そんなアリアの態度に彼は目を細め、彼女が催促している事柄を答えた。

「彼は私を倒す神になると言ったのだよ、共に世界を敵にするのではなくね」
「分からないわ。あの人は、貴方と共に楽しみを分かち合うのかと思ったのに」
「いいや、それは違う。彼は私と楽しみを分かち合うのを口実に、本当は私の行動を監視しているのだよ。そして同時に、この私も彼を監視している……つまり互いに互いを牽制しあっているのだ」

緩く首を振って否定した儀式屋に、アリアは不可解そうに眉間に皺を寄せた。
そんな事実は初耳だった。
だが、理解出来ないことではない。
儀式屋もサンも、本気を出せば簡単にこの世界を乗っ取れる力を保持しているのだ。
それをしないのは、ただお互いにしたところで何のメリットもないためであるし、そうまでしなくとも、それなりの影響力を持つ二人だ。
少し行動を起こせば、均衡を保つ世界はたちまちバランスを崩してしまう。
それを避けるために、互いの行動を逐一監視しているのだろう、とアリアは想像した。
だが、そうなるとますますサンの先刻の言動は意味が分からない。
監視するのなら、儀式屋と剣を共にすれば良いのに。
訳が分からないという顔をした彼女に、儀式屋は心持ち口角を持ち上げて説明する。

「彼は、私を倒す神になるとは言ったが、私から世界を守るための神になるとは言っていないのだよ」
「……だからどうなのよ?」
「もしかしたら、彼は私とは対をなす存在でありながらも、世界を脅かす存在でもあるのかもしれないね」
「……ああやだわ、現実味がありすぎるじゃないの、それ」

あからさまに嫌そうな反応をしたアリアに、儀式屋は微かに笑った。
彼女がそんなことを言うのは、目に見えていることだ。
問題はそこではないと、彼は咳払いをひとつした。

「アリア、重要なのはその最悪の結果に行き着くまでの過程だ。彼が何を考え、どう行動するのかを読まなくてはいけないよ。そして、彼にこちらの目的を知られてもいけない」
「そうね。それは貴方の言う通りだわ」
「ユリアがいないことに感づかれたのは痛手だった。間違いなく、私が何かするというのは確信されてしまっただろうね」
「ということは、魔法使いが一歩リードなのかしら?」
「いや、そうでもないよ」

腕組みをして思案げに俯いた彼女に、儀式屋は優雅に足を組みながら答えた。

「彼は、ハワードに呼び出されて何かしら相談されている。やる気があるかはともかく、その内容と私が話した情報を併せて、彼は行動を起こすだろうからね」
「……つまりなぁに?私が聞きに行かなきゃだめなのかしら?」
「おやアリア、君こそ私の言葉の先取りをしているじゃないかね」

からかうように呟いた儀式屋に、美女は肩に掛かる長い金髪を尊大な態度で後ろへ払ってみせた。

「どなたかしら、私にミュステリオンを内偵するように命令された方は?」
「何も今すぐにとは言っていないよ」
「嘘つき。貴方の顔に書いてあるわ、早く行けって」

口調こそ拗ねたようにしているが、鏡に映る彼女を見る限り、半分は彼女自身の逸る気持ちもあるように見て取れた。
朝日に照らされた青い海のように、爛々と目が輝いているのだ。
やれやれと儀式屋は苦笑いを浮かべてから、何やら期待しているらしい彼女に口を開く。

「うちのお姫様はそんなにお転婆さんだったかな」
「そうよ、貴方が知らないだけで」
「……アリア、私は確かに君に命令はしたが、無茶はしてほしくないのだよ」
「変な儀式屋ね。そのくらいの気遣いを、こないだユリアちゃんにも見せてあげたら良かったのに」

妙に心配してくる儀式屋に、アリアはこないだの彼の態度を引き合いに出して窘めた。
あの時はアリアも、儀式屋の命令は絶対だとユリアを納得させたが、やはり彼の言葉の少なさは気になっていた。
あれからすぐ女王の元に少女は行ってしまったが、儀式屋に対してどんな気持ちが芽生えているのだろうか。
少なくとも、プラスの気持ちにだけはなっていないだろう。
だったら自分が儀式屋の足りない言葉を補ってやれば良かったのかもしれないが、それをする気にはならなかった。
儀式屋のやることなすことに不必要に介入することはしないのが、彼女の信念であるからだ。