二章§15

やや面倒そうな表情で、儀式屋は“約束……彼女…待ツ…”を無機質な声で繰り返す烏に近付く。
椅子に引っ掛けてあった闇色のコートを手に取り、ふと彼をじっと見ている面々に振り返った。
そして、こちらは反対に嬉しそうな、長い前髪を弄る男に、顔をしかめた。

「J…何故そのような顔を君はするのかな」
「儀式屋が、月一回の大好きなお出掛けに行くからじゃない?」
「……私は一度たりとも、そんなことを言った覚えはないがね」
「だったら何でわざわざ自分が行くのさ?儀式屋の代替なんかいくらでも利くのに…好きとしか思えないよ。ね、ヤス君?」
「え!?お、俺はそんなことこれっぽっちも思ってないっすからね?ね!?」

急に話を振られ、必死に彼は否定しているが、顔がにやけていたのを見ていた儀式屋は、頭を横に振った。
代理が利くならば、代理に任せるに決まっているではないか。

「……あの奥様が、そういった類のが嫌いだって、貴方たちもよくわかってるでしょうに」

横からそっと、アリアが儀式屋に助け船を出した。
ちらっと見遣れば、今のうちに行けと返してきた。
儀式屋は僅かに口角を持ち上げた。

「知ってるさ、だけどあの人の儀式屋への執着は異常じゃない?」
「またそんなことを言って…」
「俺は、事実を隠して喋らない主義なん……あー!」

美女との会話につい熱中してしまい、Jが気付いた時にはもう儀式屋はいなかった。
金瞳をアリアの方へ向けると、悪戯な笑みが目に映った。
はぁ、と大袈裟に溜息を吐けば。

「いじり損ねたじゃないか、アリアー」
「ごめんなさいね、儀式屋が急いでたものだからね」
「折角、月に一度のお楽しみだったのになぁ」

もう一度、残念そうに溜息を吐いた。
そんな彼を少し笑って、ヤスは真向かいに座って、ぽかんとしている少女を見た。
完全に蚊帳の外だったから、何が何だか分かっていないのだろう。
わざとらしくヤスは咳払いをして、隣の男を小突いた。
Jは物言いたげに眉を寄せたが…彼の言わんとすることが分かったのか、急に笑顔を作った。

「ごめんね、ユリアちゃん!無駄話はこのくらいだからさ」
「あ、いえ…気にしてませんから…」

現実に意識を引き戻され、ユリアは緩く頭を振った。
そう?とJは首を傾げ、それからアリアの方へ顔を向ける。

「で、アリア。ユリアちゃんに何話せばいいの?」
「あら察しがよいこと…とその前に、貴方たち、仕事は?」

ほんの数十分前、儀式屋により彼らは追い立てられたばかりだ。
先程はどうやら儀式屋に用があったらしいが、今はもう留守だ。
いつまでも、油を売っている場合ではないだろう。

「ああ、姐さん、俺たちそのことで此処に来たんすよ」
「?どういう…」
「時間。見てみてよ」

アリアは室内に置かれた時計を見る。
とすぐに、彼女は納得したような面持ちになる。

「儀式屋に、騙されたのね?」
「そうなんすよ!十分前どころか、一時間半前だったんすよ!」

酷いっすよね、詐欺っすよね!あの人嘘吐きじゃないっすか!?と、本人が聞いたらただじゃ済まされないことを、わぁわぁヤスは口に出した。

「……ま、だから一時間は余裕あるよ」

のっぽの同僚はそのまま放置して、アリアの指示を仰いだ。
美女は指先を口にあてる。

「……そうねぇ、貴方たちの紹介をした方がいいんじゃないかしら」
「あーそうだね。じゃあ俺から」

アリアの提案に早速乗ったJが、赤い髪の下から覗く片目をユリアに向けた。

「俺はJ。儀式屋の代理とか、適当な雑用係してまーす。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」

ぺこりとユリアはお辞儀をする。
それから顔を上げた少女の、ちょっと不思議そうな表情に彼はすぐ気付く。

「言っとくけど、Jってのは本名じゃないよ。でも、ま、Jってのでここじゃ定着してるから、それでよろしく」

と白く尖った歯を零して、彼は戯けてみせた。

二章§16

思わずそう聞こうとしていたユリアは、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
Jの笑顔が、それ以上踏み込んで欲しくなさそうに見えたのだ。
何となく腑に落ちないが、それは胸の奥に仕舞っておくことにした。

