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出会い、紅色。 side緋翠

審神者として椿の名を襲名した緋翠は思う限り、それなりに上手くやれている。
ひとつは早い時期、それこそ本丸の発足時に三日月宗近を鍛刀した事。
これにより強力な戦力で迅速に遡行軍の制圧が可能だった。
もう一つは初期の審神者等の活躍により戦線が安定、それに際して後続者の教育が推奨となったがそれを回避したこと。
代わりに審神者達の問題を解決する役目を仰せつかったが、これはむしろ好都合だった。
困ったことは一つだけ、戦力の増強を急務とする時の政府からの任務。
采配は上手く行っているとはいえ、資材や一度に鍛刀出来る刀には限りがある。
しかも同じ刀を励起しようとしても、鍛刀時に含まれる術式には眠りを施すものがあり。
結果、二振り目の励起は現状不可能となっていた。
そこで政府から、新たに本丸の土地を渡すので同時運営をしてはどうかと打診され。
手が回らなくなったところで審神者補佐として、なし崩し的に弟子を取らせたいのだろう。
遡行軍は様々に分化した組織のようで、時の政府にも尻尾を掴ませないで居ることが多く常に手は足りていない状況だ。
気持ちは分かるのだが、人の手が届く範囲というのはたかが知れている。
緋翠は、それをよく知っていた。

「難しい顔だな?」
「ん……ああ、宗近か。まあな、また例の催促だ」

近侍であり第一部隊の隊長である宗近に声を掛けられ、手紙を文机に放り投げながら返事をする。
本霊の三日月宗近と繋がりがあるため、緋翠はそちらを三日月、彼を宗近と呼び分けていた。
刀剣男士が増えるという集団生活を強いられる上で、戦闘面は宗近に。
それ以外の生活面では初期刀の加州を頼ることがある。
長く生きているとそれぞれ譲れないことも多く、付喪神は人の心と寄り添ってきたので顕著にそれが表れた。
代表格で言うのなら、源氏と平家、新撰組と維新といった具合だ。
更に人の器を使うため、そもそもが身体の扱いに慣れていない者が多い。
早い内に励起した者等を中心に、世話役や教育係を決めて貰っている。

「そうかそうか、主は優秀だからな」
「ぬかせ。しかし、二の丸を作るとなるとやはり近侍にはそれなりに仕事を振り分けることになるな」
「うむ、以前から話のあったそれか。俺は構わんが……補佐が欲しい所だな」
「ああ、それなら加州を――」
「主よ、一つ頼みがあるのだが」
「うん? お前から言い出すのは珍しいな。何だ?」
「うむ。補佐役は、俺に決めさせて欲しいのだ。加州は今でも手が足りんようだしなぁ」

確かに、はたきを手に振り回しながら指示を飛ばす姿をよく見掛けた。
相方の大和守安定もその後追いながら、行く先々で何事かをやらかしじゃれ合っている姿を思い出す。
身体の使い方を覚えさせるため、生活全般を式神を使わずに男士へ振り分けているので、とにかく問題が出てきた。
鍛刀による刀剣男士の励起にそこそこの数の顕現維持、更に遠征や出陣への送り出しに手入れと、霊力を使う機会は多いので温存するに越したことはない。
さいわい、本丸は審神者の神域と言って良く、都合の良いように出来て居るので使わなければ回復は早い。

「めぼしい奴は居るのか?」
「居るには居るが、今は居らぬな」
「ん?なんだそれ?」
「主よ、この配合で太刀の鍛刀を一つ頼みたい」

宗近は懐から紙片を取り出し、それを見せてきた。
確かに組み合わせによって鍛刀されやすい刀というのはあるが、確実ではない。
宗近の先程の口振りからすると、鍛刀した男士を補佐にするつもりのよう。

