四章§33

あれほど悩んでいた事柄があっさり解決してしまって、正直戸惑っているだろうに。
だがそれでも、立ち去るときにきちんと礼を述べていた顔は、何処か嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
深紅を纏う麗人がまたいらっしゃいね、と告げれば元気良く返事が飛んできて、向日葵色をした少女は庭園に背を向けた。
同時に訪れたのは、静寂。
決してあの少女は煩く喋ることがなかったため、此処にいた間も女王の庭園は小箱の音が常に耳に届いていた。
だがそれとは違う静寂で──孤独感が増した静寂、というものか。

「……陛下、もうそろそろお戻りになられますか」

リヒャルトは未だにユリアが去った方を見つめていたリベラルに、そう尋ねた。
さらりと長いシルクのような髪を流して頭を傾ければ、小さな声が彼を呼んだ。

「わたくし、ね。今日は本当に嬉しかったわ」
「そうですね。陛下のそのような笑顔を、私も久しぶりに見ました」
「ふふっ、ねぇリヒャルト。わたくし、あの子が好きよ。本当に、あの人がユリアを魔術師に渡さなくて良かった…」

安堵に満ちた声が、庭園を渡る。
リヒャルトは何も言わずに、ただ幸せそうな彼女を眩しそうに見つめた。
暫くして、女王の細い指が小箱に触れて、ふっと音楽が止んだ。
振り返り、アイスブルーの瞳を琥珀と交わらせると。

「わたくしに出来るのは此処までですわ。あとはあの人からの連絡が来るまで、少しお休みですわね」
「はい、陛下」

リヒャルトの差し出された手を取りゆるりと立ち上がると、目に鮮やかな色の女王は、静々と屋敷へ続く道を歩きだした。
その途中、一瞬鼓膜を叩いた乱雑な音に振り向き、ふぅと溜息を一つ。
不吉で不愉快な音、だがそれは今だけユリアにとって幸福を呼ぶ鐘の音になるに違いない。

「大丈夫……もう彼が、貴女を助けてくれますわ、ユリア」

空を仰ぎ見てから、空より淡い瞳がなくなるくらいに微笑んだ。




「……いない…」

元来た道を歩き、門の外へ出たところでユリアは呟いた。
いないというのは女王曰く、下品な赤い髪をした男、ミシェルである。
確かに待っていて欲しいとは言わなかったが、少なからず期待していたのだ。
それに、間を置いて聞こえてくる騒音。
それが何であるのかを知っているから、心細くもなっているのである。

「……仕方ない、よね」

ほんの少し落胆してから、ユリアは儀式屋へと帰るために一歩を踏み出した。
帰りは誰にも遭遇しませんように、と祈りながら、リベラルと交わした会話を思い出す。
先刻彼女から、既にその問題は解決しているのだと告げられた。
理由を尋ねてみたが、彼女は笑っているだけで、答えてはくれなかった。
ただ、何も不安に思うことはない、と。

(……本当、かな)

彼女を疑うわけではないが、やはりどうしても信じきることが出来ない。
信じられるとしたら、それは直接Jに会うしかないわけで。
だが、それが怖い。
もしも駄目だったらと思うと、会うことがとても怖い。
金に輝く瞳が、自分をきちんと見てくれないことが。

「〜〜〜〜!!」
「………ん?」

いつの間にか俯き加減に歩いていたユリアは、聞こえてきた音に顔を上げた。
辺りは来たときと同じように、古びた建物が静かに立ち並んでいる。
時折吹く風だけが通りを渡っていて、他には誰も見当たらない。
だが、確かに何処からか音が聞こえてきていたのも、事実だ。

(……風に乗って、聞こえたのかな)

そういえば、さっきよりは離れているとはいえ、聖裁はまだ続いているはずである。
大方、それによる音なのだろう。
……そう思って、しかしユリアは歩調を些か早めた。
何となく、早く離れたいと思ったのだ。

(早く帰って、それから──)
「ひ、ひぃいい助けてくれぇええ!!」
「!?」

ユリアが早歩きをしたその直後、今度ははっきりと聞こえたそれ。
思わず振り返った、そこに居たのは──

四章§34

(全く、面倒なことを……)

