未だ話し込んでいる二人を見て、Jはそろそろと離れ始めた。
これ以上、此処にいるといらないことにまで巻き込まれてしまう。
特に、今は本当に絡みたくない。
これが、あの少年からの頼みでなければ、わざわざ出向くつもりもなかったのだ。
どうせ、放っておいても今の時期なら、何度でも会うことがあるだろう。
ならば今は、ジュードを助けられたことで十分である。
もう長く留まる必要も、ない。
「どこへ、行く?」
「……俺は、もう此処にいる必要はないだろう?ジュードのことは諦めたようだし」
「あぁ。たがもう一つ、汝には別の用があるのだ」
名を呼ばれ、帰ろうとしていた男の足は動きを止めた。
何か、と見れば、エリシアは隣の相方を顎でしゃくる。
「貴方が此処に留まる理由…答えて差し上げましょうか」
「へぇ、何、神父様は何でもお見通しって訳?」
Jの表情は変わらない。
何処までも、ただ楽しそうに笑っているだけだ。
サキヤマはそれに無表情を返し、目の前の男へ告げる。
「貴方は、ジュードを助けたならばそのまま自分も帰れば良かった…なのにそうしなかったのは、僕たちに用があるから」
「…まぁ、君たちにジュードのことを諦めてもらえるようにしなきゃだしさ。そのためなら」
「いや、違う」
Jの言葉は尼僧に、簡単に否定された。
彼は、金瞳をやや見開いてみせる。
「どうしてさ?」
「汝のその言い分は、結果論に過ぎん。本当は」
しゃらん しゃら
神父の腕から輪がひとつ、またひとつ指先に引っ掛かる。
それを見届けると、彼女は、言ったのだ。
「汝は、我々にその血を提供するために居た…違うかの──飼い主付きの、吸血鬼が!」
「!」
その叫びと共に、Jの身へと複数のチャクラムとメイスが襲い掛かった。
逃げ道はない、完全にその姿は捕らえられた。
「……自意識過剰、じゃない?」
だが実際は、そうではなかった。
先程まで居た場所とは反対の位置から、その小馬鹿にしたような声は聞こえた。
振り返れば、サキヤマの投げたはずのチャクラムを掴み、眉を鋭利な角度にしている男がいた。
二人がこちらを向くと、Jはそれを投げ返した。
「それに、手抜きで俺に掛かろうなんて、馬鹿にしてる?」
「……無礼を、謝りますよJ」
既に彼の言葉には、さっさとことを終えて帰るという、寸前までの考えはなくなったらしい。
ただただ、先の攻撃に不満を募らせるだけである。
戻って来たそれを容易く取れば、神父はそれを感じ取ったのか慇懃な態度で答えた。
が、尼僧はといえば謝る素振りは一向に見せず、寧ろより笑みを深める。
「ますます面白い!なれば汝の希望通り、本気で汝と相手をしようではないか!」
この日、一番の明るい声音でシスターは応対した。
はっとして、魔術師は顔を上げた。
それまで散々、ユリアについて色々と知人と話していたにも関わらず、突然会話を中断したのだ。
「おや……どうか、したかね」
魔術師のお喋りに付き合わされ、適当に返事していた黒髪の男も、知人の異変に気付く。
だが、本人から事情を聞くよりも早く、儀式屋はそれを理解した。
「漸く、か」
「あはっ、待ちくたびれそうだったよ」
「人に散々話し掛けては、作業の邪魔をして?」
明らかな皮肉を彼は吐いたが、どうやら銀髪を携えた魔術師には効かないらしい。
あはは、と朗らかに笑う。
「僕は不健康な儀式屋クンのためを思ってだよ?」
「……そうかね」
一瞬、吐き出しそうになった溜息を寸でのところで堪える。
代わりに、咳払いをひとつしてから。
「それで、君はもう行くのかな?」
「そうだねぇ…そろそろいい時間だし、行くよ」
ぴょんと机から飛び下りれば、くるりと振り向く。
真っ白な帽子を脱ぎ、胸に当てれば一礼。
「じゃあ失礼するね。儀式屋クンは、お楽しみを待ってなよ」
「最初からそのつもりさ」
「ふふ、だと思ってた」
にっこり、サンは微笑をその唇に浮かべると、瞬きした間に姿を消してしまった。