スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

出会い、紅色。8 side鶴丸

胸に込み上げる熱いものに、息をすることが出来なくなって崩れるように膝をつく。
目の前には黒い固まりと、無表情の獅子王が居て。
俺は、

「は、ははっ! おどろいたか!」

してやったりと笑ったあと、口から大量の紅い液体を吐き出した。
急速に冷えていく身体と、ぼやけていく視界に。
近くで倒れ伏す五虎退の身体が淡い光と桜の花弁に包まれて徐々に消えていくのを見て、満足感を覚える。

「ししおう、これで良いか?」

後ろから舌足らずな声が聞こえてきて、胸から生えた刃がずるりと引き抜かれる気持ち悪さに再度液体を吐き出す。
後ろから姿を現したのは白い足に爪先だけでとつとつと歩く、赤い人。
いや、黒い人って言うべきなのかな。
出会ってからずっと、どっちなんだろうって、思っていて、

「ああ、雛はよくやった。けどまさか……国永じゃなかったとはな」
「うむ、さっきまで髪は花の色をしていたぞ」

少し前にやってきたこの二振りが、遡行軍側の刀だってことは知っていた。
今回の任務で、国永様が囮になって討ち取ろうとしてたことも。
国永様が、本当は折れるつもりでいたことも、知っていた。
だから変化の術で成りすまして、国永様には出陣時刻で嘘を教えて、入れ替わって。
ここまでの重傷を負ったことはなかったから、折れることがこんなにも寒くて寂しいんだとは知らなかった。
でも、嬉しくて胸を押さえながら笑う。
ずっとずっと大切にしてくれた国永様を、たいせつに出来たから。
俺はここまでだから、あとは、任せても良いよな、宗近様。

「くに、つ、鶴丸さん! 手を……――」

臆病で引っ込み思案な五虎退が、帰還術で消えゆく中で名前を呼んでくれる。
涙を両目にいっぱい浮かべているんだろう、涙声で。
でもごめんな、間に合わないから、あとは託すよ。
目の前の黒い影が何かを振りかぶって、きらりと光るそれが三日月に見えた。



その日は、一生懸命考えごとをしながら宗近様の部屋にお酒を運んだ。
俺が来てから気付けばずっと、宗近様の晩酌に付き合うようになっていた。
お盆に全てを用意した国永様が、これを運んでくれって頼むから。

「おお、鶴や。今宵も良い月夜だなぁ」
「うん」
「この時期は寒かろう」
「うん」
「明日には雪が降るやもなぁ」
「うん」

話しかけられるのに返事をしながら、お盆を見つめてずっと同じことを考える。
と、目の前に急に現れた宗近様が盆を取り上げて縁側に置き、座るよう言った。
いつの間に居たんだろうって不思議に思ったけれど、言われた通りに座ったら宗近様も隣に座った。

「鶴や、何を考えておる? 爺に話してみんか」
「……国永様が」
「国永? あやつがどうかしたか?」
「俺は月のためにあるって。だから、俺は自分を大切にしろ。って……難しくて」

国永様が何を言いたかったのか分からない。
生まれたときから、俺が俺になったときから、伝わってくる思い。
それを知ってはいたけど、改めて言われるとよく分からない。
困った顔で宗近様を見上げたら、宗近様は、

「……そうか」

って、吐息みたいな声で吐き出すように口にした。
顔は笑っていたけど、泣いてるみたいに寂しそうで。

「宗近様は、国永様の言ってること、分かる?」
「ああ」
「どうしてあんな、突き放すようなこと……」

らしくない、とは言えなかった。
ずっとずっと、顔を合わせた時から感じていたから。
何かを諦めようと、考えないようにしようと、自分を無くそうとしていることを。
鶴丸は国永様が好きだ、兄様みたいだと思っている。
国永様が笑うのも、仕方ないと言いながら頭を撫でてくれるのも、知らないことを教えてくれるのも、戦う姿も好きだ。
鶴丸は宗近様が好きだ、とと様のように思っている。
けれど、それ以上に国永様が宗近様を好きだから、そうなのだと知っている。