濃紺の髪は風を切り、駆ける足は地面を蹴り付ける。
彼が走るその先には、ぼろぼろになりながらも、逃げ続ける獲物。
彼は自分が速いことをそれなりに自負していたが、目の前の相手との距離はなかなか縮まらない。
負傷して尚、そのスピードを保つ獲物に、彼は内心舌を巻いていた。
だからといって、諦めるわけにはいかない。
自分の役目は逃げる獲物──悪魔を捕らえ、始末すること。
ミュステリオン唯一の慈悲深い神父であるサキヤマは、そう意気込むと強く地面を蹴り込んだ。

彼が追い掛けるに至った理由は、至極単純なことである。
彼が第三収容区を相方と見回っていた時に、隣の二区で悪魔が脱走したという連絡が入ったのである。
どうやら、上手く監視の目を擦り抜けたらしい。
これは良い機会だと喜んだ相方が、サキヤマを引き連れて向かった。
逃げだした悪魔の数は、五人。
うち、三人を好戦的な尼僧が、残り二人はサキヤマの仕事だった。
一人は収容区を出たすぐそこで始末したのだが、もう一人はサキヤマの攻撃を何とか避けつつ、悪魔街の外へと逃走を図ったのだ。
それをサキヤマは、先程からずっと追い掛けているのである。

そんな彼は今、大層機嫌が悪かった。
だがそれは、己の管轄外に無理矢理引っ張り出されたせいではない。
脱走した悪魔を捕らえることは、服務規定であるからだ。
それを理由に、あのシスターが飛んでいくことも、彼にとっては慣れっこである。
ならば、何が不満なのかといえば、悪魔が逃げた方面が問題なのである。

(よりによって、あの女の領域なんて……)

悪魔街は一区から十五区までが円を描くように隣接している。
その中央に見下ろすようにして高い塔がそびえ立っており、そこがミュステリオン全異端管理局の本拠地なのである。
当然ながら、彼らは本拠地とは反対側に逃げる。
そして二区から脱走した場合、その先に続く場所はリベラルの息が掛かった場所なのである。

サキヤマたちミュステリオンにとっては、障害に他ならない存在。
彼女によって制約された事柄のせいで、ミュステリオンは不利な局面に立たされる。
それさえなければ、もっと自由に悪魔街を支配できるのに。

(最も……昔はそうでもなかったですが)

ふと思ったが、きゅっと眉根を寄せ苦い顔をすると、思考を振り払う。
自分は今、ミュステリオン全異端管理局の人間なのだ。
かつてのことなど、どうでもいい。

(さて、早くこいつを始末しなければ……)

相棒のシスターは、片付いたらすぐに追うと言っていた。
それを待ってもいいが、あまり彼女の手を煩わせたくはない。

(逃げるばかりでは、興ざめというもの……)

サキヤマは両手にかかる確かな重みに意識を向ける。
サングラス越しに見つめる、獲物の背中。
多少疲れてきたのか、少し相手との距離が縮まっている。

(少し、遊びましょう)

たんっ、勢い良く一歩を踏み込んで跳躍。
同時に、しゃらしゃらと鳴るそれを手に取れば。

「いい加減、諦めてくれませんか、ねっ」

相手よりも先へ、殺気と同時に放つ。
重たい音がして、チャクラムがその行き先を阻むように突き刺さったところで、悪魔はとうとう立ち止まった。
サキヤマからのただならぬ殺気に当てられたのか、肩で息をしたまま動かない。
暫くそうしていて、背後に立つサキヤマの気配に悪魔は振り返った。

「ひぃっ」
「こんなところまで僕を連れ出すとは、感心しますよ」

地を踏む音を鳴らし、サキヤマは一歩近付く。
獲物──悪魔は、まだ若そうななりをしている。
サキヤマの姿に怯えるように、そばかすの散った顔を強ばらせた。

「あまり戦いは好みませんが、これはミュステリオンの決まりごと。しかし僕は慈悲深い神父……一思いに、殺して差し上げますよ」
「う、うわあああたすっ、助けてぇえ!!」

