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すたばれ。てがみ。

拝啓 鶴丸、一期さん

改築の許可、ありがとう。
あれから長義と南泉、白月が家に引っ越してきたんだ。
一階の二人が使ってた部屋を俺と白月が、二階の新しい部屋を長義と南泉が使ってる。
白月と一緒に寝てるんだけど、良い匂いがすると思ったらお香を焚いてるんだって、良い匂いで俺は好き。


「いちー! たずから手紙来てたぞー!」

宗近の持つ別荘を借りて一週間、以前に出した手紙の返事を受け取った鶴丸は笑みを浮かべて一期を呼ぶ。
淡い水色の封筒は長義に貰ったと書いてあり、共同生活は順調のようだ。
今一期と鶴丸は天空の庭と呼ばれる名で有名の渓谷都市に居た。
眼下に広がる棚田には果樹が植えられており、朝靄の中で見える光景はまさに天空の庭と呼ばれるに相応しい光景だ。
一期の旅行に着いてきて分かった事だが、人の手が入らない場所へ行くことが多く危険な場所も多い。
自分も着いてきて良かったと心底安堵したのは、一度や二度では済まない。

「たずさん達はお元気そうですか?」
「ああ、上手くやってるみたいだ。人付き合いなんてろくにした事が無いから心配だったけど……」
「ふふ、あの子は貴方が思うよりしっかりしてますよ」

嬉しそうに笑い、鶴丸が読み上げる手紙の内容に耳を傾ける一期。
鶴丸にとって黒鶴は病弱で身体の弱い、滅多に会えない弟のようなもので心配が先に勝る。
けれど、同じく弟の多い一期の方が兄歴は長い分、自分より見えるものがあるのだと思うと少しだけ妬ける気がした。
これは勿論、そういう一期の一面を引き出した黒鶴に対して、だ。
コーヒーを注いでくれた一期が鶴丸の座るソファの隣に腰掛け、先を促してくる。
肩を抱く手に頬を擦り寄せ、胸元に頭を預けて再び手紙の文字へと視線を落とした。


朝は長義がご飯を作ってくれて、昼は俺、夜は二人で作ってるんだ。
収穫した野菜を使ってレストランに出す試作品を作ってくれて、好き嫌いが多かった俺でも食べれるものが増えた気がする。
俺は食べる量が少ないって言われるけど、白月は食べる量が多いみたいで、長義と南泉も驚いてた。
この間は、森にいる新しく出来た友達、のところにも届けて、美味しいって褒められたんだ。
えっと、二人が帰ってきたら、食べて欲しい……かも。
一期さんみたいに上手じゃないけど、褒められたんだ。


「ふふ、褒められたのがよほど嬉しかったんですね」
「うん、そうだなぁ。たずがこうやって自分から何かしたいって言うの、初めて聞いたかも」
「そうなんですか?」
「どっちかっていうと、俺がたずに何かしたいっていう方が先に立って……うん、多分初めてだな」

いつも鶴丸が何かをするまで、ぼんやりと過ごす事が多かった従兄弟を思い、成長にじんわりと胸が熱くなる。
嬉しいような、寂しいような、不思議な心地だ。
気には掛けていたけれど一緒に過ごす時間というのはほとんどなく、近いようで遠い、そんな存在だった。
黒鶴が農場へ来たのも、身体の為に良いんじゃないかと鶴丸が働きかけた事が大きい。
改めて、彼を呼んで良かったと思った。

「それにしても、良かったですね。元々改築予定でしたけど、何事もなかったようで」
「清麿は流石に腕が良いよな。水心氏の面倒も見たはずだけど、その辺りはどうなったんだろう?」
「他の方が上手くやったのでは?」
「ああ、そっか。長義や南泉に任せれば、あの二人は慣れてるしな」


あと、そう、農場に新しい仲間が増えたんだ。
白い子猫。
いつの間にか軒下に居たのを見付けて、母猫が居ないから世話をしてたんだけど、懐いたみたいで。
鶴丸って、猫は大丈夫だったよな?一期さんはどうだろう。
もし、農場ではダメってなったら、長義が引き取って良いって言ってくれてるんだけど……。
二人が良いなら、このまま子猫も一緒に住みたい、な。
五虎退っていうんだ。
トラみたいな白と黒の毛で、大人しくて良い子なんだ。
千にぃは牧畜を増やす分には問題ないって教えてくれた。
……だめ、かな?


