流葵戦から約1週間経ったが、鼎はあれからずっと塞ぎこんだまま。
鼎は仮面を着けており顔が見えないが、それでも明らかに落ち込んでいるのがわかる。

流葵の元老院による洗脳は、晴斗の浄化により幾分軟化したが完全に元に戻るには時間がかかると聞いていた。
鼎はせっかく打ち解けた流葵としばらく会えそうにないので塞ぎこんでいる。流葵は怪人による後遺症治療のためにゼノクへと行ってしまった…。



蒼い炎を使う怪人はあれからぱたりと姿を見せなくなったが、解析班と警察零課は件の怪人の人間態の情報をついに入手。人間態は長髪の飄々とした青年。

12年前の連続放火事件、そして最近頻発している放火事件の犯人は同一犯。やはりあの怪人。



宇崎は鼎の落ち込みっぷりを見てかなり心配していた。
あいつがあんなにも塞ぎこむなんて…。相当流葵のことで来ているな…。


鼎はぼーっとする日が増えてしまう。これには彩音・御堂・晴斗も心配そう。

晴斗は小声で塞ぎこんだ鼎を見ながら御堂と彩音と話してる。

「鼎さん、明らかに落ち込んでるよ…」
「1週間経ったのに回復してないってよほどだぞ。流葵とは病院で話していたみてーだからな。鼎にしては珍しくペラペラ話していたっつーし」


晴斗は怪訝そうな顔をする。

「鼎さん、流葵さんにシンパシーを感じてたって聞いた…。仮面仲間ってなかなかいないから親近感あったのかも」
「あいつも孤独だったからな。今でこそ俺らがいるし、鼎の居場所もあるけどよ…。事件後、彩音と会う前までは鼎は全てを失って独りぼっちだったから…。頼れる人もいなくてずっともがいてたって聞いてる。そうなんだろ?彩音」
「…うん。鼎は孤独だったの。だから流葵さんに親近感が出たのは自然だと思うけど、2人とも可哀想で…」

「流葵は洗脳が完全に解けたわけじゃないからって、でもあの鼎の塞ぎようは重症レベルだぞ。どうすんのよ?」
御堂も気にしてる。


陰から鼎を見ていた3人に宇崎が割り込む。

「やっぱりお前らも心配していたか。鼎を元気にするにはどうしたらいいかねぇ…」
「そもそも元老院が悪いんでしょ?なんで罪のない人を洗脳するのかわからないよ」
「晴斗の言い分もわかるが、鼎を回復させるにはやっぱり気分転換かな?」


気分転換?


宇崎は何かのチケットを見せた。

「鼎は基本的に桐谷が運転する、組織車両で移動していることはお前ら知っているよな?」
「知ってますよ。鼎さん、列車移動は好まないんだっけ…。密室なのと、自分が仮面姿なのを気にして落ち着かないって聞いたことある。飛行機は組織のなら平気なんですよね」
「晴斗、ご名答。このチケットは新幹線の切符だ。お前ら4人で気分転換しに行きんさい」


御堂はあからさまに嫌そうな顔をした。


「室長、鼎に新幹線はマズイって!あいつ列車全般苦手なのわかってんだろ!!人目を異常に気にする人に列車は鬼かっ!鼎は繊細なんだよっ!!」
「このチケットは先着4名様だが、任務とこれ…どっちがいい?ちなみに行き先は名古屋だ」


なぜに名古屋!?
3人はぽかんとする。室長は出張にでも行く気だったのか?


宇崎はさらにニコニコしながらしれっと付け加えた。

「今ならコースの中にUSJが入るよ〜。大阪経由だよ〜」
「室長…俺達をカモにしないで下さいよ」

御堂はかなりイライラしていた。


あいつが列車に乗れなくなったのは事件以降だと聞く。
あの姿になってからは人目を異常に気にしているともいうが、今の鼎は少しだけ軟化してる。
だが、列車に関しては今現在も乗れないでいる。乗れなくなってしまったのだから。

室長はたまに鬼畜な時があるが、タイミング悪すぎだろ!鼎の心の傷を抉る気かよっ!!



鼎はこれらの会話を聞いていた…というか、聞こえていた。
ずっと椅子に座っていたが、すっと立ち上がると宇崎の手のチケットを踏んだくり、ビリビリに破り捨ててしまう。

鼎は心の傷を抉られたらしく、怒っているようだった。表情はわからないが、空気が張りつめている…。

「室長、余計なことするな…。苦手だと言っているだろうが…。わかっているのか…?」


鼎さんの声、トーンがいつもよりも低い。やっぱり不機嫌になってるよ!

