三章§24

未だ話し込んでいる二人を見て、Jはそろそろと離れ始めた。
これ以上、此処にいるといらないことにまで巻き込まれてしまう。
特に、今は本当に絡みたくない。
これが、あの少年からの頼みでなければ、わざわざ出向くつもりもなかったのだ。
どうせ、放っておいても今の時期なら、何度でも会うことがあるだろう。
ならば今は、ジュードを助けられたことで十分である。
もう長く留まる必要も、ない。

「どこへ、行く?」
「……俺は、もう此処にいる必要はないだろう?ジュードのことは諦めたようだし」
「あぁ。たがもう一つ、汝には別の用があるのだ」

名を呼ばれ、帰ろうとしていた男の足は動きを止めた。
何か、と見れば、エリシアは隣の相方を顎でしゃくる。

「貴方が此処に留まる理由…答えて差し上げましょうか」
「へぇ、何、神父様は何でもお見通しって訳?」

Jの表情は変わらない。
何処までも、ただ楽しそうに笑っているだけだ。
サキヤマはそれに無表情を返し、目の前の男へ告げる。

「貴方は、ジュードを助けたならばそのまま自分も帰れば良かった…なのにそうしなかったのは、僕たちに用があるから」
「…まぁ、君たちにジュードのことを諦めてもらえるようにしなきゃだしさ。そのためなら」
「いや、違う」

Jの言葉は尼僧に、簡単に否定された。
彼は、金瞳をやや見開いてみせる。

「どうしてさ?」
「汝のその言い分は、結果論に過ぎん。本当は」

しゃらん しゃら

神父の腕から輪がひとつ、またひとつ指先に引っ掛かる。
それを見届けると、彼女は、言ったのだ。

「汝は、我々にその血を提供するために居た…違うかの──飼い主付きの、吸血鬼が!」
「!」

その叫びと共に、Jの身へと複数のチャクラムとメイスが襲い掛かった。
逃げ道はない、完全にその姿は捕らえられた。

「……自意識過剰、じゃない?」

だが実際は、そうではなかった。
先程まで居た場所とは反対の位置から、その小馬鹿にしたような声は聞こえた。
振り返れば、サキヤマの投げたはずのチャクラムを掴み、眉を鋭利な角度にしている男がいた。
二人がこちらを向くと、Jはそれを投げ返した。

