三章§12

子供のように嬉しそうに飛んできた彼女を、彼はサングラス越しに睨んだ。

「…つかぬことを聞きますが。シスター・エリシア、この方々は貴女が原因ですか」
「馬鹿を申すな。余はただ、足を踏んだ悪魔を一喝してやろうと…」
「一喝?ならば何故、悪魔と戦うことになるのですか」
「簡単ですよ、神父様」

サキヤマの質問に答えたのは、エリシアではない、大剣を担いだ悪魔だ。
サキヤマはそちらの方を向き、首を傾げてみせる。

「どういうことです」
「そこのシスター、マルコス様に手をあげようとしたんですよ」
「……そうですか」

どうやら納得したらしい神父は、そのまま90度に腰を折り曲げた。

「申し訳ありません。全ては僕が目を離した隙に起きたこと、僕の責任です。とんだご迷惑をお掛けしました」
「は!?何を戯けたことを汝は……!?」

いきなり謝り出した相方に驚き、次いで悪態をつこうとした。
だがそれは叶わなかった。
神父が、エリシアを肩に担ぎ上げたのだ。

「な……な…サキヤマ!汝、何をしておるのか!?」
「…ですので、今回は僕に免じてお許し下さい。それでは」

喚く尼僧を無視して、サキヤマは素早く身を翻すと、その場を離れてしまった。
突然の行動に悪魔たちはぽかんとしていたが、“逃げられた”と気付くと血相を変えて追いかけた。



「この、降ろさぬか!!馬鹿者!」

魅惑的なアルトの声が、静かすぎる街に反響する。
聞こえてくるのは、ただサキヤマが少しも歩調を乱さずに足を動かす音だけだ。
肩の上の尼僧を、彼はちらりと見遣る。

「…馬鹿者はどちらです?シスター・エリシア、僕の話を聞いていなかったのですか」
「汝の話?そんなもの知らぬ」
「シスター・エリシア、僕たちは聖裁に来たんです。聖戦をしに来たのではありません」

僅かに咎める口調ではあるが、怒鳴り散らしはしなかった。
淡々と、彼女の非を述べていく。

「聖裁は、我々が悪魔を惨殺することを許されるものではありません。不審な動きをする悪魔のみ、処分することが許可されています。また、悪魔は…」
「回りくどいぞ、サキヤマ!はっきり申せ!」

この調子では、彼の長い長い話に付き合わされてしまう。
殴り倒したいところだが、生憎、己の武器は担がれた時に、サキヤマに奪われてしまった。
代わりに殺気を込めて、エリシアは叫んだ。

「ですから、貴女はいつも……」

そんな彼女へ説明を試みようとして、ふっと口を閉ざした。
いつの間にか、歩みも止まっている。
急変したサキヤマの様子から、シスターもその理由に気付いたらしく、不満げだった顔が真剣そうなものに変わる。

「サキヤ──」
「失礼」

結わえられた鳶色の髪があらぬ方向に舞ったのは、短くサキヤマが呟いた後だった。

「……!!」

ダークグレーの瞳は、青空を捉える。
少しして、ああ、サキヤマは自分を宙に投げたのだと理解した。
くるりと、その姿勢のまま回転して、砂埃をあげて着地する。
と同時に、神父が投げたであろう、降ってきたメイスを掴んだ。

「……貴女はいつも、こうやって悪魔を無駄に煽り、必要ない処分までしてしまう…」

サングラスを押し上げ、地に生えた無数の矢を踏み潰す。
それから視線を、武器を構える彼女へ移す。

「そして僕が、最も望まない状況を貴女は作る…知っていますか?今、七区の悪魔は全て、貴女を狙っているんですよ?」
「ふん…?漸く、汝が余を連れ逃げた理由が分かったぞ」

かつん、と煉瓦の地を打つ。
エリシアは辺りを見渡す──先程よりも、がらんと開けた場所。
そして、自分たちを取り囲むように立つ、何処からか集まってきた悪魔たち。

「汝、これだけの悪魔が居ることを余に教えるために、此処まで連れてきたのだろう?」
「……シスター・エリシア…」

何処か誇らしげにサキヤマの肩を叩き、彼の背を守るように立つ。
相方はといえば、彼女の甚だしい勘違いに嘆息を吐き、懐中時計を取り出す。
それは、訪れてから一時間が経ったことを正確に刻んでいた。

