七章§14

その言葉を聞いたサンは、虚を突かれたかのように、目をいっぱいに見開いた。
だが、すぐさま破顔して、闇色の彼から少し身を離した。
あれほど物々しかった雰囲気は弾け飛び、ふわりと柔らかな空気が二人を包み込む。
そしてサンは、穏やかに儀式屋の問いに答えてみせた。

「僕が?まさか儀式屋クン。そんなものに、僕がなるわけないじゃないか」
「……ああ、わかっていたよ」
「ひどいなぁ、人をからかっちゃ駄目なんだぞ」

ころころと、まるで少女のような笑い声を立てて、サンは楽しそうに儀式屋を見つめる。
かと思えば、突然何かを思い出したかのように、両手をぱちんと打ち鳴らして、真剣な面持ちになる。

「なるほど、だからあのお人形クンが慌ててたってわけか」
「……、ハワードのことかい?」
「うん。あの子ったら僕をわざわざ呼び出して、わけわかんないことまくし立ててさ。やれ悪魔に詩が解読されただの、重要参考人が殺されちゃっただのと」
「重要参考人が、殺された?」

淡々と告げたサンの最後の言葉を、儀式屋は繰り返した。
その表情を見るに、ほんの少し驚いたようである。
その変化を目敏く見つけた彼が、たちまち高揚したかのように話し出す。

「そうだよ!あの時のお人形クンの顔といったら……君も見たら、きっと笑ったね!」
「それで、貴方を呼び立てて何をしようというのかね」
「さぁ?犯人でも見つけて欲しかったのかな?そんなの、簡単に見つかりっこないけどね」

唐突にその高揚した感情が、彼の言葉から抜け落ちた。
ミュステリオンが一大事であることにはとても面白おかしく語ってみせたのに、その一大事への関与についてはどうでもよさげである。
サン自身がミュステリオンを大層嫌っているため、そこがどうなろうとどうでもいいのだ。
外側から眺めて楽しければよし、内側に入って更に事態を可笑しくできればなおのこと。
彼の物事の判断基準は、大凡その一点にのみ存在している。
儀式屋とて、本質的な部分ではサンと少しも変わらない。
先の問いかけに対して儀式屋は窘めの言葉を口にしたが、本当のところをいえば、自分に関わりがないのであればどうなろうと構わないのが彼のスタンスでもある。
ただし、彼自身にも関わりがあるのであれば、話は違ってくる。
この件は、ミュステリオン内だけで収まるものではない、精神世界全体に及ぶことなのだ。
だから今も、彼は口を閉ざして重要参考人─神父エド─が殺された真相が何であるのかを推測し始めた。
生気のない指を顎にあてがい、視線をサンからは外して机上の何処かへ注ぎ、あれこれと考える。
黙ってしまった儀式屋にしばらくサンも右倣えをしていたが、徐々に飽きてきたのか再び儀式屋に話し掛けた。

「ねぇ儀式屋クン、僕はそれより気になってることがちょっとあるんだけどさ」
「……何かな」

儀式屋はまだ思考の海に沈んでいるのか、半ば生返事をサンに返した。
サンはそれに構わず、問い掛ける。

「ユリアちゃん、どこにやったの?」

その問いに、儀式屋はサンに再び焦点を合わせた。
微笑こそ湛えられているものの、声音も同じというわけではなかった。
その差を感じ取った彼は、赤い切れ長の目をとぼけたように瞬かせた。

「何処にもやっていないがね。女王のところへ遣いに出しているだけだよ」
「何で?」
「彼女が話し相手を要してね。幸い、ユリアは半時間程度であれば話せるから、私の代わりに行ってもらったというわけさ」
「……ふぅん?僕を蚊帳の外にして、何か企んでるんじゃないだろうね?」

珍しく儀式屋に嫌疑をかける魔術師に、かけられた側はおやおやと肩を竦めた。
実際、ユリアを女王の元へ行かせた理由は別にあるが、今述べた理由も嘘ではない。
しかし今日のサンは勘が鋭いのか、儀式屋が言わなかった理由を見抜いているかのようだ。
だからといって、そう簡単に儀式屋も答えを与える真似はしない。
うっすらと血の気のない唇を開いた。

