思案げに目線を地に落とすマルコスを、Jは暫く黙って待っていた。
が、そんなに彼は気の長い方ではなかったため、ふっと息を吐くとややきつめの口調で尋ねる。
「やっぱりあれなの?革命派とはいえ、同じ種族だから庇っちゃうわけ?」
「……いえ、そうではないです」
「じゃあ何?なんで言わないの?」
「だって……僕だって、Jさんが先ほどおっしゃった内容くらいしか知らないですから」
「…………は?」
あれほど問い詰めるかのように有無を言わせない雰囲気を放っていたのに、マルコスの言葉によりそれは急速に引っ込んだ。
代わりに、疑問符が彼の周りに浮かび上がる。
「ちょい待ち……何、つまり坊ちゃんも詳しくは何も知らないの?」
「はい」
「えー……何だよ、じゃあ坊ちゃん連れ出した意味ないじゃないかっ」
ちぇっと舌打ちして不貞腐れたようにJは髪を掻きあげた。
いくら革命派と維持派に分かれているからといっても、それなりに承知しているものだとJは思っていたのだ。
だから、貴族の屋敷に潜り込もうとした時に、たまたま見つけた知った顔に聞けば簡単だと踏んだのに。
とんだ期待はずれに、Jはやる気を一気に失ってしまった。
が、そんな彼にマルコスは首を左右に振り、そうじゃないと告げた。
「何が違うのさ」
「僕は今、革命派が何をしているのかはっきり分かりません。それを調べるために、ここに来たんです」
「……つまり何?俺と同じってわけ?」
「はい…ですから、手を組みませんか」
マルコスの提案に、Jは片眉を跳ね上げた。
そのまま、先を促すように顎をくいっとしゃくる。
「僕もJさんも、革命派が何を目的としているのか知りたい。だったら手を組んだって問題はない、得る情報は同じなんですから」
「なら君が何でたった一人で潜入したか、教えてもらってもいいよね?」
俺も教えたんだからさ、と付け足してJは尋ねた。
……Jとてきちんと教えたわけではないだろうが、条件としてそれを提示した彼に、マルコスは一瞬躊躇ったあと口を開いた。
「……Jさん、七区でお会いしたあの後のことを、ご存知ですか」
唐突にそう聞かれ、Jは眉間に皺を寄せて記憶と睨めっこした。
一応、彼は七区を無断で経由して仕事場に向かうという、とんでもない通勤の仕方をしているため、嫌でも七区の異変を知っていた。
あの後──七区の革命派といわれた悪魔たちの大方は、例のシスターと神父によって聖裁時に消されたが、生き残りがまだ少なからずいた。
ミュステリオンはその悪魔たちを捕らえ、今回のこの暴動の件について尋問した。
シスター・エリシアたちが聞いたという“きっかけ”とは何をいうのか──だが、彼らは誰一人として口を割ることはなかった。
かといって、七区を十六区と同じようにすることは選択しなかった。
それこそ、悪魔の思う壺になってしまうからだ。
その代わりに、七区の監視が一段と厳しくなり、聖裁の回数も増えた。
通常、聖裁は一つの区に対して一週間に一回から二回程度であるが、現在の七区はその倍の回数、聖裁が行われている。
……と、ここまでがJが知っていることである。
そう伝えると、マルコスはそうですかと呟いて、言葉を選びながら口を開く。
「Jさんがおっしゃるように、七区の今はまさにそれです」
「で、それが何?まさか、それが嫌だからって逃げ出したわけじゃないだろ?」
「えぇ、聖裁強化だけならば、構わないんです……問題は、貴族である僕たちが、今、監禁生活に近い状態であることなんです」
「……はい?」
突然聞かされたその言葉に、Jは不可解そうな表情を浮かべる。
そもそもマルコスは維持派であるからして、反乱分子である可能性はほぼないと思われる。
なのに何故、そのような生活を強いられているのだろうか。