Jは建物の片っ端から、悪魔を捜し出すつもりは、毛頭なかった。
闇雲に捜したところで、それでは時間が惜しまれるばかりだからだ。
一番に捜すところを、彼はとっくに決めていた──貴族の屋敷だ。
例の会議が行われる可能性もあるため、捜すならばまずはそこだと考えていたのだ。
幸い、ミシェルから屋敷の場所は聞いていたため、それはすぐに見つかった。
二区の奥深く、全異端管理局の塔よりも遠く離れた、そこ。
貴族の屋敷という割には、それほど仰々しいものではない。
木の色合いをそのまま活かした木造建てに橙色の瓦が葺かれ、小さいながらもそれなりの庭が誂えられたそれは、およそ悪魔の貴族の屋敷には、似てもにつかなかった。
そんな屋敷の前に立った時、Jは得も言われぬ違和感を覚えた。
それは悪魔らしくない屋敷に対して、ではない。
悪魔街は緊張で張り詰めているというのに、此処だけは時間と切り離されたかのように静寂が漂っていたからだ。
その静けさがまるで墓場のようだと、Jは感じた。
屋敷自体が死んでいるようで、不気味としか言いようがない。

(……ここで合ってんの、本当に)

不信感丸出しの表情を滲ませ、建物を見上げる。
が、確かめようにも、外観からだけでは決定打がない。
俯き息を一つ吐き出すと、毅然とした顔を上げる。

「……っし」

短く呟き、彼は勢いよく走り出すと、屋敷を囲む高い塀を乗り越えた。
着地すると、じゃりっと靴底に小石の感触が伝わる。
見渡せば、庭一面に砂利が敷き詰められ、一歩でも踏み出せばそれだけで音が響く。
一瞬眉根を寄せてから、Jは即座に近くの木によじ登った。
葉を隠れ蓑にして、二階の窓から中の様子を窺う。
しかしそれでも、人の気配が感じられない。
他の木に飛び移って同じようにしてみるが、やはり何も──

「!」

金瞳が、大きく開かれた。
窓硝子に、確かに影が映し出されたのだ。
どうやら此処は、ミシェルが言った通り悪魔の貴族の屋敷で間違いないようだ。
しかし、Jが望んだような人影ではない。
疑心暗鬼だった顔は、気付けば好戦的な笑みを刻んでいた。
漆黒の服に、首から下げられたロザリオ。

「ミュステリオン……か」

窓際に映る姿は、一つ。
何かを捜しているようだが、この位置からでは全く分からない。
どうしたものか、とJは首を巡らせる。
そうして辺りを見渡していると──

「あれ?」

何処から現れたのか、小さな金髪頭が、ぽっかりと開いた窓から館内へと侵入した。



「どうだ、何か見つかったか」
「いえ、何も……」

新米神父からのその報告に、発掘調査局に長年勤める神父は渋面を作った。
昨日のあの事件の噂は、ミュステリオン内で瞬く間に広まった。
そして当然のように、犯人は誰かという推察が飛び交った。
犯人は神父エド説、悪魔説、または内部犯から果ては過去の怨霊の仕業ではとまで飛躍した。
が、事件を担当した彼ら発掘調査局の面々は、そのどれもが正解ではないと確信していた。
まず最も犯人らしいエドだが、もしも彼が皆殺しにしていたとしても、本人は自殺したわけではなかった。
銃は左手の先に落ちていたが、弾丸は右側頭部から左に向かって貫通していたのだ。
左手で銃を握り右側頭部にあてがって撃つのは、物理的に不可能ではない。
だが不可能でなくとも、そんな格好で発砲するのは不自然だ。
そうなれば、彼は他の何者かに殺害されたと見るのが自然だろう。
ではそれが悪魔かといえば、それも違う。
拷問にかけていた悪魔は全て頭と胴体が切り離されていたわけで、エドを殺してからからなどは、まず無理だ。
また同じ理由で、その場にいたミュステリオン内の人間でもない。
ではこの事件の犯人は誰なのか──夜通し行われた捜査では、犯人はミュステリオンの“地獄”に、少なくともその時いた者ではない、ということまでしか判明しなかった。

『だったら二区を洗ってきなさい』

明け方になり、局長にその旨を報告したところ、そんな返事が返ってきた。
指示を出した彼女の顔は、何やら余裕がないようだった。
ボニーも昨日の局長会議から様々な情報処理に追われており、休む暇がないのだ。
そんな彼女を少しでも助けるべく、その指示に従って二区に赴いたのだが。

「……全く、もぬけの殻もいいとこだな」

ベテランの神父は、頭を掻いて溜息を吐いた。
二区に入ったのは指示を出されてからすぐだったのだが、もうその時には死んだような静けさだけが残されていたのである。