晴斗は御堂と彩音から聞いていた。
鼎は怒る(怒らせる)とかなり怖いことを。仮面補正もあり、余計に怖く見えているんだと思うが…。とにかく圧がすごい。


宇崎はただただ鼎に平謝りした。鼎は宇崎に口を利こうともしない。あー、完全に怒らせたな。


ああなると鼎はしばらく不機嫌だぞ…。御堂は鼎を熟知していた。彩音も鼎との付き合いが長いのでわかっている。

鼎は再び椅子に座る。そして机に突っ伏した。流葵の件と室長に心の傷を抉られたことが来たらしい。
室長は悪気はないのはわかってはいるが、それでも…。



御堂と彩音は宇崎にギャーギャー言う。
「室長、ふざけんのも大概にしやがれ!」とか「鼎が繊細なの本当にわかってんの!?」…とか。

滅多に怒らない彩音が怒ってる。



鼎はよろよろと席を立つと司令室を出た。足取りが重い…。晴斗は鼎を必死に追った。
鼎さん、どこに向かってるんだ?あれ…この方向、研究室!?研究室だ。


鼎は研究室へとすうっと入って行った。晴斗も研究室に入るが鼎がいない。
あれ…確かに研究室に入ったはずだよな…。

晴斗は研究室を見渡す。研究室、数回しか入ったことがない。それにしても広い部屋だな研究室は…。室長が趣味感覚で装備を作っているんだっけ。


研究室の一角に小部屋を見つけた。なんなんだこの部屋は?


晴斗はなんとなく思い出す。いつぞやに御堂さんが言ってたな。

「研究室には鼎用のスペースがあるんだわ。そこには仮面の予備とか、あいつにとって必要なものが置いてあるわけ。そのスペースで鼎の改良型仮面が作られた。
試着は大変だったと聞いてるがな。鼎が拒絶反応起こして暴れたから。なんとか彩音の説得に応じたけどよ」


この小さい部屋か?まさか鼎さん、この中にいるの…?


鼎さんはゼルフェノアに入った当初、騒動を度々起こしていたらしい。
今では考えられないが、改良型仮面試着の件は鼎さんからしたら相当嫌だったんだろう。

任命式の時は極度の緊張と酸欠で倒れたっていうし…。



晴斗は恐る恐るノックする。緊張する…!
「…か、鼎さん。俺だよ」

扉の向こうから声がした。
「…晴斗か?」
「…そうだよ。俺だよ、晴斗だよ…。鼎さん…開けてよ…」
「悪いが今はそっとして欲しい…。1人になりたいんだ」


晴斗はなんとか話し続ける。なんだか辛くなってきた…。

「流葵さんだって、今頃不安で不安でたまらないはずだよ。鼎さんだけじゃないよ…」
「晴斗、泣いてるのか?」
「泣いてなんか…ない……」

晴斗はだんだん涙目になっていった。なんなんだ、この感情は…。


小部屋からガタンと音がし、扉が開いた。鼎は晴斗を無言で小部屋の中へ引き入れた。

鼎は扉の鍵をかける。


「鼎さん、この部屋は…」
「私用のスペースだよ。部屋は異様かもしれないが我慢してくれ」

確かに異様だ。鼎さんの仮面の予備らしき仮面がいくつか置いてある。それとおそらく鼎さんのライフマスクなんだろうか?
顔型の石膏像が異質な存在感を放っていた。端から見れば異様で不気味だが、鼎からしたらそうではない。


「この石膏像…鼎さんのライフマスク?」
「あぁ、この仮面を作る時に型を取られたよ。完全なるオーダーメイドだ」

だから鼎さんの仮面、あんなもフィットしているんだ…。自然なのは本人の型から作っているからで。


「…鼎さん、この部屋来るの?」
「たまに来るよ。落ち着くんだ。基本的に誰も入ってこないからね。この部屋は私の秘密基地みたいなものだよ」

あれ?鼎さんちょっとだけ落ち着いてきた?
初めて鼎さんの仮面事情について聞いた…。そうなんだ。ここで作られたのか…。



司令室。宇崎は土下座して御堂と彩音に謝ってる。

「室長、ふざける加減を考えろよな。あんなに傷ついてる鼎にさらに傷を抉るとかサイテーだ」
「そうだよ。何のために移動手段を限定してるか意味なくなってしまうよ。鼎は鼎なりの事情があるのに…。室長、以前鼎が地方任務に行った時に列車でパニック障害になったの、忘れたんですか?それ以降彼女の列車移動はやめましたよね?」

宇崎は完全に忘れていた。重要なことを。鼎が列車移動出来なくなったのは数年前の地方任務が発端。



異空間・元老院の本拠地。


元老院は幹部3人を呼んでいた。元老院の長の男性が何かを命じてる。長の側には若い男性。彼も元老院の1人。
2人は黒いローブに装飾が施された白い仮面姿。元老院の一員である証だ。2人は男性なので男性用の仮面を着けている。


「君たちでゼルフェノアを潰して貰いたい。鐡が大人しい今がチャンスなのだよ」

杞亜羅が長に呟く。
「ですが私と釵游は鐡様の元で動いております」
「今の決定権は『元老院』にある。逆らうのか?杞亜羅よ」

杞亜羅は長の気迫に圧されそうになる。仮面で顔が見えないのに、なんて圧なの…。
「い…いいえ…。元老院に従います」
若い男性は釵游に問う。
「釵游、貴方も元老院に従いますね?」
「…あぁ」

釵游は冷めた返事をする。長は飛焔にも話しかけた。

「飛焔、止まった計画を続行させるのだ」
「…長、あの監察官は?」
「流葵のことかね。彼女は所詮、人間だ。監察官候補はまだいるから安心しなさい。迷い人(マヨイビト)はこの異空間に来るからな…。彼らを見てみるか?」


新たな人柱を立てるつもりだ、元老院は…。
長は一体何を考えている!?





第13話(下)へ続く。