四章§07

頭の中に際限なく広がる地図は、今ユリアが両の目で見ている光景と寸分の狂いなく重なった。

(こんなとこが、あるんだ……)

ほぅ、と息をつきながら、ユリアは周囲を見渡した。
あの夜以来、一度も『儀式屋』の外へと出たことはなかった。
それに、周囲は殆んど見えていなかったに等しい。
だからこそ、きちんと見えている今、世界が果てしなく新鮮なものとして目に映った。
だがそれは、決して生まれて初めて見た、という感覚ではなかった。
何故なら、そこに広がる景色は──

(これは……現実、世界?)

足元から伸びる道に沿い立ち並ぶ建物は、どこか見覚えのあるものばかりだった。
天高く聳え、見下ろしてくるビルの大群。
その隙間に押し込まれたように、小さな店が軒を連ねている。
そこにある景色は、二週間前に決別したはずの現実世界と、なんら変わりないものだった。
一瞬、胸のうちに強い郷愁が沸き起こった。

(駄目!私は、もう帰れないんだから)

脳裏に甦る記憶を己の意志で無理に消し去ろうとするが、出来なかった。
ありありと思い起こされる14年間の思い出が、ユリアを悲しい気持ちにさせていく。
顔が熱い、視界がぐにゃりと曲がる、呼吸が苦しい。
ともすれば流れ落ちてしまいそうなそれを、ぐっと下唇を噛み締めて俯き堪えた。

(これは…罰……なんだ)

ふと、思い出したその事柄。
この二週間近く、すっかり忘れてしまっていた。
あまりにも『儀式屋』の人たちが優しすぎて、此処にいる意味を忘れていた。

自分が此処にいるのは、サンとの契約を破った故の、罰なのだ。

アリアを始め、誰もが温かくて優しく接してくれるから、罰だなどと到底思えるはずもなかった。
こちらへ来る前と変わらず、徐々に笑うことも出来るようになってきた。
仕事もこなして行くうちに慣れて、ユリアの生活の一部と化してきていた。
だが、どれほど今が楽しくとも、ユリアのことをずっと前から知る人間は、一人としていないのだ。

だからこそ、この光景を見たことによるショックは大きかった。
元いた場所には、決して戻ることが出来ないという現実に、嫌でも向き合わされてしまって──

(嫌でも、向き合わされてしまう……?)

流れるように溢れ出てきた思考に、急ブレーキをかけた。

今、自分は、何と思った?

(向き合わされてしまう、って…それは、)

それは、この現状から逃げているということか。
途端に、ユリアは自分自身に強い苛立ちを感じた。

あの夜、罰を受けると自分は選択したのだ。
だがもう一つの道もあった──逃げるという選択肢だ。
儀式屋は、ユリアの意志を尊重すると言っていたから、そちらを選んでも構わなかったろう。
それでもユリアは、それを選びはしなかった。
はっきりと、強い意志を持って罰を受ける選択を自らがしたのだ。
今此処で、その現実から逃げているということは、あの夜のユリアを否定することと同じではないか。
それならば最初から、この選択をしなければよかった話だ。
選択したのであれば、その時の自分の意志を貫き、それから逸れてしまわないようにすべきだろう。
そして、何よりもこの選択は大切な人のためでもあったことを、ユリアは忘れていない。

(だから、此処で目を逸らしちゃ、駄目…現実を、受け入れるの)

唇を噛んでいた力を弱める。
深く息を吸い込み、ゆるゆると吐き出す。
真直ぐに上げた顔は、凛とした強さを兼ね備えていた。
黒曜石の瞳に迷いはなく、ただ現実をしっかりと見つめる。

(大丈夫、もう迷ったり、逃げたりしない)

脳裏を過る懐かしい少年の顔を最後に、ユリアは思い出に蓋をした。
それから、主人である儀式屋の命に従って、少女は力強く歩きだした。

今此処に立つ少女には、もう、数分前の面影は一切見当たらなかった。

四章§08

儀式屋に記憶させられた地図通りに進みながら、ユリアは周囲の建物を観察していた。
もはやそれらは、既にユリアには何の思いも抱かせなかったが、ずっと見ている内に、疑問が沸き上がる。