「それに、手抜きで俺に掛かろうなんて、馬鹿にしてる?」
「……無礼を、謝りますよJ」

既に彼の言葉には、さっさとことを終えて帰るという、寸前までの考えはなくなったらしい。
ただただ、先の攻撃に不満を募らせるだけである。

戻って来たそれを容易く取れば、神父はそれを感じ取ったのか慇懃な態度で答えた。
が、尼僧はといえば謝る素振りは一向に見せず、寧ろより笑みを深める。

「ますます面白い!なれば汝の希望通り、本気で汝と相手をしようではないか!」

この日、一番の明るい声音でシスターは応対した。






はっとして、魔術師は顔を上げた。
それまで散々、ユリアについて色々と知人と話していたにも関わらず、突然会話を中断したのだ。

「おや……どうか、したかね」

魔術師のお喋りに付き合わされ、適当に返事していた黒髪の男も、知人の異変に気付く。
だが、本人から事情を聞くよりも早く、儀式屋はそれを理解した。

「漸く、か」
「あはっ、待ちくたびれそうだったよ」
「人に散々話し掛けては、作業の邪魔をして?」

明らかな皮肉を彼は吐いたが、どうやら銀髪を携えた魔術師には効かないらしい。
あはは、と朗らかに笑う。

「僕は不健康な儀式屋クンのためを思ってだよ?」
「……そうかね」

一瞬、吐き出しそうになった溜息を寸でのところで堪える。
代わりに、咳払いをひとつしてから。

「それで、君はもう行くのかな?」
「そうだねぇ…そろそろいい時間だし、行くよ」

ぴょんと机から飛び下りれば、くるりと振り向く。
真っ白な帽子を脱ぎ、胸に当てれば一礼。

「じゃあ失礼するね。儀式屋クンは、お楽しみを待ってなよ」
「最初からそのつもりさ」
「ふふ、だと思ってた」

にっこり、サンは微笑をその唇に浮かべると、瞬きした間に姿を消してしまった。

三章§25

低く振動する音が、静謐さを保つ世界に何処までも広がる。
がこがこ、煉瓦がタイヤに踏み付けられる。

「…そんな馬鹿な」

フロントガラスがなくなり、やけに風通しの良くなった車内。
ジュードの声が、疑問を投げ掛けた。

「……いんや、マジだ。あのままミュステリオンの奴らと戦ってたら、やばかったんだよ」

それに答えたのは、ハンドルを握るひょろ長い悪魔だ。
ですよね?とバックミラー越しに、サムは若き当主に確認する。
それに少年が小さく頷いてみせれば、隣の巨漢は唸り声を上げた。

「しかし…」
「まぁよ、Jの言うことだからあんま確証はねぇ…だが、嘘じゃねぇだろうよ」

ハンドルを切り、角を曲がる。
その路地にも、誰もいない。
ただ昼下がりの日差しが、無意味に降り注ぐばかりだ。
見慣れた街並が、何故か薄気味悪い。

「……俺は、あの男を疑うつもりはない」
「あーそう?それならそれでいいけどよ」

ジュードの言葉にサムは軽く返事を返した。
だが、運転している彼は気付かなかった。
巨漢の男の顔が、難しいものになっていることに。

「ジュード、どうかしたの?」

代わりに、隣に座る少年が尋ねてきた。
瞳が不安そうに、ゆらゆら揺れている。
ジュードはそれに対して、何でもないと首を横に振ってみせた。
しかし、彼の意識はマルコスには向いていなかった。

(疑うつもりはない…だが、胸騒ぎがするのは何故…)

その答えは、現時点ではついには見つからなかった。






「流石、残酷なことがお好きなミュステリオンだ!」

とは、三度目の攻撃を受けた時だった。
横に薙ぎ払われたメイス、それをひょいっとしゃがんで躱し、ついでにシスターへ足払いをする。
耳障りな舌打ちの音と共に、地をブーツで蹴り付けエリシアは後退。
Jは立ち上がるが、今度は左右から計四つのチャクラムが向かってくる。
さっと見てから一瞬で判断し、届く前に彼は前方へ転がり込んだ。
そして隙を見せぬ間に、すぐに振り返る。
と、鋭利な視線とぶつかり合った。

「……今更、貴方が言うべき台詞ですか」
「少なくとも、去年俺のところへ来たシスター・ジェニーは先に選択肢を提示してくれたけど」
「……ああ、ジェニーは優しいからのぅ…それに、あの子は元々全異端管理局の子でない。事務職の子だ、マニュアル通りにしか出来んよ」
「どうりで、君と違って可愛かったん」

彼の言葉と同時に、痛ましい音が響き渡った。
Jが、左腕で乱暴に振り下ろされたメイスを受けとめた音だ。
ひゅうっと、彼は口笛を吹く。
だが顔は、決して笑っていない。

「ん?俺にこれは効かないって知っててやるってことは、怒った?」
「……汝に問うてやる。その血をおとなしく受け渡すか、それとも戦い血を流すか、選ばせてやろう」
「く…ははは!」

そして、急に破顔した。
高々と、暗い世界に哄笑が何処までも、何処までも。
が、それも直ぐに収まれば、メイスを反対の手で掴み一気に引っ張り寄せた。
奇抜な彼は犬歯を剥き出して、彼女の耳元で囁いた。

「馬鹿じゃない?俺は、本気で来いって言ったんだ…それこそ、今更すぎる」
「っ!!」

掴んでいた手を離し、素早く鳩尾に拳を見舞った。
エリシア自身、予想をしてはいたようだが、軽く入ったらしかった。
受け身を取り、サキヤマの側まで下がる。
体勢を立て直すと、今までとは違う、本物の殺意を込めた視線が、Jを貫いた。

