五章§13

何の絵だろうか、とユリアは嫌気が差しながらも考えてみた。
今までの知識と照らし合わせて、琥珀の瞳の集団は悪魔であることが分かる。
その悪魔たちの中央に、男性と思しき人物が、体のあちこちを武器で傷つけられながら、苦しんでいる。
仲間なのだろうか、それとも違うのか。
随分悩んでみたが、無理だとユリアは音を上げた。
アンソニーはライトグリーンの瞳を少し開き、少女へと目を向ける。

「お嬢さん、この周りの人物は分かるだろう?」
「はい、悪魔……ですね」
「その通りだ。問題は、この中央にいる男だが……誰か分かるかな?」
「その……仲間かなぁって思ったんですけど…そうじゃない気もして」
「ほう……そうじゃない、ということは、これは誰になると?」
「それは、……ちょっと……」
「成る程、そこが分からないのか……君は分かるか?」

ユリアから今度はヤスへ。
ヤスは問われてからも暫く絵と睨み合い、それから口を開いた。

「悪魔の欲求が今も昔も同じなら……、人間っすね」
「正解だ」

満足そうに薄く笑みを浮かべると、白い指先が真ん中の人間を指差した。

「彼が言う通り、今も昔も悪魔たちは人間に飢えている……とはいえ、ただの人間ではない。この傷口の色は何色かな?」
「…………あ、銀色…!」
「そうだ。銀、つまりこの人物は精神体ということになる……悪魔たちの食事といえば、我々人間と変わりないものも食べるが、精神体ほど奴らの食欲をそそるものはない。また、このように余興としても扱っていたという記録がある」

アンソニーの説明を受けながら、ユリアは薄ら寒い気持ちになった。
苦悶の表情を浮かべる人物に自分を置き換えることが可能だと思うと、何だか生きた心地がしない。
ヤスがちらりと心配そうに見つめた気配を感じて、ユリアは大丈夫だと示すためアンソニーへ問い掛けた。

「けど、何でこんなことに?」
「悪魔というのは、自分たちこそが崇高なる存在にして唯一の存在という思考の持ち主だ。そのため、他の生き物に関して、それら全ては自分たちが支配するものだと思っているようだ。だから何をしてもいい、ということでこうなったのだろう」
「そんな……」
「ちなみに、人間を食べる理由としては諸説あるが……かつて現実世界へ行った悪魔が人間に知恵を授けた代償に、受け取った魂─精神体のことだが─を食したところ、より力が増したからという言い伝えがある。それが浸透してこのようになった、というものだ。実際、そういう傾向もある」

あまりに残酷な内容に、ユリアは何とも言えなかった。
ふと、あの赤い女王に仕える悪魔を思い出して、彼もかつてはそんなことをしていたのだろうか、と考えた。
だが、あんなに優しい人がそんなことをしていたとは思いたくなくて、思考を片隅へ追いやった。

「ところでこれ、何かさっきのと関係あるんすか?」
「大いにある。精神体は、ある極限状態を越すことでこちらの世界へ来るが、そうした者を捕らえては好き勝手に悪魔はやっていた。ところが、ある時大問題が発生した」

ヤスが違う質問をしてくれたおかげで、ユリアの意識はそちらへと流れた。
アンソニーは展示されているガラスケースに近寄り、表面をこつこつと叩いた。
中には、割れた頭蓋骨が虚空を見つめている。

「悪魔の固体数が増えてきて、生命維持に必要なだけの食料が足りなくなった……そこで、現実世界への侵略を試みたわけだ。結果は、先程話した通りだが」
「あ、なるほど……そう繋がるわけっすか!」
「そうだ。そして今も奴らは人間を欲しており、現実世界へ行くことを諦めていない……だが、それが顕著になってきたのはごく最近、二十年ほど前からだ」
「……え、じゃあその間は何もしていなかった?」
「魔術師がいる限り、自分たちがこの世界から抜け出すことは出来ないと考えていたためだ」

しかし、と逆接を彼は強調する。

「それを覆したのが、かつて存在した悪魔街の中でも一番恐ろしかった区……十六区だ」

五章§14

──十六区。
二十年前までは悪魔街に確かに存在していた居住区。
だが、今はもうこの世界にない。
ミュステリオンに壊滅させられた後、瓦礫の街へと成り下がっている。

「奴らは500年前の大戦の時、最も快進撃を見せた集まりだった。だからミュステリオンの統治下で生活するなど、奴らには耐えられず、何としてでも支配から解放されたかった。それで、ずっと抜け道を探していた」