「む……」
「白い子猫ですか、良いですね! つる?」
「……猫は良いけど……何で千羽は千にぃなんだ。それなら俺は鶴にぃじゃないか?」

ここには居ない黒鶴に対して恨めしい気持ちが現れ、思わずジト目で手紙を見る。
そんな鶴丸を冷ややかに見つめた一期はため息を吐き、胸元に預けられた頭に頬を擦り寄せた。

「良いじゃないですか、あちらは雛鶴さんのとはいえ本当の兄ですし」
「俺だってたずの兄貴だー!」

ぶーぶーと文句を言いながら腰に手を回してぐりぐりと頭を擦り寄せて甘える鶴丸に苦笑し、一期はおざなりに返事をする。
それより手紙に続きはないのかと促せば、自分も気になったらしい鶴丸が渋々読み上げ始めた。


牧畜はウシとニワトリをまず飼おうと思ってて、名前を付けてあげると良いんだって。
二人に聞いてから名付けをして、飼おうと思ってるんだ。
あ、でも鶴丸はネーミングセンスないからダメ。
一期さん、何か良いの思い付いたらよろしく。
えっと、あとは、……手紙って苦手だ。
日記みたいになっちゃうし、ちゃんと読めてる?変じゃない?


「あ、この気持ち分かる。俺も手紙って何書けば良いか悩む方」
「そうですね……近況報告をするにしても、こまめにやり取りをしていると早々書くことはないですし」

うんうん、と二人で頷き合う。
それでも手紙を止めないのは、届くまでの間が楽しみだというのが大きい。
鶴丸は一期と遠距離恋愛をしていた時も、想いが通じ合った後も、やはり一期からの言葉を楽しみにしていた。
そうしてやり取りした大事な手紙は、今も箱に入れて大切に仕舞ってある。
寂しい時も嬉しい時も、一期と離れている間に何度も読み返した鶴丸の宝物だ。


あ、そういえば、白月が白化症だって話しはしたよな?
友達が、うつろの精霊を倒せば記憶が戻るかも知れないって教えてくれたんだ。
だから、鶴丸は止めるだろうけど今度皆で鉱山に行ってみる。
無茶だって言われても、やる。
から、先に謝っておく、ごめん。
早々 黒鶴より


「――っはああぁぁぁ!?」

読み上げると同時、鶴丸は思わず驚きに声を上げた。
しな垂れていた身体を起こし、何度も手紙の同じ部分を読み返す。
どう見ても鉱山に行く、としか読み取れず、それはスターデューバレーに住む誰しもが危険な場所であると知っていた。
そんな場所へ行くことを許すとは、他の三人は何をしているんだと焦り、戸惑う。
一期も手紙の内容と鶴丸の反応に驚き、暫し言葉をなくしていた。
が、不意に何かを考えるように顔を俯け、鶴丸を見て口を開く。

「つる、このままだと無謀な挑戦をするかも知れません」
「だ、だよな、え、どうしよう……宗近? いや、鶯か緋翠……手紙を出して止めた方が良いよな? 髭切は何してんだ……」
「ええ、ですからまず、つるがテストしてはどうです?」
「……テスト?」

ぽかん、と阿呆の子の様に口を開いて固まる鶴丸。
その顔を見て噴き出さないように空咳をして、一期は頷いた。

「鉱山へ行くには髭切さんの許可も必要ですよね? それ以外に、貴方も試験を出すのはどうでしょう」
「試験、ってどうやって……」
「……スライムハッチ」

短く切られた言葉にはっと息を詰め、鶴丸は顔を青くする。
それは町の人間なら誰しもが知る診療所を勤める夫婦のお仕置き方法。
かつて何度か過ぎたイタズラをした鶴丸はお世話になった事があり、そのおぞましさと若干の気持ち好さにハマりつつある。
というのを脳内で反芻した鶴丸は赤くしたり青くしたりと忙しく顔色を変え。

