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籠の鳥




「坊ちゃんは俺が守る」


幼い頃にそう誓ってくれてからずっとそばに居てくれた大切な人を

ぼくは、きずつけた。



キッカケは単純で、レイリはナタクに強く依存しているのを理解していて、ナタクもそれを受け入れていた。
ボンドを結ぶ覚悟もしていると言ったナタクを拒絶したのはレイリの方だった。
恋愛感情こそ無いが、レイリは実の兄の様にナタクを大切に思っているし家族として愛しているしナタクもそう思っていた。
だからか、問題だらけのレイリとでも40%近い相性がある。
揺らいだことはもちろんあった。
でも、ボンドは魂の契約。
ナタクに恋人が出来たら、邪魔になってしまうのが嫌で曖昧にしていたら、タワーでレイリを担当してる先生が告げた。

『いずれナタクではお前をガイドしきれなくなる』

その時、レイリはナタクから離れて生活する様にしなくちゃならないと思った。
センチネルと呼ばれる能力者はガイドに強く依存しないと日常生活が送れない。
最悪精神的な死を迎える。
しかし、いずれガイド出来なくなったらレイリはナタクを精神的に殺してしまう。
タワーにある自室という名の鳥籠。
ここに居るのを望んだのはレイリだった。
ミュートの両親を危険に晒さ無いよう、狂っていく姿を見せないよう、能力を覚醒させてから自ら親元を離れここに居る。
レイリの家に仕える家系のナタクがガイドとして覚醒していたので、ナタクを専属のガイドとして二人でこのタワーにやってきた。
力に怯えて不安になるレイリを抱きしめて頭を撫でてくれた。
レイリに試験的に何人かのガイドが当てられたが皆10%を越えられなかった。
皆レイリに共感できなくて、精神を壊してしまった。
辛うじてナタクがガイド出来ているだけで、ガイドするナタクの負荷は相当に大きく、互いに苦痛が伴う。
その痛みをレイリは彼を傷つけている罰であり罪だと思っていた。
センチネルがガイドを解放するには精神的死を迎える前に肉体的な死を迎える必要がある。
それに気がついたレイリは、誰にも言わずにタワーから飛び出した。
無防備に、無知に、本当に我儘に。
タワーの外の賑やかで鮮やかな輝かしい世界に懐かしさと帰りたい気持ちに狩られてつい駆け出してしまったのが悪かった。
自分から両親を守る為に離れたのに両親に会いたくなってしまった。
レイリが親元を離れたのは10歳だった。
もう10年近く手紙のやり取りだけしてるが直接会うことは出来ていない。
「お父様、お母様…!」
かけだそうとして、急に周りの音が響き出した。
衝動的に飛び出してしまって、気が付いた。
パキッと音がして、辺りの雑音が急に大きくなる。
「あっ………あ」
大きな音がうるさくて苦しいくてレイリがその場にしゃがみ込む。
汗がたまのようにしたたり、耳を塞いでもうるさい音が途切れない。
「ああああああああ!!!」
通りを行き交う人が急に叫び出したレイリを振り返る。
センチネルのゾーンだ、と誰かが叫ぶ声がした。
感情の高ぶりに、レイリは無意識に両親を探そうと視覚を、聴覚を研ぎ澄ませていた為、シールドが耐えきれなくなっていた。
パキッ、パキッ、パキッとシールドにヒビが入る音と共に周りの雑音がいっそう酷く激しくなっている。
身体を支えきれず地面に手を着いて座り込むレイリは耳を塞ぐことも出来ない。
塞いだところで意味は無いのだが。
「誰かタワーに連絡を!」
「危ないから女は子供を家に入れろ!」
「誰かガイドを早く呼べ!」
「なんでこんなとこでセンチネルなんか…」
聞きたくない言葉が雑音の様に大きな音に変わる。
子供を家に入れようとした誰かが荷物にぶつかり、建築用の資材がバラバラと音を立てて乗っていた荷台から落ちていく。
一般的にも驚きはする程度に大きな音だ、その音が聴覚が鋭いレイリには地獄の様な爆音に頭が割れる程の苦痛を受けてシールドが完全に破壊されれる。
様々な情報が溢れるように頭の中に流れ込んでぐちゃぐちゃに脳内を掻き回すような激しい苦痛に耐えるすべも無くしてしまった。
そしてぐにゃりと歪んだ視界に映し出されたのはレイリを抱き締めたままナタクが倒れて動かなくなるビジョン。
センチネルがどういうものか、その危険性程度は一般常識の範囲でも、ミュートには何がそこまでセンチネルを狂わせるか判らず、呆然とするしか出来なかった。
レイリは道端で倒れて起き上がることも出来なくなっていた。
「ひっ、あ……ぐぅっ……あああっ、頭がっ!!」
「坊ちゃん!!」
幸いタワー近くで倒れた為、その知らせはすぐにナタクの耳に入り駆けつけることが出来た。
グッタリしたレイリを抱き上げ、パニックを起こしているレイリを素早くセンチネルの隔離部屋に連れていかないと行けなかった。
防音がしっかりした窓も何も無い真っ白な部屋。
視界を刺激しないよう、照明は落とされていて薄暗い。
「しっかりしろ、大丈夫、いい子だから」
きつく抱きしめて、頭を撫でる。
レイリはしきりに、痛い、苦しいと叫びながら頭を押えて身体を激しく震わせる。
小さな身体を抱きしめたまま、レイリの心に語りかける。
抱きしめて、耳を塞ぐての上から自分の手を重ねて。
「坊ちゃん、俺の声を聞け。
大丈夫だ、ずっとそばに居る」
「あっ、う……なた……く」
「ああ。まずは呼吸を整えよう。
いつも通りでいい、出来るまでずっとそばに居る」
割れて剥き出しになったレイリの過剰な五感がナタクの存在を認識して、ぎゅっと縋るように抱きついてくる。
「なたく、なたくっ、みみが、みみがいたい、めがいたい、だめ、ちがう、にげて、ぼくからはなれて!!」
幼子の様に泣きじゃくるレイリを優しく抱き締めたまま、テレパスの能力でレイリの心を読み取っていく。
「………未来を、みたのか?」
レイリが一番恐れているのは、ガイドであるナタクを壊してしまうこと。
「やめてぇぇぇ!!!」
狂ったようにレイリが叫ぶ。
拒絶という強い力によってナタクのシールドはいとも容易く割れ、レイリと繋がっていた無防備なナタクの精神を傷つけた。
押し寄せる莫大な恐怖、怒り、悲しみ、不安が波のようにナタクに押し寄せてくる。
「ぐっ、おち、ついて……声を……聞いて」
センチネルの落ち着きやすいように誂られた隔離室ではナタクの声しか響かない。
レイリは力の制御を上手くできないセンチネルだった。
だから能力を抑え込むこともできないし、無意識に使っていた事も気が付かない。
故にゾーン状態の防御反応も加減が効かない。
ナタクは真っ白な何も無い世界に一人佇むレイリを見た。
暗く絶望した瞳でこちらをゆっくり振り返り、手を伸ばして何かを―――――