ユリアが理解してくれたらしい、と判断したJは、ついと隣を指さした。

「でもってこちら、純情とは名ばかりのむっつりヤス君でーす」
「何勝手に変な紹介してるっすかJは!」

青筋を立てて茶髪青年は睨むが、同僚にはまったく効かないらしい。
詫びる風もなく、にやにや笑う始末だ。
そんなJに慣れてしまったといえば、それまでだが。
気を取り直して、ヤスはこちらを見てくる少女に、笑いかける。

「えっと、俺はヤス。一応儀式屋の警備員みたいなのが主な仕事で、後はJと一緒で雑用係っす。よろしく!」

すっと右手を差し出す。
ユリアは少しの間その手を見てから、ヤスの手を取る。
そしてJに言った時と同じ言葉を口にして、少女は微笑を浮かべた。

その手の柔らかさや小ささに、ヤスは一瞬切なそうな顔になった。
その表情を気取られる前に手を離すと、もう一度笑った。

「で、あと一人いるけど…そいつはまた帰ってきてから紹介するよ」
「今居ないんですか?」
「うん、遠征という名のお仕事に行っちゃってね…まぁそのうち帰ってくるよ」

気にしないで、とひらひら手を振り、今まで静かにしていた鏡を見やる。
優美な雰囲気を醸し出すその人は、視線に気付き目を上げた。

「……何かしら?」
「全部、話していい?」

何を今更、そんなことをこの男は聞くのだろう。
深海の瞳が、微かに違う色になる。
だがそれは、男の質問に呆れたためではなかった。

「……貴方は誰の代理か、考えて物を話すことね」
「んんー…了解」

にっと笑うと、きょとんとした少女へ居直る。
長い足を組み、少し前のめりになると。

「さぁて、ユリアちゃん。今からお勉強のお時間ですよ」

語尾に音符でも付きそうなほど、上機嫌に彼は告げ、目を弧に描いた。





「えぇっと……此処は、私の今まで居た現実世界と、儀式屋さんみたいな人が居る精神世界の間に存在していて…儀式をする人のための道具とかを扱うお店、なんですよね?」
「そうそう」
「で、儀式屋さんは此処の主人なんだけどそれは表の姿で」
「うんうん」
「本当は、……サンさん、の影として都市伝説に従って喚ばれて、罰するために存在してる」
「じゃあ、この店は何故存在する?」
「……契約違反者に、最後の審判を下すため?」

あれから半時間後…
Jとヤスは、ユリアに必要だろう知識を教えていた。
一通り教えた今、それの総復習をしているのだ。

「そうだね。なら最後の審判について、説明出来る?」

頬杖を突き、Jは質問する。
ユリアは暫し黙り込み、程なく口を開いた。

「最後の審判は…契約違反の度合いで変動します。低ければ、罰は免れます。でもそうでなかったら…」
「罰される、かなり厳しく、だね?」
「はい」

確かな自信と共に、ユリアは頷いた。
ヤスはJと顔を見合わせる。
そして、お互い急に硬い表情を和らげた。

「凄いっす!完っ璧な回答じゃないっすか!!」
「うんうん、流石だよねー、お兄さん感心しちゃったよ」
「ふふ、儀式屋の目に狂いはなかった、わけね」

それまであった真剣な空気が氷解し、温かなものに変わった。
三者三様に、ユリアの賢さを褒めちぎり、わぁっと部屋中歓喜に満ちる。
ユリアは少し照れたような笑顔を見せる。

「そうですか?」
「そうだよ。だって俺たちが早口に言ったの、きちんと覚えてるしー」
「かなり分かりづらい説明も要約できてるし」
「……本当に、俺より年下っすか?」
「覚えることしか、特技ないですから」

