「坊ちゃん、武術の心得は?」
「……これでも僕は当主です、馬鹿にしないで下さい」

少しむっとして言い返すと、軽く吸血鬼は謝った。
それから、さっとマルコスを上から下まで見ると、

「で、メインは?」
「……はい?」
「だから、武器だよ。それとも、体術派なわけ?」
「ああ、そういう…今回はちょっとした調査だけのつもりでしたから、ナイフだけですね」
「んー……実際、一番得意なのは?」

やけに食い下がって聞いてくるJに、マルコスは不審そうに眉をひそめた。
それに気付いたJが、ああ、と声を上げた。

「参考までに、ちょっとね」
「そうですか…一応、父から受け継いだサーベルが、僕の得物ですが」
「なるほど…なら大丈夫か。よし、行こう」
「?」

訳の分からぬままにJの質問は終わってしまい、何だかマルコスは釈然としなかった。
が、そのお陰で少し緊張が解れたようだった。
もしかしたら、Jはそれを狙ってわざわざ聞いたのかもしれない。
そう考えることにして、マルコスは漸く扉を真っ直ぐ見つめられた。
自分の屋敷とは全く趣が違い、さて二区の当主とはどんな人物であったかと思いを巡らせる。
噂に聞くのならば、かの者は革命派であったと聞く。
ミュステリオンにも攻撃的で、それは熱心に現実世界への入口を模索していたそうだ。
七区はといえば、父カサルスが存命の頃は全員が現状維持派であった。
だが、亡くなってからは、いつの間にか皆の心は革命派へと傾いていった。
せっかく父が培ってきたものを守りきれず打ち壊してしまった今、自分がこの上なく情けない。
もっと力があったなら、知略があれば、人望があれば。

(だから、此処に今、立っているんだ)

何が正しいのか、何が今起きているのかを確かめる。
さぁ、と心の中でだけ気合いを入れると、扉を押し開いたJに続いた。

「これはまた……荒れてるね」

照明が落とされており、中は昼日中であるのに薄暗かった。
そうであってもエントランスといわれるべき場所が、ものの見事に荒れているのはよく分かった。
二区の当主がどんな趣味だったのかは知らないが、少なくとも高価そうな品々を床に打ち捨てる真似はしないだろう。
明らかに、これは城主の意志とは違うものの仕業である。

「ミュステリオン、でしょう」
「かもね。あるいは仲間割れみたいなことでもしたか……さて坊ちゃん、俺たちが最初に出会った場所は、恐らくこの階段を上って左、突き当たりの部屋だったと思うんだけど」
「あー……はい、そうですね」

最初に出会った場所といわれ、マルコスは示された階段を見やった。
荒れたエントランスから伸びる階段は、数段上がった踊場で二手に分かれている。
そのうち左側の階段を辿ると、此処からでは見えないが、部屋がいくつかあるのだろう。
マルコスが侵入した部屋は一番奥の部屋で、Jの言うとおり突き当たりの部屋で間違いない。

「あの部屋は、物置だったのかな?随分乱雑に物が溢れてたけど」
「そうですね」
「となると、あと幾つか部屋はあるけど……坊ちゃん、俺は貴族じゃあないからよく分かんないけど、やっぱり隠し部屋とかあるの?」
「どうでしょうか……僕のところは部屋はないですが、抜け道はあります」
「なら、この屋敷の奴らも、そういうのを知って、身を隠してたってとこか」

Jの推理に、マルコスは頷きを返した。
ここには屋敷の悪魔全員ではないだろうが、何人かは偵察のため残ってはいるのだろう。
となると、どこかに身を隠し、危険が迫れば抜け道から逃げていたのかもしれない。
ミュステリオンは上手くそれを見抜けなかった、というわけだ。
そう考えをまとめて、改めてマルコスはエントランスから二階までの道を見渡した。
危機に瀕した時、当主たる自分ならばどうするだろう?

「……Jさん、まずは主の部屋を探しましょう」
「当主の?なんでさ、片っ端から適当でよくない?」
「当主は自分の部屋にいる場合が大半です、となればそこから抜け道があり、何処かへ繋がっているかもしれません」
「なるほどねぇ、一理ありだ」

うん、と彼は頷くと、階段を登り始めた。
マルコスもそれに続き、左右に分かれる踊場で二人とも一度立ち止まる。

「坊ちゃん、どっちに行く?」
「……左に、行きます」
「ん、じゃあそっちから行こう」

マルコスの意見を聞き入れ、Jがそちらへ続く階段を二段飛ばしで上がっていく。
慌ててマルコスはその背を追いかけた。