「良いぞ。何なら、一度と言わず10でも20でも」
「いや、一度で良いのだ。来なければ、他の者に頼むだけよ」

常と変わらずに微笑む姿は、見た目のわりに好々爺染みたそれに近い。
一度で良いなどと、まるで願掛けのようだ。
否、恐らくは願掛けも含まれているのだろう。
けれどそれ以上に手応えも感じているように思えた。
三日月宗近は日々を安穏と過ごしているようでいて、最も無謀からかけ離れた男でもある。
勝算があるから自信があるのか、あるいは自信が勝算を引き寄せるのか。
とにもかくにも、予定が詰まっているため緋翠は早速行動を起こすことに決めた。



桜の花弁が舞い散る中、励起したのは白の麗人だった。
震えるまつげの先までが長く、白く、白磁の肌に白銀の髪、白い着物に身を包んでいる。
第一印象は細く儚げに思えたが、本体である太刀がその存在は並々ならぬことを表していた。
恐らく本霊は高位の付喪神。
鍛刀時間から当たりを付けていたのか、隣に立つ宗近は満足げに微笑んでいる。

「よっ、鶴丸国永だ――」

名乗り口上と共に開かれた瞳は、紅い。
熱を感じないそれは鶴という猛禽類より、爬虫類を思わせる。
それに何より、見知った敵の気配をまとっていた。
しかしすぐにまん丸に見開かれ、苦しげに歪められることとなった。
同時に、地についた足がたたらを踏んで身体が中に投げされる。
驚きに固まる緋翠の横を、雅やかな風が通り抜けた。

「おどろい、たな……俺が……」
「大丈夫か?」
「ああ、だいじょ――……」

顔を上げた鶴丸国永の紅い瞳と、緩く細められた朝ぼらけの月が見つめ合う。
いつもは鷹揚な笑みを浮かべている彼には珍しく、表情は戸惑う者のそれだった。
暫し、誰も話さずに沈黙が舞い降りる。
そうして全てを理解した緋翠はため息を吐き、

「まずは彼を医務室へ連れて行こう」
「いむしつ?」
「やはり、どこか悪いのか?」
「それを調べるんだ。人の器に慣れていないこともあるだろうが、明らかに調子が悪そうだ」

ちらり、と視線を鶴丸国永の足下に向ける。
何とか立ち上がろうとしているのだろう震えが走る足は、生まれたての子鹿のように頼りない。
支える宗近の腕がなければ崩れ落ちていることだろう。
宗近は一つ頷いてみせると彼の膝裏に手を入れて持ち上げて見せた。
咄嗟に、何をするのかと不服に伸ばした腕はしかし、力なく宗近の狩衣を握り締めるだけの結果となる。
医務室は薬研藤四郎が今は在駐していた。
以前に顔を合わせた事があるらしく、薬研と鶴丸国永は知古の仲らしい。
検査すべき内容と、結果は全て執務室へ送るように指示する。

「俺は近侍と少し相談があるから、世間話でもして待っていてくれ」
「ああ、分かったぜ大将」
「鶴丸、お前の鍛刀で不備が出た。少々政府と掛け合いが必要でな、ちゃんと動けるようになるから安心しろ」

不備、と言われて眉を潜め、不快を表す。
それはそうだろう、下手をしたら出来損ないと言われたも同然だ。
隠すことも出来たが、あえて口にしたのは確実に解決出来ると自負しているから、問題ないと伝えるため。
力なく頷く彼を見、薬研に後を任せて部屋を後にした。
足早に向かった先で政府との連絡を取る端末を引き寄せ、部屋に防音の結界を張る。

「さて宗近、言う事はあるか?」

正面に座す最上の刀を睨め付けた。
鶴丸国永の不備は、神気を過剰に取り込みすぎたことに由来する。
審神者と違い、元が神である刀剣男士には本来影響はないはずだった。
けれど混ざった神気が不具合を引き起こし、審神者との契約がごく薄いものとなってしまった。
それにより、不安定な存在として人の器にも付喪神としても定着出来ずに居る。

「おお、よく分かったな」
「分からいでか……なんで資材に神気を含ませるなんて無謀な真似を」

下手をすれば鍛刀失敗どころか、政府に知られれば研究対象として厄介なことになっただろう。
幸いというべきか、刀剣男士の神気に反応して自動で記載される刀帳の記録にはまだ載っていない。
いつ頃そうなるかは不明だが、今のうちに契約を結び直せるということだ。