悪意ある絵から離れ、彼は対極にある胸像を指差す。
青銅の、厳格そうな顔付きをしたそれが、今にも視線だけで射殺してしまいそうな勢いで、こちらを睨んでいる。

「彼は当時のミュステリオンのトップ、ハワードだ。ハワードは当然、十六区の不審な動きに気付いていたが、特に大きな行動を起こさなかった。ただ、統治当初からしていた巡回─今でいう聖裁の前衛だ─を強化するに留めた……当然、それごときで諦める連中ではないが、多少成果はあったといえる……見たまえ」

ヤスの近くにあるガラス板の下に挟まれた、黄ばんでいる用紙の並んだ台へ近づく。
ずらっとそこには文字という文字の群れがあり、何かの統計や報告書のようだった。
そのうちの一枚の、上段辺りに指を添える。

「見えにくいが、これが巡回強化前の異端悪魔の数だ。その下が翌年、巡回強化後になる」
「うおっ、確かに此処からどんどん増えてるっすね」
「そうだ。この結果を元にして、現在ある聖裁の体系が出来るわけだが……それは今度としよう。十六区にとってこれは痛手だったが、実際のところ、奴らの計画はそう崩れなかったらしい」

くいっと顎で示されたのは、先程のハワード像の隣、何とも血なまぐさい臭いのする武器だ。
アンソニー以外の面々は、顔をしかめた。

「いつの時代にも、スパイというものは存在してな。十六区の思想に感化されたミュステリオンの輩が、自らの巣を裏切ったりしたことも、当時は珍しくなかったという。発覚した場合、あれで処刑していた記録もあるから間違いないだろうな」
「うわぁ……痛っ」

思わず首筋をヤスは撫で擦り、その展示物からより離れた。
分厚いガラスに覆われた中にある、安全な使用用途であれば薪を割るための、そうでなくば頭と胴を切り離す物が、沈黙のうちにせせら笑っている。
何だかそれがとても気味が悪くて、館の主へユリアは目を向けた。

「……そうした危険を経て、ついには奴らはとんでもない情報を掴んだ。この精神世界の守りを壊す方法だ」
「ま……守り?ってなんすかそれ」
「この世界は悪魔が二度と現実世界へ行かないよう、何重にも施された防波堤がある、それを守りという。帰って儀式屋に尋ねるといい、それを謳った詩があったはずだ。そしてその詩の意味を理解した時、守りを破壊する方法を手に入れられるわけだ……十六区は、その答えを二十年前に手に入れた」

いよいよ話が核心に近付いてきたことを、ユリアは感じ取った。
無意識に固唾を飲み、話の結末に聞き入る。

「奴らは早速その通りにしようとしたが、結果は知っての通り哀れなものだ……だが、それのお陰で判明した事実は、大変大きなものだった。まず、十六区が反乱を起こした際、動いたのはミュステリオンだけ、魔術師は全く関与してこなかった。つまり恐れていた障害が、とっ払われたということになる」

指を一本立て、ついで二本目を立てる。

「十六区が動いたということは、確たる根拠があったからということになる。無論、それは守りのことだが、刺激された他の悪魔どもは、それが知りたくて堪らない……だから、十六区の遺留品を欲するのだ」
「……でも、遺留品にそれがあるとは思えないんですけど…」
「十六区の当主だったジョナサンは、几帳面な人物だったことで知られている。もし何かあった時に備えて、彼がその方法について何らかの形で残していても、可笑しくはないだろう?」

あ、という表情をした少女に、アンソニーは糸のような目を弧に描いた。

「そうだ……私が今回手に入れた手記、あれにはその可能性が大いにあるのだ」

両手を胸の前で握り合わせて、彼は世界を破壊出来る方法のあるそれを、振り返った。

五章§15

此処へ入ってきた時同様、再び沈黙。
だが先程以上に緊迫したものが横たわっているようで、迂闊に何かを言える状態ではなかった。
今目の前にいる、髪をオールバックにしている彼は、世界を壊す方法を知っているかもしれないのだ。
その雰囲気を読み取ったらしい本人は、ふっと笑い空気を破裂させた。