「……薄汚い吸血鬼よ…汝のその血を恨むがいい。聖裁における汝ら吸血鬼の取り扱いは、殺さずその血の一部を余らが回収する…つまりだ」

エリシアはメイスの先端、装飾品を掴む。
その過程をサキヤマは、やや目を細めて見守る。

「今、汝を半殺しにすることは、許される!」

きゅらり、外れたその先を見て、Jの顔は俄かに硬くなる。
そして此処に来て、初めて彼は困ったような声を上げた。

「あーあー…怖いもの、持ってらっしゃるようだ」

メイスの先端に現れた、細長い刃が鈍色に光っていた。

三章§26

──吸血鬼。
それは精神世界における、悪魔の次に危険な生物。
その名の通り、特に人間の血を吸う生物である。

その昔、彼らは現実世界にいたが、文明が進むにつれて精神世界へ追われた。
当然の結果である、現実世界にいるということは、人間を脅かす危険極まりない存在なのだ。
そうして、とうとう現実世界からはほぼその存在を消され、伝説として扱われるようになってしまった。
そうした処置を行ったのは、やはりかつてのミュステリオンのものたちである。

精神世界に追われた今、彼らは困難にぶち当たっている。
生命の源である、血液の不足だ。
精神世界に存在するのは、ミュステリオンの人間と悪魔が大半を占める。
残りは、現実世界から追われた生物と、ごく一部に過ぎない現実世界を捨てた“人間”。
それだけで、欲求が満たされるはずがない。
血の渇きに飢えた吸血鬼は、瞬く間にその数を減らした。

残った吸血鬼は、二分化する。
ひとつは、精神世界から逃げ出して現実世界に向かう者。
だがミュステリオンの目を盗み抜け出すのは、かなりのリスクを負う。
成功率の低さは、異常といえるほどだ。

そしてもう一方。
精神世界に存在する誰かと“契約”し、血を供給される代わりに、永遠にその人物のどんな命令にも従う。
それは、俗語では“飼い主付きの吸血鬼”と呼ばれ、

「でも、そう来てもらわなきゃ楽しくない」

鈍く光る刃を一瞥し、先程までの困惑気味の雰囲気を、“飼い主付きの吸血鬼”である彼は払拭する。
掌を上に向けると、指を手の内へと折り曲げた。
──かかってこい、という意味だ。
メイスを握り直したシスターは、口角を吊り上げ、嗤う。

「後で思う存分、悔やむがいい…サキヤマ」
「はい」

短い返事。
名を呼ばれるまでの間、それだけでエリシアが自分に何を要求したのかが分かる。
だからただ一言、返すだけでいい。
武器を仕舞い、すっと顔を上げて──

そして、彼は何の前触れもなく、Jへ殴りかかった。

「!」

ややJは目を細め、それを右腕で受け止める。
間を置かずして、神父の脇腹へ蹴を放つ。
サキヤマはそれを受け流すように、Jの足の動きと共に避けた。
と、その彼の背後から、鋭い刄が伸びてくる。
金瞳の吸血鬼は舌打ちすると、左腕でメイスの柄を弾き飛ばす。
進行方向が変わり、勢いに身を任せていたエリシアはそのまま突っ込んで来る。
だがその顔は、全くもって悔しそうではない。

「──なめるな、吸血鬼が」

寧ろ、弾んだ声音。
それが、そんなことを告げてきた。
直後、Jはその意味を理解する。

「っ……やるじゃないか、神父サキヤマ」

エリシアとは反対側に位置する彼に、Jは苦い顔をして言葉を吐き捨てた。
サングラスの神父の手には、チャクラムではない武器がいくつも握られている──細長い、何か。
そのうちの一つが、Jの肩に突き刺さっている。
咄嗟に、シスターの体に体当たりを食らわして、そのまま前方へ転がり込んだが、避けきれなかったようだ。
忌々しげに肩のそれを抜き取り、エリシアへ向けて投射。
かきん、とメイスで容易に弾かれる。

「……ダートか…君、チャクラムだけじゃなかったんだ」
「ダートだと、深く刺さりますから」

指に挟んだそれを見せ付けるように、神父は手を軽く振る。
それに、とサキヤマは書類を読み上げるかのように淡々と続けた。

「それに、チャクラムでは毒を塗ろうにも、難しいですからね」
「……!?」

その言葉に、片目をJは見開いた。
エリシアが口角をにんまりと持ち上げる。

「なんて、嘘に決まっておろうが!」
「なっ…!」

驚愕したことにより出来た、一瞬の隙。
エリシアは地を一蹴りして一気に距離を詰め、袈裟斬りにしようとする。
同時に、神父は手にしていたダート全てを放ってきた。

(油断しすぎだよ…俺)