三章§13

悪魔街に車道はない。
煉瓦で舗装された道は、全て歩道なのである。
通常、悪魔は自動車を所有していない。
所有しているとすれば、それはごく一部の“貴族”と呼ばれる者だけだ。

そして今、七区では唯一の自動車が、煉瓦の道を凄まじい速度で疾走している。
ハンドルを握っているのは、ひょろっとした悪魔のサムだ。
その表情は硬く、僅かに焦りが滲み出している。

(畜生!あのシスターめ…!)

車体ぎりぎりの道を飛ばし、ちらりとバックミラー越しに後部座席を見遣る。
金髪の少年が、膝を抱えて俯く姿を捉えた。
その姿に、胸がきりっと音を立て締め付けられる。

(若様…思い出しちまったんだろうか…)

相変わらずスピードは緩めないが、サムの思考は遠い過去へと遡った。


かつて現実世界へ侵出しようとした時に、精神世界の者たちを統率し導いた者たちがいる。
それが、現在の一区から十五区までに存在する、悪魔の貴族たちである。
彼らは収容された後も、他の悪魔から絶大な支持を受け、収容区内でその力を発揮する。
現在、それなりに大人しくしているのも、当時の彼らの意向による。
一声掛ければ、すぐさまミュステリオンであれ陥落させることも不可能ではない。
ただ、今は鳴りを潜めているにすぎないのだ。

区によっては、今の体制に不満を持つ者も、少なくはない。
そうした者たちは絶えることなく現れ、それらを抹殺すべくミュステリオンが動く。
これが、現在のミュステリオンと悪魔街の関係であり、ぎりぎり均衡を保っている状態なのだ。

ところで、七区は対して目立った暴動などはない。
かつて、マルコスの父親が殺されたこと以外は。

(……あの日も、こんなだったな…)

その日も、今日のように聖裁に訪れた神父がいた。
もちろん、全異端管理局の人間で、エリシア並に凶暴な性格の持ち主だった。
その内、やはり理不尽な理由で悪魔と戦闘を繰り広げていた時だった。
運悪く、その神父に致命傷を負わせてしまったのだ。
その場に居合わせたもう一人の神父により、悪魔は息の根を止められた。
だがそれだけで、ミュステリオンが黙っているはずない。

七区を統べる貴族の当主、カサルスの首を差し出すよう要求してきたのだ。
さもなくば、七区全ての悪魔を抹消というおまけつきで。

選択などなかった、カサルスは要求を飲んだのだ──自分の首を差し出すと。
このカサルスこそが、マルコスの父親である。

サムは覚えている。
あの日、嫌がるまだ幼かったマルコスを、必死に引き止めて、カサルスを見送った時のこと。
彼は、自分と同じ柔らかな金髪を一撫でし、「サムやジュードたちの言うことをちゃんと聞くんだよ」と言い残し、屋敷を後にした。
七区の悪魔たちはカサルスの死を悼み、残されたマルコスを守り抜くことを誓った。


…耳を澄ませば、微かに鼻を啜る音が鼓膜を叩いた。
サムは顔を歪め、その音を頭の中から追い出すべく、運転に集中しようとした時だった。
目の前を、何かが横切ろうとしているのが目に飛び込んできたのだ。

「っ!やべっ…!!」

さぁっと一気に血の気が引き、彼は思い切りブレーキを踏み込んだ。
煉瓦に黒い直線がついたのでは、と思うほどの音を立てて、車体は急停止した。

「サ、サム…なに?どうし…あれ?」

それまで黙ったままだったマルコスも、急に勢いが止まってしまったことに驚き、何があったのかと声をかけた。
が、言葉が終わらぬうちに異変に気が付く。
フロントガラスの向こう、二本の棒がボンネットの上に立っている。
否、棒ではない…足だ。

「車、ねぇ…ってこ…はー、君は七区…貴族、な…かな?」

くぐもって聞き取りにくいがどうやら、こちらが貴族であるということに気付いたらしい。
サムはマルコスに隠れるように耳打ちし、次の相手の行動を待つ。
あれだけ速いスピードを出していた自動車を、簡単に避けた者である、ただ者ではない。
サムは隠し持っていた銃のセーフティを外し、息を殺して時を待った。

三章§14

張り詰めた空気が破られたのは、ボンネットの上から相手が飛び退き、着地した瞬間だった。
サムはフロントガラスが割れるのも構わずに一発、更に更にと全弾を撃ち込んだ。
特別な加工が施された弾で、標的を確実に射抜くのだ。

だが──

(……何故!?)