「ぐ、ぐちゅぐちゅで、ぬるぬるの……ずるずる……」
「はいはい、貴方が好きなのは分かりましたから」
「好きじゃない、好きじゃないぞ! 気持ち悪いしどれだけ泣いても許して貰えないし身動き取れないし……その……熱くなるし……」
「はいはい、それでですね。あれなら人の手で管理している分、力を付けるにはもってこいでしょう?」
「う……まあ……国兄が世話してるって言ってたしな……。力試しにも良いかも……」

もじもじと、開いていた足を閉じて膝を擦り合わせ顔を赤くする鶴丸を無視し、一期は頷いて見せた。
例え帰った時に鶴丸がそこへ通っても、最終的には一期が色々と世話をする事になるのだ。
そうなるのなら一石二鳥、いや三鳥くらいの勢いで一期は肯定した。
手紙では今にも行きそうな雰囲気だが、実際に行動するまでには説得と準備で時間が掛かるだろう。
それを見越した上で、まず手紙で伝えてから鶴丸は一度帰郷をした方が良いと伝えた。

「それは良いけど、いちは?」
「私は日程を早めて次の町へ向かい、資金繰りをしておきます。つるはハッチの建築と試運転を……盛らないで下さいよ?」

一緒には行ってあげられませんからね、と耳元で囁けばとろりと潤む目を向けてくる。
完全にスイッチが入ってしまった鶴丸に苦笑し、ひとまず手紙の返事は置いておこうと彼のお姫さまを抱き上げて寝室へと消えるのだった。

すたばれ。おはよう。

目蓋の裏に日差しを感じ、ふわりと浮き上がるように意識を取り戻す。
瞑った目は朝の気配を感じ取り、けれどまだ残る眠気に目を開けるのを惜しむ。
鼻先を掠める潮の香りと、それとは違って柔らかく落ち着く仄かに甘い香りに意識は移る。
どこかで嗅いだことのある香りをもっと吸い込みたくて、黒鶴はもそりと寝返りを打った。
そうして強くなった香りに口が緩み、頭を擦りつけて楽しむ。
柔らかい匂いとは違う堅さと、何よりも心地よい温かさに微睡んだ。
抱えるようにしていた脚を伸ばし、触れる温かさを足先で追って絡める。
きゅう、と堅い何かに腕を回して温もりと香りを楽しんだ。

「……白月、たずは?」
「しー……よく眠っているようだ」

耳朶を打つ掠れた声と、優しい響きにもう一度沈みかけた意識が引き戻される。
今の声は、どこかで聞いた事がある。
しろつき、たず、と言っていた。
たず、たずは、黒鶴のこと。
ともだちの、ちょうぎと、なんせんと、しろつきが、そうよぶ。
しろつき、そうだ白月は友達で。
友達で、昨日から、一緒に暮らすことになった。
そこまで考えてようやく、自分がしがみつく温もりを見る事が出来た。

「おや……起こしたか?」
「……んー……?」

楽しげに細められた瞳は青白く、冬の夜空の月を映す。
目を開けたままぼんやりとする黒鶴の目元を無骨な指の背でなぞり、黒鶴の前髪を掻き上げた。
黒鶴とは反対の白い髪を枕に垂らし、顔を覗き込んでくる目は優しい。

「し、ろぉ……?」
「そうだぞ、おはよう」
「……ぉは、よ……」

掠れて普段より低い声で、回らない舌でオウム返しに言葉を返す。
ぱちり、ぱちりと長い睫を何度か合わせて目を開こうと努力した。
そんな寝ぼけている黒鶴の頭を、髪の感触を楽しむように白月は何度も撫でる。
撫でる度に艶やかで細やかな髪は指の合間をすり抜け、さらりと落ちていくのを楽しんだ。
こうやって人に触れたいと思うのも、触れるのが楽しいと思うのも、今まではなかった事だと白月は自認する。
長義や南泉、黒鶴と過ごした時間の事は覚えていなくとも、身体に残る何かはあったのだろう。
彼らと関わる時、胸の海が波打つのを確かに感じる。
起きようと奮闘しているらしい黒鶴を見て微笑み、いとけない者へ胸の奥に温かみを感じた。
言葉にするなら、恐らくこれが、愛おしい、という感情だろう。
無垢な者、無邪気な者、小さな子供は愛おしい。
その中でも黒鶴はとくに愛おしく、触れていたいと思わせる。
愛らしい、子供。

