大きい樹の根元。
昼間は人気の多いこの場所も、陽が沈んでくる頃には皆中に戻って静かになる。
そうして静かになった空間の中、根元の洞に座り込んで声を殺しながら白い少年は泣いていた。
毎日色んな場面で泣くのを堪えていたが、そうして限界まで来ると誰にも見られないよう一人で泣いた。
血の繋がった家族は一人、似通った容姿の弟だけ。
だから弟の分も、強くなければならなかった。
強く見せなければ、ならなかった。

「……っく、ひっ……うぅ……」
「……くに? くによ、また泣いて居るのか?」
「ひッ!? だれぇ…………ち、ちかぁ?」

ポロポロと落ちてくる涙をそのままに顔を上げ、赤く腫れた目元をさらけ出して大きな紅玉が少年を見る。
今にも溶けるか落ちてしまいそうなその目に手を当て、新しくやってきた黒髪の少年は藍色の瞳を緩ませて頷いた。
見知った人物だと分かった事で、白い少年は遠慮無く声を上げて抱き付いてくる。
彼の泣く気配を察知しては、こうやって黒髪の少年は傍に来た。
どこに居ても、どれだけ身を隠しても探し当て、一人で泣かせないように抱き締めてくれる。

「ちか、ちかぁ……ぎゅってして、いっしょにいてぇ……」
「おお、良いぞ良いぞ。くによ、おいで」

腕の中に抱き締めなおし、ガリガリで肉付きの悪い白い少年を抱き締めた。
年の頃は10歳ほどだろうか、その割に食が細く身体も痩せこけてしまった彼を大事に腕の中へと閉じ込める。
それで落ち着いてきたのか、泣き声こそ上げなくなったものの彼は少年に甘える様に縋り付いた。
頭を撫で、腰に据えた手で抱き寄せていれば、すんすんと鼻を啜る音が聞こえてくる。
顔を見れば涙の海に溺れていた紅玉が顔を出し、少年の顔を映し出した。

「ちか、あのな? あいつら、俺とつるがおかしいって言うんだ。ちかも、おかしいっておもう?」
「うん? どこがだ?」
「…………おやが、いないの、おかしって……俺が、しらないって言ったら……」
「親か。俺も顔は知らぬなぁ……俺達が居るのは親が在るからだが、中には知らぬ者も居ろう」
「他のは知らない、いらない! ちかは? ちかは俺を、つるをおかしいっておもう?」
「思わぬ。覚えていようといまいと、くにはくに。つるはつるだ。俺の知るお前達に変わりは無い」

本音からそう口にし、落ち着かせるように頭を撫でておでこにキスをする。
それで落ち着いてきたらしい白い少年は嬉しそうにはにかみ微笑んだ。
黒髪の少年がよくするおまじないの様な物だったが、それで素直に笑う彼が可愛いと思う。
出来ればこのまま共に、将来的には嫁になって欲しいと思うほど。
ここまで可愛がるのは彼だけで、そうしたいと思わせる不思議な魅力を感じていた。

「笑うお前が愛しい。くによ、もっと笑っておくれ」
「面白くないのに笑えない。でも、ありがとう。ちかのお陰で、頭痛いのもなくなった!」
「頭? どこかにぶつけたのか?」

どこだ?と撫でながら探るが幸いたんこぶは出来ていないらしい。
何より彼が首を左右に振る事で、少年は首を傾げて見せた。

「ぶつけてない。けど、針で刺したみたいに痛くて、急にぐらぐらしてきたんだ」

ぐらぐら、と擬音で表されるそれに精神的な揺さぶりだろうかと思い付く。
白い少年がここまで痩せてしまったのも、廃人のような有様で孤児院にやって来たからだ。
食事も喉を通らず、話す事もせず、見る事もやめてしまったあの頃。
そこから彼を引き上げたのは弟の存在であり、黒葉という同じ頃の少年のお陰だった。
少年は彼の様子を哀れみ、そして見惚れてしまった。
人形同然の彼が生き、笑い、嘆き、そして自分に笑みを向けてくれたのなら、と。
今更あの頃の彼には戻したくないと考え、少年はごまかす事を決めた。

「そうか……それはさぞ驚いた事だろう。次からは一目散に俺の所へ来ると良い」
「ちかの所? 良いのか?」
「ああ、良いぞ。ぐらぐらは良くない物だ、俺か鶴、黒葉の所へ必ずお行き」
「うん、分かった。ちか、ありがとう」

お礼の言葉と同時に手を両手で包まれ、おでこに口付けを落とされる。
普段は少年がする側だったので驚き、彼をきょとんと見た。
頬を桜色に染めた白い少年はくすぐったそうに微笑み、

「ちかがいつもしてくれるから」

紅玉をふにゃりと潤ませて恥ずかしがる姿に、胸が苦しくなる思いがする。
無邪気な笑顔に微笑んで返し、彼が驚く顔をした。

「すごい、いま君の目、お月さまがキレイ。ちかが笑うと、キラキラしてすごくきれい」

藍色の瞳に三日月のような模様が浮かぶ事は知っていたが、純粋な褒め言葉に今度は少年が驚く。
まるで初めて褒められたような衝撃を受け、今度は少年が頬を染めた。
少年の様子を気にせずに嬉しそうに笑みを浮かべる彼。

「末恐ろしいとはこの事か……」
「ちか?」
「なんだ、くによ」
「あのな、ずっと一緒にいような、ちか」

お日様のような笑顔を、約束を、守りたいと思っていた。
Ω検査が行使されるあの日に引き裂かれるまでは。





優しい夢を見たような心地で国永は目を覚ました。
内容は覚えていないが、酷く懐かしいというのと優しかった事だけは覚えている。
まるで宝物に触れたかのような感覚に少しだけ笑い、身体を起こした。
途端傷む下半身に昨日はウリをしたんだったと思い出す。
周りをよく見れば見慣れない部屋で、大きな白いシーツが国永を包んでいた。

「……あ"、あー……けほっ」

イガイガと不調を訴える喉に水をやりながら思い起こせば、いやに美丈夫な男に抱かれた事を思い出した。
三条宗近、かなり美人で大人しめの見た目に反して性欲は馬並みの絶倫。
気を失っても抱かれて居たようで、途中から記憶が無い。
金払いは良さそうだが、その分身体が保たなくなりそうだと考え、相手の姿が無い事に気付く。

「宗近?」

慣れてしまった名前を呼ぶが反応はなく、自分の身体や周囲を改めて確認した。
枕元に落ちている端末とメモ書きを見つけ、見れば流麗な字で連絡用にと書かれている。
これからを感じさせる内容に次を考えてため息を吐き、服に着替えてスーツケースと共に部屋を出た。
ついでに万年筆を一つ拝借し、中層のロッカーにスーツケースを預けると共に換金して買い出しをする。
腰を庇いながらの行動に煩わしい物を感じつつ、これからの予定を立てるのだった。