どういう訳か、相手には確かに当たったはずなのに、少しもダメージを受けたようには見受けられない。
あまつさえ、しゃんと立ってみせている。

「酷いな…人を轢き逃げしかけて、更に撃ってくるだなんてさ?俺が何したっていうのさ?」

ぶつぶつ文句を垂れながら、やけに派手な頭の色の男が、こちらに近付く。
ボンネットに座すと、フロントガラスがあった場所から覗き込んで来た。
文句を言う割には、些か口角が上がっている。

「あんたは……」

悪魔ははっと息を呑み、目を丸くした。
片側だけ覗く金瞳を見れば、悪戯な色の瞳は嗤い、回答を待つ。
サムは僅かに上擦った声で、その男の正体を告げた。

「あの儀式屋の、Jじゃねぇか…!」
「へぇ。知ってるんだ…まぁあの人は有名だしね」

意外そうな口調で、血のような赤さと雪のような白さの髪を、Jは掻き上げた。
それから、さっと車内を見渡し、眉をひそめる。

「……運転手一人?変だな、君の主は?」
「あんたには……」
「あ、あの!」

サムの声を遮って、甲高い声がJの耳に飛び込んできた。
足下のスペースに隠れるようにしていたマルコスが、こちらを少し怯えるような目つきで見ている。
Jはそちらを見て、目を見開いた。

「なーんだ、いるじゃないか」
「若様!駄目ですぜ、若様は静かに…」

一番驚いたのはサムだ。
振り返りマルコスを隠そうとするが、少年はその制止を振り切って。

「あ、貴方が…あの、儀式屋の人なんですかっ」
「……まぁね」
「だったら、お願いがあるんです!」

ほんの少し震える声で、だがはっきりと目の前の男に訴え掛けた。
Jは首を傾げ何?と尋ねる。
マルコスは大きく息を吸い込み、そして一思いに告げた。

「ジュードを、助けて下さい!!」





始まりなんて、いつも唐突だ。
気付けば、勝手に幕は上がっていて、心の準備も何もない。

「……慣れた、んですかね」

既に、メイスを振り回して暴れているシスターに、サキヤマは自分の心が驚くほど何も感じていないことに、そう結論付けた。
あるいは、自分がこの機関の一部と同化し始めたのかもしれない。
だが、それでも。

「シスター・エリシア、殺しはしないで下さいよ…」

悪魔たちとの戦いに夢中になってる彼女には、聞こえはしないだろう。
だがそれでも忠告をしてしまうのは、この機関の中で“唯一慈悲深い神父”と呼ばれる所以か。
それは違うと、彼は思う。
ただ、まだ“こちら”に染まりきっていないだけだ。
そしてそれは、これからも変わらないだろう。

…サングラスを押し上げ、さてと彼は辺りを見渡した。
考えごとの時間は、どうやら終わりらしい。
サキヤマの胸へ目掛け放たれた矢を、彼は易々と避けてちらっと目を上げる。
エリシアが何の前触れもなく、いきなり戦いの火蓋を切って下ろしたせいで、つい先刻まで悪魔たちは思考が追いついていなかった。
だが、どうやら今になって状況把握が出来たらしく、無防備すぎるサキヤマがいることに、意識が向いたらしかった。
エリシアがあまりに目立ちすぎるため、サキヤマの存在が霞んでしまっていたのだ。
一斉に殺気を向けられ、思わず神父は苦笑した。

「……僕は、あまり戦うのは好きではないんですよ。なので、一つ提案しましょう」

己の後方で、たった今悪魔を数人まとめて片付けた彼女は、微かに笑ったらしかった。
きっと、これから何をするのか、エリシアは気付いているのだ。
彼の髪よりも淡い淡い色の空へ、拳を開いた右手を掲げた。

