七章§08

嫌な予感がして急ぎ足で屋敷に乗り込んだが、残念ながら予感は的中した。
たった今までくまなく捜したのだが、悪魔は一匹たりとも屋敷にはいなかったのである。
予想されていた事態ではあったが、よもやここまで早いとは。
はぁ、と額に手を当てて深い溜息を一つ。

「……一度、本部に──」

かたんっ

連絡をとろう、と言い掛けたその時、本当に微かな音を、彼らの耳は捉えた。
二人して見合うと、揃って部屋の奥を見つめる。
彼らがいる部屋は、やたらと物で溢れ返った物置といって差し支えない部屋だった。
ゆえに、立つ場所によっては、物が死角となってしまう。
だが、此処はたった今哨戒したばかりなのだ、物音がするはずないのである。

「先輩……」

新米神父が小声でベテラン神父を呼び、そっとある方角を指差した。
そちらを眼球だけ動かして見やれば、窓が開いてカーテンが風に柔らかに靡いていた。
瞬時に理解して、うん、と一度目配せをすると、物音を立てぬように、彼らはその場所へ近付く。
手にした銃をしっかり握り締め、確実に一歩ずつ距離を縮める。
机を乗り越え、積み上げられた椅子を崩さぬように通り、埃を被った蔵書のその向こうに──

「箱……か?」

息を殺して銃口を向けたが、二人の神父の目にはただ、玩具箱のようにごちゃごちゃと物が突っ込まれた箱が置かれている光景が映った。
その箱から、溢れた置き時計やら人形やらが床に落ちている。
それ以外には何も変わった様子はない。
それらがたった今、風に煽られて落ちたと見るべきか、それともこの中に何か“いる”と見るべきか。

「待て」

早速中身を物色しようとしていた新米神父に待ったをかけ、下がれと命令する。
素直にそれに従ったのを見届けると、自身が箱に近付き箱に足をかける。
そして、気を引き締めると、一思いにそれを蹴り倒した。
がらがらと大きな音を立てて箱は中身をぶちまけた。

「!」

中から出てきた“異物”に、ベテラン神父は銃口を向け、引き金を弾いた。
が、撃鉄が弾を弾き出した時には、既にその場にはいなかった。
さっと身を捻り後方、何かが走り抜けて行くのを捉える。
無様にも背をこちらに向けるそれに、容赦なく一発を撃ち込んだ。

「うぁっ…!」

小さな悲鳴を上げ、一瞬動きが鈍る。
その隙に、もう一人の神父が追いついて床へと叩き伏せた。
すぐさま側へ駆け寄ると、ベテラン神父は眉間に皺を寄せた。

「子どもか」

新米神父が馬乗りになって取り押さえているのは、小柄な少年だった。
膝を着いてしゃがみ込むと、金の髪の毛を一房掴み、頭をそのまま持ち上げる。
と、痛みを堪えて震える琥珀の瞳と神父は目があった。

「他の仲間は何処にいる?」
「………っ、そんなの、知らないっ」
「嘘を吐くな。お前のようなガキが、一人でいるわけないだろ。さぁ、早く言え」
「だから、ぼくは何も知らないっ!」
「……もう少し痛い目に遭えば、口を割るか?」

すっと男は立ち上がると、悪魔を見下ろす。
そのまま足を後ろへ軽く引き、一気に悪魔の横面目掛けて蹴りを放った。

「あがっ……!」
「どうだ、少しは話す気になったか?」
「………っ………」
「まだ足りないか?だったら、もう一度……!」

そうしてもう一度、同じように足を振り上げた時だった。
突然、ベテラン神父は頬に強烈な打撃を加えられて、積み上げられた書籍を盛大に崩して倒れ込んだのである。

「先ぱ……ぐぅっ!?」

突如として起こった現象に、新米神父が驚いて呆然としていると、即座に自身も同じ目に遭わされてしまった。
空の箪笥に激突して、顎と後頭部への痛みやら視界の不安定さを覚えつつ、何とか立ち上がる。
と、ぼんやりながらも見えた光景に、彼は目を見開いた。
金髪の少年悪魔を抱えた第三者が─サングラスを掛け、赤と白という奇抜な髪の色に、漆黒ながら何処か反社会的な服装─そこにいたのだ。
明らかに、そいつがたった今自分たちに攻撃してきたのだろう。