「……だが、私はそれを解読出来ていない。出来ないことはないが、するつもりはないからな」
「?でも、……」
「私を誰だと?筆跡を見れば、誰が書いたものか解るものだ」

さらりとそう答えると、ぱんっと両手を打ち鳴らした。
広い空間に破裂音が響き渡り、からりと空気が軽くなる。

「そして悪魔どもが近頃よく此処をうろつくことを考慮すれば、その可能性が高い。だからアキを呼び、捕獲してもらおうというわけだ」
「ってちょっと待って下さいっす」
「何だ」
「悪魔って分かってるなら、どうしてミュステリオンに頼まないん──」
「ミュステリオンに頼むだと?冗談じゃない!!」

アンソニーの声が、爆発的な大きさで轟いた。
あまりの怒号に、ヤスは開いた口をそのままに、ぽかんとした表情で男を見つめた。
隣にいるユリアも同じような反応を示し、何か悪い点でもあったのかと首を傾げた。

「ミュステリオンに頼む……ああ確かにそれが本筋といえる。しかし!そうとなれば、奴らはそれはそれはしつこく、執拗に尋問じみた質疑を繰り返し、きっとしまいには問題となった物を此処から撤去するだろう!」
「なら、その方がより安全」
「この私に、一度手にしたものを手放せと君は言うのか?無茶苦茶な要求だ!この私がこの世界に生きる限り、此処にある全てのものを何人にも渡すつもりはない!」

魂を削るかのような怒声が、きぃんっと室内に響き渡った。
そのアンソニーを見ながら、ユリアは儀式屋やヤスが言っていたことに改めて納得した。
ユリアにとってどうしても解せなかったのは、アンソニーの執着ぶりのことだ。
世界の歴史を展示物を交えて解説していた時の彼は、かなりそうした物への造詣が深いものの、それだけで執着心が強いとは思えなかった。
初めて会った時もその片鱗はあったが、皆が言うほどでもなかった。
だが、今の彼の弁を聞いた者ならば、誰もその性質を疑わないだろう。

「──、ともかく、そういうことだから、ミュステリオンには頼めない。儀式屋であれば、そうすることもない。だからアキを要請した」

先程よりかは落ち着いたのか、幾分ゆっくりとした口調に戻っていた。
だがそれでもまだ、目付きは鋭さを保っている。

「……だがより大きな問題は、十六区の秘密が暴かれることではない。何故悪魔どもが、あれが此処にあるのを知ったのか、という点だ……まぁ答えは半分出ているも同然だが」
「知ってるんですか?」
「ああ。誰かは分からないが、何者かははっきりとしている。言ったはずだ、スパイは何時の時代にもいるのだと」
「!」
「ミュステリオンを頼らないのもその一つだ……送られてきた使者がスパイだったら、元も子もあるまい?」

儀式屋に似た薄い笑みを浮かべると、はらりと落ちた髪を掻き上げた。

「さぁ、此処での話は終わりだ」

不気味な笑みを直ぐ様顔から剥がすと、再び神経質そうな表情に戻った。
ふぅと息を吐けば、入口へと彼は歩いていく。

「此処から出たら、少し休息を取ろう。思えば、君たちが来てからろくなもてなしが出来ていない」
「……本当にそうっすよ」

皮肉たっぷりにヤスはそう言ってみせたが、どうやら通じなかったらしい。
ヤスの意見に同意するかのように、首を縦に振るだけだ。

「そこで、お詫びといってはなんだが、君たちに選択して欲しい。ゆっくりお茶でも飲むか、先にあったギャラリーの説明──」
「お、俺、喉乾いてるっすから、お茶がいいっす!ね、ユリアちゃん?」
「え………あ、は、はい。私もそれで」

この期に及んでまで、また説明尽くしは勘弁したい。
二人の返事にアンソニーは少し残念そうな顔で、そうか、と呟いた。
だが、ほっとしたのも束の間、とんでもないことを彼は言い出した。