そこでナタクの意識は途切れた。




レイリが突然タワーを抜け出し、ゾーンに入ったと聞き、出先から駆け戻って見れば、事態は最悪の状態だった。
レイリは、ナタクを壊してしまった。
グッタリと意識をなくしたナタクを、泣きながらレイリが抱き締めている。
「チッ……どいつもこいつも面倒ばかりかけさせやがって」
タバコを灰皿に押し付け、ノエルは部下を数人連れてナタクの保護に向かった。
「誰かシュノを呼んでこい。
レイリはもう、並のガイドで押さえきれない」
部下のひとりが駆け出すのを見てから、隔離部屋のある最下層に向かった。
レイリはナタクを抱き締めたまま静かに泣いていた。
倒れる間際までガイディングを行っていたせいか、多少の落ち着きを取り戻していたレイリは、音もない静かな空間で大切に思っていた兄の様な一番の心の拠り所を破壊して涙を零すしか出来なかった。
ガチャリと重厚な扉が開き、一人の青年が入ってきた。
青年はレイリが知る誰よりも美しい容姿をして、綺麗な着物を着ていた。
誰よりも大切だったナタクを精神的に殺した様なレイリは、彼は自分を殺す為に呼ばれたのだと感じた。
「酷い有様だな、スピリットがボロボロじゃねぇか」
レイリの見えすぎる目は青年の氷のような眼差しに死を感じたからだ。
「お前を、ガイディングする」
ナタクを抱き締めていた手の片方を握られる。
手から伝う暖かい体温に耳に心地よく響く低音に、レイリは黙って従った。
「俺の言葉が聞こえるか?」
「……ひっ、きこ、え…… 」
「お前のガイドはまだ助かる可能性がある、お前から離れて暫く療養すればな」
「……たす、かる?」
「ああ、お前が今彼を手放してくれれば即治療班がメンタルケアに入る」
レイリはグッタリ意識をなくしたままのナタクを見た。
レイリを助けるために自分を顧みずに地獄の世界から引き戻してくれた。
ボロボロに傷ついたスピリットがナタクにピッタリ寄り添っている。
「あ、あ……ごめんなさいっ、僕、そんなつもりじゃ……」
「助けようとしたんだろ?
それを叶えてやる、まずは彼を俺に渡してくれ」
彼の声は誰よりもレイリの心にすんなりと馴染んだ。
言われるがまま、ナタクを引き渡すと外で待っていたノエルの部下が医療室に運んでいく。
青年は怯えるレイリを抱き締めた。
すると、目が痛むほどくっきり見えていた視界が安定して、耳も細かな衣擦れの音を拾わなくなった。
触れるだけでざわめく感覚が無くなって温もりを享受出来ていた。
初対面の相手に、シールドが貼り直された事にレイリは驚いた。
「なん、で…?」
「さぁ?俺は特殊なガイドらしいからそのせいだろう。
ガイディングは終了だ、俺はもう戻る」
ポカンとしたレイリを残してさっさと行ってしまった。
「レイリ」
ビクッとレイリが身体を震わせた。
その声は一番安心出来る声だが、僅かながらに怒気を含んでいるのが、ゾーンから抜け出したレイリにもハッキリわかった。
「自分が何をしたか理解できるか?」
「………はい」
「何故タワーを抜け出した?
普通の世界で生きていけないから保護を求めたのはお前だろ」
「……死にたかったんです。
僕が居なければ、ナタクは幸せになれたのに……
僕がナタクを壊す前に……」
ノエルは何も言わずに面倒くさそうにため息をついた。
「お前が死ねば、ナタクは一生苦しむことになっただろうな。
お前を救えなかったことに」
レイリはハッとした。
そして俯いたまま顔をあげずに涙を零した。
「ナタクは暫く療養させる。
後は本人の希望にも寄るが、アルサークのガイドにする予定だ。
お前とはあれ程の相性しかなかったが、アルサークとの相性は94%もある」
「……そうですか。
良かった、アルサークなら安心して後を託せます」
涙を流しながら、レイリは安堵したように微笑んだ。
「お前はガイドが決まるまでここにいろ」
「………はい、判ってます」
真っ白な何も無い小さな部屋。
しっかり防音された部屋は窒息死しないように開けられた換気口と扉以外出入口は無い。
レイリが普段使いしてる部屋とは異なり、ゾーンが不安定なセンチネルがガイドの到着を待つ間に使われる部屋で、生活する為の部屋では無い。
レイリは少し不安そうに俯いた。
ナタクがもう、自分のガイドで無くなってしまったことや精神ケアの事が不安で堪らないようだ。
「照明は平気か?」
「はい、今はもう……
ガイドの方がシールドを張ってくれたから…」
ざわついていた五感はもう平穏を取り戻していた。
「…そうか、なら暫くは持つな?」
「はい、大丈夫です」
レイリが告げると、ノエルはカバンからヘッドフォンと分厚いレンズのメガネをレイリに手渡した。
レイリは、五感の中でも特に目と耳が良く、特に未来視をしてしまう眼はシールド状態にあっても眼鏡で余計なものを不意に見てしまわないよう抑制している。
この未来視こそ、レイリがタワーに隔離された原因だった。



