方法に問題はあれど、その考え方についてはヤスも否定するつもりはなかった。

「……その心意気は俺も賛成するところっすけどね」
「じゃあ文句ないじゃん」
「でも、やり方がおかしいっす」
「……純情ボーイ、精一杯の嫌味だね」

やれやれと、それこそ大袈裟なまでに呆れてみせれば、ひょろ長い彼は面白いくらいに憤慨してみせた。
純情ボーイじゃないだの、とにかくユリアから離れろだのと喚くが、それはJには何処吹く風状態だ。
ただただ、ツートーンカラーの男の興味は、困った顔をしながらも拒絶は示さない少女にだけ注がれている。
その暖かな色を宿した瞳と目が合うと、ユリアは寄せていた眉をほんの少し開いた。

ユリアとしても、少々強引であると言えるこのやり方には閉口したが、その思いの根底を知れば、嬉しくないはずがない。
そう思えば、こうして密着してくるのも、彼なりの表現の仕方だと納得出来る。
だから少女は、泣き顔のような笑みを浮かべるだけで、Jから無理に離れようとはしないのだ。

「あーもう…!サンさんがこっちに顔出さなくなったと思えば、今度はJがこんなだし……姐さんっ、何とか言ってやって下さいっすよ!」
「ヤスくん、諦めも時には大切なものよ?」
「あ……姐さんまでそんな…」

最後の頼みの綱だったアリアにまでそんな言い方をされて、ヤスは長い体を器用に二つ折りにした。
彼をそんな状態にさせた鏡の中の女神は、吸血鬼の膝に座る少女に一つウィンクを投げて寄越した。
どうやらアリアは、ユリアの心情を見抜いていたらしい。
ユリアはそれに微笑を返すと、いい加減ヤスが可哀想になってきたので、何と声を掛けて励まそうかと思案する。

──ちりん。

不意にその思考を遮ったのは、軽快な音を立てた扉に備え付けられた鈴だ。
一斉にしてそちらに顔を向けて、ユリアはそこに立つ人物を凝視した。
……ぼさぼさの、薔薇より淡い頭をこちらに向けて、半ば扉にもたれかかるようにして、室内へ一歩。
扉に付いた手も頭同様汚らしくて、どうやら何日も風呂に入っていないように見受けられる。
着ている服はあちこち破れていたり穴が開いていたりで、どうも危ない雰囲気がその人物を覆っていた。

さて、ユリアが思うにその危険人物は、店内の床へ足を一歩踏み出したきり、全く動かなかった。
微かに前後、または左右に揺れているようではあるものの、その場所からは移動しないのである。
その場にいた全員が固唾を飲み見守る中、とうとうJが行動を起こした。
膝に乗せていたユリアを下ろすと、カウンターを飛び越えて、危険人物に近付く。
派手な吸血鬼が目と鼻の先へ立つが、それでも不審人物は反応を示さなかった。
ただ俯き、棒立ちになっているだけである。
あまりに無反応な人物を、Jは下から覗き込むようにして顔を見つめた。

「………アキちゃん…?」
(……アキ、ちゃん?)

Jのその呼び掛けに、ユリアは首を傾げた。
知らない者を呼ぶ言葉でもなく、忠告の言葉でもない。
きちんとした名前を、彼は呼んだのだ。
ということは、この人物はJの知り合いということになる。
その憶測は当たっていたらしく、名を呼ばれると微かに頭が持ち上がった。
そして、虫の鳴くような声が、囁いた。

「……J……お腹、空いた…」

本当に小さな小さな音量で、それだけ告げるとアキと呼ばれたその人は、力尽きたようにJの前へ倒れこんだ。
反射的に、Jはアキが床へ激突する前に腕を伸ばして捕らえた。
それから大きな溜息を吐けば、事の成り行きをじっと見ていた同僚を呼ぶ。

「儀式屋呼んできて」
「あ、了解っす」

一つ頷くと、ヤスは長躯を反転させて儀式屋がいる部屋へと走っていった。
後にはユリアとアリア、Jに倒れて動かないアキだけだ。
妙に張り詰めた空気がじわじわと辺りを蝕んできて、ユリアは何だか体がむず痒くなった。

「やれやれ……相変わらず、無茶する子だわ」

ぽつりと、鏡からそんな言葉が聞こえた。
見れば、何処かその瞳は親が子を見守るような、優しいものを宿していた。

「アリアさん……あの人、は?」
「……ああ、ユリアちゃんは知らないわね。あの子はね、この『儀式屋』一忙しい男、アキ君よ」

尋ねれば、母親の眼差しのままアリアは少女の疑問にそう答えてみせた。