「起きるか? 寝ていても、良いのだぞ。朝は長義が作るそうだ」
「……あさぁ……、ちゅくう?」
「ふふ、まだ寝ぼけているようだなぁ。よしよし」

寝ぼけている黒鶴の背を宥めるように何度も擦る。
そうしているうち、眠気に勝てなかったようで黒い子供は愛らしい寝顔を晒してすうすうと再び眠りについた。
白月の身体にぎゅうっと抱き着いたまま。
この辺りは背後に木々や渓の関係で朝に吹き込む風は夏でも涼しい。
お陰で子供体温の黒鶴を抱いていても暑いという事は無く、……否、少しは暑いが耐えられなくもない。
眠りながらも頬を擦り寄せ、胸元にしがみついてくる寝顔は愛らしい。
普段は甘えているという自覚のせいか、どこか遠慮がちに触れてくるのだが、今は薄く笑みすら浮かべて安心しきっているようだ。

「……不思議だな」

安心している様を見ると胸が温かく、悪い気はしない。
昨夜はうさぎのぬいぐるみを抱き締めて眠る黒鶴を、背後から抱き締める様に眠った。
起きてもそれは変わらず、むしろ赤子が丸くなるように身をかがめているのを見守り。
それがやがて寝返りを打ち、擦り寄ってくる脚や身体を感じた時に嫌悪感はなかった。
空ろの身となってからは他人の体温を煩わしいと思いはしても、心地良いと思うことは稀。
恐らく幼子のような黒鶴に保護欲のようなものが刺激されたのだと思う。
今はせめて、この幼子が安心して眠る時間を守りたいと思うのだった。



白月に朝の挨拶を交わした長義はそのまま、リビングを通ってキッチンへと向かった。
冷蔵庫にある物は好きに使って良いと言われていたし、何よりこの場で調理をするのは初めてでもないため勝手は知っている。
だが、ふと先程の光景を思い出して手が止まった。
ぐっすりと眠っているらしい黒鶴が、白月にしがみつくように身を寄せていた。
その背を撫でる白月の目は優しく、微笑む姿は親密なそれにも見えて。

「……あの二人、何かあったのかな……」
「んにゃ? にゃにかって?」
「うわぁ!?」

独り言に返答があったことに驚き、跳ねる肩を押さえることも出来ずに振り返る。
眠そうに目を擦りながら、くわりと大きな欠伸をする南泉が居た。

「お、おはよう……」
「ん、はよー……で、にゃにかって?」

癖だけではなく跳ねる柔らかな髪を掻き上げ、首を傾げる姿は猫のようだと思う。
寝起きの南泉を見る機会がやってこようとは。
内心驚きながらも目は離さず、余すことなく焼き付けようと見つめる。

「あ、いや……白月とたず、仲良さそうだったから……」
「んー? ああ……まあ、そんにゃもんじゃねぇ?」
「そう? むしろ白月はたずとは距離を置いてる気がしたけど……」
「白月にゃら、まあ。けど、ヒナとクロはそんにゃ感じだったろ」

言われ、幼き日を思い出す。
確かにヒナとクロはいつも一緒に居て、どこへ行くにも手を繋いでいた。
自分は南泉の後を追ったり、先へ行こうと走ったり。
振り返ればいつだってヒナの隣にクロが居たのだ。

「……そっか。それなら、まあ……あ、南泉、二人を起こしてきてくれる?」

フライパンに広げたベーコンエッグの焼き色を確認した長義は、南泉の言葉に頷いて四人分の朝食をよそい始めた。
今朝はパンとベーコンエッグにポタージュと簡単な朝食だ。
頷いた南泉が二人の眠る部屋に消えていき、直ぐに顔を紅くして出てきた。
何かあったのかと驚きに目を瞠っていれば、

「あいつら、にゃんかあったのか……?!」

やっぱり君も同じ事言うんじゃないか、と長義は思わず笑ってしまったのだった。
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