七章§10

思案げに目線を地に落とすマルコスを、Jは暫く黙って待っていた。
が、そんなに彼は気の長い方ではなかったため、ふっと息を吐くとややきつめの口調で尋ねる。

「やっぱりあれなの?革命派とはいえ、同じ種族だから庇っちゃうわけ?」
「……いえ、そうではないです」
「じゃあ何?なんで言わないの?」
「だって……僕だって、Jさんが先ほどおっしゃった内容くらいしか知らないですから」
「…………は?」

あれほど問い詰めるかのように有無を言わせない雰囲気を放っていたのに、マルコスの言葉によりそれは急速に引っ込んだ。
代わりに、疑問符が彼の周りに浮かび上がる。

「ちょい待ち……何、つまり坊ちゃんも詳しくは何も知らないの?」
「はい」
「えー……何だよ、じゃあ坊ちゃん連れ出した意味ないじゃないかっ」

ちぇっと舌打ちして不貞腐れたようにJは髪を掻きあげた。
いくら革命派と維持派に分かれているからといっても、それなりに承知しているものだとJは思っていたのだ。
だから、貴族の屋敷に潜り込もうとした時に、たまたま見つけた知った顔に聞けば簡単だと踏んだのに。
とんだ期待はずれに、Jはやる気を一気に失ってしまった。
が、そんな彼にマルコスは首を左右に振り、そうじゃないと告げた。

「何が違うのさ」
「僕は今、革命派が何をしているのかはっきり分かりません。それを調べるために、ここに来たんです」
「……つまり何?俺と同じってわけ?」
「はい…ですから、手を組みませんか」

マルコスの提案に、Jは片眉を跳ね上げた。
そのまま、先を促すように顎をくいっとしゃくる。

「僕もJさんも、革命派が何を目的としているのか知りたい。だったら手を組んだって問題はない、得る情報は同じなんですから」
「なら君が何でたった一人で潜入したか、教えてもらってもいいよね?」

俺も教えたんだからさ、と付け足してJは尋ねた。
……Jとてきちんと教えたわけではないだろうが、条件としてそれを提示した彼に、マルコスは一瞬躊躇ったあと口を開いた。

「……Jさん、七区でお会いしたあの後のことを、ご存知ですか」

唐突にそう聞かれ、Jは眉間に皺を寄せて記憶と睨めっこした。
一応、彼は七区を無断で経由して仕事場に向かうという、とんでもない通勤の仕方をしているため、嫌でも七区の異変を知っていた。
あの後──七区の革命派といわれた悪魔たちの大方は、例のシスターと神父によって聖裁時に消されたが、生き残りがまだ少なからずいた。
ミュステリオンはその悪魔たちを捕らえ、今回のこの暴動の件について尋問した。
シスター・エリシアたちが聞いたという“きっかけ”とは何をいうのか──だが、彼らは誰一人として口を割ることはなかった。
かといって、七区を十六区と同じようにすることは選択しなかった。
それこそ、悪魔の思う壺になってしまうからだ。
その代わりに、七区の監視が一段と厳しくなり、聖裁の回数も増えた。
通常、聖裁は一つの区に対して一週間に一回から二回程度であるが、現在の七区はその倍の回数、聖裁が行われている。
……と、ここまでがJが知っていることである。
そう伝えると、マルコスはそうですかと呟いて、言葉を選びながら口を開く。

「Jさんがおっしゃるように、七区の今はまさにそれです」
「で、それが何?まさか、それが嫌だからって逃げ出したわけじゃないだろ?」
「えぇ、聖裁強化だけならば、構わないんです……問題は、貴族である僕たちが、今、監禁生活に近い状態であることなんです」
「……はい?」

突然聞かされたその言葉に、Jは不可解そうな表情を浮かべる。
そもそもマルコスは維持派であるからして、反乱分子である可能性はほぼないと思われる。
なのに何故、そのような生活を強いられているのだろうか。