「未来視をするセンチネル?」
シュノは訝しげにノエルを見た。
「ああ、レイリはゾーン状態に入ると未来視をする事がある。
いや、入らなくても時折不意に何かを見た拍子に突然レイリの頭に流れ込む。
訳が分からないビジョンを強制的に見せられる。
大概が、良くない出来事だ」
例えば道端ですれ違った見ず知らずの他人が惨たらしく惨殺される最後のビジョンだったり、愛し合う仲睦まじいカップルの壮絶な別れ、怒号や罵詈雑言が飛び交う家庭で苦しむ子どもの姿。
そして度々レイリを恐慌に陥らせる、信頼を寄せる兄がわりが精神崩壊を起こすビジョン。
それがレイリの意志とは無関係に脳裏に焼き付いてしまう。
「そんなことが出来るセンチネルが存在するなんて聞いたことが無い」
「前例なんてないからな、レイリが初めてだ。
アイツはたまたま裕福な家に生まれ、身代金目当てに誘拐されて覚醒した。
強烈な死のトラウマから覚醒して、見ず知らずの誰かの死や不幸を見続ける。
正直ナタクがよく押え込めていたと思う程、レイリの力は強大でタチが悪い」
「……それで、俺がアイツをガイドしろってことか」
「そうだ、お前にしかできない。
お前はレイリの専属になれ」
「ボンド契約は結ばない」
「そこまでは望まねぇ、俺が口を挟むことじゃねぇ。
ただ、タワーの方針としてレイリは生かしたままタワーで管理したいらしいし、レイリ自身それを強く望んでいる。
実験にも協力的だ……」
ノエルは何か言いたげに顔を顰めたが、タバコを取り出して火をつけた。
「仕事として、専属になれ。
そうすれば他のセンチネルのガイドからは外してやる、お前も派遣先で言い寄られなくて済むだろ?
レイリは基本タワーから出ることは無い」
シュノは嫌そうに手渡されたファイルを開いた。
そこには覚醒に至るまでの誘拐事件からレイリが起こしたゾーンアウトの詳細とガイディングの内容が書かれていた。
何人かのガイドがナタク同様ガイディングを行ったが、皆精神崩壊寸前で引き離され元の状態を取り戻すまで半年以上費やしていた。

坊ちゃんは人肌が一番落ち着く。

それを見てシュノは大きな溜め息をついた。
面倒事の予感しかしなかった。
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