暗い森の奥深く、寂れた塔がぽつんと見えるのが判るかい?
地元じゃ幽霊塔なんて怖れられてるあの塔さ。
なに、幽霊なんて居やしないさ。
あの塔の敷地内には屋敷があって、ちゃぁんと住んでいるさ。
何がって…?



そりゃ、絶世の美貌を持つ吸血鬼だよ。




「真っ暗で怖いな…」
暗闇の森の奥深く、闇に紛れるには鮮やかな金髪が揺れる。
ふと、少年―レイリ・クラインは果てしなく続く暗闇の世界を眺めていた。
彼は王都の教会から派遣された神父見習いで、森の奥に住む吸血鬼の退治を依頼されここまで来た。
幽霊塔と呼ばれる暗闇の森に建つ塔のある周囲は外壁で囲まれ、中の様子をうかがうことはできない。
ただ、大きな古城があるのは確認できた。
恐らく地元の街の人が言っていた吸血鬼が住んでいるのだろう。
レイリはぎゅっと十字架を握り締めて、そっと、門の扉に手をかけた。
バチッと電流が走ったように、痛みを感じて手を引っ込めた。
どうやら結界を張っているらしく、レイリの手は血だらけになってしまった。
その瞬間に脳裏でよぎるビジョン。

飛び散る鮮血、悲鳴…
燃える家、黒焦げの死体。

「ぅ…あ…」

過去のトラウマから、レイリの身体が震える。
くらくらと目の前が歪んでいく感覚に、耳鳴りを覚えた時だった。
「そこで、何してる。」
不意に、背後で聞こえた声に振り返ると、そこには今まで見たこともないような美しい男が気だるそうにこちらを見ていた。
紫銀の髪に菫色の瞳、見慣れない服装のその男の特徴をレイリは知っていた。
この街の住人から聞いた吸血鬼の特徴と一致していたからだ。
「あ…なたが、吸血鬼?」
吸血鬼らしき男は首をかしげる。
「お前が街の連中が言ってたノコノコやって来た生け贄か。」
「生け贄?」
「吸血鬼退治、頼まれたんだろ?」
そういって男は音もなくレイリに近付くと、血だらけの手を取りその血を舐めとった。
「ひっ…」
ぴちゃぴちゃと、舌で血を舐めとられ、身体が震える。
「や…ぁ…離して!!」
「お前、すげぇ美味そうな匂いがする。」
ぎゅっと体を抱き締められて首筋をペロッと舐められ、レイリはそのまま意識を失った。