「あやつには、抱えるものが多く……重いのだ」
「おもい?」
「鶴は、国永の見目をどう思う」
「?? 同じだなーって思う」
「それ以外は?」
「えっと、花の色! 成長したときや、俺達が生まれた時にふわっと現れる花弁みたいで綺麗だ!」
「ああ、俺も桜のようだと思う。瞳はどうだ?」
「赤くてかっこいい! けど、きらきら光ったり、お星様みたいだって思う」
「ほう、星か! それはそれは、さぞ美しいだろうなぁ」
「宗近様にはどう見える??」
「俺、か? そうさなぁ……俺にはあの髪も、瞳も、恋の色に見える」
「こい」

言葉は知ってるけど、それそのものは知らない言葉に、鶴丸は瞬きを繰り返す。
恋とは、特定の相手を愛おしく思う、あれだろう。
なら、誰が、誰に?
国永様が、宗近様に?
宗近様が、国永様に?
分からない、けれど、

「俺、二人が一緒に居るところが見たい」
「居るとも。同じ部隊に居る故な。何より国永は近侍の補佐だ」
「んー、そうだけど、そうじゃなくて……俺と泛塵みたいに、お仕事なしに!」

くすくすと笑いながら、笑っているのに、宗近様はずっと寂しそう。
鶴丸は国永様の思いを知っている。
国永様がどれだけ目の前の人を慕っているか、けれどそれを押し殺していることも知っている。
どうしてそうなのかは知らないけれど、国永様がそう望むなら良いと思ってた。
一緒には居なくて、話しもしなくて、でも時々宗近様を見ていることを知っていた。
悲しそうに、泣きそうに、寂しそうに。
それを、宗近様も知っている。
知っていて、声を掛けず、側に行かず。
国永様が見てないときに、同じように国永様を見ていることを知った。
相手に気付かれないよう、見ているだけ。
泛塵に聞いて見たけど、泛塵も国永様と似た色合いの瞳を伏せて困っていた。

『切ないな』
『せつない?』
『僕は、切ないと思った。多分、鶴丸もそう思っている』

泛塵の方が態度は頑ななのに、泛塵の方が鶴丸より心の機微や言葉が堪能だ。
鶴丸は、知っているだけ、覚えているだけ。
鶴丸国永としての来歴や記録を、国永の記憶を、知っている。
だから国永様がどれだけ自分のことを悩んでいるのか、どうしてそこまで悩むのかを知っている。
けれど、感情はよく分からない。
簡単なもの、楽しいや、悲しい、嬉しい、怒りは分かる。
それ以上のものは分からないから、こうして泛塵に話すことで分かるようになればいいと思った。

「宗近様が国永様と一緒に居ないのは、俺が原因?」
「何を言う。これは俺達の問題で、鶴は関係ない。ただ……少し、すれ違ってしまっただけよ」
「すれ違う……」

お互いがお互いを、見てるのに見てない。
それは凄く分かりやすい言葉だった。
すれ違って居るだけなら、ちゃんと見合えば良いのに。

「国永様、執務室で……主と任務の話ししてた」
「うん? 鶴や、また屋根裏で遊んでいたのか?」
「ん、イタズラしようと思って。けど……げんだいで、遡行軍の残党を見掛けたから、追跡任務って」
「鶴……主が執務室で話すものは、他言無用だ。聞いてはならぬし、口外してもならぬ」
「でも、だって!」
「鶴や、お前は敏い子だ。俺の言うことが分かるな?」
「…………国永様、折れるって言ったんだ」
「なに?」



光の差す部屋で、上から見下ろしているために国永と緋翠の頭頂部を視界に入れながら、鶴丸は息を殺していた。
最初はイタズラで、天井から飛び出して驚かすつもりだった。
けれど、二人が小さな声で話しをしていたと思ったら、空気や肌がピリピリとし始め。
それが目下の二人から放たれる殺気であることは明白。
どうしてそんな雰囲気になっているのだろう。