「五秒、時間を差し上げます。その間に、貴方がたが戦いを放棄することを、僕は推奨します……五…」

彼は言うだけ言うと、カウントを始めた。

三章§15

「五…」

あくまで冷静に、低い声はカウントを始める。
彼が許した時間はたった五秒。
だが、誰一人として逃げ出す悪魔などいなかった。

「誰が逃げるものか!」
「そうだ!ふざけやがって…!」
「……四」

伸ばされていた手が、指を一本折る。

「時間なんか待つことねぇぜ!」
「三」
「今すぐ、やれぇええ!」
「二」
「全員、構えろおおお!」
「……、一」

彼の指がとうとう一本だけとなり、同時に彼を取り囲んでいた悪魔たちが襲いかかってきた。
サキヤマは、何ひとつ武器を持っていない。
それをエリシアは知っているが、手を貸そうとはしない。
このままでは、彼は一貫の終わりである。
だが、彼は全く焦燥を露わにすることもなく、怖じ気付いた様子も見せない。
ただ忠実に、最後の最後まで指をきちんと折り、カウントを続けるだけだ。
そして、終了を告げるべく口を開いた。

「零……残念です」

──その言葉を、きちんと聞いたのは何人いたろうか。
直後、青空に絶叫が迸った。


「あーあー…サキヤマのご慈悲を受けないなど、愚かにも程があるな、汝らは」

エリシアが嘲りを含め笑う。
ついでに、振り下ろされた斧を受け止め、跳ね返せばその悪魔の肩口辺りを穿つ。
そのまま力任せに、滅茶苦茶な方向へメイスを動かし、引き抜いた。
すると、悪魔の肩から先はいとも簡単に、体から切り離された。
彼の者の口からは、聞いていられないような悲鳴が飛び出す。
が、エリシアは特に気に留めもせず、ひっきりなしに驚愕の声が聞こえる方を見る。

……あの絶叫は、サキヤマのものではない。
サキヤマに襲いかかった中で、彼に一番接近していた悪魔のだ。
それを封切りに、次々と苦痛の悲鳴が耳に飛び込む。
エリシアは鼻で笑った、何だかんだでサキヤマも、所詮“全異端管理局”の者なのだ。

どれだけ規則を重んじようとも。
どれだけ自分の行動を窘めようとも。
ただ少しだけ甘いのは、きっと彼の癖みたいなものだ。

そう思い、背後から忍び寄っていた敵に一撃を食らわし、再度戦いの最中へ戻る前に、不協和音を生み出している神父を見遣った。


カウントを終える直前まで、サキヤマは完全に無防備だった。
彼に一番接近していた長髪の悪魔は、それを確認していた。
だから、手にしたサーベルで斬りつけようとした。
そして、斜めに切り裂いてやったつもりだった。
長髪悪魔は、目の前が一面真っ赤に染まるのを、想像していた。
確かに彼の想像通りの光景が、サーベルを振り落とした後には広がっていた。
──だが、予想通りではなかった。

手には、神父を手にかけた感触が確かに残っていたし、鉄臭い特有の香りが鼻孔を貫いた。
しかし、その獲物は忽然と姿を消している。
間一髪、逃げられたのか、と考えて悪魔は地に落としていたサーベルを拾おうとした。
そこで彼の思考は、一瞬にして凍てついた。

何故、サーベルを落としている?

人間を一人、それも無防備な相手を斬っただけなのに?
いや待て。自分は何か大変な勘違いをしているのではないか。
そう意識した途端、悪魔は見てはならぬ物を認識してしまった。

サーベルの、柄にくっついている、肌色の──

「あ、あああああああ!!!??!」

悪魔は口をがばっと開け、あらん限りの声を上げた。
パニックと突如訪れた痛みに思考を支配されるも、その片隅で真実を彼は理解した。

斬り付けた、のではなく、斬り付けられたのだ。

サーベルを握っていた手は、手首から先を綺麗な断面を見せて地に落ちている。

何故、何故、何故!?

