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Ωバース5

スーツケースから注射器を数本取り出した国永は、小型のケースにそれを入れ直すと一度家に戻ってから作業所を訪れた。
中ではよろしく頼んでいた光忠が代わりに出てくれたようで、似たような年頃の青年等と話をしている。

「光坊!」
「あ、国永さん。おかえり、調子はどう?」
「ボチボチだな。任せて悪かった、後は俺がやろう」

片手に持っていた布袋を光忠に渡し、笑いながら肩を叩いて挨拶をしたが光忠は表情を変えずに首を傾げた。
そのまま国永の肩に両手を置いて軽く引き、堪えきれずに倒れ込んできた国永を抱き締める。

「うん、やっぱり。国永さん、腰おかしくしたでしょ? 歩き方がぎこちないよ、今日は休んで。ね?」

眼帯をした顔の整った年頃の男性が優しく微笑む姿など、並みの女性ならばきっといちころだっただろう。
気遣いは有り難いが、発揮する方向性をどこか間違えている弟分に思わずため息が出た。
不思議そうに見返す光忠の頭をわしわしと撫で、国永は苦笑する。

「君の優しさは有り難いが、そう格好付けなくて良いぜ? 女じゃあるまいし」
「普段から身だしなみと格好は整えておかないと。癖になって初めて活用出来る物でしょ?」

恥ずかしそうに髪を整えながら口にする光忠に笑い返し、礼は改めてする事にして作業所を任せた。
夕飯の仕込みをするにもまだ早く、鶴丸と昼食を食べようかとヒスイの店を目指す。
そうして孤児院の前を通った所で、中から聞こえてくる鶴丸の声に足を止めた。
見れば庭で何か作業をしているようで、子供達の笑い声に紛れて鶴丸の声が届く。
大きな門を前に、この下層での身分証明書をかざして門を開けて中に入った。

「おや、国永ではないか。お前がここに顔を出すのは久しいな」
「やあ黒葉、ちょっとしたお土産を持ってきたんだ。鶴は何を?」
「うむ、タイムボックスだったか。思い出の品を箱に入れて埋め、来年取り出すのだそうだ」

それで雨漏りしない丈夫な箱が欲しいと、鶴の何でも屋に声を掛けたらしい。
黒葉という幼馴染みが院長代理として勤めるこの孤児院には、国永も鶴丸も小さい頃に世話になった。
残念ながらそれ以降は二人で下層の街へと飛び出し、ここへ来るのも時々となってしまったが。
自分より低い身長の一見大人びた黒髪の艶やかな青年を見、国永も庭へと目を移す。

「良い埋め場所は決まったのかい?」
「それがまだでな、今鶯に探して貰っている所だ」

鶯というのも同じ孤児院の出で、今は黒葉を手伝いながら鶴丸と何でも屋の片棒を担いでいた。
孤児院の中にささやかな茶畑と菜園を作り、日がなのんびりしている鶯色の髪をした青年を思い出す。
何とも言えない独特な間合いで話し、黙り込む彼はまるで猫を思わせた。
庭の一角では貞宗が蒼い髪を風になびかせながら子供達と顔を付き合わせていて、

「……懐かしいな」
「そうか? そうだな……久々に庭を散歩してはどうだ?」

黒葉の何かを企むようなイタズラ気な微笑みに背中を押され、何となくそれも良い気がして国永は頷いた。
庭は孤児院がもう一棟建てられそうな程に広く、子供が隠れやすい茂みも多い作りになっている。
大人になった今ではその中を覗くのも容易だが、幼い頃は見つけにくくて卑怯に思った事も合った。
そうして時々生っているグミの実を内緒で食べては夕飯を残してしまったりと、失敗も多くした。
木が密集している一角で鶴丸は箱を組み立て上げ、こちらに気付いて目線を合わせながら手を振ってくる。
それに笑って振り返し、再びゆっくりとした歩みで散策を続けた。
一番壁際に近く、一際背の高い樹を見上げて懐かしさが込み上げる。
国永のお気に入りの場所であり、嬉しい時や辛くなった時、泣きたい時によくこの根元に来た物だ。
根元のくぼみにスッポリと収まり、身体を預けて辛さを分かってくれる相手に話し、

「ッ――……」
「ん? 何だ、国永か。久しいな」

自分の思考と目の前の光景に息を呑んで固まった。
何故か、緑茶色の瞳が藍色に見えた。
何故か、鶯色の髪が艶やかな黒に見えた。
何故か、知らない名前を呼ぼうとした。
目眩を覚えて、ぐらりと傾ぐ身体を樹に預ける。

「大丈夫か? 鶴丸から様子は聞いていたが、疲れているんじゃ無いか?」
「つか、れ? ……いや、そうかもな。白昼夢を見るだなんて、悪い冗談だ」
「ふむ……この場所はお前の気に入りか?」
「ん? ああ、まあな……箱を埋めるには最適だと思う」

痛み出した頭を抑えて木の間から抜け出れば、背後に鶯の止めておく、という静かな声が追いかけてきた。
他に良い場所があるのならそれで良いだろうと納得し、温かい日差しに気付く。
そういえば今日は天気が良かったのだと思い出し、光りで目が疲れたのだろうと思い付いた。
そうでなければ、白昼夢や頭痛の理由が見つからない。

「どうであった?」
「ああ……ちょっと、疲れたな」
「おや、珍しいな? お前は体力だけが自慢かと思ったが……」

顔を真っ青にして無表情になっている国永を見、黒葉は様子を見た後に椅子を勧めた。
言われるがまま、椅子に深く座り込むと長い息を付いてこめかみを揉み始める。
テーブルには冷やされた茶が置かれ、ありがたいと口を付けた。

「黒葉のご友人ですか?」
「ああ、君は?」
「院長代理補佐、兼用心棒と言った所ですね。ここと申します、お見知りおきを」

ここ、と口にしながら見上げれば、白金の艶やかな髪を一括りにした狐顔の美丈夫と目が合う。
黒葉の好みの顔ではありそうだ、と考えながらほぼ無意識に頷いた。
癖の在りそうな人物ではあるが、今は何よりも考える事が難しい。
鶴丸と子供達の方に目線を預け、しかし頭の中は空っぽに風景だけを映し出す。

「そういえば彼、鶴丸でしたか。そろそろ発情期が来そうな匂いがしますよ」
「はつじょうき……ヒートか? 分かった」
「抑制剤はあるのか? 無ければこちらで預かっても良いぞ」
「いや、ある。新薬だから試して無いんだが……家で大丈夫だ」
「新薬?」

訝しげな顔をするここに、口が滑ったと内心舌打ちをする気持ちで国永は黙った。
どうやって凌いでいるのか、どこから仕入れてきているのかは黒葉にも鶴丸にも言っていない。
ただ必要だから用意をしている、それだけで良いと思っていた。
しかし国永の予想とは違って、ここはそれ以上を口にする事は無かった。
助かった、と思う半面気まずい物を感じて黙る。
そうして国永は無表情に、ただただ鶴丸の笑う姿を見ていたのだった。
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