(……思ったけど、どうして精神世界にこんなものがあるのかな…)

大きなビルがあると思えば、不意に一昔前の長屋のような建物がある。
その隣には直ぐに、洋風の古城が構えており、ぎぃぎぃ音のする古びた風車が寂しく回っている。
てんでばらばらなようなものだが、そのどれもが現実世界にあるものと同じなのだ。

そうした物に果てしなく違和感を覚えたが、ふとユリアはその違和感自体が間違いなのでは、という結論に達した。

(……そもそも私、精神世界のこと、何も知らない…)

『儀式屋』に来た当初、ちょっとだけアリアたちから教わった程度だ。
それも、どちらかといえば店に関する範囲内なだけであり、訪れる客も大半が現実世界の人間だった。
分かることは、ほぼ皆無だ。

(だったら、此処にこんなものがあるのも、別におかしいことじゃないのかな…)

そう思いつつ足を進め、ユリアは塗装の剥げた店らしき建物の前を通り過ぎた。
しかしそれでも完全に違和感を拭えはしない。
この光景が、ユリアの中のイメージとは程遠い所為だろうか。
精神世界と言われて、真っ先にユリアもっと何か暗鬱なものでまがまがしいものを思っていた。
が、今ユリアが歩くこの世界は、現実世界と寸分の狂いもないほどに似ていて、空には生命の象徴ともいえる陽が地を照りつけている。
ただ違うのだとすれば、立ち並ぶものはやや古びており、今まで一人として出会っていないことか。

(……あ、そっか!)

この街並みに欠けている決定的なもの──それは人だった。
ユリアが抱えていた違和感は建物に対してだけではなく、此処まで一度も人を見掛けなかったためだ。
まるで映画のセットだけがそこにあり、役者の足りない世界。

(だからおかしかったんだ…)

無くしていたピースがはまり、少女は得意そうになる。
だがすぐにその雰囲気は払拭され、代わりに難しそうな表情へと変わる。

(じゃあ、どうしていないんだろう?)

元々、この辺りには誰もいないのか。
それとも建物内にいるのだろうか──にしては、静かすぎるのだが。

(……帰ったら、聞いてみようかな)

とにかく今は、彼女と云われる人物の下へ急がなければならない。
幸い、示された地図上では、細長いビルの角を左に曲がり直進すれば、目的地に辿り着くようである。
此処まで難なく来れたことにほっとして、ユリアは角を曲がろうとした。

「おい、そこのお嬢ちゃん」

背後から、突然低いしゃがれた声が投げ掛けられた。
反射的にユリアは振り返る──と、そこに大柄な巨体の男が立っていた。
でっぷりした腹の上で腕を組み、盛り上がった頬肉の奥に埋まる目が、ユリアを上から下まで舐めるように見つめてきた。
その様に僅かに不快感が募り、ユリアは半歩その男から退いた。
と、男はげらげらと汚らしい笑いを漏らした。

「こいつぁ上玉だ…今夜の、いいお楽しみになるぜ、なぁ?」

男はそう言って、己の後方に声をかけた。
すると、そうですねぇ、とかさっさとやりましょうや、などの声が聞こえてきた。
男が大きすぎるため、後ろに隠れてしまっているらしかった。

──などと、呑気に考えている場合ではない。

「──っ!」
「って、ああ!?おい、待てよ!!」

男たちが何やら話している間に、ユリアは背を向けると疾走した。
何かは分からない、だがとりあえず身の危険が迫っている、ことだけは理解できた。

早く、速く、疾く──!

