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オメガバースぱろ



その日は本当に最悪で






最高の一日だった。







「どうしよう…」
大学に向かう途中の駅の人気の無いトイレの個室でレイリは膝を抱えて悩んでいた。
朝確認したときにはちゃんとあったピルケースが見当たらない。
残り少ない薬を補充して、そのあとが記憶が曖昧でそのまま置き忘れた気もしないでもない。
寄りにも寄って大事な時期に…
幸いまだ薬の効果は切れていないのか、体調に変化はない。
急いで入り口に戻り、タクシーでも拾えば家に帰れる。
しかしその日は大事なコンクールの選抜試験がある日。
条件付きで家から出て大学に通っているレイリとしてはコンクールに出場していい成績を残さないと親に示しがつかない。
たとえ親から見放された存在でも。
「でも、もしこの事がバレたら…僕は…」
その先を考えるだけで身震いしてしまう。

レイリは良家に産まれたΩ性だった。

レイリの実家は代々続く高名な資産家で、土地や会社をいくつも経営していた。
血筋は歴としたα家系で名家と呼ばれるようになっていた。
そんな家にレイリは双子の弟として産まれた。
初めての検査では二人ともα性と診断され、一族が皆祝いの言葉をくれた。
一度に二人もαを授かるのはめでたいと。
しかし翌年、体調を崩したレイリが再検査を進められて受けたところ、紛いなくΩ性だと診断された。
Ωは孕むための性。名家にとっては最も低俗で忌むべき性だった。
何よりレイリは自分がΩだと知ったとたん離れていった親類と、大好きだった兄と自分が違うものになってしまったのが悲しかった。
それからはレイリは転落人生だった。
親はレイリを部屋に軟禁して誰にも会わせないようにした。
発情期には薬と点滴を受け、腫れ物のように扱われた。
唯一、双子の兄のレイアだけはたまに顔を見に来る程度で。
レイリに与えられたのは子供の頃から習い事で始めた大きなグランドピアノだけ。
Ω性と診断されて人生が変わってしまったレイリは狂ったようにピアノに打ち込み、αであるように振る舞った。
どんなに努力して、コンクールで入賞しても両親の愛は戻らなかった。
それ以上に、レイリに出来ることは大概がレイアが簡単にやってのけてしまう。
レイリが親元離れた音大に通っているのも、レイリには名家の一員としての価値がないからで、最低限の暮らしと学費は工面するから家を出ていけという無言の威圧があったからだ。
Ω性だとバレた上コンクールに落選となれば今度こそ見限られるかもしれない…。
レイリは良家の嫡男と、Ω性という二重の呪縛に苦しめられていた。
震える手で個室からでて辺りを見回す。
朝の通勤ラッシュでまだ人が多い時間帯。
ここで薬が切れてしまえばどうなるか、レイリには容易に理解できた。
孕むための性であるΩには発情期がある。
そして、発情期になればΩは甘い香りを放ち誰彼構わず誘惑する。
背筋に冷たい汗が流れ落ち、ごくりと唾を飲み込む。
やはり一度家に帰ろう。
そう決意してトイレを出ようと扉に手をかけた瞬間、身体を電流が走り抜けた様な衝撃に襲われた。
「や、だ…うそ…」
がくがくと身体が震えて力が入らない。
薬の効果が切れ始めたのだろう、レイリは冷や汗を滴ながらタクシー乗り場に急ごうとトイレを出た。
慌てていたせいか、だれか見知らぬ男にぶつかり、転んでしまう。
「すいません、大丈夫ですか」
手を差し伸べられ、レイリは何事もなかったかのように取り繕おうと笑って男を見上げた。
すると、男は急にレイリの手をぐいっと引いて首筋の辺りに顔を埋めだした。
「あ、なに…?」
「あんた、Ωか」
ビクッと身体が震えた時にはトイレの個室に引き込まれていた。
「いやっ!離して!」
「Ωってホントに甘い匂いするんだな」
身体を押さえ付けられ、乱暴に服に手をかけられて、レイリは真っ青になりながら力の入らない手で押し退けようとしてみるが、全く微動だにしない。
「あ…あ…」
恐怖と込み上げてくる身体の熱さに思考が段々ぼんやりしてくる。
乱雑に脱がされる様子を眺めながら、誰か助けてと声になら無い声をあげた。
「……だから言ったでしょう、こんな軽装備ではすぐにバレますと」
「こんなクソ暑い日にマスクなんてしてられるか
ったく、ツイてねぇ…」
唐突に、二つの声が静かなトイレに響いた。
その声に我に返ったレイリは壁を何度も蹴った。
今まで大人しかったレイリが急に暴れだしたことで、男は慌ててレイリを押さえつけようとした。
「いや、いやだ!離せ!離せよ!」
精一杯暴れたことでドアの向こうの人物は何かを感じたらしくドアを叩いた。
「どうかしたか、大丈夫か?」
「シュノ、貴方はまたそうやって厄介事に…」
「うるさい」
男の力が緩んだのを見計らい、レイリは個室から飛び出した。
目の前には驚いた顔の紫銀の長い髪の青年がたっていた。
「助け…て」
レイリはフラフラと青年にもたれ掛かった。
「お前、っ…なんだこの甘い匂い…頭がクラクラする…」
「……シュノ、離れて。
彼は恐らくΩです」
後ろにいた銀髪の青年がレイリの身体を抱き止めた。
最早意識が朦朧としていたレイリは扉の外にいたのがαの可能性を考えていなかった。
仮にβだとしても、発情期の影響が全く無いわけではないのに。
薄れ行く意識のなかで、レイリはもう終わりだと絶望した。

