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始まりの記憶




それは、幼い記憶の中で


一番鮮明に残ってる。





「ねぇ、ロゼ兄ぃ…お外暗くなってきたよ…」
小さな二つの手を引きながら、暗い森を歩いているのは、まだ幼い子供。
「怖いなら帰って良いよ。」
「スォートの弱虫!男の子の癖に。」
「ダイアもうるさくしたら置いていくからね。」
「えぇー!」
小さな籠を幼い妹に持たせたロゼットは、二人の手を握った。
季節は初冬の為が外気温は下がり、息を吐けば白く体温が奪われる。
そんな中、子供たちだけがなぜ森の中に居るかと言えば、彼らの母親が病に倒れたからだ。
高価な薬が買えないため、苦しむ母親のために、万病に効くというきのこを取りに来たのだった。
一人でこっそり行くつもりだったのに、出先に双子に見つかり今の現状になる。
「ロゼ兄ぃ…寒いよぅ…」
恐がりで気弱な末弟は、震えながら息で手を暖めている。
「…だから帰れって言ったのに。
ほら、これで寒くない。」
ロゼットは自分のマフラーを弟の頭から被せてポンチョ風に巻いた。
「うん!」
寒さに震える幼い双子の手を握りながら、ロゼットは森の中を進んでいく。
帰れと言っておとなしく帰る二人ではないのはロゼットが一番よく知っていた。
「ロゼ兄…きのこ、まだみつからないの?」
「うん、やっぱり先に帰るか?」
「…やだ、ママが死んじゃったらやだから…」
ダイアがぎゅっとロゼットの手を握りしめた。
「そうだな、がんばろう。」
くじけそうな心を鼓舞しながら、二人の手を握った。


だいぶ奥深くまで入り込んでしまったが、目的のきのこはまだ見つからない。
どうしたものかと、辺りを見回すと、地面にうっすらと何かが生えているのが見えた。
「?」
不思議に思い、近付いてみるとそれは目的のキノコだった。
この編一体に群生してるのか、かなりの量がある。
三人は籠いっぱいにキノコを採って、早々に来た道を引き返した。
しかしあたりはすっかり暗く、道が入り組んでいてよく判らない。
迷子にならないようにつけた目印さえ、暗闇ではよく見えなかった。
「怖いよぉ…ロゼ兄…」
「早く帰ろうよぉ」
寒さと暗闇の恐怖に、まだ幼い双子はぎゅっとロゼットにしがみついた。
「そうだな、はやく…」
そう言った瞬間に、背後から妙な気配を感じた。
じわり、じわりと闇から這い寄る恐ろしい気配に、ロゼットは双子を背後にかばった。
低いうなり声をあげて、何かが闇から迫ってくる。
「二人とも、来た道は判る?」
「えっ…わ、わかんないよ…
スォートは?」
「ぼ、ぼくも判んない…」
ロゼットは二人を背後にかばいながらゆっくりと気配から離れようと後ずさるが、ここは彼らの縄張り。
向こうはすでにこちらを標的にしていた。
「向こうに何か居る。
絶対に大きな声を出しちゃだめだよ…。」
「うん…」
二人は兄の体にぎゅっとしがみついた。
「ロゼ兄、怖い…」
「大丈夫、二人は絶対に守るから。
兄ちゃんに何かあったらスォートがダイアを守るんだよ、いいな?」
「無理だよ…怖いよ。」
「スォートは男だろ、泣いてばかりじゃだめだ。
ダイアは、それをかならず家に届けろよ。」
「でも、ロゼ兄は?」
泣きそうな声でダイアが呟く。
「後から必ず行くから。
おまえたちは先にお帰り。
もうこの道をまっすぐ行けば町にでるから。」
ロゼットが指を指した方角には、かなり距離があるが、うっすら明かりが漏れていた。
「早くいきな。」
二人の背中を押して、双子が駆け出すのと同時に、闇の気配が月明かりに姿を現した。
黒い体毛に覆われた赤い目の獣。
鋭い歯をむき出しにして、こちらをじっと見つめている。
このままでは喰われてしまうのは子供でもたやすく理解できた。
しかし、今ここをどければ双子が危ない。
なんとしてもあのキノコを母親に届けさせて、双子を無事に家に帰さないといけない。
震える足でロゼットは足下の石を掴んだ。