もう一歩、サキヤマが踏み込めば、悪魔は悲鳴をあげつつ建物の隙間へと逃げ込んだ。
次で仕留めてやろうと、直ぐ様サキヤマは追い掛けた。

四章§35

……そして路地を抜けた時、サキヤマは眉間に更に皺を刻んだ。
目の前の光景──追い掛けていたはずの悪魔が、少女の首へ腕を回している。
所謂、人質というものだ。

「何の真似です?」
「み、見て分かるだろっ……俺を逃がせ。でなきゃ、これを殺す」
「………面倒なことを」

ぼそりと口内で呟き、何事か分かっていないであろう少女を見る。
黄色いエプロンドレスを身に纏った少女は、きっとこの近辺の人間だろう。
それが厄介だった。
基本的に、標的以外を傷付けることは厳禁である。
それを破っても許されるのが全異端管理局──だが、この場ではわけが違う。
すぐそこに、鮮血を全身に浴びたように真っ赤な女の屋敷がある。
目と鼻の先で、その女が大切にするものを壊すことは、彼らでも破ってはならない。
この悪魔もそれが分かっていて、このようなことを言ってくるに違いない。

(主よ、今日は僕を窮地に追い込まれる日なのですか)

心の中でそう尋ねてみたが、回答が返ってくるわけもない。
舌打ちをして、如何に少女を傷付けずに悪魔を殺すかの算段を考える。

「二区は今日、聖裁予定外でしたね……逃げるには恰好の日。なれば問います、何故貴方は逃げたのですか」

方法が浮かぶまでの時間稼ぎに、何とはなしに聞いてみた。
神父の殺気が若干弱まったのを感じた悪魔は、ご丁寧に答えてくれた。
腕の中の少女は、微動だにしない。

「俺たち悪魔は、常に飢えている…人間にな。昔はそれこそ自由に喰えたのに、今じゃ召喚されない限り全く手に入らない!……だからさ」
「……またふざけた理由ですね」
「あんた方にすりゃそうかもしれないが、俺たちは生きながら殺されてるようなもんだ。こんな生活まっぴらって話だ!」

悪魔が熱く叫ぶたび、人質の少女は体を震わせた。
悲鳴が上がらないのは、脳があまりの出来事に麻痺しているからか。
可哀想という言葉が浮かんだが、実際そんなにそう思っていない自分がいることを、サキヤマは認識する。
これでは慈悲深い神父という名は、返上せねばならないかもしれない。
そんなことを考えながら、深海の闇を寄せ集めたような雰囲気の彼は、ゆっくり言葉を紡いだ。

「ですが残念ですね。お仲間は皆、居なくなってしまわれましたよ。貴方ももうすぐ、そこに行くことになりますが」
「それはないな」
「何故です?」
「あんただって馬鹿じゃねぇだろ?こいつが死んでみろ、あんた方ミュステリオンにとっては都合が悪くなる…それは避けたいだろ?」
「っ!」

悪魔が腕の力を強めると、少女は苦悶の表情を浮かべる。
一瞬サキヤマは顔を引きつらせたが、その直後──彼は口元を三日月の形にした。

「すみませんが、貴方は僕を甚く買い被っていらっしゃるようですね」
「……は…?」

サキヤマの表情の変化に、悪魔は目を見開く。
何故彼が笑うのかが、理解出来ないに違いない。
神父は笑顔のまま、話を続ける。

「僕は馬鹿ですから、唯一ある人の命令しか聞けないんです。それでその人が、言うんですよ。構わず始末してしまえって」
「!?」
「ですから、残念ですねと言ったんですが」
「ほ……本気じゃねぇだろ?何、とち狂った…」
「おや、全異端管理局は、皆して頭は可笑しい人間の寄せ集めですよ。勿論、この僕も例に漏れず、です」

そう断言すると、彼は余っていたチャクラムを両の指に挟んだ。
いよいよ悪魔は、目の前の神父が本気であると実感したらしい。
少女を捕らえたまま後退りすると、声の限り叫んだ。

「動くな!こ、こいつを殺」
「どうぞ、ご自由に。こちらは貴方を消すだけです」
「き、貴様っ…!!」

サキヤマの指から、チャクラムが離れる。
悪魔は自分を守ろうと、咄嗟に人質にしていた少女を盾にしようとしたが──

「やれやれ……道化を演じるのは、大変ですね」

……チャクラムは全て標的からは逸れて飛んで行き、サキヤマの指先へと戻ってきていた。
最初から彼は、狙っていなかったのだ。

「ぐぁ、ああああ!?」

だが、悪魔は身を捩って苦しみ悶えていた。
右胸から突き出ている、細長い棒のせいだ。

「お見事、シスター・エリシア」
「ふん?汝、余が居らなんだら、一体どうしていたことか…」

悪魔の背後、鳶色の髪のシスターが、サキヤマににやりと笑ってみせていた。

四章§36

悲鳴を聞いた後、振り向いたらそばかすの淡い黄色の目をした男がいた。
何かに怯えるような表情で、体はぼろぼろだ。
それがあの日のJと被ってしまって、ユリアは重大な見落としをしていた。
その男の目が、何故黄色であるのかを。