「次の任務、俺が囮になろう。夏の方からも人員を割いて二部対合同にするんだろう?」
「……ああ、残党が見付かったのが殺生石のある辺りだからな。恐らく怜鴉が絡んでるだろう」
「ついでに、怪しい動きを見せるとしたら例の瘴気に呑まれた町から回収された小烏丸と獅子王の可能性が高い、と。竜胆って審神者は信用出来るのか?」
「獅子身中の虫、か。ああ、あれは占術においては俺より上だ。アレがその二振りと殺生石への異変を予言したなら、何かある」
「殺生石には、主の力を使ってるんだったか」
「俺のアヤカシとしての力、師匠のヒトの力、そして九尾玉藻の前の身体。三位一体で結界が成されてる」
「玉藻を復活させて引き入れるつもりか……何にせよ、現場で二振りは処分した方が良いだろうな。俺がやる」
「何故、許すと思う?」
「俺が適任だからだ。鶴丸国永には予備があり、育成もほぼ順調。仮に"何か"あっても、俺なら対処出来る」
「ふー……意思は変わらんか。せめて、宗近には報告しろ」
「ああ、承知した」

明確に言葉にしていないにしても、優しく主を見つめて頭を下げる国永を見ていれば、何かの覚悟は見て取れた。
それと、部屋から国永が去った後に、深く息を吐く主の、

「馬鹿野郎」

という小さな勢いのない罵声に、鶴丸は息を殺して屋根裏から出た。
そして、鶴丸は国永様がいつか折れるつもりであることを知っていた。
だからこの会話を聞いて、次の任務でそのつもりなのだと思った。



「主は止めなかった。宗近様は、聞いてないんだろう?」

頬を膨らませて、子供らしい不機嫌さをあらわにする鶴丸に、宗近は言葉を失った。
多分、国永様は宗近様には知らせずに行くと思ったから、鶴丸は今、告げたのだ。
そうでもなければ、駄目と言われたことには素直に従う。
従えないのは、宗近様に関わることだったから。
『月のために』、宗近様のために、従わなかった。
本丸の掟、ルール、そんなもの、鶴丸には何の意味も無い。
鶴丸は月のためにあるべきだと言われたから、それこそが全てだ。

「くになが、が……折れる? そんな……何故……」
「んーと……ずっと前から、決めてたことなんだ。国永様は、刀解が望めないなら、いつか折れようって。俺はそれを知ってて……」
「国永が折れて、そして鶴丸と番えというのか、あれは……」

顔を伏せて床を睨み付ける宗近の顔は、鶴丸からは窺い知れない。
けれど、その声が震えていたことと、握り締める手が白くなるほどの強さは。
怒り、なんだろうか。
国永様が宗近様に告白をされたことがあるのも、鶴丸は知っている。
けれどその後に自分は生まれてしまったから、その後の二人は知らない。
国永様の行動しか、考えしか、知らない。

「宗近様は、どうするの?」
「どう、とは……」
「止める?それとも、何もしない?」
「……止めたい、止めて、側に置いて、抱き締めたい。だが……あれが望むならば……」
「うん、分かった」

苦悩で混乱する表情を見せる宗近様に向かい、鶴丸は笑って見せた。
月のために存在する、そんな鶴丸に出来ることは、宗近様のために動くこと。
国永様の意地も、主の意思も、鶴丸にとっては全て意味も無いに等しい。
宗近様のために居ると言うのなら、鶴丸は宗近様に笑って欲しい。
だから、鶴丸は――



現代任務
時代 2000年 地域 栃木は那須湯本付近

混合第一部隊:春
隊長 五虎退 重傷 帰還
副隊長 鶴丸国永 破壊
隊員 小烏丸 失踪
混合第一部隊:夏
隊長 一期一振り 重傷 帰還
副隊長 薬研藤四郎 破壊
隊員 獅子王 失踪

戦線中、刀剣男士の裏切りにより二振り破壊。
隊長格の報告により、小烏丸と獅子王は遡行軍として指名手配。
また、先の瘴気事件で保護し、審神者の手に委ねた刀の一斉検査実施を確定。
尚、この時代に割られる予定の無かった殺生石の割れにより結界が無効化。
玉藻の前は現在、妖怪大主の元にて保護されている。
なお、結界に使用していた力をこめし呪物は確認されず。
敵方が奪取したと思われる。
prev next
カレンダー
<< 2022年12月 >>
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31