真っ直ぐ走り抜ければ、目的地。
そこにさえ入ってしまえば、何とかなるはずだ。
スカートの裾を蹴り上げ、固いアスファルトの地を踏みつけ、そして──

「待てってんだろうがっ!」
「わっ……!」

後ろから肩を掴まれ、ユリアはその場に転倒した。

四章§09

「いっ……」

思い切り肩を後ろに引かれ、そのまま尻餅を付いた。
が、脇の下に手を入れられ直ぐ様上に引っ張り上げられる。
爪先が付くか付かないか、その微妙な辺りでユリアの体は宙吊りにさせられた。
巨体の男に顎を掴まれ、顔を無理矢理前へ向けさせられる。
妙に脂ぎった顔が、笑みの形を作った。

「なかなかすばしっこいお嬢ちゃんだが…残念だな。もう逃げらんねぇぜ」
「っ、離して!!」

男の腹を何度も足で蹴り付けたが、びくともしなかった。
ふんっ、と男は鼻息荒く笑えば、顎をしゃくってみせた。
連れていけ、という合図だ。
そうされまいと、より一層、ユリアは抵抗を強くする。

「ってぇ……!!」

そのうちの一撃が強く当たったらしく、男は呻くと腹を擦り蹲った。

一瞬、沈黙がこの場を占めた。

次の瞬間、蹲っていた男はユリアを睨み上げると直ぐ様立ち上がり、蹴っていた足を強引に掴み取った。
少女の足首を凄まじい力で締め付け、ぐっと万力か何かのように捻ってきた。

「痛っ…!」
「このガキがぁ……どうせ邪魔なだけだ、こんな足、折っちま」

捻り折られる、そうユリアが恐怖した時だった。
突然足の圧迫感が消えて、ついでに目の前にいた男も視界から消えた。
否、何故か地面に仰向けに倒れている。
いったい何が──

「はいはい、そこら辺の変態さんたちー?その可愛い女の子ー、解放しろー」

底抜けに明るい、やや間延びた声がその疑問を払拭した。
いつの間に現れたのだろうか、燃えるような赤い髪を携えた声の主が、巨体男の向こうに立っていた。
にかっ、という効果音でも付きそうな笑顔は、逆らわせない威圧感を放っている。

「お…おま、お前、はっ…」
「んー?聞こえなかったかー?俺はー、その可愛い女の子から汚い手を退けろって言ったんだぜー」
「は、はい!すんませんっ、退けます!!」

赤毛の彼はユリアを掴んだままの男の発言を無視して、同じ表情のままやや首を傾げ繰り返す。
するとそれに恐れをなしたのか、捕らえていた腕がそっと離れた。
それを見届けると、彼はうんと頷く。
それから呆然としているユリアを、彼は手招いた。
少女の足は、導かれるままに動く。

「……んじゃー変態諸君、もう君たち用済みだしー、これ持ってさっさと俺の視界から消えてくれるー?」

ユリアが十分男たちから離れたことを確認すると、彼はこれ、と爪先で転がったままの男を指した。
へい、とか、はい、とか震えきった声たちが答えると、ものの数秒で巨体な男を引きずるとそそくさと逃げ出した。
と、その前に笑顔の男がもう一声かけた。

「あ、今後ーこの可愛い女の子に手を出したらー、女王様にリセットされるからなー」

覚えとくんだぜー、と間延びた声に男たちは思い切り肩を震わせ、更に早く足を動かして──視界から、いなくなった。
ユリアはその方角を何とはなしに眺めていたが、不意に視線を感じてそちらを見やった。
かちり、と赤髪の男と視線が交差した。
と、いきなり彼は顔の前で手を合わせると。

「ごめんなー!助けるのぎりぎりになっちゃってー…本当はーもうちょい早めにしたかったんだけどー」
「あ……い、いえ!こちらこそ、助けていただいてありがとうございます」

慌てて頭を下げれば、男はいやいやいや、とユリア以上に焦ったように言葉を返してきた。

「お礼なんかいいしー、俺は頼まれただけだしー」
「……頼まれ、た?」
「え……あっ!いやっ、そのぉー…」

何やら口にしてはいけないことを喋ってしまったのか、やたらと言葉に男は詰まった。
別に言わなくても、とユリアは気の毒になってきたので言おうとしたが、それより早く彼が口を開いた。

