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裏本丸 黒鶴編

桜の舞う中、光りが収束して一つの形を織りなした。
それは真白の衣に身を包んだ白磁の肌や髪を持つ青年であり、意思を表すようにゆっくりと蜜色の瞳が開かれる。

「やあ、驚きの世界へようこそ。雛鳥殿」

青年が声の出所に目を探らせれば、そこには同じく真白の衣に白磁の色を持つ青年が居た。
似ている、というにはあまりにも似通った顔立ち。
唯一の違いは青年が紅い瞳を持つことか。
その隣には緋色の髪を持つ翠の瞳の女性が。
二人を見た青年は首を捻る。

「……全く、お前の引きの強さには呆れる」
「そうは言うが、君も合意の上……だろう?なに、賭けには強いのさ」

青年達の言葉に首を傾げ、見知らぬ顔を眺め続けた。
その常にはない鍛刀上がりの刀剣男子の様子に、二人は視線を交わし合う。

「君、口上も無しかい?」
「……待て国永。……お前、名は。名乗れるか?」
「……つるまる、くになが」

首を小さく傾げながら舌っ足らずにも、女性の言葉に応じる。
ふわふわと夢を見ているような目付きに、隣の国永と呼ばれた青年は訝しい目をした。
強い視線に射貫かれ、蜜色の瞳に怯えを写す。

「おいおい、やっと来ておいて鍛刀不具合、ってやつかい?」
「ふむ……霊気に乱れは無い。暫くは様子見と、原因究明だな。お前のお役御免には、まだ早いようだ」
「……へいへい。刀剣使いの荒い主様だこと。……君、鶴丸で良いな?まずは本丸を案内しよう」
「……?ある、じ……」
「嗚呼。俺はここ、備前国椿本丸の主、緋翠という。よろしくな、鶴丸」

鶴丸、そう呼ばれて不思議そうな顔をする青年は、それでも頷いて見せた。
刀帳番号130番、鶴丸国永。
一振り目の顕現において遡行軍特有の闇夜に光る紅い瞳、更には個体値を上回る性能を見出した事により亜種と認められた。
しかしそれにより神気が不安定な事。
更には主との契約が一方的な忠心に頼らざるを得ないという状況の為に、政府は早急な代替を要求した。
つまり、正常な二振り目の顕現を認め次第、連結または政府への提出を要請をされたのだ。
古参刀として実力を示し、本丸の運営の一端を担っていた刀剣男子への処遇に、本丸の主は激高した。
だが、自身の不安定さを誰よりも理解していた一振り目の進言により、これは推し薦められる。
自分の近侍中に新たな鶴丸国永が鍛刀された場合、これを一振り目として扱え、と。
通常は二振り目などの特異性を持って呼ばれる名、国永を名乗り。
新たな鶴丸国永には鶴丸の号を名乗らせる。
そうして国永は賭けに勝った。

だが、それと共に問題はまた一つ浮き彫りとなった。

鶴丸には刀剣男子としての実力はあれど、逸話や来歴に関する記憶、どころか個性という人間性すらも失われていた。
人の心から生まれた付喪神としてはあまりにも不完全な顕現。
人として受肉し、契約を交わした後に読み取った術式に不備は無かった。
緋翠はそれを、相性の問題としていた。
とはいえ、これを政府に突かれると面倒な事には違いない、と嘆息する。
鶴丸国永は鶴丸と国永の二振りを受肉したまま、現状を維持する事となった。



地に落としていた視線を上げ、鶴丸は緑の海を眺める。
自身が顕現した本丸では内番というものを割り振られた刀剣は、中心となって手伝いの者などを率いてその日一日を費やすようで。
受肉してから一週間ほどになったが、本丸を案内した国永と同調をする事で人としての知識を取り入れてから不具合は感じていない。
だが、鶴丸と会う刀剣達は一様に驚いた顔をするので、やはり個体としては不足しているのだろう。
部屋は伊達由来の刀達が居る相部屋となった。
燭台切光忠、大倶利伽羅は鶴丸をよく気に掛けてくれる。
国永も同室になるのかと思っていたが、こちらは古参の折りに割り振られた部屋があるようで別だった。
三条棟、と呼ばれる離れの一角がそうだと教わった。

