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「世話焼きばあさん」

湖東保健センターにて
ジンちゃんとビワばあさんが「乳児家庭全戸訪問事業」についてお話を伺う。

赤ちゃんが生まれてすぐから4ヶ月検診までの家庭に保健師が訪問して、赤ちゃんの健康チェックとかお母さんの健康チェックや悩み相談などをされてるそうです。
相談する人がいなくてお困りのお母さんには、素晴らしい味方ですね。

「乳児家庭全戸訪問事業」は全ての市町で実施中。

「八重の桜」私たちの子ども

10年前に多くを失って傷ついて、ようやく癒やされてきた八重が、今回は奪った者としての罪と向き合うことになる。

奪われない為に戦ったけど、戦った相手も人間で、自分もまた人の命を奪っていた現実。

いや、気づくの遅くねぇ?
目前の遺族を見て初めて気づくのって、聡明なはずの八重にしちゃ遅いんじゃないか?
戦争直後は悲しみに沈み当面の生活にいっぱいいっぱいだったとしても、京都着てから振り返って気づいてもいいはず。
それとも敢えて振り向かなかったか?

気づいて直ぐに謝罪出来るのは潔いが、その辺りがちょっと納得出来なかった。

献身的な看護で女生徒は心を開いたが、なんかう〜ん
後半キレイゴトっぽい
話がサクサク進み過ぎ

サクサクと言えば佐久さんが孫娘と共に洗礼を受け入信した。
佐久さんなりに出来ることを考えた末だろうか。
みねの方は、ちょっと違う気がする。
和解したとはいえ、やはり父親と新しい家族への疎外感みたいなのが、あるような気がする。
それに気になる男子学生もいるみたいだし〜

外国人教師の何が何でも自分が正しいて態度がちょっとヤダなぁ〜所詮日本人は野蛮人扱いかよ上から目線かよと思う。
教えようというのなら、まず相手を知ろうとしろよ、文化交流しろよと思った。

「宇宙戦艦ヤマト2199」青い星の記憶

う〜ん
ここまで来て真田さんの、
「十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかないか」て台詞で煙に巻かれるとは思わなんだ

コスモリバースシステムはイスカンダルでの説明でも「思い」という(大事なんだけど)捉えどころがあやふやなモノが必要と言うイマイチ科学的じゃない感じだったのだが、真田さんがそーゆー納得のしかたで説明するとは思わなんだ

それを踏まえてのワタシなりの解釈。
「ヤマト」という地球人の「思い」の詰まった艦を器の基礎にして「青い地球の記憶」を持った「古代守の記憶」(もしくは「古代守の心」というか)というソフトウェアを組み込んだモノがコスモリバースシステムなのかな?
生きた(もしくは生きてた)人間の人格や記憶をコンピューター等に仕込むというのはSFではよくある話だから、それ系かそれの亜流と考えていいのかな?
とりあえずそんな風に解釈しておこう。

しかしこのソフトウェア人間の記憶だから、意志も持ってたりする
だから地球人を懐かしがって艦内アチコチに幽霊のように出没。
あげく弟の恋人甦えらせる為にシステム作動
この兄弟は〜
公私混同が過ぎるだろ〜

沖田艦長がもう危なかったので、沖田艦長の死を見越して守がシステムを森に対して発動させた後に沖田艦長(の記憶)をシステムに取り込んむ算段だったのかと終わってみれば考えられる。
守のつぶやき。
沖田艦長の死と共に再起動したシステム。
その辺りからの推測。

オリジナルでは沖田艦長の死と引き換えに森が息を吹き返したような描写だったが、出渕版はそこにワンクッションというか前後させ、システムの意志を介在させて蘇生させた。
これで偶然の奇跡感はなくなった。
もっともその秘密は視聴者しか知り得ない。
古代はなぜ森が甦ったかは知らない。
真田さんはなぜシステムが作動したり再起動したりしたのか知らない。