そうあまり褒められると、段々気恥ずかしい気持ちになる。
ユリアは目を伏せて、ただ首を横に振るしかなかった。

二章§17

暫くそうしたやり取りを繰り返し、新人を賞賛し尽していると、

ごとん

と何かが床にぶつかったような音がした。

「……ん?」

くるっと、音のした方角へJが首を巡らせる。
視線の先はこの部屋─彼ら曰く、スタッフルーム─の扉。
じぃっと見つめていたが、不意に隣の男の服を引っ張った。

「何すか?」
「持ってきて」
「何を?」
「あれ」

そちらに顔を向けたままの彼は、顎で指し示す。
が、いまいち要領を得ない返事に、ヤスは首を傾げた。
そこでもう一言、Jは説明を加えた。

「魔術師が送ってきた何かだよ」
「……って嫌っすよそんなの!!怖いじゃないっすか!?」
「大丈夫だよ、なんのトラップもない……ように、思う。たぶん」
「…いやもうこの際、その曖昧なのは気にしないっす。でも、だったらJが…」
「ヤだ、絶対重たいもん、あれ。この細腕が折れたらどうしてくれるのさ?」
「………………」

いったいどの口が、そんなことを言っているのだろうか。
ひくっと、ヤスの口元が引きつる。
確かに、ヤスの腕と比べてJの腕は細い。
だがそれは、ヤスが剣を使うからであって、Jより少し筋肉が付いているに過ぎない。
Jが取りに行きたがらないのは、ただ単に立ち上がるのが面倒くさいだけなのだ。

はあぁぁー…と、言いたかった文句すべてひっくるめて、何処までも重たい溜息と共に吐き出し、腰を上げた。

「わぁい、有難うヤス君!男前だねぇ、純情ヘタレボーイの名を返上出来るよ!」
「……本当、人使い荒いわよね、貴方」

可哀想に、儀式屋代理に使役される彼の背を、アリアは憐れみの目で見つめる。
そんな彼女に、彼はにぃっと笑ってみせる。

「このくらいしか楽しみがないんだから、いいじゃないか……あ、でもユリアちゃんにはしないから、安心してよ」

何だか複雑そうな顔の少女に、話の矛先を変えた。
別にユリアは、自分のこれからを考えてそんな面持ちになった訳ではなく、単にヤス一人で大丈夫かと心配していたからなのだが。
だからそう言われた時、ユリアは何とも返せなくて、ぎこちなく笑ってみせる程度だった。

やがて、廊下に消えていた青年が、両手に三段積んだ箱を抱え入室してきた。
実に重たそうな足取りで運んでくると、中のものを壊さないようにテーブルの横にそっと置いた。
そして、息を長く吐き出した。

「お疲れ様ーすごいぞ、全部持ってきて」
「……一気に運んだ方が楽っすからね、どんなに、重くても」

高みの見物をしていた彼に、口を些かへの字に曲げて愚痴を零す。
殊更、“どんなに”を強調して。
感謝してるよとJは宥めすかし、運ばれてきた荷物をしげしげと眺める。
それは普通の箱ではなく、大きなトランクだった。

「これは?」

同じく興味を示したらしいユリアが、小首を傾げ尋ねた。

「ああ……これ、あの魔術師が…ユリアちゃんが此処に来たお祝いに、だってさ」

Jは滑らかな口調で少女にそう告げて、背後に見える美女に片目を閉じて見せた。
美女は、ふんっと微かに笑った。

「魔術師……って、まさか…」
「サンさんのことっすよ?…あ、でも!あの人、今はもう全っ然、怒ってないって言ってたっすから!」

名を聞き顔を曇らせたユリアに、心配させぬようヤスは早口にそう捲くし立てた。
すると、僅かにだが、安心したような顔になった。

「……ま、だから多分ユリアちゃん宛のだと思うよ。開けてみよっか」
「って、もう貴方、開けてるじゃない」
「細かいことは気にしない」

早速トランクを開けている彼に、ヤスとユリアは顔を見合わせて笑い、アリアは嘆息を吐いた。
が、急にその手の動きが止まったのを、麗人は見逃さなかった。

「どうしたの?」
「……、んーん?手紙があって…本当にだってば」

何故か疑わしそうに見てくる金髪の秘書に、見せ付けるように白い紙を掲げてみせる。
確かにそこには、何か書き連ねられていた。

二章§18

マリンブルーの瞳を細めて、佳人は筆跡を追う。
まだ字を覚えたての子供のような癖のある文字は、あの銀髪の魔術師のものだ。

「……珍しい、久しぶりに見たわ」
「俺もだよ」
「ヤスさんは?」
「俺はないっすよ…てか、なんて書いて…?」

Jの右側から覗き込んだ彼は、その見慣れぬ文字に首を捻った。
ヤスのその疑問に、ユリアは反対側から覗き込んだ。
紙面に綴られた文字は、見たこともない。
強いていえば、梵字のような。