意識を失ったレイリを見て、シュノは個室の男を睨んだ。
「いくら相手がΩだからって無理矢理襲うなんて、最低のクズだな」
男はシュノに睨まれて慌てて逃げていった。
「どうするんです、彼。」
「こいつ、Ωなんだろ?
だったらこんないつ襲われるか判らん場所に置いとけないだろ」
悩んだ挙げ句シュノはレイリを連れて自宅に帰ってきた。
ベットに寝かせて、薬がないか鞄の中を申し訳無いと思いながら見させてもらった。
「マグノリア音楽大学ピアノ科2年、レイリ・クライン…」
鞄の中からは学生証と定期入れ、財布、スマホ、音楽プレーヤーのみで薬が見当たらなかった。
「薬を持ち歩かないなんて不用心ですね、これなら襲われても文句は言えませんよ。」
「マグノリア音楽大学ならお前の実家だろ、何とかして身元判らないのか?」
「レシュオムなら何か知ってるかもしれませんから聞いてみます。」
ゼクスがレイリと同じ音大に通う妹のレシュオムに連絡する間、二人きりになるのはまずいだろうとシュノはベランダで風に当たっていた。
しばらくしてゼクスが戻ってくる。
「やはりレシュオムの知り合いでした。
かなり事情がある方のようで、今レシュオムがこちらに向かうと。」
シュノは興味無さそうにレイリに視線を移した。
意識が無いせいか、先程よりかは幾分マシになった甘い匂いは未だにシュノの本能を刺激する。
抱いてしまいたい、大学生には見えないこの幼い顔はどう快楽に歪むのかをみたい。
そんな欲望が沸々と込み上げてくる。
それを理性で何とか抑えつける。
「大丈夫ですか…」
先程から様子のおかしいシュノにゼクスが声をかけた。
「ああ、何とかな。
正直意識がなくて助かった」
扉一枚隔てているのに、レイリの放つ甘い香りはシュノを誘う。
それは発情期なったΩの性であり、遺伝子レベルに組み込まれた本能だから仕方の無いこと。
暫くしてレシュオムが来るまで、シュノは部屋の外でスマホをいじって気を紛らわせていた。
レシュオムはきちんと来る途中で発情抑制剤を買っていて、レイリが眠る部屋に水をもって入っていった。
荒い呼吸を繰り返すレイリを揺すり起こすと、海のような深い青がゆっくり開いた。
「レイリさん、大丈夫ですか?」
「僕…は…」
「レイリさん、発情期がきて襲われたんですよ。覚えてます?」
レイリはこくんと頷いた。
「薬のんでください
貴方を助けたのは私の知り合いですけど、αです。」
ビクッとレイリの身体が震える。
「大丈夫、悪い人じゃないですから。」
「うん、判ってる。迷惑、かけちゃったから何かお礼しないとね」
薬を飲んで落ち着いたのか、レイリは部屋から出てきた所でタイミングよくシュノが戻ってきた。
「あの…ご迷惑をお掛けしました。
助けてくれてありが……えっ、あ…」
シュノの姿を見るなりレイリは目を丸くした。
「え…うそ…モデルのシュノさん!?」
「俺を知ってんのか?」
「はい…あの、友人に雑誌を少し見せてもらった程度ですけど。」
「レイリさん、シュノさんの事カッコいいってずっと言ってましたよね」
レシュオムが笑いかけると、一瞬で顔を赤くしたレイリはシュノから顔を背けた。
「こちらは私の兄のゼクスです。
シュノさんのマネージャーなの」
ゼクスはレイリに向かって小さく会釈して鞄を差し出した。
「失礼ながら鞄の中身を見させて貰いました。
次からは薬を持ち歩くことをお勧めします」
「……本当に、ご迷惑をお掛けしました…」
レイリは頭を下げながら鞄を受けとると二人に向かって一礼した。
「このお礼は後日必ず伺います
今日は大事な試験があるので…」
「あの…レイリさん…その事ですけど…
試験はもう終わりました…」
「………えっ…」
レイリが持っていた鞄を落す。
レシュオムは言いにくそうにコンクールの出場者はもう決まったことを告げ、試験に参加しなかったレイリは強制的に落選したこと。
「そう…だよね。」
Ωが社会的に低い地位に見られるのもこういった要因があるからだ。
肝心なときに発情期が来てしまったらまず家から出られない。
「ノエルさん、ギリギリまでレイリさんの事待ってたんですよ」
「うん、明日先生にも謝っておく」
ぎゅっと鞄を抱き締める手は震えていた。
「暫くは家から出ない方が良いのでは?」
「…そう、ですね…」
誰のどんな言葉も今のレイリにはただのノイズと変わらない。
「レイリさん、取り合えず今日は帰ってゆっくり休みましょう?」
レイリは顔をあげて無理矢理笑うと、もう一度礼を言ってレシュオムに付き添われて帰っていった。
また絡まれたら面倒なのでゼクスが二人をレイリの自宅まで送り届け、そのまま二人も帰ることにした。
一人残されたシュノは部屋を換気してベットに横になったが、甘ったるい匂いがまだ鼻の奥に残っている気がする。
「レイリ・クライン…か。」
シュノはそのまま目を閉じた。
会いたければ、またすぐ会えるだろうと。

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