精神世界には、二大勢力が存在する。
一つは世界のルールとして君臨する女王だ。
リベラル本人の力は言うまでもなく絶大であり、彼女の定めたルールに従わぬ者は容赦なく裁かれる。
更にその配下の“女王の駒”と呼ばれる彼らも侮れない。
血のように赤い軍服に身を包み、ルールたる彼女自らが手を下す必要がなければ、彼らが代行して裁くケースが多い。
彼らは精神世界のあちこちへ散らばり、女王の意向に従って世界の安寧を計る役を負っている。

その彼女らに拮抗する勢力が、ミュステリオンである。
悪魔街を支配し、サンを背後に付け、儀式屋をも大人しくさせている機関だ。
500年以上前、彼らは現実世界へと侵攻してきた悪魔を精神世界へ追い返し、更には精神世界自体を支配下に治めようとした。
ところがそれを良しとしなかったリベラルが、世界のルールとして突如現れ、それが不可能となった。
リベラルの絶対ルール──何人にも、精神世界そのものを支配させることを禁ずるという、それ。
彼女の全ての自由を代償に、精神世界は誰のものでもなくなった。
当然ミュステリオンは猛反発したが、リベラルに手を出すことは出来なかった。
以来、互いに手を出すことはタブーとし、絶妙なバランスで均衡を保っているのである。


そのミュステリオンを、現在、非常に緊迫した雰囲気が覆っていた。
異端管理局の神父ベンジャミンとシスター・ミュリエルの両名による、異例の出来事のせいだ。
あまりに異例だったため情報は錯乱し、どこもかしこも混乱状態に陥っていた。
そこで急遽、各局長による会議が開かれることになったのである。
ミュステリオン本部─悪魔街からさほど遠くはない場所に位置する─にある中央会議室では、既に名だたる局長の顔ぶれが並んでいる。
コの字状に机は並び、さほど広くない部屋に密集しているためか、嫌に狭苦しい圧迫感がある。
全員が漆黒の衣装に身を包み、どの顔も沈鬱な面持ちのせいもあるだろう。
奥の座席は空いており、そこはミュステリオン総統の席だった。
会議は彼が座席に着いてから開始されるため、室内は未だざわついている。
その囁きに耳を澄ませば、大半は今回の事件の噂である。
全くといっていいほど、事件の詳細を知る者はいない。
故に、やや勝手な憶測が飛び交っており、実際の事件から話の軸がずれた見解を呈する者もいた。

「──ミュステリオン総統閣下、御成遊ばされました」

総統の座席の背後にある、翠玉色の垂れ幕の向こうから、到着の知らせが聞こえた。
ぴたりと話し声が止むと同時に、幕が両脇に割けた。
局長たち全員がそちらに注目し、一斉に席を立ち上がると最敬礼をした。
かつんと軍靴を鳴らし一歩踏み出したその人は、まるで鷲を思わせる風貌だった。
孤高の存在たる雰囲気が指の先にまで行き渡っており、無駄な動きを許さない。
ぴんと背筋を伸ばし自らの座席に着くと、猛禽類のような眼孔を巡らせた。

「……皆、楽にしてくれ。急な召集に応じてもらってすまない」

一同が腰を下ろしたのを確認し、彼はさて、と言葉を続けた。

「早速議題に入りたいが……、肝心の全異端管理局の彼は、まだいないようだな」

猛禽類の瞳は、己から一番遠くにある空いた座席を見つめていた。
自然と、他の面々も視線を遣る。
特に何の感情も覗かせることはなかったが、中には忌々しそうな視線を向ける者もいた。
ただでさえ緊迫している室内が、やや重苦しい雰囲気に飲まれて、誰かが何か言えば、それが起爆剤になりそうである。

「おや……皆さん、お揃いでしたか」

そしてそれは、問題の本人によりもたらされた。
静かに扉が開き、翡翠のベレー帽を被った全異端管理局長ルイが、穏やかな声音で入ってきたのである。
冷ややかな視線が全てルイに注がれるが、彼はそれらを無視し、真正面の男へ顔を向けた。

「申し訳ありません、総統閣下。遅参しましたこと、お許し下さい」
「気にするな、ルイ局長。召喚に応じてくれたこと、感謝する。席に着け」

深々と頭を垂れたルイに彼はそう声を掛けた。
許しを得たルイは頭を上げ礼を述べると、己の背後に付いてきたアンリを促して、唯一の空席へ腰掛けた。

「──では早速、始めよう」

ルイが席に着いたのを見届けると、彼は開始の合図を口にした。