古代進という青年、オリジナルと出渕版とどちらが凛々しいかと言えば、全体にはオリジナルの方がガッツリ熱血で凛々しいと思うのだが、最終回に関しては出渕版の古代進の方がいいなあ。
オリジナルでは森の遺体を抱いて艦内をウロウロするが、出渕版は(皆に見透かされてはいるが)周囲に気を使い加藤&原田を先頭きって祝福するという男前をみせている。
悲嘆に暮れる相原に檄を飛ばしている。

メソメソを周囲にまき散らさず孤独に悲しみ、本当に森が死んじゃった時も箝口令して周囲に気を使い、それまで公私混同男と思ってたが、ここまで着て公私をちゃんと分けている。
対応が大人になった!

そしてちゃんと蘇生を果たしてから皆の前に登場!
この方がみんなの気分がいいよね。
それに密かに蘇生したからキス出来たんだし


加藤&原田カップル
堅物加藤が航海中に仕込むとは思わなんだ(笑)
そーゆーコトがあるとすれば星名&岬カップルだと思ってた。
パーティーで加藤に古代に対するアノ台詞を言わせたかった演出上かなぁ。
篠原は山本とカップルになれなんだこれからも頑張れ篠原


沖田艦長が亡くなる時のシチュエーションと台詞がオリジナルそのままなのは嬉しかった。
やっぱりこの名シーンは外したらあかん。

佐渡先生がみんなに艦長の死を伝えられないシーンは森の蘇生を静かに喜ぶシーンに変わってたが、けどまあ自然だわ。


出渕版最終回の一番の名セリフは島の、
「あるんだなこーゆーの」だと思う(笑)
あそこにいた全ての人の言葉を代弁してる。


オリジナルを知ってるから、ついつい比べて見てしまう事が多かったが、オリジナルの方が良いとか新版の方が良いとかいう気は全くない。

オリジナルはヒーローのいない群像劇(それでも古代視点だったり古代の活躍は多かったが)という同時のSFアニメにはなかった画期的なモノだったし、
新版もオリジナルをよく知ってる出渕さんが更に登場人物を増やしてヤマト内の人間ドラマを深めたし(そして古代の活躍は減った)、ガミラスの事情も掘り下げてこちらのドラマも深かった。
初めは現代風にアレンジしただけのリメイクと思ったが、回が進むにつれ出渕さんの独自性が発揮されていったように思う。

「進撃の巨人」最終回

エンドカードのネタ、アレはあるかもとは思ったが原作者直筆とは思わなかった
アレは団長の台詞、
「今度は我々が進撃する番です」のわかりやす〜い訳だな(笑)


巨人出現など思いもよらないエリアでアニとエレンが大暴れ
憲兵団なんて対巨人の経験値のないエリートには事態の把握が出来ない。
ましては住民になど。

そんな戦闘を指示した団長は正に鬼だが、本人その自覚十分あり。
しかしその責任を問われる覚悟もあり。

それらの戦闘の成り行きを冷静に見つめ、作戦の失敗(アニを生身で捕獲)をエレンに対して静かに責めるアルミンもまた鬼の素質十分かもしれない。

反対に鬼のような身体を持とうとも、狂気の攻撃力を持とうとも、最後に躊躇して作戦を失敗させるエレンは血気盛んなヘタレだ。


前回に続きミカサが華麗な立体機動の華麗でかっこいい戦闘を魅せてくれた
表情もいいわぁ
壁を上り逃げようとする女型巨人(アニ)の壁にすがる指を躊躇なく切り裂き地へ落とす。
「アニ、落ちて」と言う時の優しそうな中に残酷さが混じった実は冷たい表情。
巨人憎しエレン大事のミカサが詰まってるなぁ。

負傷している兵長は、それでも最後にオイシいトコ持ってった。
蒸発していく巨人に巻き込まれそうな(?)エレンを飛んで着て切り離し助け出す(アップの顔エエわぁ)大人だ!