「ん…」
「起きたか。」
ゆっくり目を開けてぼんやりともやのかかった歪んだ意識を覚醒させる。
目の前には、自分を覗き込む紫銀色。
表情の読み取れないその綺麗な紫銀色は、そっとレイリの頬に手を触れた。
「大丈夫か?」
「あ…僕は…」
じんじんと熱を孕むてのひらが熱くて、思考が麻痺する。
「お前、名前は?」
菫色の瞳が柔らかくレイリを捕らえた。
その甘い声に、思わず答えそうになってレイリははたと我に返る。
悪魔に名前を教えることは危険な行為だ。
名前とは己を支配するもの、安易に名乗ってはいけないと師にきつく教えられた。
「……シュノだ。」
目の前の悪魔はそう名乗った。
「俺の名前、シュノ・ヴィラス。
お前の名前は?」
「………」
尚も沈黙を貫くレイリに、シュノはあきれてため息をついた。
「名無しじゃ呼びにくいだろ。
ここには俺とお前だけじゃないんだぞ。」
今度はレイリが首をかしげる番だった。
「他にも、吸血鬼が?」
「だけじゃないけどな。」
そういって、シュノはレイリを抱き寄せた。
「吸血鬼には花嫁と言う契約を結んだパートナーが必ず一人いる。
吸血鬼は花嫁に血や精力をもらい、花嫁はほぼ不老不死になれる。」
「ほぼ…?」
「契約である以上吸血鬼が死ねば花嫁も死ぬ。一蓮托生ってことだな。
ここにはあと2組の吸血鬼と花嫁がいる。」
そう言って、シュノはレイリを押し倒して耳許でささやく。
「おまえを俺の花嫁にしたい。」
「い、やだ…誰が悪魔なんかと…」
わずかばかりの抵抗をするレイリに、シュノが手を焼いていると、こんこんと控えめのノックが聞こえた。
「シュノさん、花嫁さんは目を覚ましました?」
入ってきたのは金髪の少女。
お盆には食事らしきものと、薬が乗っていた。
「レシュオムは気が早い。まだ花嫁じゃないから。」
「女性を口説くなら、強引に迫ってはダメですよ?」
「ちょ、ちょっと待って!!僕はそもそも女じゃない。」
慌てて否定するレイリに、レシュオムはニコッと笑った。
「性別は関係無いんですよ、要は気持ちです。」
「君も…吸血鬼なの?」
「そうですよ。」
綺麗な瞳が柔らかく細められ、レイリは居心地悪そうに顔を伏せた。
まるで、自分が駄々をこねてるみたいな気持ちになって…。
「お食事、置いておきますから食べてくださいね。
変なものは入れてませんから、信じてください。
あと、これはてのひらの怪我に塗ってください。」
ベットの近くのテーブルには小綺麗に盛られたパンケーキが乗っていた。
「貸せ。」
レシュオムが出ていってから、シュノは塗り薬を奪い、レイリのてのひらを返した。
するとそこには結界で傷付いた痕跡はまるでなかった。
「……お前…もしかして…」
ハッとしたレイリは慌てて手を引っ込めてベットの中に潜り込んで身体を小さく丸めた。
「……混血だったのか。」
「いや…言わないで…僕は…人間なんだ。」
シュノは漸く合点がいった。
レイリが名前を教えることを拒む理由、そして、治りの早い怪我。
人間には触れても害がない結界で傷を負ったこと。
「依りにも寄って、天使と悪魔のハーフか。」
混血は異なる2つの種族の特性を肉体に宿す。しかしこう言った混血は特に特殊な力があるわけでもなく、大抵は迫害され、殺される。
それを知ってか、レイリは怯えたように布団のなかで震えていた。
「それで、人に身を寄せて本性を隠していたのか。」
天使と悪魔の間に生まれた子は悪魔にとっては極上の餌。
人間にとっても不老不死の霊薬がわりの存在として広まってる。
人と偽らなければ生きていけなかったのだろう。
「ひっく…うぅっ…お願い…たべないで…」
「…通りで美味そうな匂いがするとおもった。」
「や…だ…お願い、殺さないで…僕は…あの人を…探すまでは死ねない。」
恐怖心に耐えながら、ぎゅっと手を握り締める涙ぐんだレイリの声に、シュノは布団を引き剥がした。
「やっぱりお前は俺の花嫁になれ。
そうすれば、俺がお前を守ってやる。」
ぎゅっと抱き締めて頭を撫でれば、腕の中で震えていた小さな身体は遠慮がちに背中に手を回してきた。
「ほんとに…守ってくれるの…?」
今まで、誰も自分を守ってくれるなんて言ってくれる人なんて居なかった。
唯一心を許せる育ての親ですら、自分の身は自分で守るものだと教えられた。
「ああ、ずっとそばにいて、お前を守る。
だからお前も俺の側にいてくれるか?」
涙で濡れた頬に手を当てると、レイリは戸惑ったようにシュノを見上げた。
そのまま、シュノがそっと唇を重ねて、レイリをベットに張り付けた。
「んっ…う…んん」
濃厚なキスに、目の前がくらくらする。
唇をはなし、レイリの首筋に舌を這わせると、耳を挟む様に甘い声が囁く。
「お前の、名前は?」
シュノがしきりに名前を欲する様をみて、おそらく契約とやらには自らの意思で名前を与えることが必要らしい。
それを悟ったレイリは、決心したように目を閉じて唇を動かした。
「僕の、名前は…」
一瞬戸惑ったレイリが見上げた先には、熱の篭った眼でこちらを見つめるシュノ。
「レイリ。僕の名前…レイリ・クライン。」
「クライン…だと?」
名前を告げた瞬間、シュノが驚いたようにレイリを見た。
「まさか…お前はレイアの…」
すると、レイリが逆に驚く番だ。
「レイアを…レイアを知ってるの!?」
「ああ…そうか、お前はアイツとレイアの子だったのか…。」
「お願い、レイアに会いたいの!!レイアに会わせて!!」
すがるように抱き付いてきたレイリを抱き締めて、キスを与える。
レイリはもう、抵抗する様子も見せずにそのまま身を任せていた。
「そのうち、必ず会わせてやる。
先ずはここでの生活に慣れてからな?」
シュノはレイリの服に手をかけた。
首元を晒し、キスを落とした。
「レイリ、俺と契約するか?」
レイリはもう、迷わずに頷いた。
「あげる…僕の全部…君に…」
「シュノだ。」
「シュノに、あげる。
だから、レイアに会わせて…」
シュノは頷いて、レイリの首に噛みついた。
「ひっ…あ、ぁん…」
ピチャ…と、音を立てながら零れ落ちる血を舐めとる。
レイリはぎゅっとシュノにしがみつく。
「レイリ、俺の血も飲め。舐めるだけでいいから。」
シュノは指先を切って差し出した。
レイリはそれを口に含み、舌を絡めた。
「あ…んっ、ふぁ…ああっ」
「感じやすいのか?なかなか仕込みがいが有りそうな身体だな…」
ペロリと唇を舐めるシュノを、息の上がったレイリはぼんやりと見上げていた。


シュノとレイリの首筋には、同じ薔薇型のアザがくっきりと刻まれていた。