……そして少女は教室の扉を開けると、一瞬目が眩んだ。
カーテンが開けられているため、まだ強くないものの柔らかな日差しが目に飛び込んだせいだ。
徐々に視界を取り戻したユリアが見たものは、クラスメイトたちではなかった。

「おはようございます、ユリア様」

優しいアルトの声が耳朶を打った。
声の方を見やれば、亜麻色の髪を高い位置で髷を結わえた女性が立っていて、優しく微笑んでいた。
傍らには、ティーセットが載せられたワゴンがある。
彼女はティーポットから紅茶を注ぎいれている最中であった。
青磁のカップから立ち上る湯気と香りを吸い込んで、漸くユリアの意識は現実に焦点が合った。

「……ジェシカさん」

名を口にして、ここが何処だったのかを思い出す。
自分がいるのは、精神世界で、女王と言われる彼女の邸宅の一室だ。
今紅茶を注いでいる女性は、女王のメイドの一人だった。
つまり、あの光景は全て──夢。

「良い夢でもご覧になられてたのですか?」
「え?」

すっとソーサーに乗せられたカップが差し出されると同時に、そんな問いが投げかけられた。
受け取ろうとして、一瞬ユリアはその手を止めた。
ジェシカは、穏やかな口調で繰り返す。

「いえ、とても楽しそうなお顔でお休みなされていましたので」
「……えぇ…現実世界にいた頃の…友達との夢を見てたんです」

もう今は会えないけれど、とは言わなかった。
言ってしまうと、気持ちが何処かへ引きずり込まれてしまう気がしたのだ。
あの夢と、今の自分の境遇が雲泥の差であると、再認識したくなかったせいも、あるだろう。
……『儀式屋』からこちらに移って、もう三日目を迎えた。
本当に呆気なく、特に何を言うでもなく主に送り出された。
ただ一言、私がいいと言うまでそこで待機するように、とだけ。
こんなにも目に見える除け者扱いを受けるなんて、ユリアは思ってもみなかった。
そう考えると、一体何故、儀式屋は自分を手元に置こうと考えたのかという疑問に行き着く。
本当に必要なのか、持て余してしまっているのではないのか。
いつだったか、アンソニーが言っていたように、ただの儀式屋の暇つぶしの要員なのではないか。
そんなことをあの日からずっと考えていて、ユリアの気持ちは沈んだままだった。
そこにきて、今日の夢。
打撃は強く、錘を付けられたかのように、ますます沈み込んだ。

「そうでございましたか」

ジェシカは変わらぬ口調で、そう告げた。
それからどうぞ、と手付かずのままの紅茶を差し出した。
目覚めの紅茶-アーリーモーニングティー-というそれは、ユリアの習慣にはないものだった。
ジェシカ曰わく、女王たる彼女がユリアにも自分と同じ待遇をさせるように命じたそうだ。
カップに口を付けて、一口。
元々柔らかな香りが立ち上っていたが、ミルクを入れたことでよりまろやかな風味がふわりと口内に広がり、ほんの少し、それがユリアの気持ちも軽くさせた。
ジェシカの淹れる紅茶は、本当に素晴らしいものだ。
もう一口飲んで、ユリアはほぅっと息をついた。
温かい気持ちになって、先ほどまで心を占めていた暗い気持ちが、じわじわと払拭されていく。
何かおまじないでもかけられているのかと思うほどだ。

「美味しい……」
「アッサムティーと申しまして、陛下はこの香りといい色艶といい一番お気に召されている茶葉でございます」
「へぇ……茶葉から、ですよね?」
「えぇ、もちろんですよ」
「すごいです……難しくないんですか?」

そう尋ねられたメイドは、やや困ったような笑みをみせた。

「紅茶を茶葉で淹れる作法でしたら、ユリア様でもすぐにお出来になりますよ」
「え、そうですか?」
「えぇ。ですが、本当に美味しい紅茶を淹れられるのは、リヒャルトさんだけですわ」

ジェシカはリヒャルトの名を口にしながら、肩をすくめた。
何故?とユリアは首を傾げる。

「私でも、未だにあの人の紅茶にはかないません。あの方にお仕えして5年になりますが……まだまだ、遠く及びませんわ」

ほんの少し悔しそうな響きが語尾に宿ったが、しかし彼を心底尊敬しているという気持ちも、そこには込められていた。