ルイはその視線に気付いたかのように、ふっと柔らかく笑ってみせた。
そして、事も無げにこう語り出した。

「閣下、蜂の巣を突っついたら、何が出ますか?」
「……蜂であろう」
「そうですね、働き蜂が巣を守るために真っ先に出るでしょう。ですが、私は女王蜂が出てきたら面白いなと思うのです」
「……ルイ局長、君はつまり、わざとそうするのだと?」

クロードが問い掛けると、翡翠のベレー帽が縦に振られた。
途端に、総統は鋭利な目を更に細めた。

「馬鹿げている、一体何のメリットがそこに……」
「しかし閣下、そうでもしなければ、黒幕が出ないのではありませんか?」
「っ、黒幕、だと?」

危うく自分の声が裏返ってしまいそうだった。
今彼が口にしたことは、昨夜ボニーと自分が辿り着いた見解の一つだった。
それを、この男も考えついたということか。
クロードは、自分の心がざわついているのを自覚する。
目の前にいるこの男は、何を知っているのか、興味と恐怖が湧き上がった。

「我々は、七区での騒ぎが起きるより以前から、何かしらの陰謀を感じていました。何か、悪魔街で一致した思惑があるのではないだろうかと。そして今回の事件にて、それは確信に変わったのです」

今までルイの後ろで黙ったまま突っ立っていたアンリが、機械仕掛けのアナウンスメントのように話し出した。
ルイが視力を失ってから、アンリはずっと彼の行く先々について回り、影武者のようにぴたりと張り付いている。
今でこそそのようになったが、副局長になる前は、現在のシスター・エリシア並みに恐ろしい存在だった。
今でも彼の名を聞いて怯える者がいることも、クロードは知っている。
そんなアンリが、静かにルイのサポートに徹しているのが、やや不思議に感じられた。

「何故、そのような確信を?」
「エドが事件を起こす前、二区では頻繁に脱走が起きていたと、昨日局長が報告したはずですが、そこには奴らを突き動かしていた何かがあると、我々は考えていました」
「それがまさに、蒐集家…アンソニーの元にある手記だと知ったとき、ぴんと来たのですよ。ああ、誰かがあの者たちを焚き付け、十六区を今もなお追い求め、自分たちの中に帰し、再度繰り返すつもりなのだとね」
「ですから、早々にそうした危険因子の芽を摘むべく、今回上申したのです。黒幕を抹殺し、危険を回避すべきなのです」
「しかし、今すぐとは言いません。その代わりに閣下、発掘調査局の方々の協力をさせていただきたいのです。もちろん、邪魔は致しませんし、悪魔に慣れた我々がいる方が、彼らも仕事が捗るのではないでしょうか」

冷静に淡々と分析する男と、にこやかに恐ろしいことを言ってのける男。
此処に来て漸く、クロードは何故彼らが無謀ともいえる相談を持ち掛けたのか、その真意に気付いてしまった。
彼らには、何が起ころうとしているのか見えているのだ。
すなわち、その最終目標が世界の終焉だというのも、理解している。
その上で自分たちを除け者にするな、と言っているのだ。
何処から知ったのか分からないが、ボニーの局が動いていることまで知っている。
恐ろしい二人に感づかれてしまったものだ、とクロードは舌を巻いた。
こうなると、最早何を弁解しようが言い逃れは出来ない。
ならば潔くなるべきかとも思うが、踏み切るには今ひとつ気掛かりもある。

「……私はともかく、現場を取り仕切っているのは、ボニー局長だ。彼女の許可が得られたのなら、協力するといい」

彼女はルイたちが協力すると言っても、良い顔をしないだろうことは読めている。
自分が命令だといえば従うだろうが、クロードはそこまで自由を規制したいとは思っていなかった。
あくまでも個人の意思の尊重──悪く言えば、責任逃れのような言葉を以てして、ルイの提案に答える。
ルイは相変わらず笑みを浮かべたまま、それもそうですね、と呟いた。

「それならば、そのようにいたします。では、総統閣下、先程のお話、前向きにご検討くださいね」

失礼致しました、と深々と頭を下げて、後ろに控えていたアンリを促す。
彼もまるでロボットかのように、正確なお辞儀をしてルイの後を追った。
完全に二人が退室したのを確認してから、クロードは盛大な溜息を吐いた。