「こうは、考えられませんか」

口元に描かれた笑みは、奇妙なほど美しく恐ろしかった。
目が覆われ、全く何も見えないはずであるのに、まるで彼に全て見透かされているような感覚を、誰もが肌で感じた。
視力を奪われたルイだが、未だに彼は全異端管理局最大の能力を発揮する。
ひとえにそれは、彼が血の滲む思いをして行った特訓の成果だ。
だからこそ、彼は目が見えなくても、まるで見えるかのように振る舞えるのだ。
しっかりと、ルイはボニーの顔を見据えて、続きを語り出した。

「貴女のところの局員が掴んだ情報は、エドたちが欲していたものだった。エドは諜報局員でしたから、そのくらい容易いでしょう。そこで局員に情報を寄越すよう迫ったが、局員は頷かなかった。だから、エドは悪魔をけしかけ局員を殺害し、そして報告書を盗み出した」
「それは、想像の域を脱しないものだと思われるが」
「シェルドン局長、重要なのは方法よりもその中身です」
「どういうことだ」

怪訝そうなシェルドンに、ルイはこともなげにこう告げた。

「その手記の中に、一体何が書かれていたのか、それを元に奴らは何をしようとしたのか、が重要でしょう」

ますます、シェルドンの眉間に深い皺が刻み込まれた。
だがそれは、ルイの話が要領を得ないためでないのは、一目瞭然であろう。
他の面々も、ルイの発言に思うところがあったのか、一様に渋面となる。
ただし、当の本人とその従者だけは、そうでもなかった。

「ですから、私はボニー局長にその詳細を尋ねたかったのですが……貴女がそのようなことでは、期待できませんね」
「こちらも手を焼いていたのですっ!!」

突然、ボニーが大きな声でそう発した。
ルイの後ろに控えていたアンリは、感情を宿さない瞳をボニーに向けた。
苛々が最高潮に達したらしく、いつの間にか立ち上がっている。
はしたない、とアンリは顔をしかめた。
だが、同時に、漸く本音を出したかと思うと、僅かに心安まった。
ボニーたち調査局の連中が、奪取された情報を躍起になって取り返そうとしていたことくらい、とっくに分かっていた。
ただ言わなかったのは、その結果がお粗末であったことと、その内容の重大さからであろう──もっとも、後半のことについてはボニーは知らないようにも思われるが。

(…………?)


ルイとボニーの言葉の応酬に耳を傾けながら、ふとアンリは総統へ目を向け違和感を覚えた。
何故だろう、俯き気味の顔は心なしか蒼白く、猛禽類の瞳が見開かれているような───

「総統閣下、如何なされましたか?」

それに気付いたシェルドンが、気遣わしげに問い掛けた。
今や、ルイとボニーも口論を止め、総統へと意識を向けている。
しんと静まり返った中、総統はゆっくり顔を上げ、言葉を紡ぐために口を開いた。

「すまない……少し気分が良くないみたいだ。シェルドン、後は君に任せるが、構わないか」
「はっ、御意に」

シェルドンが起立し、胸に手を当てお辞儀をした。
それを見届け僅かに頷くと、総統が立ち上がった。
同時に全員が立ち上がり、背後の垂れ幕へ向かう総統に、深々と頭を垂れた。
完全にその姿がなくなった後で、シェルドンがさて、と一声を発した。

「二人とも、それ以上の討論は時間の無駄である。して、止めていただきたい」
「しかしですね、」
「ルイ局長、時は金なり、だ。我々が早急に決めるべきことはただ一つ!」

シェルドンはルイの意見を却下し、机上を拳で叩きつけた。
鈍い音が、周囲に伝わる。
思い切り息を吸い込むと、この室内でそこまでの声量は必要ないだろうというほどの大きさで、叫んだ。

「諸君!この数ヶ月、各所で悪魔の暴動が勃発している。これまでは悪魔だけであったが……今回、我がミュステリオン内部の人間の関与が発覚した。これはミュステリオンに対する裏切り行為である。ついては近日中に、件の四名の刑を執行する!異議のある者は?」

常套句として周囲に尋ねたのであろうが、半ば脅しじみたそれに反論する者などいるはずもない。
枢密卿は、よしと力強く頷き、

「では、これで緊急会議の終了を宣言する!」

ある者は不満げに、ある者は安堵したように、各々が様々な思いを胸中に抱きつつ、何ともいえぬ空気の中、一人、また一人と室内からいなくなっていった。