「では、お茶の後でギャラリーを見回るとしようか?」

五章§16

アキにとってダイナは、『儀式屋』のメンバーの次に話しやすい人物だった。
口下手である彼は、他者との意思疎通が難しく、時々見当違いな回答をしていることがあった。
頭がいつもぼんやりして、上手く言葉と言葉が繋がらないのだ。
だがそれは、かつて彼自身が儀式屋に頼んでそうしたこと。
だから多少困難であっても、気にすることはなかった。
そんな自分の拙い言葉を、ダイナはいつもきちんと聞いてくれた。
大概この館の主人に呼ばれるのは、彼が捜し求める物の探索だ。
その都度、アキのサポートを懸命に彼女は務めてくれた。
きっと今回も、ダイナが手伝ってくれるのだろう。
全く、本当にダイナは優秀な人物だと、改めて感じる。

勝手知ったる美術館内を、アキの足音だけが反響する。
アンソニー曰く、一日掛けても端から端まで行かないこの建物には、そこらじゅうに抜け道があった。
獅子のような雄々しい獣の彫刻の裏、壁の柄と見分けがつかないようなところに、その一つがある。
その部分を片手でアキは押し開くと、隙間へと身を滑り込ませた。
淡い黄色のタイルが張り巡らされた天井の低い通路となっており、身を屈め足早にアキは渡って目的地へと向かう。




巨大なドーム型の美術館から数キロメートル離れた地点。
ぼろぼろのコンクリートの壁が四方を囲み、風が通らない建物の内部。
ガラスのない窓から必要最低限の光が差し込み、その床に三人分の影を落としていた。
そのうちの一つが、落ち着きなくうろうろしている。

「ジル、落ち着け」
「だってラズ、どう考えても変じゃないか、あたいは嫌な予感がするよ」

行ったり来たりを繰り返す金髪をポニーテールにした女性に、テンガロンハットを被る男が忠告を与える。
だが、当の本人にはあまり効き目がないらしく、その行動を止めようとしなかった。

「おいおい、ジル。お前さんの予感が、これまでに当たった試しはあったか?」

その二人からそう遠くない距離に、三人目の人物が床に座っていた。
やや小馬鹿にした口調だったためか、ジルの目は鋭角に吊り上がった。

「あたいを馬鹿にするってのかい、ジェイミー」
「そんなつもりはねぇさ。ただ、その予感が当たったって瞬間を、今まで一度も見たことがないって俺は言ったのさ」
「ジェイミー!あんたは何だっていつもそう──」
「止めないかお前ら」

にやにや笑う体格の良い男を、今にも殴りそうなジルの間に、ラズが割って入った。

「今回はその予感が外れた方がいいってもんだろう」
「……分かってるよ、だけど」
「だが確かに、妙だと俺も思う」

一度ジルの意見を否定してから、ラズはすくい上げた。
多少落ち込んだ顔だった彼女は、直ぐ様期待に満ちた表情になる。

「あれほど追っていた奴らが忽然と姿を消した……罠を仕掛けられてるようで、気味が悪い」
「そうか?あいつらも腹が減って帰ったんじゃねぇの」
「ジェイミー……これは重大なことだ、そう茶化していいものじゃない」
「いいじゃねぇか。ちょっとでも希望的観測は持つべきものって、お前さんの口癖だぞ、ラズ」
「……全くお前は…」

やれやれ、とラズは首を横に数度振った。
それから腕組みをし、陽が射す方角を睨み付ける。
彼の“琥珀の瞳”が、光に反射して煌めいた。
暫く全員が口をつぐんでいたが、落ち着いたらしいジルが口を開いた。

「で?あたい達はいつまでこんなボロいとこで身を潜めてるんだい」
「……“協力者”からの連絡がない限り、俺たちは動けない。向こうの準備が整えば、これに合図を寄越す手筈だ」

これ、と彼の右手にはめられたバンクルを掲げてみせた。

「それまで、此処で待つ他ない」
「それまた、だりぃったらねぇな!もう気にせず突っ込みゃいいじゃねぇか」
「馬鹿も休み休み言え。お前は七区の馬鹿共に成り下がるのか」
「……っとに、お冗談の通じねぇ野郎だなお前さんは。しねぇに決まってるだろ」

