰を抱き寄せた。
「近くで見るとやっぱり可愛いな」
「……は?え…はっ?」
「この前会った時からお前の事が気になって仕方なくて、レシュオムに頼んでお前を呼んで貰った」
完全に混乱してるレイリをソファーの隣に座らせ、ゼクスは若干憐れみの視線をレイリに送る。
「とりあえず、お茶どうぞ」
「あ、ありがと…」
緊張しながらレイリはお茶を受け取った。
「シュノさんは…なんで、僕なんか…」
「だから言ったろ?一目惚れだって」
中々にマイペースなシュノに困惑するレイリはレシュオムに助けを求めるが、レシュオムは困ったように笑いながら頑張れと言わんばかりにガッツポーズを見せた。
「普通、いきなりそんなこと言われれば誰でも戸惑うと思いますがね」
思いもよらぬ助け船を出したのはゼクスだった。
レイリにとってそれはまさに神の一声に思えた。
「彼は貴方の周りにいる女性がたとは違うんですから」
「…そうだな、だから気に入った」
シュノはレイリの顔を真っ直ぐに見つめて柔らかく笑った。
「俺のこと知ってたって聞いたときはまたかって思ったけど、こいつ連絡先を聞こうともしないし」
確かにレイリにとってシュノは憧れに近い存在だった。
こうして今同じ空間に居ることすら烏滸がましいと思うくらいには天上の人だった。
レイリが名家に産まれたΩではなく、大事な試験の日に無断欠席しなければ、レイリとて舞い上がっていたに違いない。
あの日は試験のことで頭か一杯だったからそう見えただけだ。
「僕はやましい存在です…
そんなこと言って貰える価値なんか…」
「レイリさん…」
複雑な家庭環境を知るレシュオムは悲し気にレイリを見つめ、ゼクスはレイリから視線をはずした。
「僕はΩです、穢らわしい性なんです…」
「だったら…」
シュノは煮えきらないレイリの態度に痺れを切らし、ぐいっと引き寄せた。
「俺の番になれよ」
「ふぇ!?え、えぇ!?」
予想もしてなかった展開にレイリは頭がついていかずに固まってしまって、見兼ねたゼクスがシュノを引き剥がした。
「貴方は少し性急すぎです、落ち着きなさい」
気まずい空気が流れたあと、玄関のチャイムがなったので、シュノが玄関に向かった。
「ごめんなさい、ビックリしました?」
レシュオムが困ったようにレイリを覗きこんだ。
「うん、ビックリした…けど…」
嫌ではない…そう感じていたことを伝えようか迷って、結局黙っていた。
ゼクスはため息をつきながら玄関に届いたオードブルやピザ等を運んできた。
「レイリ、酒は飲めるか?」
「あ、うん…少しなら」
シュノはキレイな白ワインを持っていて、ゼクスがグラスとオレンジジュースを持ってきた。
未成年のレシュオム用だろう。
「誰かのせいで変な空気になって非常にやりずらいです」
ゼクスが文句を垂れながらグラスにワインを注ぐとシュノはあからさまに顔を背けた。
中が良さそうだなと、レイリは自然と笑みがこぼれた。
「じゃあ、改めて乾杯します?」
レシュオムがニッコリ笑ってグラスを前に差し出した。
「乾杯!」
お酒が進めば緊張していたレイリの雰囲気も柔らかくなり、楽しい話に花を咲かせていた。
シュノとゼクスは旧知の仲で、腐れ縁と本人達は言っていた。
レイリは、レシュオムが話す大学での事に相槌をうちながらホロ酔い気分でシュノにもたれ掛かった。
「シュノさんの話…もっと聞きたいな…
貴方のこと…もっとよく…知りたい…」
睡魔と格闘しながらシュノを上目使いで見上げて、ふにゃりと笑った。
これには流石のシュノも言葉を失って一人悶絶しているのをゼクスが可笑しそうに眺めていた。
「バチが当たったんですよ」
「生殺しだろ、こんなの…」
一人状況が判らないレイリはそのまま睡魔に負けてシュノにもたれ掛かったまま目を閉じた。