ジェイミーの顔に緊張が走った。
自然と三人ともが背中合わせに立ち、それぞれの方角を凝視する。
ジェイミーの足元に残されたのは、銃痕である。
それが示すのは、狙撃されたということだ。
金髪の彼女相手に言ったことがその直後に起こるとは、運が良いというか悪いというか。
「ミュステリオン様のお出まし、ってかぁ?」
「違うと思うが」
ジェイミーの背後に立つラズが、口早に否定した。
痛んだ茶髪の持ち主は、振り返らずにその意味を問う。
「……あのミュステリオンが、わざわざご丁寧にお前の足を狙って撃つかって話だ」
「あー、なるほど!あいつらは俺たちへの愛が強すぎて、すぐに殺そうと頭とか心臓とか狙って来るしな。正にハートを狙い撃ち?みたいな」
「……まぁ愛かどうかは別だが、そういうことだ」
半ば茶化した彼への突っ込みはさて置き、ラズは彼の言葉に頷いた。
彼らミュステリオンに言わせれば、逃げ出した悪魔は殺すのが当然だ。
だとしたら、例え弾道が逸れたとしても、何処かしら体を掠めているはずだ。
だが、今の狙撃は明らかに足元の地面へと放たれた。
ということは、ミュステリオンの人間ではない、という結論に到る。
「じゃあこれは、恥ずかしがり屋なストーカーかな」
「気持ち悪いこと言ってんじゃないよ、あんたは」
「止めろ、ジル。ジェイミー、お前も馬鹿なことばかり言うな」
「俺は至極真面目さ!」
彼がそう断言した時、ジルが動いた。
男二人が反射的にそちらを見ると、ポニーテールの彼女はその場にいなかった。
目を凝らすと、彼女は一瞬のうちに道路を挟んだ向こうの建物へ移動していた。
そして、振り向きざまに大声で。
「行ったよ、そっち!!」
ジルの鋭い声が飛んできたと同時に、何者かの影が素早く近付いてきた。
「!」
その気配にラズがいち早く反応し、二振りのククリナイフを抜き去る。
そして、影が間近となった時、動きを阻止すべく右手のナイフを振り上げた。
即座に、右手に確かな重みを覚え、彼はその先へ視線を向けた。
ククリナイフの刃を、別の刃が押さえつけている。
そのナイフの持ち主を見れば、鮮やかな桜貝色をした頭が視界を覆った。
更にその下、にんまりと昏い瞳が笑う。
一瞬、そのアメジストの闇に、ラズは凍り付いた。
「うぉらあああ!!」
耳元で、ぶぅんと空を切る音がして、ラズの意識は引き戻された。
はっとして見れば、敵はジェイミーの攻撃を避けて後退したところだった。
地面が粉砕され、埃がその場所から立ち上った。
駆けつけたジルが小太刀を握り締め、警戒するように敵へにじり寄る。
ラズも両手の武器を構え直すが、先の感覚がまだ体に纏わりついて、思考の邪魔をする。
(何だ、この感覚は……?)
この自分が怖じ気づいたとでもいうのだろうか。
「……何者だ、お前は?」
気持ち悪い感覚を身体から締め出そうと、俯いている人物に訊ねた。
何処かさっぱりとしない空気の中、その人物はゆっくり顔を上げた。
「何だと思う?」
間違っても良い笑顔とは形容できない、悪戯な笑みがこちらを見た。
ラズはそれをじっと見つめ返すが、先刻感じたそれはなかった。
気のせいだったかと内心溜息を吐いて、このふざけた奴に再度問い掛ける。
「こっちが質問している、それに」
「ラズ、こんな野郎に構うこたぁねぇさ。邪魔くさいし、片付けようじゃねぇか」
「!よせ、この馬鹿っ!!」
ラズの言葉を遮り、ジェイミーは己の武器を振りかざして敵へと襲い掛かった。
モーニングスター最大の武器、それは鎖に繋がれた先の鋭利な突起を球体全体に生やしたヘッドである。
一思いに振り下ろせば、軽傷ではすまない。
だが、このモーニングスターの持ち主が人間であれば、まだ避けられたかもしれない。
操るジェイミーは、悪魔なのだ。
強力な脚力を誇る悪魔は、人間の目には捉えきれない速さを出せる。
つまり、勝敗は既に見えたも同然なのだ。
「──まずは、一匹目」
銃声が四発、男──アキの囁きと共に、ジェイミーの背後で轟いた。