「……外へ、行く」

短くそう告げると、彼は素早く背を向けた。
どうやら、これ以上アンソニーの話を聞くつもりはないらしい。
が、この館の主人はアキを引き止めなかった。

「後は君の裁量に任せる。ダイナも戻っている頃だ……解ったな?」
「……感謝、する」

投げ掛けられた言葉に、去り掛けたアキは一度止まると、謝辞を述べた。
そして再び歩き出すと、暗闇と光を遮る境目へ彼は消えていった。
ピンクの頭が視界から消えた後、やや重たい溜息が吐き出された。

「成る程……あいつが君たちを連れてきた本当の理由が、解ったぞ」
「え」

細い目が棒立ちの二人を鋭く突き刺す。
内側を探るように動く瞳に、二人は体を僅かに硬直させた。
今にも激昂しそうな空気が皮膚を叩き、降り掛かるであろう怒声を震える心臓と共に待つ。

「あいつは、君たちに私の相手をさせる算段だったのだろう」
「…………アンソニーさん、その」
「早期解決のためには私と話している場合ではない……つまりそれは私のコレクションを守るため、ということだ!」
「──────」

自信満々に言い切ったアンソニーに、ユリアとヤスは顔を見合わせた。
お互いの目を見た瞬間、同じことを思っていることが窺えた。
だが口には出さず、ただ小さく頷き合うだけに留めた。

「さて……となれば、此処で語るよりも向こうの部屋で話した方がいいな」
「あー……はいっす…」

結局語るのは止めないらしく、ヤスは多少うんざりしたような声を出した。
そして体をユリアの耳辺りまで屈めて、小さな声で。

「今からこの人の性格、嫌っていうほど体験出来るっすからね」
「ほら、早く出ないか二人とも。時間は待ってはくれない……お嬢さん、なんて顔をしているんだ?」
「あ、いえ、何でもないですっ」

顔に出てしまったらしいそれを、打ち消すように左右に頭を振った。
特に訝しむような素振りも見せないアンソニーにほっとしつつ、ややむっとした表情でのっぽの彼を見上げる。
ヤスは大変申し訳なさそうに、肩を窄めていた。

「そう、それであれの価値についての話だったな」

元のミュステリオンのものが陳列されている部屋へ戻ると、アンソニーが早速話を切り出した。

「世界は500年前まで大変美しい世界にして、悪魔が支配する世界だった。だが、悪魔たちが現実世界へ侵略しようとしたところで、それを阻止する機関が現れ、支配権はなくなった……その機関が、ミュステリオンだ」

壁に掛けられた翡翠と白の市松模様をしたタペストリーへ彼は近寄ると、銀の糸で刺繍された部分を指し示す。
何と書かれているかはユリアには理解出来なかったが、多分それの提供元の名が綴られているのだろう。

「あの聖戦は、悪魔全てを根絶やしにしようとしていたら、本来五年以上費やさねばならなかったと言われている。だが、あくまでもそれは仮定の話だった。当時のミュステリオンでは持ち堪えることが出来ず、今頃現実世界は悪魔の支配下にあったろう。それが一年と少しで、根絶とまで言わずとも精神世界へ封じられたのは、魔術師サニーロードの助力があったからだ」
「魔術師サニーロード?」
「君は知っているな、ヤス」
「……サンさんの、本名っすね」

ヤスの口から出た答えに、ユリアは目を丸くした。
首の後ろを掻きながら、ヤスは説明を付け足す。

「聖戦になり一年が過ぎた頃、劣勢に立たされたミュステリオンに、突如救世主が現れたっす。その人はたちまちのうちに悪魔を精神世界へと封じ込めて、その功績をミュステリオンから讃えられ、今も尚、ミュステリオンの希望の象徴として畏怖されてるっす。ただし、本人はその名で呼ばれるのが好きじゃない……って、サンさんに教えてもらったっすよ」

長々と話し終え一息吐くと、アンソニーがその通りだと肯定した。

「だからこのタペストリーの色は、あの魔術師の色でありシンボルだ。彼が今も象徴であるという証拠に、当時であれば不可能だった根絶も今なら出来るが、しないのはサニーロードの意志ではないためだ。だから聖裁という方法で、奴らを諫めている……ところでだ」

言葉を一度区切るとタペストリーから離れ、アンソニーは隣にある絵画の横に立った。
その絵画にユリアは眉を寄せた。

「これはかつての精神世界で起きていたことを表した絵画だが……何の絵だと思う?」

アンソニーが問いを出した絵──それは、琥珀の瞳を持つ多くの人物が、苦悶の表情を浮かべる別の人物を取り囲み、いたぶっている様を描いたものだった。