「俺、実は君…ユリアちゃんを迎えに行けっていうお役目を仰せ遣っててさー…」
「わ、私っ、を?誰からですか?」
「……答えは、君が目指す場所にあるのさー」

そう彼は、そこを─ユリアの目的地を─指差した。

四章§10

赤髪の男が指差した方向に目を向け、ユリアは微かに首を傾げた。
この路地を道なりに進めば、必ず突き当たる場所。
指先にある建物は、離れたここからでも分かるほどに、巨大であることが認められる。
白塗りの、蔦が絡まる壁に取り囲まれた、一目には城とも取れるそれ。
青空が照らすの下で、揺らぐことなく威厳たっぷりに構えている。

「あっちは…」
「我らが女王様──またはー“彼女”と呼ばれる方の屋敷があるんだぜー」

“彼女”の呼称に、ユリアは目を見開いた。
だとすれば、目の前のこの男は。

「あの…貴方は“彼女”の…?」
「俺は女王様の忠実なる駒さー」

彼は自らをそう名乗ったあと、ぺこり、と胸に手をあてお辞儀をして見せる。
軍服の飾りが空気を震わせ、金属特有の音を奏でた。
上体を上げると、真っ直ぐにユリアを見つめ。

「まぁそんなわけでー、君を迎えに来たんだぜーってことだからー、早速…」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」

行こう、と手を差し伸べてきた彼に、ユリアは待ったをかけた。
男は、不思議そうに瞬きをしてみせた。
何故ユリアがそういうのか、理解出来ないのだろう。
ユリアは一呼吸置くと、男をしっかりと見据える。

「助けて頂いたことは、本当に感謝しています…でも、本当に貴方がさっきの人たちと違う人なのか、って確かめる術はありますか」
「……へぇー!やっぱり噂に聞くだけあるねー」

怒るだろうか、と半分不安になりつつ言った内容に、彼は怒りどころか感心してみせた。
その反応に拍子抜けしてしまって、ユリアは彼が言った意味を問い質すことが出来なかった。
彼は何故か満足そうに口元を弧に描くと、ユリアの問いに自信満々に答えてみせた。

「おーけー、分かった!じゃあさー、きちんと君を俺は連れていくよー。もし、ちょっとでも違うって思ったらー、『助けてー』って叫ぶといいぜー」
「でもそれじゃあ」
「ここら辺には女王様の駒がいっぱいいるんだなー。叫んだらすぐにーそいつらがすっ飛んでくるからー、どう?」

小首を傾げ提案してくる彼に、ユリアは少し考え込んだ。
本当に、それで証明になるのだろうか。
もしもこの男の言っていることが正しくなかったら?
もっと違う、もっと正確に分かる方法は他にはないか?

──ユリアが決断を下すまでの時間は、意外にも早かった。

「分かりました、それでいいです」

きっぱりと、何の戸惑いも見せぬ回答に、男は驚いたような顔をした。
まさか、こんなに早く答えるとは思わなかったのかもしれない。
だがそんな表情は、直ぐ浮かび上がった笑みに打ち消された。

「あ、本当にー?」
「はい。でも、貴方のことを信じたわけじゃないですから。ただ、時間がないと思っただけです」
「これまた手厳しいー。しかしその通り、信じるのは俺がきちんと連れて行った場合だしー」

賢いぜー君は!と賞賛した彼に、ユリアは複雑な気分になった。
誉められたのだと分かるが、素直に喜ぶべきなのか図りかねた。
一先ず曖昧な笑みを浮かべると、先に聞いておかねばならなかったろうことを、今更ながら尋ねてみた。

「あの…ところで名前、なんていうんですか?」
「え?言ってなかったかー?」

やや驚いたかのように赤髪の彼は目を見開くと、急にかつんと軍靴を揃え、すっと左手を額の前に掲げ敬礼の形を取った。

「俺はリヒャルトさんだよー」
「……さん?」
「あ、つい癖で…」

うっかりしてた、とぺしんと自身の額を叩いたリヒャルトに、ユリアはくすくす笑いを溢した。
どうやら、常はそのように自分を呼んでいるらしい。
リヒャルト自身も可笑しかったのか、声を立てて笑った。
そしてひとしきり笑うと、不自然に咳払いをして。