「二人を、守らなきゃ。
俺は、お兄ちゃんなんだから。」

ぎゅっと石を握りしめ、力一杯獣に投げつけた。
ぎゃん!と、短い悲鳴を上げ、獣は一瞬怯んだ隙に、双子が走った方角とは別の方向にかけだした。
獣は完全にロゼットに狙いを定めたようで、後を追ってくる。
暗い森の中、必死で走ったロゼットは、何かに足を取られてその場に転んだ。
それは木の根の一部だが、複雑に絡み合ったところに足がはまり、上手く抜けない。
必死に振り払おうと足を揺らすが、頑丈な根はなかなか振り払えない。
「…どうしてっ…」
かじかんだ指先はふるえと恐怖で力が入らない。
闇の中から赤い二つの目がロゼットを捕らえた。
ああ、もうだめなんだ。
そんな言葉が頭をよぎった。
体は恐怖で硬直し、動けない。
一歩ずつ這い寄る闇が、死刑宣告のようで、ぎゅっと体を小さくして目を瞑った。
どうか、痛くありませんように…
そう願いながら、ぎゅっと服を握りしめたときだ。

「あぶないっ!」

誰かの声が響いて、獣が何か悲鳴のように叫びをあげた。
何が起きたか判らなくて、ゆっくり目を開けるとそこには、金髪の少年が獣に剣を向けていた。
獣はすでに手負いで、少年は返り血に塗れていた。
「大丈夫、怪我は無い?」
少年はにこりと微笑み、頭を撫でた。
ロゼットは言葉にならずにうなずいた。
「じゃあ少しだけそこにいてね。
こっちは危ないから。」
そう言うと、飛びかかってきた魔物に斬り掛かった。
魔物は断末魔の叫びをあげて、しばらく痙攣していたが、息絶えたようだ。
「…隊長、囲まれてますよ。」
すると、今度はロゼットの背後から別の声がした。
紫銀の髪を揺らし、見慣れない服装の人物は、愉快そうに口元をつり上げた。
「判ってるよ。
君はその子をお願い。」
「手を出すなら最後までちゃんと面倒見ないと。
先生にそう教わりませんでしたか?」
「判ってて言ってるでしょ。
良いから早くその子を安全なところに連れてってよ。」
すると紫銀の少年は、ロゼットの足下の根を切って彼を担ぎ上げ、金髪の少年に差し出した。
「怪我してる癖に、意地張んなよ。」
そう言って紫銀の少年は張りつめた空気の中、剣を抜いた。
闇の気配が動くのとほぼ同時にまるでダンスでも踊っているような、優雅で無駄のない動きに、魔物は次々に倒れていく。
それは子供の目には伝説の勇者のように映った。
「…これで全部?」
ロゼットをかばうように抱きしめていた金髪の少年が呟いた。
「ああ、もう気配は感じない。」
「……そう。」
短い会話を終了させ、少年はロゼットを抱き上げた。
「街まで送るよ。
でも、こんな夜に子供が一人何をしていたのかな?」
「……ごめんなさい、お母さんが病気で…キノコを採りに…あっ!」
ロゼットは何か言い掛けて双子の存在を思い出した。
「あの、双子の姉弟をみませんでしたか!?
俺の妹と弟なんです。
二人も一緒に森に入って…」
「双子の…?
ああ、多分入り口で保護した子達かな?
じゃあ、あの子達が言ってたお兄さんは君かな。」
「間違いなさそうだな、この辺り一帯にもう人の気配は感じない。」
二人の話が判らず、不安に首を傾げると、金髪の少年が笑った。
「妹さん達は無事だ。
今騎兵隊の医療班に預けているからすぐ会えるよ。」
そう言うと、安堵からロゼットは意識を失った。



「血が苦手な癖に無茶するなよな。」
「…でも、あの場は仕方なかったじゃないか。
ああしないとこの子は殺されていた。」
「お前が代わりに噛まれてな。」
そう言って、魔物に噛み付かれた左手をぐいっと捕まれた。
「痛っ…離して…落ちちゃうだろ。」
「こんなに震えてる癖に強がるな、貸せよ。」
「待って、シュノ!」
シュノと呼ばれた少年は強引にロゼットを抱き抱えた。
「……その、ありがとう。」
金髪の少年は俯きながら小さな声で呟いた。
「…お代はこれでいいぜ、レイリ隊長。」
そう言ってシュノは、掠めるようにレイリの唇を奪い、風のように去っていった。
呆然と立ち尽くすレイリは、真っ赤に顔を染めながら、あわててシュノの後を追った。