七章§11

「坊ちゃん、悪いけど分かりやすく教えて?」

理由を考えてみたものの、何も理屈に適うようなものは思い浮かばなかった。
溜息をつき音を上げたJに、マルコスは小さく頷くと説明しだした。

「革命派の狙いは、僕をわざと殺して何らかの…恐らくは十六区と同じことをしようとしています。だから、それを避けるために僕たちは聞こえよく言えば、保護されています」

そこまで一気に語ると、マルコスはふぅと息をつく。
それから、少年にしては険しい顔で言葉を続けた。

「でも実際は監禁です。僕たちは屋敷から出られないばかりか、外の情報も全て遮断されています。だから、何がどうなっているのかが分からなくて……これほど恐ろしいことは、ありません」
「まぁそりゃそうだ。情報量の差で生き死にが決まることだってあるからね。でも、だからってそれが君が此処に来た理由にはならない」
「……これでも僕は当主です。反乱を起こされ、謀殺されかけても、当主たる者、自身の治める区は守らねばなりません。だから、この僕が動かなくては、」
「でもさ」

と、マルコスの弁を遮るように、Jが口を挟んだ。
急に遮られて少年は驚いたようだったが、話の腰を折られたからといって激怒することはなかった。
はい、と一つ頷くと話の先を促した。

「そうだとして、君は屋敷を抜け出して大丈夫だったわけ?俺はそれなりにミュステリオンと関わりがあるけど、あいつらだって別にお馬鹿さんじゃない。きちんと見張りは立てるはずだけど?」
「僕があの屋敷で捕まった時のミュステリオンの反応、見ましたよね?」

Jの問いに対して、マルコスは直接答えるわけではなく、遠まわしにそう尋ねた。
問われたJは、やや怪訝な顔をして答える。

「見たけど、それが?」
「あのミュステリオンは、僕がただの悪魔の子どもと判断しました。貴族と分かったなら、もっと違う反応をしたはずです」
「……ああ、そう言われればそうだったかも」
「それに、監禁されたと言いましたが、彼らは僕が七区の当主だとは知りません」

マルコスの言葉に納得しかけたJだったが、次の言葉でそれは振り出しに戻ってしまった。
ますますしかめっ面になり、見る者が見れば、話しかけるのも遠慮したくなるような顔である。
そんな顔で、彼はその表情と同じような声音で問う。

「……いや可笑しいでしょ。なんで知らないわけ?」
「先代が倒れてから、僕が当主になりましたが……僕自身は、まず公の場に出ることがありませんでしたし、僕がこんな子どもだと知っているのは、ごく僅かです。加えて、ミュステリオンとも僕はほとんど接触したことがありません……だから向こうも、僕が当主になってからどのくらい成長したのかを知らないのです」

一気にそう語られ、Jは頭がくらくらしてきた。
様々な情報を聞かされたが、つまりなんだ、ミュステリオンがとんでもない事実を見落としてしまったというわけか。
顎に手を当ててJは考えていたが、徐々に彼の口角は持ち上がっていく。
そして、その金の瞳に嬉々とした色を浮かび上がらせた。

「いいよ、坊ちゃん。今回ばかりは手を組もうじゃないか」
「!本当ですかっ」
「もちろん。ミュステリオンがそんな間抜けをするなんてね……」

面白いじゃないか、と続いた言葉は口の中で押し留め、にやにや笑いで抑える。
代わりに、よしっと気合いを入れるように短く呟くと、当面の動きについて話し出した。

「とりあえず確認。俺は貴族があそこにいると思って踏み込んだわけだけど、それは坊ちゃんも同じなんだろ?」
「えぇ、そうです。でも、ミュステリオンの話を聞く限りは、あそこには誰もいなかったみたいです」

神父たちの会話を思い出しながら、マルコスはそう答える。
そこなんだよねー、とJは腕組みをした。

「俺さ、これまで一度も貴族の屋敷なんか入ったことないからわかんないんだけど、坊ちゃんはあの屋敷見てどう感じた?」
「?どう、って……?」
「俺は、屋敷が死んでるように感じたんだよね」

生者を寄せ付けず、静かに時間が止まったように佇む屋敷。
それは文字通り、死んだような静けさだけしか、そこにはなかったのだ。
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