「読めなくて当然さ。これ、あの魔術師だけが使う文字だから……待ってて、ちゃんと解読するから」

それだけ説明すると、金瞳の彼は真剣な顔で文字を見つめた。
ふと、ユリアは視界の隅で、何かが光ったように見えた。
だが、そちらを見た時には何もなくて、長い白髪に隠れた横顔しかない。
気のせいか、と思っていると、Jが顔を上げた。

「大体は、読めたよ。字が崩れてるから、ちょっと苦しいけど」
「それで?」

唯一遠くからこちらを覗く彼女にも聞こえるように、Jは些か声を大きくして読み上げる。

「“親愛なる儀式屋クン。これは、君のとこの可愛いあの子の為に、僕が用意したものだよ。ふりっふりの可愛い服とか、ちょっとセクシーな服とか、色んな色のリボンとか、ブーツとか!とにかく、今回はその一部を送りました。他にいるものがあったら言ってね、なんでもあるからね。それではまた明日、遊びに行くね。サンより”」

…読み終えた直後、誰も何も言わなかった。
きっと、それぞれ思うところがあったに違いない。
どの顔も、何とも言えない表情だ。
やがて、ただ一人普通の顔のJが、アリアの方へ歩み寄る。
そして、こつんと折り畳んだ手紙を鏡面にあてた。
と、手紙は鏡面を波立たせずに、ゆっくりと中へ入っていく。
それをアリアは不思議そうにだが受け取った。
この鏡、人の手などは拒むのだが、こうした物だけは通すことが出来るのだ。

「俺たちもう少ししたら、仕事だしー後で儀式屋帰ってきたら渡しといて?」
「え?えぇ…」
「…後半、儀式屋宛の話だったから」

最後の一言を小声で呟くと、美女が問い掛ける前に、代理人はトランクの中を見たがらない二人の元へ向かった。

「ほーら二人とも!早く見ようよー」
「えぇ…?」
「何で嫌なのさ?」
「……だって…」

口ごもるヤス、Jは彼の言わんとするところが、よく分かっていた。

サンは、ユリアを着せ替え人形のようにしようとしていたのではないか。

少なくとも、Jはそうだと信じている。
本当に、ユリアを渡さなくて良かった。

「……ヤス君、魔術師の趣味が倒錯してることくらい、前から知ってるだろうに」
「そうっすけど……」
「それに、別に俺たちにはそんな趣味ない訳だし、いつまでもユリアちゃんだって、この格好じゃあまずいよ」

言われた本人は、己の服を見下ろす。
グレーのセーターと白いブラウス、紺色のスカート。
昨夜の姿のままだ。
これからもずっとこの服のまま…というのも、少し嫌、かもしれない。

「ほらぁ、ユリアちゃんも気にしてるみたいだしー」
「うっ」
「……、何が不満?」

あまりに渋るヤスに、Jは苛々したような口調で訊く。
少しして、頬を朱に染めて口を開く。

「……着替え、何処でさせるんすか」

やっと彼の口から出た言葉に、Jは思わずアリアを振り返った。
振り向けば、アリアもこちらを見て、その目から言いたいだろうことが溢れている。

「……むっつり」
「!ちょ、今のどこがむっつりっすか!?」
「誰が、今、此処で、着替えるなんて言いましたの」
「へ…?」

呆れ返った金髪の美女の言葉に、ヤスは目を丸くする。
その意味を理解し我に返ったヤスは、先程以上に真っ赤な顔になる。

「あ!ち、違うっす!!別に、俺はー…そのー…」
「今から弁解しても遅いよー」
「いや、だから!…あ!?ユリアちゃんまでそんな目で…いやいや待って待って!!」

喧しく自分の発言に訂正を加える彼に、三人は笑った。

二章§19

──…さて、『儀式屋』の最高権力者が帰ってきたのは、すっかり光が闇に飲み込まれた頃だった。
音もなくスタッフルームに現れた彼は、辺りを見渡す。
既に従業員は、ユリアを除き帰ってしまったらしい。
そして唯一の従業員も、ソファで横になり眠っている。