「鶴さん、そろそろお昼にしようか!」
「おお、光忠!今日の弁当は何だい?」

厨から出てきてお重を片手に声を掛けてくる光忠を振り返り、数日の内に上達した愛想笑いで迎える。
こうするとソレらしく見えるようで、目に見えて表情を変えることはされなくなった。
無表情で居ると見た目の迫力も相まってか、引かれる態度を取られるのだ。
同調した国永の記憶では心が躍る瞬間、揺れる場合などに表情というものが動くようだった。
けれど、顕現してから一度もそれらしいものを鶴丸が感じた事は無い。
空虚。
されど、それを悲しいとか惜しいと思う感情すらもない。
ただ国永や周囲には、鶴丸国永らしくある事を求められているようだからそれに即しているだけ。
今も、天気が良いからご飯が美味しいと話しながら敷き布を拡げる光忠を前にしても何も感じない。

「……鶴丸、忘れ物だ」
「大倶利伽羅?何だい、忘れ物って」
「あ、鶴さんの麦わら帽子!また取っちゃったの?」
「……嗚呼、邪魔だったから」
「もう、鶴さん色が白いんだからちゃんと被らないと。今は夏ほど日差しが強くないから良いけど、倒れたら大変だよ」

鶴丸用だと言われた麦わら帽子を頭に被せてくる大倶利伽羅に礼を言い、敷き布に腰を下ろして首を傾げる。
夏の日差しが強い、という意味と倒れる、という意味が分からなかったからだ。

「俺達は人じゃないんだろう?」
「そうだけど……今は人の器だからね。風邪を引いたり疲労したり、色々あるんだよ」
「お前も初日、倒れただろう」
「たおれた……俺が?」

そうだっただろうか、とそう多くない記憶を掠ってみるが思い当たる所はない。
だが、大倶利伽羅が倒れたと言うのならそうなのだろう、と頷く。
甲斐甲斐しく弁当を装う光忠に礼を言い、取り皿に盛られた食事を口に運んだ。
物を食べる、という作業は鶴丸にとって苦手な行為だった。
味がしない訳ではないのだが、美味しいや不味いといった感覚がよく分からなくて噛む事に疲れる。
呑み込むことまで苦手でなくて良かったと思うのだが、適当に食べると食が細くなりがちだった。

「鶴さん、どう?今日のは自信作なんだけど……」
「うん?ああ、光忠の飯は美味いな」
「……少し塩辛い。味付け間違えたんじゃ無いのか」
「働いた後だし、今日は暑いから汗を掻いたろうと思って」

テンポ良く会話を続ける大倶利伽羅と光忠の様子に、目を向けるともなしに鶴丸は素食し続ける。
少なくとも、取り皿に盛られた分だけは消化しきらないと光忠に食が細いと怒られるからだ。
働いた後、暑くて汗を掻くと味の濃い物が良いのか、と記憶する。
美味いという鶴丸の感想に、光忠が少しだけ困ったように眉を潜めたのを見ていた。
多分、今のは間違った回答だったんだろう。
けれど何が正解なのか、鶴丸にはやはりよく分からない。
よく分からないのなら、選択は一つしか無い。
被せられた麦わら帽子がチクチクごわごわと頭を覆う感触に、やはり邪魔だなと思った。

「――鶴さん、聞いてた?」
「うん?」
「……あんた、国永に呼ばれたぞ」
「ああ、そうだったのか。……よっ、と。光忠、ご馳走さん」

気が抜けていたうちに呼ばれていたらしく、両脇から顔を覗き込まれて笑いながら返す。
礼を言いながら完食しきった取り皿を光忠に戻し、立ち上がって尻を払った。
こうしないと白い装束は汚れが目立ち、それを他の刀剣が良く思わないようだったから。
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