脱力してごろりと床へ寝転がるジェイミーに、厳しい色を宿す目をラズは向けた。
暫くそのまま睨め付けていたが、小さな吐息を一つ零したあと、止めた。

「……そう願いたいよ」

本当にやりかねないトライバル柄のタトゥーを顔に施した彼に、小さく希望を持ってそう呟いた。

五章§17

ソファの裏へ身を隠した直後、アキの頭上を弾丸が掠めていった。
だんっ、と音を立てて深々と壁に穴を穿ったそれを見ながら、彼は現状を整理していた。

──アキが通路の突き当たりまで行き着き、扉を開けた時から異変は起きていた。
開けた先は、確かにダイナの部屋だったはずである。
彼女の趣味らしく壁から家具に至るまで、全て青色で統一されており、アキはこの落ち着ける空間が好きだった。
そしていつも彼女は、依頼を受けたアキをこの部屋で待っているのだ。

「やっと来たな」

だがそこにいたのは、クールな顔の下に優しさを隠した金髪の人ではなかった。
濃い隈の出来た目を見開き、アキはじっとその人物を観察した。
口元に煙草を挟み込み、にやにやとした笑みを浮かべる男が一人、可愛らしい小物が並ぶ棚にもたれていた。
噴かされる紫煙の奥から覗く赤茶色の瞳は、獣のような獰猛さを見せてアキを見ている。
そしてその男の服装こそが、彼の身分を語っていた。

「何故、神父が、いる?」

抑揚のない声ではあるが、警戒するような響きが籠もっている。
漆黒の神父服を纏う男は、肩を竦めてみせた。

「あの裏切り者に聞くことだ…もっとも、その時までにお前が生きてるかは知らないがな!」

短くなった煙草を踏み消すと、男は突然殴り掛かってきた。
反射的にアキはそれを避け、相手の腹部へと蹴を見舞った。
的確に入ったそれに男は呻き、攻撃された箇所を押さえつつよろよろと後退りをした。

「っ、久々に効いた一発だ……いいセンスしてるぜ。そんなお前に、お返しをプレゼントだ」
「!」

呻き、俯いて腹を撫でていたのは、男が単に痛みに耐えていたわけではなかった。
顔を上げ、上体を起こした男の手には、小型の銃が握られていた。
本能が危機を察知して、アキの足はバネが仕掛けられていたかのように跳ね、右手にあったソファの裏へ滑り込んだ。
刹那、放たれた弾が壁へと埋め込まれたのである。


(神父……ミュステリオン…十六区……)

それらの単語が次々と浮かび上がり、何とかして答えを導きだそうとする。
だが、全くといっていいほど結び付きそうにない。
ただ、この男がアンソニーが今回依頼した内容に、深く関わっていることだけは理解出来た。
それよりも。

(ダイナ……何処にいる……?)

この部屋の主の行方が気に掛かった。
ダイナが部屋に戻っていない時に、こいつが入ってきたのか。
それとも居るときに乱入したのか。
前者ならば、どうか後暫く戻ってこないことを祈るばかりだ。
だがそうでないとしたら、ダイナの安否がとても心配だった。

「おいおい、そんなとこに隠れても、意味ないぜ?」

背後から忍び寄る声に、アキの不安は吹き飛ばされた。
最重要課題は、今、対峙している男の行動を制限することだ。
全てはそれからだと意識を改め、アキはソファの影から立ち上がり、

「っ!?」

それを飛び越え、勢いに任せて男の顔面を鷲掴み、床へと叩きつけた。
衝撃のあまり、銃は床へ投げ出される。
右手で頭を床へ固定したまま、反対の手で落ちた銃を拾い、素早く顎の下にねじ込んだ。

「ってぇ……」
「お前は、何故、いる?」
「……言っただろ、それは裏切り者に聞けって」
「お前が、答えろ」

生気を宿さない瞳が細められ、より強く銃身が入り込む。
絶体絶命という状況であるが、男は声をたてて笑った。

「言わなきゃ殺すってか?どうぞご自由に、だ。俺が死んで困るのは、寧ろそっちだ……分かるだろ?」
「…………」
「それより、自分の身の危険を考えろ」
「………危険?」

僅かにピンクの頭が右へ傾く。
今、どう考えても危険にあるのは、押さえ付けられている方だ。

「何を、言ってる?」
「言葉の意味そのままさ。お前は構う相手を間違えてる……そう、本当は、」
「貴方が警戒すべきは彼じゃなく、背後にいる私よ」
「!?」

ばっ、と振り向いたアキは、驚愕にその目を瞬かせた。
自分の真後ろに音もなく立っていた、金髪の彼女。

「ごめんなさい、アキ君」

彼女はそう呟いて、手にした注射器を彼の首筋へ突き立てた。
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