それだけ確認すると、彼は俯き小さな吐息をひとつ。
その顔はいつもより少しだけ疲労を滲ませてはいたが、それほど代わり映えはない。

「あら、おかえりなさい。疲れてるみたいね」

だが、彼を出迎えた美女には、見抜かれていたようだ。
ほのぼのとした笑みを浮かべるアリアに、儀式屋は脱いだコートを椅子に掛けて。

「本当にね…」
「ふふ。もうこちらのことは、聞きつけてたんじゃないのかしら?」
「来月、連れてこいと言われたよ」

その時のことでも思い出したのだろう、一瞬眉間に皺が刻まれた。
が、すぐにそれを解して、ソファの人物に目を遣った。
正確には、頭にヘッドドレスなるものを付けて眠る者に、だ。

「……また随分と嗜好の変わった物を…」
「魔術師が送ってきたのよ。ユリアちゃんにってトランク三つほど」
「ああ、そういえば送るとか言っていたな…で?」
「J君が面白がって、ファッションショーさせたのよ」
「そう、か…ね」

後半、歯切れ悪く言葉が聞こえたのは、かけ直そうとした毛布を手にした時に、隠れていたその下の服が見えたからだ。
現れたのは、エメラルド色のエプロンドレスに身を包んだユリア。

「……これはあれかな、私がユリアを盗ってしまったから、代わりに着せろと」
「でしょうねぇ…まぁ良かったじゃない?彼、これで許してくれたんでしょうし」
「だといいがね…」

再度ユリアに毛布を被せ、開けっ放しになっているトランクの中を覗き、緩く左右に頭を振った。
これから毎日この少女は、こうした服を着なくてはならないのだろう。
それは、結局意志があるだけで、サンの遊び相手に変わりないのだ。
なんだかな、とソファの背もたれに腰掛けて、微苦笑を口元に飾った。

「そうそう。これ、あの人からの手紙よ。後半に、貴方宛の内容があるってJ君が」
「ほぅ?」

ぱちんと指を鳴らし、鏡の内側から出てきた手紙を受け取る。
その文面を読み進めるにつれ硬い表情になり、何か考え込むように口元に手を当てた。
それから、ふっ、と程なくして儀式屋は笑った。
手紙から顔を上げると、黙視していたアリアと目があった。

「何か、面白いことでも?」
「ああ…J、この後半の内容言わなかったろう?」
「よく分かったわね」
「知ってるかね?近々、何があるのか」

問われ、アリアは記憶を辿るように、目を宙にさまよわせる。
彼女が両手を打ちならしたのは、そのすぐ後だ。

「“聖裁”でしょう?」
「その通りだ」
「それで?」
「運が良ければ、そろそろ無くなりそうだから、欲しいと」
「……呆れた」

美貌を、さも嘆かわしそうに歪ませた。
くくっと、儀式屋は喉奥で笑う。

「貴方、笑ってる場合じゃないでしょう?」
「失礼…だが、彼の欲しいは絶対だ。運が良ければ、なんて戯言に過ぎんよ」
「……可哀想だこと」

それは、誰に対しての言葉だったろうか。
儀式屋は、しかし何も尋ねはしなかった。
代わりに、彼を待つ間に眠ってしまった少女を抱えあげた。

「アリア、」
「明日の朝、ユリアちゃんを起こして、でしょ?」
「流石、私の秘書だ」

いつもの薄笑いではなく、ほんの少しだけ微笑ましい顔をして、彼は少女を寝室まで連れて行った。


長い一日が、終わる。

あと数十分もすれば、12時間ぶりに長針と短針は同時に天を指す。

(にしても…今日は疲れたわ)

朝の出来事から順に思い出し、なんと濃厚な一日だったことか。
これから、毎日こうなのだろうか。
それはそれは──

「暇つぶしにしたら、悪くないわ」

ぽつり、と。
女神の容貌の持ち主は、楽しそうに微笑った。




To be continued...
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