七章§15

「まさか。貴方を置いて企もうなんて、私には畏れ多くてできないよ」
「本当に?だったらいつ帰って来るのさ」
「さて、それは彼女が満足してからだよ」
「あるいは、君の用事が終わったら?」
「……サン、なら聞くが、貴方は私が何を隠していると思うのかな?」

随分と疑り深い魔術師にそう問うてやると、彼はそうだねと一拍おいてから答えた。

「君こそが、世界の敵になろうって、してんじゃないのかな?」

一瞬、その場の時間が止まった。
間をおいて、儀式屋は思わず声を立てて笑い出した。

「くくっ……面白いことを言うのだね、貴方は」

サンは、そんな儀式屋を不思議そうに見つめた。
本人としては真面目に言ったつもりだったのだ。
予想外の反応にどうしたものかとサンが考えあぐねていると、儀式屋から言葉を掛けられた。

「私がもしそうだとしたら、貴方はどうするのかな?」

ゆったりと椅子の背もたれに体重を預け、じっと魔術師の答えを待つ。
問われた本人は、暫く沈黙した。
もしも目の前にいるこの知り合いが、世界の敵なのだとしたら?
……自ずと答えが彼の中に見出され、途端に子どものように無邪気な笑顔を見せた。

「それなら僕は、君を倒すカミサマにでもなろうかな」

口にした答えは、世界を守ることとそうでないことを天秤に掛けた時、彼の中で前者に重きが置かれた結果だといえば、立派なものだ。
だが、彼はそこまで考えてはいないだろう、ただ楽しければいいのだから。
サンは満足したように笑ったまま机から降りた。

「有難う儀式屋クン。おかげでこの先も楽しめそうだね」
「それは良かった」
「でも、これで納得したわけじゃないからね。僕は僕で、これからたくさんやらなきゃなんないことがあるから、またね」

それだけ言うと、律儀に彼は扉から出て行った。
その後ろ姿を笑わぬ目で儀式屋は見つめていたが、やがて小さく溜息を吐いた。
たった今出て行った魔法使いは、どこまで気付いたのだろうか。
そして、いつまで気付かないでいてくれるだろうか。
肘を机に付いて手を組み、鼻から下を覆うようにしてあてがう。
そして切れ長の血のように赤いルビーの瞳を閉じる。
目を閉じれば、去り際にサンが放った言葉が脳裏に蘇ってきた。

“僕は僕で、これからたくさんやらなきゃなんないことがあるから”

その言葉は、明らかに自分が発した内容を踏まえた上で放たれたものだ。
手記の存在、悪魔街の反乱の兆し、ミュステリオンの裏切り者の死……それらを繋げて、何を思い、何をしようというのか。

「儀式屋?」

柔らかな声が耳朶を打ち、ふと呼ばれた彼は目を開いた。
振り返れば、鏡の中で美女がこちらの様子を伺っていた。
振り向いた儀式屋の顔を見たアリアは、あら、と声を上げた。

「よくないわ。貴方がそんな顔をするなんて」
「私が?どんな顔かな?」
「何かしてやろうって企んでる顔よ」

くすくすとアリアが花が綻ぶかのように笑った。
言われた側の男は、やれやれと肩を竦めた。

「そんなに私は、何か企んでいそうな顔をしてるのかね」
「えぇ。だからあの人にも、そう言われるのよ」
「……、おや珍しいね。魔法使いは苦手だったのではなかったかな?」

美女の意外な言葉に、儀式屋は片眉を上げた。
アリアはサンに対して非常に恐れを抱いているため、彼が訪れた場合は出て来ないのが常だ。
が、サンの言葉を聞いていたということは、姿を潜めていたとしても、その場にいたということになるのだ。
アリアは、そうねと呟いて言葉を補う。

「でも全部じゃないわ。もう帰ったかしらと思って少しこっちに来たら、たまたま出会っちゃっただけよ。それより儀式屋、聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」
「サンは私の邪魔をするのか否か、かな?」
「……、貴方ね、人の言葉を先読みするのはやめてちょうだい」
「それは失礼」

と、謝ってみせたが本心からの謝罪ではなさそうだ。
分かっていることではあるが、どうにも腹立たしい気持ちになってしまう。
はぁ、とわざとらしく溜息をついてから、アリアは先を促した。
前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2013年01月 >>
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
奇吏斗さんのプロフィール
系 統 普通系
職 業 教育・福祉
フリーページリスト