気付いた時には、その男に捕らえられていて、目の前にはサングラスを掛けた漆黒の人物が立っていた。
色々ありすぎて、ユリアの脳内は許容量を越えそうになる。
パニックを起こしそうになるのを抑えて、彼らの会話を聞けばどうもサングラスの男はミュステリオンの人物らしい。
悪魔に、ミュステリオン。
一日のうちにまさか会うとは、ユリアは思っていなかった。
そうこうするうちに、何やら話の展開が危うい方へと転がっていき、身の危険を感じたその瞬間、首を締め付けていた力が弱まった。
はっとして見れば、悪魔が悶えるような声を出している。
何故、と原因を探れば、彼の悪魔の右胸から何かが突き出ていて──

「ひっ……!」

見てしまったものが強烈で、初めてユリアは悲鳴を上げた。
それに気付いたらしい、その棒の持ち主がユリアを見た。

「サキヤマ」
「はい」
「少々、目隠しをしてやらぬか」
「分かりました」

そう会話を二人が交わすと、ユリアはサキヤマと呼ばれた彼に手を引かれた。
必然的に、悪魔と背の高い尼僧から離れることとなる。
が、ユリアの目は未だに悪魔に釘づけだ。

「失礼、お嬢さん」

低い声がユリアに断りを入れると、少女の目元を手で覆った。
え、とユリアが疑問の声を上げたが、特に抵抗する素振りは見られなかった。
それをエリシアは確認すると、突き刺したメイスを引き抜く。

「ぐ、ぇ……ぁ」
「汝ら愚かな生き物には、つくづく驚かされるが……今回もまた、面白いことをしてくれたのぅ?」

ゆらり傾いで地に倒れた悪魔の髪を引っ掴み起こすと、その首筋にメイスの先から生える刃の先端を当てた。
にんまりと、その笑みを深める。

「これは余とサキヤマからの礼…受け取るがよい、悪魔め」

言動とはかけ離れた柔らかな声音で告げると、エリシアは一思いに刃を突き立てた。
直後、形容しがたい声が辺りを包み込んだ。
が、それも少しの間だけで、直ぐに聞こえなくなった。
エリシアはメイスをそこから抜き、赤い液体を削ぎ落とすように、振り払った。
悪魔は短く痙攣したあと、やがて動かなくなった。
ふんっ、と剃刀色の目を細めると、未だに少女の視界を隠している神父へ向き直る。

「サキヤマ。汝はいつまでそのようなことをしておるのか」

隠せと命令したが、もういいだろう。
いくら幼いといえど、此処にいれば死体くらい見かけていても可笑しくはない。
ならばこれも、死んでしまえば問題はない。

「汝はなんと過保護な神父であることか……さっさとその手を離してやらぬか」

つかつかと歩いていき、ユリアの目元に張りついた手を剥がしてやろうとした。
だが、それよりも早くサキヤマの手が離れて、今度は直ぐに手を捕まえた。

「……何、ですか?」

急に開けた視界に目を瞬かせながら、サキヤマの手が掴む己の手を見、後ろの彼を見る。
そこには仏頂面で、サングラスをしていても分かるほどに、強く睨んでいる彼がいた。
その威圧感に、ユリアはびくりと震えた。
様子の可笑しい神父に気付いたエリシアは、片眉を跳ね上げた。

「どうかしたかの、サキヤマ?」

鳶色の髪のシスターの問いには答えず、サキヤマは自分を振り仰ぐ少女の黒い瞳を覗き込む。
そのまま数秒が過ぎて、一文字に結ばれていた口が開いた。

「……貴女は、何者です」
「え……?」
「サキヤマ?何を汝は……どう見ても、ただの娘ではないか。さっさとそのような怖い顔を止めぬか」
「いいえ、シスター・エリシア。違います」

