何の絵だろうか、とユリアは嫌気が差しながらも考えてみた。
今までの知識と照らし合わせて、琥珀の瞳の集団は悪魔であることが分かる。
その悪魔たちの中央に、男性と思しき人物が、体のあちこちを武器で傷つけられながら、苦しんでいる。
仲間なのだろうか、それとも違うのか。
随分悩んでみたが、無理だとユリアは音を上げた。
アンソニーはライトグリーンの瞳を少し開き、少女へと目を向ける。
「お嬢さん、この周りの人物は分かるだろう?」
「はい、悪魔……ですね」
「その通りだ。問題は、この中央にいる男だが……誰か分かるかな?」
「その……仲間かなぁって思ったんですけど…そうじゃない気もして」
「ほう……そうじゃない、ということは、これは誰になると?」
「それは、……ちょっと……」
「成る程、そこが分からないのか……君は分かるか?」
ユリアから今度はヤスへ。
ヤスは問われてからも暫く絵と睨み合い、それから口を開いた。
「悪魔の欲求が今も昔も同じなら……、人間っすね」
「正解だ」
満足そうに薄く笑みを浮かべると、白い指先が真ん中の人間を指差した。
「彼が言う通り、今も昔も悪魔たちは人間に飢えている……とはいえ、ただの人間ではない。この傷口の色は何色かな?」
「…………あ、銀色…!」
「そうだ。銀、つまりこの人物は精神体ということになる……悪魔たちの食事といえば、我々人間と変わりないものも食べるが、精神体ほど奴らの食欲をそそるものはない。また、このように余興としても扱っていたという記録がある」
アンソニーの説明を受けながら、ユリアは薄ら寒い気持ちになった。
苦悶の表情を浮かべる人物に自分を置き換えることが可能だと思うと、何だか生きた心地がしない。
ヤスがちらりと心配そうに見つめた気配を感じて、ユリアは大丈夫だと示すためアンソニーへ問い掛けた。
「けど、何でこんなことに?」
「悪魔というのは、自分たちこそが崇高なる存在にして唯一の存在という思考の持ち主だ。そのため、他の生き物に関して、それら全ては自分たちが支配するものだと思っているようだ。だから何をしてもいい、ということでこうなったのだろう」
「そんな……」
「ちなみに、人間を食べる理由としては諸説あるが……かつて現実世界へ行った悪魔が人間に知恵を授けた代償に、受け取った魂─精神体のことだが─を食したところ、より力が増したからという言い伝えがある。それが浸透してこのようになった、というものだ。実際、そういう傾向もある」
あまりに残酷な内容に、ユリアは何とも言えなかった。
ふと、あの赤い女王に仕える悪魔を思い出して、彼もかつてはそんなことをしていたのだろうか、と考えた。
だが、あんなに優しい人がそんなことをしていたとは思いたくなくて、思考を片隅へ追いやった。
「ところでこれ、何かさっきのと関係あるんすか?」
「大いにある。精神体は、ある極限状態を越すことでこちらの世界へ来るが、そうした者を捕らえては好き勝手に悪魔はやっていた。ところが、ある時大問題が発生した」
ヤスが違う質問をしてくれたおかげで、ユリアの意識はそちらへと流れた。
アンソニーは展示されているガラスケースに近寄り、表面をこつこつと叩いた。
中には、割れた頭蓋骨が虚空を見つめている。
「悪魔の固体数が増えてきて、生命維持に必要なだけの食料が足りなくなった……そこで、現実世界への侵略を試みたわけだ。結果は、先程話した通りだが」
「あ、なるほど……そう繋がるわけっすか!」
「そうだ。そして今も奴らは人間を欲しており、現実世界へ行くことを諦めていない……だが、それが顕著になってきたのはごく最近、二十年ほど前からだ」
「……え、じゃあその間は何もしていなかった?」
「魔術師がいる限り、自分たちがこの世界から抜け出すことは出来ないと考えていたためだ」
しかし、と逆接を彼は強調する。
「それを覆したのが、かつて存在した悪魔街の中でも一番恐ろしかった区……十六区だ」