頭の片隅でそう思いながら、二つの攻撃をどう回避するかを瞬時に算出する。
そしてそれを、直ぐ様実行へ移した。

三章§27

鳶色の髪のシスターは確信していた、これで確実にこの吸血鬼を仕留めることが出来ると。
距離にして三メートルとない。
この距離であれば、まともな反撃もままならないだろう。
後方へ避けようとも、もう一歩踏み込めばその身体に傷を負わすことが可能だ。
横方向にしてもそうだ、片側にはサキヤマがいる。
反対側へ逃げても、相方が更に攻撃を繰り出すだろうから意味はない。

この吸血鬼には、もはや逃げ道などないのだ。

エリシアは至福の瞬間を夢見て、気合いを入れるように一声上げた。

「もらったぁあああああ!!」

メイスの牙は、獲物を捉えた──これで終わりだ。

「な…何っ!?」

が、次に言葉に出すべきはだった喜びの叫びは、疑問の声へとすり替えられた。
なんとJが、ダートの群れを掻い潜るとこちらへ突進してくるではないか。

(いかん…!!)

既に腕は予定通りに動きだし、止めることが出来ない。
止めなければと思っているうちに、吸血鬼とメイスの距離は狂い、腕は振りきってしまっていて…

「このっ…!」
「残念、エリシア」

微かに楽しそうな響きの籠もった声を聞いたが最後、メイスを握っていた手は蹴り上げられる。
その拍子に、手から弾き飛んでしまう。
しまった、とシスターは思う暇もなく、腹部に強烈な痛みを感じた。
Jの横蹴が思い切り入ったようだ。

(…ああそういえばこいつは、ただの吸血鬼ではなかったな……)

ぼんやりとそう思いながら為す術もなく、勢い良くエリシアは宙に弧を描き、激しい音を立てて地に身を打ち付けた。
そのまま彼女の意識は──…


さて、エリシアをそんな状態にさせた吸血鬼──Jは、休むことなくもう一人の敵へと向かう。
振り上げた足を下ろし、バネ代わりにして地を蹴り付ける。
跳躍、そして片腕を思い切り後ろへ引き、サキヤマが射程範囲内に入った瞬間に勢いを付けてその頬に拳を叩き込んだ。

「……やるね、神父サキヤマ?」

着地後、Jはやや意表を衝かれたような声を出した。
最前、サキヤマが居た場所には誰もいない。
ただ、Jの影が落ちているだけだ。

「早々僕だって簡単にやられてあげる義理もありませんから…ところで、」

そしてその本人はといえば、居た場所からほんの少し離れた場に立っていた。
その頬は、少しも赤らんでなどはいない。
かちり、サングラスを押し上げた彼は、言い掛けた言葉を続けて。

「J…貴方は、焦っているようですね」
「俺が?何故?」
「……貴方は今、本来の力の二割も出せていないのではありませんか?」
「はっ、冗談」

とJは返した。
だがサキヤマは気付いた、目の前の吸血鬼の殺気が一段と研ぎ澄まされたのを。
神父は確信する。

「シスター・エリシアを片付けるつもりは毛頭ないのでしょう?」
「…何言ってんの?さっきエリシア伸したじゃん」
「いいえ、違います」

言葉を区切れば、サキヤマはその顔に似合わない狂暴な笑みを広げた。
Jの表情は、まだ崩れない。

「貴方は考えた、ダートに毒が塗ってあるかないかは、関係ない。とにかく、僕がダートを投げるのを止めなければならない…何故?それは今、貴方の摂取すべき対象の血液量が少ないから。掠り傷だとしても、そこから流れる血を貴方は最も恐れている…違いますか」
「……お喋りな神父、それじゃあ俺が何故わざわざ力を出し惜しみしているかの理由にはならない」