とめどなく溢れだす血液はどうしようもなく、地面をただ汚していくだけである。
どす黒く、彼の苦痛や疑問を巻き込んで。
しかしそれは、彼だけに起きた現象ではなかった。
彼が悲鳴を上げた後、同じような声が周囲を取り込んだ。

「期待は、していませんでしたがね…」

それに紛れて、涼やかで物悲しい響きは、自分たちの背後から聞こえた。

三章§16

物悲しい響きに、まだ無傷の悪魔たちは背筋を凍らせた。
ゆっくりと振り返った悪魔たちは、そこで信じられないものを見た。

「…どうしました?悪魔は再生能力が非常に高い。ならばそのくらいの怪我など、痛くも痒くもないはずですが?」

かちりと濃い色のサングラスを押し上げ、彼は静かに問いかけた。
自分たちの後方、十分な距離──即ち、自分たちを完全に視界に入れられる距離に、神父は立っていた。
その彼は、僧衣の裾の末端さえも、乱してはいない。

実に奇妙である。
あの瞬間、彼が逃げられる隙など何処にもなかった。
いや、あるとすれば、彼がこちらの攻撃を凌いだということくらいだ。

その、指先に回るチャクラムを用いて。

「ご安心を。あくまで僕はエリシアのサポートに徹するのが役目…また、服務規程により無駄な殺生は禁則事項ですから、殺しはしません」

ちらりと、視線をメイスで悪魔を殴殺しそうな勢いの尼僧を追った。
隠れた瞳を細めるとすぐに彼は、依然敵意を失っていない悪魔たちへ向き直る。
それから、僅かに肘を引き。

「……動けない程度には、して差し上げます」

言い切る前に、チャクラムは彼の指先を離れていた。
向かってくるチャクラムは、たったの一つ。
それだけで、彼は悪魔たちを倒すというのか。

「神父め、俺たちをなめやがって…行くぞ!」

サキヤマの挑発するような言動が、癇にでも障ったのだろう。
頭に血の上った悪魔の一声と共に、数人の悪魔がサキヤマへと接近する。

悪魔の特性のひとつに、瞬間移動ともいえるほど特化した脚力がある。
それを使えば、チャクラムのような投射系武器のものは簡単に避けられる。
案の定、彼らは向かってきたそれを後ろへ見送り、突っ立ったままの男へ各々が攻撃を仕掛けた。
距離にして数メートルもない、今から回避することは不可能だ。
今度こそ、神父を仕留めたつもりだった。

しかし、彼らは失念していることがあった。

「……愚か、ですね」
「!?」

しゃらん

怖いくらいに、涼やかな音色が耳に届いた時、彼ら悪魔は腕か足を無くしていた。
それは、つい先程──仲間の悪魔が、突然手足をすぱっと切り刻まれた時──と同じ状況だ。
その理由に、感覚が痛みに犯されながら彼らは気付いた。

どさりと倒れて血まみれになった悪魔が見る中、サキヤマの元へと遠く飛んでいたチャクラムが帰ってきた。
だがそれは、一つ、ではない。
続けざまに、いくつもいくつも戻ってくるではないか。
それを器用に神父は指先で引っ掛けると、徐々に回転速度を落としていく。
そして動きが完全に止まると、彼はそれを袖口に仕舞った。

しゃら しゃらん

両手首にはまったそれは、この現状とは場違いなほど美しい音を奏でる。

(そういうことかよ…)

斬られた箇所を庇いつつ、悪魔は理解する。
この神父、自分たちが迫った時に、ブレスレットだと思い込んでいた武器を、一度に多く投げてきたのだ。
そんなのを至近距離、ましてミュステリオンの者からまともにくらえば、当たり前の結果である。

「僕がこんな輪っか一つで、エリシアのサポートなんか出来るわけないと、予想はついていたはずですが…」

サキヤマは、少しばかり残念そうに言葉を落とした。
だが表情に変わりはない、相変わらずの無表情のままだ。
それから、彼は自分を警戒し遠巻きに見てくる悪魔たちを眺め、ふと思考に囚われる。

(……当主の危機に、数名が動くのは分かりますが…しかしこの数は…)

ざっと見渡しただけでも、明らかに多すぎる人数。
これが当主を守るために立ち上がったといえば、感心するところである。
だが、サキヤマは引っ掛かりを覚える。
何かが可笑しい、と。
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