──さて、そうした経緯を経て話がまとまった直後、三人はアンソニーの館へ向かうことになったのである。
“ならばついでにこれを、アンソニーに渡してきてくれないかね”
出掛ける直前、そう漆黒の彼が手渡してきたもの。
白く細長い箱で、持った感覚としては少し重量がある。
中に手紙を同封していることを伝えてから渡すように、との注意と共に受け取ってから、早数分。
ゆっくりした歩調で歩くアキにつき従うようにして、ヤスとユリアの二人が後に続いていた。
先頭を行く彼は、先刻までの軽装とは違い、物々しい服装を纏っている。
曰く、服装を変えることで、彼の中のスイッチが切り替わるらしい。
とはいえ、その何処か危なっかしい雰囲気は、ちっとも変わらないが。
「ヤスさん、」
静かな精神世界に響く、少女特有の高い声が、横を歩く長身の男を呼んだ。
「何っすか?」
「……ううん、その、有難うって、言いたくって」
「あぁ……そんなの、気にすることないっすよ」
大きな手のひらが、緩やかにユリアの頭を撫でた。
その行動が照れ臭いやら嬉しいやらで、ユリアの顔は自然に笑顔になった。
……きっと、アキと二人だけで行っていたら、何とも気まずい道中だったに違いない。
その間にヤスがワンクッション入ってくれたのは、とても救いだった。
ユリアが何に悩んでいるのかを察し、ついてきてくれたヤスには、心底感謝だ。
「ところで、ちょっと聞きたいんですが」
「うん?」
「その、アンソニーさんって、そんなに美術品が好きなんですか?」
黙りのアキすら辟易する程に、美術品に執着する男。
部屋を出る前に美女が“アンソニーに気を付けてね”と言うぐらいだ、そんなに酷いのだろうか。
「あー……まぁ、右に出る人は絶対いないっすね。何せ屋敷中に美術品だらけなんすから」
「そんなに?」
「びっくりすると思うっすよ、あの膨大な数といったら……まぁ、美術品に囲まれて死ねれば幸せだとか言ってるような人っすから」
やや苦笑気味にヤスは語り、理解できない領域っす、と付け足した。
「それから……自分が欲しいと思った物は、手にするか絶対に無理だと悟るまで、しつこく追い掛け続ける癖があって、姐さんがその被害に昔っからあってるっす……ユリアちゃんもその被害に十分遭う可能性もあるっすね」
「え、私っ?」
「だってユリアちゃん、精神体っすから。結構年いってる人で精神体は多いんすけど、若い子でってのは珍しいっすから……ま、旦那のって分かれば多分手は出さない、はず……っすよ?」
「…………ヤスさん、守って下さいね?」
「も、勿論っすよ!」
不安な眼差しを受けて、力強く安心させるようにヤスは頷いてみせた。
それにほっとして、ややアキと離れてしまった距離を縮めるため、小走りに地を蹴った。
ユリアとヤスがこうして和気あいあいと話している間も、アキは一言も口を挟まず黙々と目的地へ歩いている。
無口で口下手とはいえ、二人だけで盛り上がるのは、何だか悪いなとユリアは思った。
「あの、アキさん……?」
「………何…?」
振り向きはせずに、ハスキーボイスだけが返事をした。
こちらからのファーストコンタクトが取れたことにユリアは内心安堵したが、呼び掛けてからこの先、なんと続けたものかと一瞬黙り込む。
「その………えっと、その、アンソニーさんのところって、遠いんですか?」
「………うん」
「……その、まだ時間が掛かります…?」
「………うん」
「そう、ですか」
全て一言で終わってしまう会話を、ユリアにはこれ以上続ける気力はなかった。
隣を歩くヤスを見れば、どことなく疲れたような笑みを浮かべていた。
「……いつものことっすから、徐々に慣れてくっすよ」
「そうだといいんですけど……」
「大丈夫、“まだ”普通の受け答え出来てるっすから」
「……まだって何ですか、まだって…」
青年の発言に一抹の不安を覚えながら、一心不乱に歩き続けるピンクの頭を追い掛けた。