「(無駄死には)するのもさせるのも嫌いだ」と言う台詞は案外深いのだな。
お着替えして戦況をうかがってたもよう(スーツの兵長も良かったが)

アニは口を噤む為、結晶化して引きこもってしまった
アニから巨人の謎を引き出すことは出来なくなった(作戦失敗)
「作戦成功…とはいえないな」という兵長の言葉が象徴。


原作読んでる人は勿論だろうが、読んでないワタシにだってまだまだ途中で終わってないのは分かる(最後にアルミンがあれだけナレーションもしてくれたし)
ましてやラストにとんでもない壁の謎など見せられたら…

壁といえばアイキャッチ代わりの「現在公開可能な情報」アレなんだ長すぎて目ェ剥いたわ
もちろん録画一時停止して全部読んだけど、壁に関する謎と陰謀(?)
ホント最終回にして更に深まる謎


いつか原作貯まったら、2期目やるのかな?
まだ終わってない原作。
アニメが終わったので原作最初から読んでみようかな。

映画「許されざる者」

日本リメイク版。
オリジナル版よりグッときたのは、多分ワタシが日本人だからか。

オリジナル版は彼らのメンタルがイマイチ理解できなかった。
それは多分、アメリカの歴史や文化や習慣を理解してないからじゃないかと思う。
だから西部劇はシリアス作品であってもメンタルがちゃんと理解できなくて、乾いた匂いのするファンタジーに見えてしまう
逆に外国人にすれば日本の時代劇はファンタジーかもしれない。

今回、ワタシにすれば理解しきれなかったオリジナル版を日本リメイク版が翻訳してくれた感じだ。


乾いた香りの西部劇と違って日本独特の湿気を感じる、しかも雪国北海道が舞台。
明治初期、まだ蝦夷と呼ばれていた時代。
洋式銃と日本刀が混在していた時代。

主人公は元ガンマンに代わって元幕府方の人斬り。
大筋はオリジナル通り。
そこに和人によるアイヌ迫害や偏見・差別が絡ませてある。

オリジナルでは主人公を賞金稼ぎに誘ったのはイキがった若造だったが、日本版では元相棒。
若造は旅する2人に道案内できると称してムリヤリ加入する。
その若造はアイヌと和人の混血で身の置き場に悩んでいる。

相棒の敵討ちに乗り込むシーンはオリジナルよりも相手の人数が多いし、銃と刀の両方を使うから凄惨
時代劇的な殺陣とはほど遠い、がむしゃらな殺し合い
そして悲しい…

ラストはそれでもどこか主人公の未来に希望があったオリジナルと違い、主人公に救いはない。
日本的なラスト。
ただ主人公の代わりに生き直そうとする者がいる。
そんな彼らが希望っちゃ希望。


釜田十兵衛役の渡辺謙
この人しかいないと思える配役。
格好良くて格好悪くて優しくて怖くて熱くて渋い、後悔も希望も善も悪もまぜくちゃに持ってる十兵衛。
だから動いてる演技はもちろんだけど、表情がいい。
悲しくて、そして怒ってる複雑な心理の十兵衛がわかる。

大石一蔵役の佐藤浩市
お洒落で横暴な権力者、涼しい顔で相手の得物を取り上げ丸腰にしてしばき倒し蹴り飛ばす残虐な男を鬼気せまる激しい演技で見せてくれた。
この人の演技は幅広いなぁと思う。
一見正義っぽいけど実はそうじゃない大石。
自分の正義(権力)の為なら暴力はいとわない。

十兵衛と大石のおかげで、ようやくマニーとビルの心理がわかった気がした。
オリジナルでこの2人が一番わからなかったから。
オリジナルと日本版では微妙に違うのだろうけど、近いはずだから。

馬場金吾役の柄本明
金が欲しくてでも自分だけでは無理なので十兵衛を誘うセコさ、老いや衰えを自覚してしまう悲しさ、だけど死んでも友を裏切らない漢気。
ボソボソっとした台詞やくたびれた表情は老いや悲しさを見せてくれた。

晩秋から冬にかける北海道。
厳しい自然が物語の悲壮感を一層引き立ててたと思う。
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