七章§09

「貴様っ、一体何者だ!?」

本の山から這い出てきた神父が、荒々しく問い質した。
それに対して、闖入者はにやりと笑った。

「さぁね。悪いけど、この悪魔坊やは、俺が頂くよ」
「そうはさせるかっ!」

何とか視界が定まってきた新米神父が、この場を退こうとした男に銃を放った。
が、弾は男の背後にあった古臭い花瓶を粉々にしただけだ。
その一部始終を見届けたあとで、その男はぽつりと呟く。

「下手くそ」
「っ!?」

一瞬にして距離を詰められ、そのまま鋭い蹴りが腹部に見舞われると、再度箪笥へと戻されてしまった。
次いで、今にも引き金を弾こうとしているもう一人の神父に素早く向き直る。
そして、馬鹿にしたような笑みを浮かべると、一瞬にしてその姿を眩ませた。

「!?何処に行った!」
「神父、あんたの後ろだよ」

自身の真後ろから鼓膜へ、直接声を吹き込まれて神父はぞわっと背筋が粟立った。
慌てて反応しようとするが、時すでに遅し、振り向いた瞬間に彼は顔面に拳を貰った。

「っ…!!」

声にならない悲鳴をあげうずくまる神父をひょいっと飛び越えると、男はそのまま開け放たれた窓まで走り外界へと逃げおおせた。





「あ、あの……?」

担がれたままの少年悪魔は、勇気を振り絞って声を掛けた。
脱出するまでは銃創と横面への痛みのせいで思考が追い付かなかったのだが、今は痛みも失せたため、この状況をきちんと理解している。
ならば何故暴れて逃げ出さず、大人しく担がれているのかといえば、少年悪魔は自分を担ぐ相手に見覚えがあったからだ。
赤と白の髪で、ミュステリオンにも平気で立ち向かう人は、今まで会った人の中でたった一人だ。

「Jさん?ですよね?」
「ご名答ー」

貴族の屋敷から大分離れ、適当に建物の陰に隠れてから、男は──Jは、少年悪魔の言葉ににやっと笑ってから、地面に下ろしてやった。
久しぶりに地に足が着いた少年悪魔は更に尋ねようとしたが、その前にJが口を挟んだ。

「こんなとこぶらついてちゃ、まずいんじゃないのかい、マルコス坊ちゃん?何か訳あり?」

柔らかな金髪の下、こちらを見つめる琥珀の瞳に、Jは問いかけた。
そう、今Jの目の前にいるのは、かの七区の現当主、マルコス・ルシフォードその人なのだ。
故に、Jの問い掛けは正しい。
七区の当主たる者が、護衛もなしで他区にいるだなんて、有り得ないのだ。
そもそも、他区間の行き来は禁止されており、その時点で処罰ものだ。
そればかりか、今マルコスがいるのは、あの反乱があった二区なのだ。
間違いなく、マルコスがいることがばれてしまえば、軽い処罰どころでは話はすまない。
では何故彼は、そこまでして此処へ来たのか。
マルコスは、若干目線を下げ、何やら言いづらそうに告げた。

「……助けてもらったことは感謝します。でも、いくら貴方でもお話するわけにはいきません」
「ははっ、勘違いするなよ坊ちゃん。俺は助けたつもりなんかないさ。ただ、君があのままだと連行されそうだったし、それだと俺の都合としてもよくないからだよ」

Jは肩を竦めて、飄々と言ってのけた。
え、とマルコスの琥珀の瞳が見開かれた。
それまであった笑みを引っ込めると、Jは問いかける。

「あんたたち悪魔は、一体何を企んでるわけ?」
「……企み?」
「そ。まぁ坊ちゃんは維持派だから詳しくは知らないかもだけど、多少なりとも革命派の目的、わかってるでしょ?」

ぐっと顔を近づけ詰め寄り、マルコスの目を覗き込む。
口調こそ柔らかだが、それ以外Jから放たれる視線や雰囲気その他諸々は、有無をいわさぬような威圧感があった。
思わずマルコスは、一歩後退する。

「……そんなこと、吸血鬼の貴方には関係ないんじゃ?」
「もし、十六区の繰り返しが起こるようであれば、儀式屋が黙っちゃいない」
「……、儀式屋さんが?」

Jの雇い主の名を口にした少年悪魔の声は、やや上擦っていた。
それもそうだろう、儀式屋が自ら動くということは、ただ事ではないということでもある。
特に、十六区の反乱以降、全く公に姿を出さなくなったのだから、尚更である。
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