これが、二人の始まりの記憶。
一番古くて、一番新しい、二人が始まった瞬間のお話。


はぐはぐ日和。

目の前の光景に、有り得ないとシュノは眉間が痛むのを感じた。
ちなみに傷があるわけではない。
強いて言うなら頭に血が上り過ぎて頭痛がしている。
そんな自分を見てくるのは不安そうな顔をしてお盆を胸に抱き締めているレシュオムと、きょとんとした顔で驚いているレイリだ。
そして更に言うならば、そんな2人の間にニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる神父。
余りにも腹の立つような悪い方向に顔色を窺う笑みだったので、心を落ち着けようと深呼吸をしてからシュノは口を開いた。

「お帰り下さいッ!」
「第一声から随分威勢良いな、元気かクソガキ」

初っぱなから全否定をされた事も厭わずにニヤニヤと笑う、カルデロン教会のノエル・ミト・クロッシュ主教。
そんな彼にイラッとしてにこやかな笑みを浮かべながら刀に手を掛けるシュノ。

「シュノさん、落ち着いて下さい! 隊長の事は、ちょっとあれですけど!」

騎兵隊一の良心と謳われるレシュオムの言葉に深呼吸をしたシュノは微笑みを取り戻し。
鷹の目をさせながら刀を後ろに構えて居合い抜きの姿勢を見せた。
それはどう考えても落ち着きを取り戻した姿ではない。
意味の分かっていないレイリは唯一、不思議そうな顔でノエルの隣から腰を上げてシュノへと歩み寄った。

「シュノ、どうしたの? 先生の事は……覚えてるよね」
「……ああ、何でもない。覚えてる」

頬に触れてくるレイリの柔らかな手に、自分の手を重ねて頭を擦りつける。
普段こんな幼い甘え方をしてくる事は滅多にないシュノの判りやすい甘え方に、レイリは胸をときめかせた。
曰く、こんなシュノも可愛いである。

「何だガキ共、相変わらずだなぁ」
「ええ、まあ。そういえば先生は、何でこちらに? 珍しいですね」
「ん? ああ、教会が煤払いでよ。俺様まで汚れるとか有り得ねぇだろ」

そんなしょうもない理由で来たのかアンタ、とシュノが苛ついた表情を見せた。
普段は騎兵隊に近寄ろうともしないノエルの珍しい行動を追ってみれば、大した事では無かった。
むしろ養い子の顔が見たいとか皆が元気か気になったとか、もっと言い様があるだろうという状況である。
イライラを解消させようとシュノはレイリの小さい体を抱き込み、頭に頬を擦りつけた。
本人的にはアニマルテラピーに近い意味合いなのだが、周りから見れば判りやすく甘えてる子供にしか見えない。
レイリとレシュオムの胸は何この子可愛いとキュンキュンである。

「目の前で見せつけやがって……。おいレイリ、テメェ養子は取らねぇのか」
「それを言うなら先生がお嫁さん取って下さいよ」

先生モテるでしょ?と言うレイリは本人に自覚はなくても既に首を傾げている格好だ。
ぎゅうぎゅうと締め付けるシュノの力をモノともせずに受け止めている。
ちなみにノエルはと言うと、片側が空いた寂しさを紛らわせる為かレシュオムを抱き込むように座っていた。
お盆を抱えたまま、彼女は困り顔である。

「レシュオムは駄目ですよ、彼女には好きな相手が居るんですから」
「それを言うならお前が養子に取れよ。可愛いガキなら大歓迎だぜ」
「……その子、マグノリアの子ですよ」
「聖女に預けるなんざ勿体ねぇな」

意地の悪い笑いでレイリとシュノの様子を楽しみながらの会話に、抱き込まれたレシュオムは呆れ顔だ。
こんな所を件のマグノリアの申し子、ゼクスに知られたら面倒な事になりそうだと考え。
がちゃりと開いたドアの向こうに居た人物に、レイリやシュノと同様、あ、の形で口を開いて固まった。

「お帰り下さいッ!! 人の妹に何をするんですかハレンチなッ!!」
「……おいクソガキ、あれお前の副官だろ」

何で判ったのだろうと考えながらシュノは聞いていないフリをした。

 

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