しんとした空間も、数秒前までは心地よい静けさだったはずだ。
それが一瞬のうちに、どうにも重苦しい雰囲気へと変わってしまった。

「……確かにあれらは、それはそれは乱暴で時として美術品の破壊までする…その点に関しては、過去散々苦情を言ってきた」

だが、と仮面の入ったケースの側面に触れて、ライトグリーンの瞳を何処か遠くへ向ける。

「私のところへ、こうした品々を譲渡してくれる。なれば多少は目も瞑るというものだ」
「……………」
「理解出来ないか?……まぁいい、私一人が納得していれば良いだけだ。ああ、それでだ、アキ」

ニヒルな笑みを浮かべた彼は、悪趣味なタペストリーをぼんやり見つめていたアキを呼んだ。
ゆっくりと彼は振り返り、微かに首を傾げた。
その男をアンソニーは手招きして、更に室内の奥へと誘う。
ユリアとヤスも、置いていかれまいとついていく。

「最近、此処にも新たな顔が増えてな……今からそれを見せよう」

部屋の奥に、暗褐色の布で覆われた箇所があった。
正反対の色をした手がそこを捲り上げると、暗闇の中にぼぅっとした緑の明かりが見えた。
その明かりの中に、ぽつんと一つだけケースが置かれている。
そこに、何やら四角い物が収められている。

「ミュステリオンはやたら発掘作業が好きでな…まぁそれも、自らが壊滅させた十六区でしているだけだが」
「……っていうことは、それは十六区からの…?」
「察しが早いお嬢さんだな」

ユリアの問いかけにアンソニーは軽く頷き、ケースの上に手を乗せた。
蛍光色の光が手袋を擦り抜け、指にはめられた指輪が煌めいた。

「そう、これは十六区で見付かった貴重な品だ。かつてミュステリオンは、十六区でとんでもない乱闘を繰り広げた末、悪魔どもを殆ど根絶やしにした。無論、居住区内も滅茶苦茶だ。そんなことがあったものだから、この時まで残ることは、本当に奇跡としか言いようがない」
「それで、それは何なんすか?」
「平たく言えば、手記のようなものだな」

アンソニーは右の中指に填まっている指輪を、下方にある窪みへ押し込んだ。
するとガラスケースが静かに上から開き、中にあるそれを彼は丁重に取り上げた。
手のひらよりも大きく、やや薄っぺらな印象を持つ。
ぼろぼろの表紙には、擦れた字で何かが書かれていた。

「中身は大分傷んでいるが……私が解読したところ、これは十六区の当主が書いたものだったことまでは分かっている」

慎重に紙が捲られると、ぼんやりした光に炙り出されて、字が浮かび上がった。
だが、読むにはあまりにも頼りない字面で、到底内容までは分かりそうにない。

「ミュステリオンの連中は、これに価値がないとしてこちらに渡したのであろう……でなければ、そう簡単に手渡すはずもないからな。しかし、連中は判断を誤った」
「…………」
「これは、その価値が分かる者にとっては、何としても手に入れたいものなのだ」

開いたとき同様、紙片が破れてしまわぬよう閉じれば、ケースへとそれを戻した。
そして再び指輪を押し込み、音も立てず蓋は閉ざされた。

「これの価値を語るためには、まずは世界の歴史を語らねばなるまい」
「………え、あの、まさか…」
「その昔、そうだな……500年前に悪魔たちは現実世界へと進出しようとし──」
「アンソニー、敵は、誰?」

あちゃー、と手を顔面にあて諦めていたヤスは、アキの問い掛けにぎょっとしてそちらを見た。
相変わらず気だるげな雰囲気だが、若干先程よりかはその瞳に生気が宿っていた。
アンソニーの例の悪癖が始まったのを察知し、やる気を起こしたのだろう。
再び話を中断させられた男はと言えば、これ以上ないほどに顔を引きつらせている。
が、その彼が怒号を浴びせるよりも先に、更にアキが言葉を続けた。

「何を、今、来たら、捕まえる?」
「───、ああもう…分かった!悪魔だ、悪魔!悪魔を捕まえろ!」

これでいいか!?と鋭利な角度に目を吊り上げ凄めば、ベビーピンクの頭が一つ縦に振られた。