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トロンプ・ルイユ 6

「有り得ない……」

疲れた声で吐き出されたその一言に、フィオルはチラリと横目で声の主を見た。
迂闊だったとでも言いたげで表情を沈ませているのは同室者のロゼットだ。
今2人は式典が行われるホールへ向けて歩いている。
広い廊下にも沢山の人は居るが、全員と言って良いほど彼らは正装でめかし込んでいた。

「そんなに気にする事かい?」
「知ってたなら教えてくれても良いだろ。そうしたら髪なんてまとめなかったのに」

悔しそうに言うロゼットはめかし込んだ服ではなく、学生服だ。
式典は正装で参加する、というフィオルの言葉を聞いて初めてドレスコードを要求されている事を知ったのだ。
朝ご飯を食べ終わって部屋へ引き返して知った事実は、どうにかするには時間が足りなかった。
街へ降りれば貸衣装屋などもあったのだが、間に合わない。
仕方なく、学生服も正装だからと腹をくくったロゼットは、同じように学生服に袖を通したフィオルに度肝を抜いた。
しかも髪はロゼットがまとめた姿のまま、いじる様子はない。
フィオルはドレスコードが必要な事は知っていたが、あえて用意していなかったのだ。

「ロゼットは手先が器用だね」

王立学校の制服が他の学生達に見苦しいわけもなく、ただ物珍しげに向けられる目線を微笑みながら交わすフィオル。
立ち振る舞いが貴族然としているだけあって、それらしいコートを一枚羽織るだけで正装に見えなくもない。
が、歩く時にコートがめくれ、中の服を見た者たちは驚いている。

「何も制服まで着る事も無かったんじゃ……」

「これは私なりのけじめだよ」

王立学校の生徒になった以上、一貴族としてではなく学徒として過ごそうという、フィオルなりのけじめ。
その第一歩が式典であるのだから、正装に制服を選ぶのは当然だ。
ここは社交場ではないし、それに連なる姿を披露する訳では無いのだから。
他人に同調を求める気はないが、フィオルの考えとしてはそんな所だ。
不思議そうな顔で見上げてくるロゼットに、黙ったまま首を傾げて先を促した。

「ノーツって……変わってるよね」
「そうかい」
「うん」

短い会話はまもなく着いた大広間の喧騒で完全にかき消される事になる。
相当数の人が既に集まっているのに息苦しさを感じさせないというだけで、相当な広さがある事が窺えた。
上を見ても高い天井に大きなシャンデリア。
流石に周りを見渡すと人だらけだが、どれも小綺麗な格好をしている。
そんな中で制服を着ている者というのは、どう贔屓目に見ても浮いてしまっていた。
だがそのお陰で、

「ロゼ!」
「シルフ!?」

思いも寄らない人物と再会したらしい。
驚いた顔でロゼットが駆け寄ったのは同じ年頃の少年で、彼もまた制服に身を包んでいる。
嬉しそうにしている様子や愛称で呼んでいる所を見ると、どうやら仲の良い間柄らしい。

「ロゼ、その人は……?」
「初めまして、ルージュの同室者だ。フィオル・ノーツと言う」
「ノーツさん……、ボクはシルフィス・アンフレールです。あの、ロゼと同郷で」

不用意に近付こうと、関係を持とうとする言葉を選ばないように気を付けている様子に、フィオルは頷いて返した。
恐らく彼は、食堂の出来事を知っているのだろう。
そこからフィオルが貴族である事、それも高位貴族である事に気付いたのかも知れない。
ロゼットの同郷、現在制服を着ている事を考えるに、彼もまた奨学生なのだ。
平民が貴族と縁を持つ事を、周りの者は良しとしない。

「賢い子だ」
「え?」
「いや、気にしないでくれ。君の同室者は?」
「ボクは三人部屋で、一人はちょっと……。もう一人が今一緒に――……あれ?」

振り返った先に予想した人物が居なかったらしく、驚いた声を上げた。
シルフィスがきょろきょろと周りを見回すのを、黙って見守る。
三人部屋、というのが少し気になった。
女子寮ならば数人で部屋を使う様に組まれているが、男子寮にしてみれば珍しい。
はてこれは何の意図があってか、と思ったところで前方に白い人が居るのを見つけた。

「あ、ヴェリテ!」

シルフィスが声を上げたところで、白い人影がこちらを向く。
驚いた事に、琥珀色の瞳以外は髪の毛の先まで白かった。
整った顔が微塵も動かずに無表情を貫いているところを見ていると、人形だと言われても頷いただろう。

「シルフ、その人は?」
「ボクのもう一人の同室者で、留学生のヴェリテ・モンド」
「留学生、なるほど」

それなら人数が多い部屋に割り当てられたのも頷けた。
彼への後ろ盾として留学生、そして留学生への後ろ盾として貴族の誰かだろう。
シルフィスの様子からするに、貴族の彼とも良好とはいかないようだ。
留学生であるヴェリテが上手い緩衝剤になれば良かったのだろうが、彼は無言でシルフィスを見ている。

「こちらの言葉はどの位話せるんだい?」

シルフィスと話しているロゼットを横目に、ヴェリテに話しかけた。
彼も正装として制服を着ている。
目線を向けていると、同じように目だけでこちらの顔を覗き込んできたヴェリテと視線がかち合った。

「ある程度」

静かな声に、これは少し苦労をしそうだな、と苦笑を浮かべる。
笑みの意味が分からなかったらしいヴェリテは尚も視線を向けていたが、やがてシルフィスの方へと視線を戻していった。

 

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