「鶴丸国永は、白銀の髪に黄金の瞳を持った細面の男士だと言う」
「ああ、そうだ。お前は演練でもまだ見掛けたことがなかったか」
「一目見たかったのだ。俺を求め、越えることを願って打たれたあの子を」

千年の時を揺るがずに存在する、というのは並大抵のことではない。
小狐丸や鶴丸国永の伝承は、間違いなく三日月宗近の支えとなってきたのだろう。
あの宗近が手段を問わずに求めるほど。
それはまるで、恋のようだと緋翠は思った。
けれどその代償を背負うのは白の子、鶴丸国永だ。
緋翠の霊力と繋がり、宗近の神気、それらが複雑に絡み合った存在。
下手を打てば、抑圧に堕ちるかもしれない不安定な魂。

「まったく、前もって報せてくれればいいものを……」
「すまなんだ、止められると思ってな」
「分かってんじゃねぇか」
「ほんの、呼び水になればと思ったのだ」
「……まあ、上手くやった方だな。あとは今後の調整次第ってわけだ」

実際、強引な呼び方にしては安定している。
上手くいけば普通の刀剣男士には使えないはずの陰陽道の技を仕込めるかも知れない。
気がかりは、あの紅い瞳だけ。
それともう一つ。

「今は顕現が安定してないから俺の管轄だが……特がつく頃にはお前の神気が必要になってくるぞ」

練度が上がると刀剣男士は存在が安定してくる。
そうなると本来の力を発揮出来るようになるのだが、あの鶴丸国永は審神者の霊力だけで存在している訳では無い。
まず間違いなく、三日月宗近の神気が必要となるだろう。
神気を分け与える方法は霊力を明け渡す方法に似ていると聞く。
ようは十把一絡げの対応があるのだ。
一番良いのはそれまでに宗近が自身の想いに気付き、鶴丸国永に打ち明けることだろう。
緋翠とて、流石に他人の心に土足で踏み入るような真似はしたくない。

「ふむ、俺の神気か」
「方法は任せる」
「あいわかった」

素直に頷いてみせる宗近にため息を吐き、暫くは様子見と決め込むことにした。
鶴丸国永に関しては、今のところは二人の間だけの話とする。
ひとまず式神として主従契約を結び直せばひとまずの問題は解決出来るだろう。
あとは状態を見て、安定しているようなら新たな本丸の発足に緋翠は動くこととなる。
留守が多くなる間、代理として出陣を差配するのは近侍の仕事だ。

「端末の使い方は知ってるな? まあもし分からなければ清光に聞け」
「加州か。あれと主は何やら縁があると聞いたが」
「……まあ、昔な。あいつは気配りも出来るから本丸の様子は任せてある」
「あいわかった。俺は戦闘の、加州は内務の裏方だな」
「まあそうだな。慣れるまでは頻繁に戻るようにするが、今後は留守が多くなると思う」
「おお、人気者というやつだな! 任せておれ、爺は気が長い方でな」
「お前の気が長くてもなぁ……まあ良い。今回は謹慎はなしとするが、また問題を起こすようなら容赦なく罰を下すからな」
「うむ、肝に銘じよう」

和やかに微笑む顔からは、反省の色は見受けられない。
宗近自身が顔色を読ませないというだけでなく、本当に理解しているのか怪しいものだ。
だが経験上、人ならざるものというのは変化しづらいのだ。
人の心に寄り添ってきた付喪神とはいえ、神という完全な存在と人の隔たりは大きい。
それが人の器という不完全なものに降ろされたのだから、徐々に変化していくだろう。
その変化が与える影響を最小に抑えることが、審神者に求められるものでもある。
とはいえ、長く在るということは他よりも変化がしづらく、それを受け入れることも容易ではない。
問題にならなければ良いが、と独りごちながら緋翠は思案に耽るのだった。
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