「ということでーご案内するぜー」

行こう、という促しに、ユリアは今度は首を縦に振ってみせた。

四章§11

──同時刻。

「そういえば、」

思い出したかのように、玄関扉に背を預けている闇を纏った男が、話を切り出した。
豪奢な飾りのついた姿見、その前に立つ純白の魔術師は、彼の呼び掛けに生返事を返した。
どうやら、鏡の向こうに魅入ってるらしい。
だが儀式屋は構わずに話を続けた。

「今回の願い…やけに大きなものだったね」
「んー…そうだねぇ。久々の大物で、思わず僕も張り切っちゃったよ」

にこり、とサンは笑顔を作ってみせた。
徐々に機嫌が治ってきているらしい。
頭の片隅でそんなことを思いながら、相手の言葉に儀式屋は眉間に皺を寄せた。

「張り切った?……貴方は彼が裏切らないというのかな?」
「もしもの時は儀式屋クンが罰してくれるんでしょ?」

その回答に、ますます渋い顔になった彼をサンはくすくす笑った。
小さく謝罪の言葉を口にすると、やれやれと儀式屋は溜息を溢した。

「でもどっちにせよ、こっちも全身全霊を込めて迎えなくちゃだよ?だから、ね」

そう言いながら、おもむろに鏡の中へと手を差し入れた。
硬質さを忘れるほどに滑らかな動きで、暫くして何の障害も感じさせず手を抜きだした。
と、その手には最前までなかった袋が握られていた。
パステルカラーのそれを、まるで大切な宝物のように抱えると。

「ありがとう、僕!間に合わせてくれたんだね」

そう彼は、鏡の中の自分へと語り掛けた。
常識的に考えれば、そんなことをしたところで、全くの無意味である。
だが──

「いいんだよぉ、僕の仕事は、僕が受ける心の痛みなんかより数段楽だもの」

鏡の中のサンが、そう返してきた。
こちら側にいる魔術師は、一言も喋ってはいない。
双方が対称的で同じであるはずなのに、個々に性格を持ち、違う動きをする。
それは、非常に不思議な光景だった。

「じゃあ僕は寝るね、それ作るのに徹夜しちゃったんだぁ…おやすみ僕」
「うん、ゆっくり眠ってね。おやすみ」

欠伸をして緩く手を振ると、一瞬にして鏡には何も映らなくなった。
サンは暫し自分を映さない鏡をじっと見つめていたが、やがて彼を待つ男の方を見た。

「じゃーん、これ、凄いでしょ?」
「何が入っているのかね?どうも、甘い香りが…」
「ビスケットだよぉ、儀式屋クン」
「……ビスケット?」

満面の笑みでサンが袋を開けると、確かに甘菓子が入っていた。
トッピングまで丁寧にされたものが、いくつも押し込まれている。

「ぴったりの物だよね、儀式屋クンもそうでしょ?今回の思いはすっごく強力だから、ね?」
「……ふっ」

死者の色をした顔の中で、口角が持ち上げられた。
この銀髪の男が言わんとしていることが、容易に理解できてしまった。
儀式屋の笑みに、サンも前髪に隠れた目を弧に描いた。
そして、その袋をスーツのポケットへと仕舞い込む。

「それで儀式屋クン。どこまで進んでるの?」
「……アキが目星はつけたみたいでね…そのうち帰ってくるようだから、その時に詳しく…」
「え?逃亡者クン、帰ってくるの?」

隠された翡翠の瞳が、動揺したように見開かれた。
漆黒の男は、一つ首肯してみせた。
その返事に魔術師は、唇を歪めると腕組みをした。

「……じゃあ、帰って来たら」
「いや、今回は深いところまで入りすぎたから、一度休息に戻ってもらうんだ」
「なぁんだぁ……じゃあいいや」
「おや、興味ないのかな」
「僕は、本当に楽しいことが起こるまでは、遊んでたいだけだよぉ?あ、でも何があったかは教えてね?」
「まったく……貴方らしい言い分だ」

くくっと喉を鳴らすと、儀式屋は背を預けていた扉から離れた。
そして一度、魔術師と視線を絡めると──

「じゃ、行こっか」

その言葉と共に、二人の姿はそこから掻き消えた。
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