「それは変ね」

ぽつりとアリアは呟いた。
その呟きに、今度はクロードが首を傾げる番だった。

「変?」
「だって──」

彼女が言葉を続けようとした時だった。
静かな部屋に、控えめなノックの音が響いた。
しっ、と彼は唇に人差し指をあてて、彼女に黙っているよう伝えた。
小姓が用件を述べるために、扉を押し開いた。

「総統閣下、全異端管理局のルイ局長とアンリ副局長が面会を申し入れられています」
「ルイ局長とアンリ副局長が?」

クロードは眉をしかめた。
昨日の会議の結果については、早朝にシェルドンから聞き及んでいる。
神父エド及び悪魔たちの刑の執行は決まったものの、執行することが出来なくなってしまった、と。
どうしましょうかと問われ、既に発掘調査局の面々に指示を出したとシェルドンには伝えていた。
だが、そもそもエドたちを捕縛したのは、全異端管理局なのだ。
何かしら一言、言いに来ても可笑しくはない。
むしろ、それは予想していた事柄だった。
もう少しアリアとの会話を楽しみたかったが仕方がない。
クロードは誰も映っていない鏡に視線を送ってから、面会の許可を出した。

「おはようございます、総統閣下」

クロードが鏡から離れ執務机に向かってから程なくして、爽やかな挨拶と共に全異端管理局長と副局長が入って来た。
執務机まで数メートルのところできっちりと立ち止まり、そのルイの半歩後ろにアンリが控える形で止まる。
ルイはいつもと同じく人の良い笑みを浮かべ、アンリもいつもと同じく仏頂面だ。
クロードも挨拶を返すと、さて、と言葉を紡いだ。

「ルイ局長、神父エドの件か?」
「えぇ、そうです。もう、シェルドン局長か、ボニー局長からお聞きになっているのですね」

ルイは確信しているかのように答えた。
時折クロードは、彼は目が見えなくなった代わりに、人の頭の中が見えるようになったのではないかと思うときがある。
彼には隠し事は出来ないような、そんな気になってしまうのだ。
ああ、ととりあえずクロードは頷いた。

「でしたら話は早いですね。閣下、実はご相談があるのです」
「何か」
「聖裁の強化をしたいのです」
「強化?二区のか?」
「いいえ、全ての」

さらりと口にしてみせたルイに、クロードは咄嗟に言葉が出なかった。
以前、七区で反乱が起きた後、ルイは一番に聖裁強化を上申してきた。
その時は七区のみに、ということだったので、クロードも許可を出したのである。
だが、今回は全ての区を対象に行うと彼は言ったのだ。
その規模の大きさにも絶句したが、何より見過ごせないのは危険性だった。

「ルイ局長、全区に強いるのは危険ではないのか」
「えぇ、その危険性については、私も重々理解しているつもりです」
「奴らは“きっかけ”を欲している。君がしようとしている聖裁強化が、その“きっかけ”になりうるかもしれない」
「そうですね。私もそう思います」
「…分からない。何故分かっていて、敢えて危険を冒そうとする?」

クロードには、その“きっかけ”とやらが、恐らくは昨夜ボニーと話した事柄と直結しているように思えてならなかった。
某かの“きっかけ”により、この世界を終わりへと導くことに繋がってしまうのではないのか、と。
聖裁を執行するのは、悪魔共の不審な行動を戒めるためであり、事実効果がある。
だが、全区で強化するということに、クロードは賛同しかねた。
聖裁には効果がある、しかし一方でとんでもない圧力をかける面もある。
全異端管理局がどのようなことをしているのか、嫌でも耳に入ってくる。
彼らのやり方は、一歩間違えばただの虐殺ともいえる。
その状況にいつまでも悪魔共が、耐えていられるとは思わなかった。
それを強化するというのなら、益々危険性が高まるというものだ。
ルイは、しかし、クロードのそんな危惧を分かっていて、強行しようとしているのである。
どうにもそれが、クロードには理解出来なかった。
アイマスクで覆われている部分を、強い眼差しで見つめてルイの回答を待つ。