漂う、冷風。
Jの表情が少しずつ、硬いものと混ざりだす。
金の瞳が、神父を見据える。

「貴方の体内を流れる血に混じった異物…それが今、全体の二割を切っている。貴方は、そのぎりぎりのラインで使っている。出し惜しみじゃない、それ以上使えないんです」

サングラス越しに、二人の瞳が絡まり合う。
狂暴な笑みを唇に讃えたまま、サキヤマはJの回答を待った。
ふっと、Jの目が三日月に細くなる。

「神父…及第点、あげよっか?」
「それは光栄ですね」
「ただし、そこまで気付いたんだ…俺を逃がしたらあげるよ」
「……それならば、必要ありませんよ」

神父は答えると、ダートを投げ放った。

三章§28

神父からの攻撃を凌ぎ、ざっと更に距離を取る。
それから小さく舌打ちをした。

大方、目前の神父の話は合っている。
そう、現在Jの体内を巡る赤血球に混じった異物、それが二割を切っている。
その異物こそが吸血鬼としての特別な能力を生み出し、Jの身体と精神を支え、生かしている。
だが現在それが二割というのは、非常に危険な状態だった。
微量だとしても、血液が流れすぎて一割になってしまえば、貧血となり動けなくなる。
それを何より彼は、恐れているのだ。

だからこそ、投射武器を使う彼は危殆だった。
率先してすべき事項は、サキヤマの動きを封じることだった。

「……分かった、なら大人しく俺にやられてよ」
「それも無理です」
「困った神父だね、っと!」

会話の合間に、今度はチャクラムとダートが猛襲してくる。
後方へ退くが、その際にチャクラムが服の裾を破いた。
俄かに、Jの顔がしかめっ面になる。

「破かれちゃあ困るな…こんなにしたら、儀式屋になんて言われるんだか」
「貴方のような下賤な生物が、そんなことを気にするのですか」
「はっ、酷い言われようだ」

蔑んだ言い方に、吸血鬼は嘲笑いで答えた。
口から零れた牙が、それを表すかのように覗く。

(…そろそろ、けりをつけるか)

金瞳が一瞬、遠くにうつ伏せたままのシスターを捕捉する。
いい加減、動きだすのも時間の問題だろう。
ならば今しか、この神父を止める時はない。

ふぅ、と呼気を吐き出せば、全神経を奮い立たせる。
己の血中に混じる異物──“主人”の血液を、使用できる最大まで引き出す。
一瞬、ぐらりと視界が歪むが、気力で持ち直す。

「…さぁ、お喋り神父。もう時間だ」
「……どうやら、最大までその力を起動させているようですが…」

不釣り合いな笑みはそのままに、神父の声音はやや低くなった。
それもそのはず、標的の纏う殺気が急激に落ち込んだのだ。
何故今、落ち込んだのだろうか。
到底、理解は及ばない。

だが、どちらにしろ。

「どうせ貴方は、避けるだけでしょう!」

叫び、チャクラムを彼へと放った。

「あのさ、俺だって学習能力はあるんだけど?」

聞こえた声は背後、それも至近距離。
サキヤマの背筋が、粟だった。
本能が振り返ることを拒否し、回し蹴りを背後へ。
だがその蹴は空を切っただけだ。

「神父……、どっち見てるのさ?」
「な…っ!?」

今度は少し遠く。
振り向いたその時には、高速で回転する円盤が迫ってきていた。
それは、先程自分の手が敵へと投げた武器。
そう気付いた神父は、指先で捉えようとした。

「…………!」

捉まえた、だが回転は止まらない。
指に熱を感じて、サキヤマの表情が歪んだ。
…漸く止まった頃には、摘んでいた指先がやや爛れていた。

「びっくりした?さっきの俺じゃあこんなこと出来なかったもんね」

その様をじっと見ていた吸血鬼が嗤う。
彼の外見自体は全く変わっていない。
変わったのは、中身だ。
サキヤマは理解する、彼の殺気は消えたのではない。
攻撃を仕掛けるその時に、爆発させ集中力を先鋭化しているのだ。

「……成程…流石はあの人の吸血鬼ですね」
「ま、でもそれが俺の限界だよ。もっとも、ついてこれてないから十分か」
「…………」

サキヤマは沈黙を返した。
だが、それは敗北を意味したわけではない。
サングラスの奥から、依然として威圧する眼差しが絶えない。

「……いいね、その目。サングラス取ったら、更に威圧感倍増しそうだ」
「貴方如きに、取れますかね」

昏い色合いの髪の神父の答えに、Jは笑った。
さっとツートーンカラーの髪を掻き上げれば。

「なら、取ってやるよ」

言った、同時に彼の身体は動いている。
前方から神父へ突撃、神父は身を捩ってそれを躱し、残っていたダートを投げようとする。
だが、そんなことは百も承知だ。
相手が投げる前に払い落とし、そのままサングラスを取ろうと手を伸ばした。
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