眉を潜める尼僧に、神父はゆっくりと首を振ってみせた。

「この子はただの少女じゃありません……何故こんなに、貴女からあの女の匂いがするのですか」

ユリアの手を締め付ける力を強めて、そう詰問した。

四章§37

「何……?どういうことだ、サキヤマ」

反応したのはユリアではなく、一層懐疑的な表情になったエリシアである。
サキヤマはユリアから視線は外さず、エリシアに説明を加える。

「そのままの意味です。理由は分かりませんが、それが」
「汝は頭が硬いのぅ?此処に住んでいる娘であれば、あの女の匂いくらい、染み付くであろうが」
「えぇ。ですがシスター・エリシア。内側から匂うというのは、どうでしょうか」
「は……?」

ひくっ、エリシアの頬が引きつった。
それまであった空気が一変して、冷たく絡み付くようになる。
ユリアの鼓動が、大きく跳ね上がった。
それを感じ取ったように、サキヤマの表情がより硬くなる。

「例えば…あの女の屋敷へ入ったのならば、この匂いが内側へと浸透するのも分かります。ですが何の用があってこのような少女が、あの屋敷へ入るというのでしょうか」
「……成程、そういうことであったか」

エリシアは口角を持ち上げると、ユリアの肩に手を掛けこちらを向かせる。
目一杯に見開かれた黒い目に、シスターの微笑とはいえない笑みが映る。

「汝、何処の者だ?何故あの女の屋敷へ入った?正直に答えよ」
「………それは…」

答えようとして、ユリアは口籠もってしまった。
嘘を吐こうとは思ったわけではないが、何となく説明が憚られてしまった。
黙り込んだユリアに痺れを切らしたエリシアが、ぐっと顔を覗き込んで。

「答えられぬか?ならば、余らと共に付いてきてもらう他ない」

ユリアの返事を聞く前に漆黒の尼僧衣を翻すと、エリシアはサキヤマを一瞥してから歩きだした。
神父はそれに頷いて、ユリアの手を掴んだまま足を踏みだそうとする。
連れていかれまいとユリアは、逆にサキヤマの手を掴んで引き剥がそうと抵抗した。

「離して!」
「それは出来ません。いいですか、貴女が何者か、そして何をしに屋敷へ入ったのかを話さないから、こうなるのですよ?それを──」
「サキヤマ、情けは無用だ。さっさと連れて来ぬか」
「……了解しました」

先で待つエリシアの命令に肯定の返事をし、サキヤマは低い位置で必死に逃げようとする少女を見下ろす。
抱え上げて連れていってもいいが、途中で喚き散らされるのも面倒である。
気絶させておく方が良いだろう。
そう考えて、彼は空いた片手を少女へ伸ばした。

「──!!」

が、それが完遂されることはなく、それどころか彼はユリアを手放さざるを得なくなってしまった。
何故なら、飛来物からユリアを遠ざけなければならなかったからだ。
ユリアを突き飛ばし、飛んできたそれらをサキヤマは捕らえた。
避けるだけならば、ユリアを抱えて伏せれば良かったのである。
しかしそれが出来なかったのは、ユリアを万が一にもこの場で傷つけないためと、指先に引っ掛かったそれが、彼の持つチャクラムだったためだ。
やや悔しげに顔をしかめれば、いつの間にか視界からいなくなってしまった少女の行方を探る。

「忘れ物してたよ、神父?」

馬鹿にしたように弾んだ声が、サキヤマの後ろから飛んできた。
そちらに顔を向ければ、一瞬にして神父の表情は不機嫌なものとなった。

「ほぅ……汝、もう回復したのか!」

そんな彼とは裏腹に、やや感嘆したような声をエリシアは出した。
このシスターは、自分の興味対象であれば、何にでもそんな反応を示すのだ。
馴れたこととはいえ、やはりこの状況でその態度は些かサキヤマの気に障った。

「シスター・エリシア…今はそんなことを言っている場合ではありません」
「相変わらず硬いね、君は」
「構いませんとも。僕にとって今、問題にすべきは貴方ではありませんから」

きっぱりとそう告げると、サキヤマはせせら笑いを含んだ物言いをするそれを指差す。

「その子を、離しなさい」
「悪いけど、それはお断りするよ」

やや鋭い犬歯を剥き出して、彼は笑う。
そして赤と白の髪を持つ彼は、腕の中で呆然として彼を見つめる少女を、強く抱き締めた。
前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2009年02月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
プロフィール
奇吏斗さんのプロフィール
系 統 普通系
職 業 教育・福祉
フリーページリスト